86区の月うさぎ   作:crack

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第五話 月のうさぎと私の役目

 

 

 その日の出撃は、いつも通りの出撃だった。

 

 カイエが流星について語っていた日のたったの二日後で、私は当番がない日だったから、隊舎前の広場でサッカーに興じて、粗末なネットを揺らすために奮闘していた。その最中でいつも通りシンからの同調がきて、レギオンが来たから集合だと。

 すぐさま意識を切り替えて、すっかり傷だらけになった〈ムーンヘア〉に乗り込んで、起伏と湿地の多いらしい戦闘区域に向かった。

 〈ガンメタルスコーム〉の名を持っていた第四小隊の唯一の男子だったトウザンはすでにこの前の戦闘で亡くなってしまったから、うちの小隊はすでに私とカイエとミクリの三人で、多分これから増えることはないと思う。

 

『ハンドラー・ワンより戦隊各位。レーダーに敵影を捕捉…敵主力は…』

「把握しています、ハンドラー・ワン。ポイント478にて迎撃準備」

『あ…了解です、アンダーテイカー』

 

 そのあとは何やら新しい地図を仕入れてきたらしいハンドラーの的確な情報提供と指示の元、死神が突っ込んで、私がそれのサポートをするといういつも通りのスタイルで、レギオンは順調に数を減らしていっていた。

 

 銃撃の音が鳴り響いて、爆発音が交錯する中でも、パラレイドならばその音に遮られることなく声が届くから、その声もはっきり聞こえた。

 

『目標撃破。第四小隊移動する』

 

 今までは第四小隊は第一小隊の近くで戦っていたから私はシンの突撃の補助をしていたけれど、小隊ごと移動するならばそれについていく。

 別の方向へ〈アンダーテイカー〉を走らせ始めたシンに一言言ってから、私もカイエの向かった方へ〈ムーンヘア〉を走らせ初めて…

 

 

『…この戦車型(レーヴェ)…どうしてこんなところに…?』

 

 

 

 

 

 銀鈴の小さな呟きを耳が拾って。

 ぞわりと、今までにないくらいの悪寒が走って、すぐさま〈ムーンヘア〉を飛び退らせて周りを警戒する。けれど、私の周りにはすでに息絶え頽れたレギオンと、他には電力が切れて落ちた阻電撹乱型(アインタークスフリーゲ)しか見当たらなかった。

 

 そしてそのすぐ後に耳に入った声に、そこで止まっていたのは間違いだったと悟る。

 

『レウコシア、私が左から狙う。援護を頼む。ムーンヘアは追いつき次第援護に』

『了解、キルシュブリューテ』

「…まっ…」

 

 まって。

 

 止まらない悪寒に、声が掠れて出なかったけど、体は無意識に手を動かしてジャガーノートを走らせた。

 

「待って!」

『そっちはダメです!キルシュブリューテ!』

『…っ何が!?』

 

 今度は声が出て、焦燥に染まった銀鈴の声も届いたのか、異変に気づいたらしいミクリがジャガーノートを止めて意識を向けたけど、その時にはもう手遅れだった。

 

 なぜか独りぽつんと戦場に立ちすくむ…シンがいればわかったのだろうが、おそらく黒羊か羊飼いの戦車型(レーヴェ)が主砲を旋回させて、〈キルシュブリューテ〉に向ける。難なくかわした〈キルシュブリューテ〉がレギオンの側面に機敏に回り込もうとして、不自然に足を止めた。

 

 桜の花の名を戴くその〈ジャガーノート〉の貧弱な足回りが、ちょうど窪地になっていて…画質の悪い光学スクリーンではおそらく確認できなかったであろう湿地に足を突っ込んで、泥を噛んで動かなくなる。

 

『え、湿原。…ここに?どうして…動けない』

 

 ジャガーノートの足回りのリミッターは配属されてすぐに整備班長のアルドレヒトに言って外してもらったけど、元々の足の遅さはどうにもならない。

 だから、もう間に合わないと、半分雲がかかっているような頭で考えて、それでもジャガーノートの足は動かし続けたけど。

 

 〈キルシュブリューテ〉に、戦車型(レーヴェ)の巨体が迫っていく。

 自らの張った罠に、無様にもかかった〈キルシュブリューテ〉を、嘲笑うように。

 

 

『あ…いやだ……』

 

 

 

 

 

『死にたくない』

 

 

 その、彼女の死の間際に漏れ出た言葉が、麻痺したような私の脳に染み込む。

 戦車型(レーヴェ)がその華奢な脚をもたげて、虫でも払うかのように横なぎに振う。まともに食らった〈キルシュブリューテ〉が吹き飛んで、機体のコクピットハッチが千切れ飛んで。

 そして何か、丸いかたちのものが一緒に飛んでいくのを、画質の悪い光学スクリーンは、いやにはっきりと捉えていた。

 

 

「……っあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ムーンヘア!』

「っ!」

 

 パラレイド越しに聞こえたミクリの声にハッと我に返って、戦場に慣れきった脳がすぐさま目の前の状況を確認した。

 

 敵は、戦車型(レーヴェ)一体で、僚機はつけていないから、相手の目は感度の低い戦車型(レーヴェ)のものだけ。戦場は開けた場所で、湿地があるからそこには注意。こちらの戦力は私と〈レウコシア〉だけで、今は彼女が戦車型(レーヴェ)を引きつけている。

 …いける。

 

 パッと〈ムーンヘア〉を動かして、レウコシアに照準を定めるので忙しい戦車型(レーヴェ)の後ろに辿り着いて、今更こちらに気づいたらしい戦車型(レーヴェ)が、苦し紛れにその長大な主砲を薙ぎ払ってくるけど、すでにこちらは相手の懐の中なのだから、あたるべくもない。

 

 戦車型(レーヴェ)の八脚の足の間をワイヤーアンカーを使いながら滑るように潜り抜けて、主砲を振り切った姿勢で敵の位置を見失って固まる戦車型(レーヴェ)の死角から、ジャガーノートを跳びあがらせれば、あっという間に戦車型(レーヴェ)の真上で、目の前には薄い天板。

 

 トリガ。

 

 爆炎をあげて頽れる戦車型(レーヴェ)から飛び降りると、散々戦車型(レーヴェ)の注意を引きつけてくれていたミクリからパラレイドが入る。

 

『ムーンヘア、大丈夫?』

「…大丈夫…とは言い難いけど、レギオンはまだいますから……でも、その前に。周りの警戒だけお願いしていいですか?」

『…うん』

 

 

 

 ここらにいたレギオンはあの戦車型(レーヴェ)一両だから、他に敵はいないけれど、それでも戦場で〈ジャガーノート〉から降りるのは自殺行為に等しい。

 でも、これだけはやらなくちゃいけないことだから、ミクリに周囲の警戒を任せて、一度〈ムーンヘア〉を降りる。

 

 腰に拳銃と、彼女の機体の破片を切り取るためのアーミーナイフが刺してあるのを確認して、千切れとんだコクピットの周りを見渡せば、程なくして彼女だったものは見つかった。

 やけに重いそれを拾い上げて、胸に抱き抱える。

 艶やかな黒の髪の毛は、血の一滴も浴びていなくて、頬に少し血が付着しているだけだった。死の恐怖に見開かれたままの瞳を優しく閉じて…腰のベルトから拳銃を取り出した。

 

 エイティシックスは、遺体の回収も、埋葬も許されていない。

 だから、彼女のことはここにおいていくしかないのだけれど、でも。ここは隊舎から離れているから、ファイドたち〈スカベンジャー〉が機体を探しにくる前に、戦闘の終わった区域を徘徊して資源を再利用するために回収するレギオン——回収輸送型(タウゼントフュスラー)が来て、彼女の機体は…遺体ごと回収されてしまうかもしれないから。

 

 …例え奴らがこないとしても、本当は、死神の役目だけど、今回だけは、譲らせて欲しい。

 …回収輸送型(タウゼントフュスラー)は、戦場で使えるものはなんでも回収していく。…脳構造図にするための、エイティシックスの、遺体も。

 

 彼女を、レギオンにして、亡霊として戦場を彷徨わせるわけには、いかないから。

 

「ありがとう……ごめんね」

 

 胸に抱えた彼女の頭部に向けて、重い重い引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 …ああ、彼は。いつもこんなものを背負っているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、ムーンヘア。どうだった?』

「うん。しっかり機体の破片は回収してきたよ…レギオンは?」

『来てないみたい』

 

 パラレイドに繋ぎ直すと、真っ先にミクリの心配そうな声が耳に入って、〈ジャガーノート〉に乗り込みながらそれに応えた。

 

「ならよかったです。…じゃ、行こっか」

『…うん』

 

 レイドデバイスの同調対象をスピアヘッド全隊に戻せば、すぐさまライデンから声が掛かる。

 

『戻ったか…ムーンヘア、状況は』

「キルシュブリューテロスト、第四小隊の指揮権は私が代わりに引き付けます。近場の第三小隊に合流してレギオンの掃討を」

『わかった。…無理はすんなよ?』

「ええ、はい」

 

 そのあとは、いつもと変わらないレギオンとの戦いで、ただ久しぶりに小隊の指揮をとったからか、らしくないミスを連発してしまったと思う。

 

 戦闘が終わって、レギオンが撤退していくのを眺めて、どっと疲れたような体を硬いシートに預けて、少し目を瞑る。仲間の死に離れていたつもりだけど、どうやらそうでもなかったらしい。結構参ってるな、と自分で自分を分析して、そんなことをやっていたら、ハンドラーの銀鈴の声が鼓膜を揺らした。

 

 

『戦闘終了…戦隊各位、お疲れ様でした』

 

 

 私はもう疲れてしまって、その声にまともに答える余力なんて残っていないから、適当に聞き流していたけれど。

 少し、そのハンドラーの声に息を呑むような間があって。次いで、私の意識の隙間をつくように、その言葉が入りこんできた。

 

 

 

 

『キルシュブリューテのことは…残念でした。私がもっと早くに地図を見つけていれば…私がもっと、しっかりしていればっ…!』

 

 

 

 

 ——まただ。

 

 残念。残念だと?そんな軽々しい言葉で表して、ひととき嘆くだけにとどめて。貴女が真に心を痛めているのは知っているけれど、でも、そんな軽々しく済ませるのなら、嘆かないでくれる方がマシだ。

 もっとしっかりしていれば?…彼女の死は、絶対に貴女のせいなんかではない。…貴女のせいになど、到底できるわけがない。…壁の中で何もしていない貴女のせいなんかにして、彼女の死をそんな安いものにするなんてことは、私は許さない。

 

 でも私がそんなことを口に出す前に、別に声が割り込んだ。

 

 

 

『残念…?』

 

 

 笑う狐の怒りを抑えたような声と、はくりと息をのむ銀鈴の声が聞こえて、そのおかげで、私が激情に叫び出しそうになるのは、どうにか堪えられた。

 

『何が残念?あんたにしてみればエイティシックスの一匹や二匹、どう死のうが家に帰ればすっかり忘れて、夕食楽しめる程度の話だろ?』

 

 セオの怒りに、パラレイドの向こうの彼女の雰囲気は、呆然としたような、何が起こっているのかまだわかっていないようで、そんな感じの沈黙だった。

 

『そりゃこっちだって暇だったからさ、あんたの自分だけは差別とかしません豚扱いしません何て勘違いの聖女ごっこにどうでもいい時なら付き合ってやるよ』

 

 

 

 ——けどさ、こっちはたった今仲間が死んだんだ。

 

 

 

『そういうときまであんたの偽善に付き合ってられないってそのくらいわかれよ!』

『ぎぜっ…』

 

 そんなんじゃないと、私は違うと。そんな弁明の言葉など遮って、なおもセオの弾劾は続く。

 彼女は、私たちのことをエイティシックスと呼んだことはないと言ったけれど、呼んだことがないだけで、おそらく彼女の根幹にはその意識がどうしてもあるのだろう。

 

『僕たちを戦場に放り出して、兵器扱いして戦わせて、自分だけ壁の中でぬくぬく高みの見物決め込んで、それを平気な顔で享受してる今のあんたのその状態が!豚扱いじゃなくたじゃあ一体なんだっていうんだよ!』

 

 どんどん力を増す彼の言葉に、時々ハンドラーの息をのむ声が混じって。きっとハンドラーも本意ではないというのはわかるけど、本意でなかったとして、ではそれで許すかと問われれば、当然そんなことは許容されるはずもない。

 …でも私には、その言葉に声をあげて同意するなんてことは、私にはできなかった。…できない理由が、あるから。

 

『ただ毎日優しく話しかけてあげれば、人間扱いしてやれてるだなんてよく思えるなぁ!』

 

 

 

『そもそもアンタ、僕たちの本当の名前さえ、一回だって聞いたことがないじゃないか!』

 

 言い放って、興奮が醒めやらないのか、息を荒くしているのがパラレイドを通して聞こえて。

 同時に、ハンドラーの啜り泣くような声が聞こえたから。何か言葉をかけようとして、開かれた私の口からは、何も出てこなかった。

 

『…セオ』

『ライデン!こんな白豚庇ってやることなんて…』

『セーオ』

『っ…く…はぁ。わかったよ…』

 

 ライデンの生死を受けて、セオは息を鎮めながら口を閉ざした。

 

『はぁ…ハンドラー・ワン、同調を切ってくれ』

『…っ…あの…』

『戦闘は終わった。もう管制する義務もねえだろ……ラフィングフォックスは言い過ぎだが、だからって俺たちも、アンタと仲良くおしゃべりしたい気分でもねえんだ』

『…っ…ごめんなさ…』

 

 途中で途切れたその言葉ひとつ残して、同調は切られた。

 

『…ごめん、カイエ。…白豚と同じ真似をして、君の死を穢した』

 

 

 セオのその言葉が最後で、死神の帰投の合図の後は、誰も一切口を開かなかった。

 

 

 隊舎に戻ったその日は、流石に疲労困憊で、あのハンドラーも繋いでくることはなかったから、それもそうかと思ってそのままシャワーを浴びて、早い時間には布団に入って目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝は、起きてきてから真っ先にミクリに声をかけられて、そういえば昨日は何も言わずに寝てしまったから心配をかけさせてしまったのかと思い至った。もう大丈夫だと言って朝食の当番に入ろうとしたら、無理矢理厨房を追い出されてゆっくり休むように仰せつかってしまったので、今はとりあえず中庭のベンチに座って、シンの部屋から拝借した本に目を通している最中だ。

 

 膝の上には黒猫が陣取っていて、妙に察しがいいらしい彼に、少しだけど気持ちが軽くなった。

 

 今日は、シンは朝食の当番だからここにはいない。彼と食事の当番でバッティングすることがあると、彼の雑な手際のサポートに追われることになるから大変なのだけど、そのドタバタ具合がまた楽しかったりするから、ミクリに当番を締め出されたことが少し残念だったりする。

 …彼女の気遣いだと言うことは百も承知だし、無碍にするつもりは全くないので、別にいいのだが。

 

「…あ」

「ん?」

 

 朝日が段々と上り詰めて、隊舎の影が本の文字を隠さなくなった頃に、中庭に面した廊下の影に一人の少年が現れた。翠緑種(ジェイド)特有の、金色の髪に翡翠色の目を持つ彼は、まだ朝だと言うのに沈んだ顔をしていた。

 …いや、それは私も一緒だけど。

 

「…おはよ」

「うん、おはよう」

 

 挨拶をしてから、立ち尽くしたままの彼のためにベンチのスペースを開けて、トントンと指し示すと彼はそこに座ってきた。しばらく無言で時間を過ごして、本のページをめくってから、口を開いた。

 

「…気にしてるんですか?昨日の、ハンドラーのこと。…言ったことはともかく、言い方を」

「……」

 

 沈黙を返す彼に、肯定だと受け取って話を続ける。

 

「…笑う狐の隊長さん、でしたっけ。いい人に巡り会えたんだね」

「……ルゥのお父さんも、白系種(アルバ)だったて聞いたけど」

「はい。もう顔も覚えてないけど、その笑う狐の隊長さんみたいな人だったらいいなと、今でも思ってます」

 

 エイティシックスだけに戦わせるなんて間違っていると言って、わざわざ壁の中から出てきて、他のエイティシックスに嫌われながらも戦い抜いて、最後にはセオたちを逃すために囮になって亡くなったという、高潔なその彼。

 

 本を閉じて、昨日とほとんど変わらない中庭の景色を見ながら、あくびをする黒猫を撫でる。

 

「あのハンドラーは……いい人なんですよ」

「それは、まぁ、わかるけど」

「私も、彼女が仲間の死を嘆く度に怒り出しそうになって。…でも、毎晩の同調だけは、続けてたんです」

「…何でさ」

「さぁ。私にも、よくわかりません」

 

 でも、と言ってから、言葉を続ける。

 

「彼女に対して怒りを抱いてたくせに、私は、身勝手にも、彼女にいなくなって欲しいと思うのではなく、できれば正しく友人になりたかった。…私たちのことを覚えてくれる人になって欲しいと思ったんです」

「…そう、だったんだ」

「でも、そう願っておいて、私は彼女とそう言う関係になる努力をしなかったから。…私も、卑怯なんです」

 

 一度こちらから扉を叩いて、歩み寄ろうとしてしまったから、歩み寄ることを諦めた私には、相手がその扉の向こうから出てこないことに対して罵詈雑言を突き立てる権利は、もうないし、できない。

 

「その服のボタン、後で直してあげるから持ってきてくださいね」

「…自分でできるよ」

「気になるから直したいんです」

「わかったよ」

 

 彼がいつも一番上の一つだけ留めているそれがないのが気になったから、そう声をかけて。

 それきり黙りこくってしまった彼相手に私何を言うでもなく、また本のページを捲る作業に戻った。

 

 彼女がまた同調してくれるかはわからないけど、もしそうなったら、今度はまた私から歩み寄っていきたい。…そう、思った。

 

 

 その日は結局出撃はなかったから、いつも通りの穏やかで騒がしい1日だった。

 

 中庭で遊んで、セオの服を繕って……午後には、またシンと一緒にアルドレヒトさんにどやされて。

 

 そうして1日が過ぎて、夜になった。

 

 

 

 窓から差し込む月明かりに釣られて窓の外を見ると、片割れになったうさぎを乗せた月が地平線から顔を出したばかりで、天頂には相も変わらず憎らしいほどにたくさんの星々が輝いていた。たとえどんなことがあっても世界は関係なく回り続けているから、それは残酷なことだけど、すごく美しいことでもある。

 

 コンコンと死神の部屋の扉を優しくノックすれば、いつも通りの静かな声で入室の許可が出たので、立て付けの悪いそれを開いて中に入る。

 適当なところに腰掛けてくれと言われて、とりあえず目に入ったベッドの上に腰掛けて、どう話を切り出そうかと悩んでいたら、シンの方から話を始めた。

 

「…もうだいぶ良くなったみたいだけど」

 

 シンの問いかけになんのことか一瞬考えて、そういえば彼には私の《音》が聞こえているのだったかと思い至った。つまり、私がだいぶ意気消沈していることも、彼にはずっと筒抜けだったわけで。

 同時に、彼と私の部屋は隣同士だから、私が入隊してからこの方ずっと私の《音》を聴きっぱなしなのかと今更ながらに気づく。

 

「…私の《音》って、四六時中聴きっぱなしでレギオンの《声》みたく、辛くなったりしないのですか?」

 

 本当に聞きたかったことはそれではないのに、ついそんな質問が口をついて出てしまった。でもシンはそんな私のことを気にもせずに言葉を紡ぐ。

 

「…前も言ったと思うけど、ルゥの《音》は、綺麗な音だから。…それでいて近くにいるとレギオンの声よりよく聞こえるから、最近はあまりレギオンの声も辛くない」

「…そか」

 

 言葉が途切れたから、ちょうどいいかと考えてポケットからカイエの機体の破片を取り出して、彼に手渡す。

 

「遅くなっちゃったけど、これ」

「ああ、ありがとう」

 

 受け取ったシンはその破片に向き直って、ナイフでカイエの名を刻み始める。

 そんな彼の背中を見ながら、私は口を開く。

 

「あの、さ」

「ん」

 

 たんぱくに答えて先を促すシンに、どこか話しやすさを感じて、これも彼の魅力だよな、と思いつつ言葉を続ける。

 

「シンの、死神の役目。…私にも背負わせてくれない?」

「…なんでまた」

 

 ちらりと赤目の双眸をこちらに向けて、シンは問うた。

 私も、この話をするかどうかは迷っていた。でも、今日のことがあって、彼の背負っているものの大きさをまた再認識して。それを彼一人に背負わせ続けるのは、私にはできない。

 

「今日、カイエを弔ってみて、わかったんです。…シンは、こんな重いものを背負って、ずっと一人で戦ってるんだって。…それでいて、みんな貴方を置いて先に逝ってしまうから、ずっと貴方は独りで…今も」

「……」

「私もまあ、戦場で貴方と同じくらい長く生き残って、背負っている重みは一緒だから、貴方の分も背負わせて、なんてことは言えませんけど。…貴方のそれを、半分こして一緒に背負うことはできると思うんです」

 

 彼のデスクの上には、ところどころ凹みのある、缶できたケースが置かれている。それは、彼が今背負っているものの象徴だ。たくさんの墓標をその背に背負って、彼は歩いていく。

 

「…おれが背負ってるものは、最後までおれが連れて行く」

 

 彼のいつも通りの平坦な言葉に、やはりかと、少し残念に思った。…同じ戦場に立っている時点で、行き着く先は彼と一緒でしかないから、彼とは対等にしか慣れないから。彼の背負っているものを一緒に背負わせてくれと言うのは、難しいことだ。

 

「でも」

 

 死神がカイエの名前を刻み終えたのか、こちらに向き直って…月明かりに照らされた彼の顔が、わずかに笑みの形を作る。

 

「ルゥが死んだら、おれが連れて行くから。…もしおれが死んだら、その時は」

 

 そう言ってくれたことが嬉しくて、思わずこちらも笑みが溢れる。

 

「——うん」

 

 彼と見つめあっていたのは、わずかな時間で。

 少しして、彼の意識が別の方へ向いた。…よく見ると、彼の耳のレイドデバイスの電源が入っている。

 

 

 

 

「——何か御用でしょうか、ハンドラー・ワン」

 

 

 

 





 『〈ジャガーノート〉の駄作機なところそのn』
 ・プロセッサーの首切断する形で外れるコクピットハッチ


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