長い廊下を歩いた先にその扉はあった。
重厚で飾り気のない無骨な無垢の木の扉には『執務中』との小さな札が掛けられておりその三文字を見るだけで良吾は風舞希に拒絶される幻影にかられた。
「ほれ、しゃんとせい!
此方も同じ立場だったのじゃぞ!
この時間ならもう仕事も終わりかけじゃ」
「わ、わかっちゃいるんだが…」
そんな良吾を見て海桐花が尻を叩き喝を入れる。
しかしいざ目の前にすると尻込みをしてしまう良吾に海桐花はため息をついた。
「はぁ、全く…
其方は図体ばかりデカいクセに肝っ玉はどんだけ小さいんじゃ…
そんなだから今まで女を当て込ませられなかったんじゃな?」
「んな事言っても…
俺だけならまだしも、風舞希さんに嫌な思いさせたらそれこそ迷惑だし…」
「だから言うておろう!其方の事を悪くは思っておらぬと!
それに競馬やっててリスクの無い勝負は無いと学ばぬのか!?」
「それはわかってるけど…」
ばブチン
なおも尻込みをする良吾に海桐花の中で何かが切れた音がした。
「あぁもう!!男のくせにグチグチ煩いわ!!」
そういうとドンドンと扉を叩いた。
「おぉい!風舞希!海桐花じゃ!
もうそろそろ仕事も終わった頃であろう!
入っても良いか!?」
「ちょっ…!!」
真っ青になる良吾とは反対に執務室の扉が内から開けられた。
「母様、確かにもう終わりましたが…
あら、其方の方は…」
海桐花の声に風舞希が姿を表した。
しかし当の良吾は彼女の顔は見れても全体像を見る事は出来なかった。
何故なら風舞希の現在の服装はかなり改造された魔防隊の制服。
豊満な胸元は大体に菱形に切り取られていてそこから白く柔らかそうな2つのスイカ程もある果実が顔を覗かせている。
また下半身はチャイナドレスの様に鼠蹊部が見える程両サイドが露出しており、前と後ろに垂らされた布地が彼女が動く度にヒラヒラと動き目線を嫌でも奪われてしまう。
もう何処を見たら良いのか分からない程にバキバキDTには刺激が強すぎたが、それでも先日同様の粗相をしまいと良吾はすんでのところで意識を飛ばすことを防いだのだった。
「うむ、実はあの日体調が悪かったらしくての。
改めて詫びをしたいとの事だったので連れてきたのじゃ」
「まぁ、そうでしたか。
それはご丁寧にありがとうございます。
もう仕事も終わりましたのでどうぞお入り下さい」
「は、はい!失礼します!!」
風舞希の言葉に良吾は職員室に入る1年生の様に答えて歩を進めた。
「では此方はこれで失礼するぞ。
今日は疲れたからの。早めに休むとするか」
そういうと海桐花はクルリと踵を返した。
「!?」
海桐花の言葉に良吾は目を白黒させて捨て犬の様な目で見たが当の海桐花は
(グッ!)
風舞希から見えない角度から親指を人差し指と中指で挟む、通称フィグ・サインで以って答えるのみであった。
「き、急に押しかけてしまい申し訳ございません…」
「いえいえ、そんな。私も先日は体調がお悪いにも関わらずお引き止めしてしまい申し訳ございませんでしたわ」
「い、いえ…そんな風舞希さんが謝ることでは…」
「そうですか」
「えぇ勿論…!(助けて海桐花…!!)」
海桐花に見捨てられ、風舞希と2人きりになった良吾であったが最早完全にテンパっていた。
なんとか無礼のない様に風舞希に話しかけるが、それでもDTの良吾には難しかった様ですぐに言葉に詰まってしまう。
「良吾さん、私も仕事がひと段落しましたし少しお付き合い願えませんか?」
そんな良吾の気持ちを知ってか知らずか風舞希は執務室の棚に置かれていた瓶とグラスを手に取った。
「は、はい!勿論です!!」
風舞希の言葉をこれ幸いと良吾は琥珀色の液体と氷が入れられたグラスを掲げた。
「では乾杯」
「か、乾杯!」
チン、と2つのグラスが触れ合う澄んだ音がして中の液体が揺れ動いた。
口に含むと酸味のある林檎の様な甘さと梨の様なフルーティな香りが口いっぱいに広がる。
そしてすぐにアルコールの辛さがやってきて最後に酸味や甘味が押し寄せてくる複雑で深いコクの余韻に良吾は目を見開いた。
「う、美味い!」
「よかったですわ。
母が30年程前、私が小さい頃の丁度これくらいの時期に満面の笑みで買って来ましたの」
その言葉に良吾はピンと来た。
「その年って大横綱が引退した年では?」
「そうですが…何故お分かりに?」
「あ、いえその…」
そこで良吾は言葉に詰まった。
海桐花が競馬で風舞希の事を悩ませている事は勿論知っている。
自身が競馬が好きな事を話しても風舞希は良い顔をしない事は分かりきっている。
しかしここでもし話を濁してしまっては彼女に対して不義理であると言わざるを得ない。
アルコールの力も借りて良吾は全てを打ち明ける事に決めた。
「おそらく海桐花さんはこれを買った日に競馬の暮れのグランプリで大勝ちをしたので買ってきたのだと思います。
その年のグランプリで海桐花さんが賭けたお金が言っている事が正しければ130倍以上になったハズですから…」
「そうだったのですね…長年の謎が解けました」
30年前の一幕を思い出したかの様に風舞希は微笑んだ。
そんな風舞希をみて良吾は覚悟を決めた。
「実は自分は海桐花さんとは競馬場で出会いました。
彼女は自分の事を古い友人だと言ってましたが、出会ったのは3日前なんです…」
「えぇ、母の口ぶりからもその様な事は何となく分かっていました」
「あと、先日の非礼を詫びるのと同時にもう一つ重要な事をお伝えしたいからです!!」
泰然自若とした風舞希の醸し出すオーラに良吾は呑まれまいと声を張り上げた。
「風舞希さん!自分は風舞希さんのことを一目見た時から貴女に心を奪われました!!
友人からで結構ですので自分とお付き合いして頂けないでしょうか!?」
そう言いながら良吾は90°に上半身を折りたたんだのだった。
「……」
良吾の言葉に風舞希はただ無表情で以て答えた。
コチコチと時計の針が動く音が静かな室内に響くのみ。
その時間が那由多程にも感じていた頃、ようやく風舞希が口を開いた。
「良吾さん、本気ですか?
私は3人の子の母であり、魔防隊9番組組長にしてそれを長年支える東家の人間ですよ?」
「勿論です」
「では何故その様な戯言を?」
射竦めるかの様な鋭い視線を風舞希は良吾に注いでいた。
いつの間にか風舞希は全身から凄まじい威圧感を放っており、今まで良吾に向けていた穏やかな笑みは全く無くなっていた。
良吾本人も風舞希に抜き身の槍を突きつけられているかの様な錯覚を覚えていたが、ここまで来てしまったのならば後に引く事など考えていない。
海桐花の『骨を拾ってやる』との言葉を思い出しながら自身の全てを風舞希にぶつけた。
「風舞希さんからしたら戯言かも知れません。
ですが自分の気持ちに嘘偽りはありません!
初めて貴女を見た時から芯の強さと厳しさの中に溢れる優しさを見ました!
そして海桐花からも聞きました!
前の旦那さんが東家の重圧に耐えきれずに姿をくらませた事も!
魔防隊の組長であり、東家の方であり、1人の母親として奔走されている貴女を少しでも支え、少しでも苦しみや重圧を分かち合いたい!
これが今の自分の願いです!!」
「貴方は!」
今まで泰然自若としていた風舞希の表情が初めて崩れた。
「貴方は東家と言うものを分かっていない!!
東家は時に殺し合いをしてまで代々魔防隊に優秀な人材を派遣することで栄えてきました!
我々がどれほど手を汚してきたか、ご存じないからその様な事を『そうですよ!!』ッ!?」
「何も知らないから言ってるんですよ!!東家の事も魔防隊の事も!!子育ての事も!!
今のご時世に古臭いとか時代遅れとか言われるかも知れないですが貴女一人の細腕で抱えるには重過ぎるんですよ!!
自分は風舞希さんと言うただ1人の女性の全てを心の底から支えたいんだ!
心の底からそういうしがらみを含めて貴女の事が好きなんです!!貴女の横に立ちたいんです!!!」
「本当に…」
再度の永い沈黙の後、風舞希が口を開いた。
「本当にその気持ちに嘘偽りは無いのですね?」
全てを見透かすかの様な目に良吾は胸を張って答えた。
「えぇ、どれほどの重圧か一般人の自分には想像出来ないですが、この身が朽ちる時まで貴女のを支えたい。それが自分の今1番の『夢』なんです…!」
全てを吐き出した良吾にはもう何もいう事は無かった。
これでもしダメだったとしてもキッパリと諦めがつく。
部屋の前でウジウジしていた時と別人の様であった。
「そうですか…少し考えさせてください…」
静かに、しかししっかりとした声で風舞希は呟いた。
その短い言葉には思いを伝えてくれた良吾への真摯な思いが感じられたのだった。
「分かりました。
今日はお詫びに来たのにこんな事を言って申し訳ございませんでした。
失礼します」
そう言って良吾は執務室を後にしたのだった。
何やら喉の調子が悪いので更新が2日に1回になるかもしれないです(T ^ T)