元総組長と俺と競馬と   作:対ゴドルフィン特効兵器

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こらぁ○村君、気管支炎だよ…



笑顔の明日

「…ふう…」

風舞希は良吾が帰った後もソファに身を沈めていた。

良吾の瞳には強い意志が宿っていた。

男女の力関係が逆転した昨今であれ程までに強い意志を宿した瞳を風舞希は未だかつて見たことがなかった。

それは蒸発した自身の夫にもだ。

 

幼い頃から東家を大きくする事を至上命題として育てられてきた風舞希に取って結婚・出産すら家の為であった。

海桐花の選んできた男と言われた通りに肌を重ねた。

3人の子を授かった時も幸福感より女児を3人もうけた事の安堵感の方が大きかった。

 

『これで東家は安泰』

 

そう自身に言い聞かせて愛のない結婚生活と魔防隊の9番隊組長と言う二足の草鞋の生活を送っていた。

 

しかしそんな風舞希に夫は絶望し気後れしたのだろう。

ただ子を成す為だけに風舞希を抱き、子を成した後は用済みとばかりに扱われる。

自身は蟻やチョウチンアンコウの雄の様に子孫を残す為だけに使われただけであったのだった。

 

そればかりで無く風舞希が魔防隊の組長であるという事実も夫を苦しめていたのだろう。

組長は一騎当千の魔防隊員内でも突出した実力を持っており、1体で何十人もの人間を簡単に屠る醜鬼の大群を一瞬で壊滅させる程である。

その様な風舞希と自身を比べた時劣等感や孤独感に苛まれた事は容易に想像出来る。

 

そしていつの間にか夫という男は風舞希と東家から完全に姿を消した。

母の選んできた相手は3人の娘を魔防隊員にする事で東家を強大にすると言う点においては種馬として優秀であったが父親として、男として見た時は落第であったのだった。

 

しかし母として過ごしているうちに東家の在り方について疑問を持ち始めた事も事実であった。

通称東の晩餐と呼ばれる次期当主を選抜する行事は、言い方こそ濁しているがその実は殺し合いをして最後まで生き残った者を次期当主に据えるという物であった。

桃の能力で実際に死なないものの刃を交え、次期当主の地位と財力を巡って争う為憎しみを増す事は必然であった。

本家筋の人間は下の名を漢字三文字であるのに対して分家筋は二文字、一文字と産まれた時から差別・区別されて育てられてきた人間の憎悪を風舞希は幼い頃から受け続けていたのだった。

その様な憎悪を向けられるのは自身の代で終わらせる。

娘達に自身の様な辛い思いはさせないという決心は母親だからこその思いであった。

 

そして極め付けは良吾である。

海桐花が風舞希の目を盗んで金庫から金を持ち出して競馬場を訪れた時、制裁をするついでにおそらく全額を無駄にしたのであろう母を連れて帰る際に共に居たのが良吾であった。

彼は東家や魔防隊の元総組長であった海桐花を持ち上げたり、自身を低く置く事なく台頭に正に友人の様に扱っていたのだが、その様な一幕に風舞希の心の中に言いようの無い嫉妬心が湧き上がった。

 

自身には明け透けに冗談を言い合える様な友人も居なければ、心を開いて弱みさえ曝け出せるパートナーも居ない。

 

自身は孤独なのに、母は目を盗んで遊びに行って友人まで作る。

 

そんな嫉妬心を切っ掛けとして『東家の為』一辺倒で乾き切っていた風舞希の心に『良吾』という水が行き渡るのにそう時間はかからなかった。

 

そして良吾が気を失った際に、自身の胸に顔を埋めた良吾に言いようの無い感情を抱いていた。

 

東家の為と言い聞かせて娘に母親として注げなかった愛情

海桐花だけが作った気の許せる友人

そして自身のパートナー

その全てが渾然一体となった結果、風舞希は自身が3人の娘の母である事を良吾に告白したのであった。

 

この人なら私を支えてくれる。

そう思った風舞希であったが、良吾の反応は芳しいものではなかった。

自身に娘が居ることを言った途端に腫れ物に触るかの様にさっさと踵を返したのだった。

 

やはりこの男もダメか…

そう絶望しかけたが、自身の意思とは関係なく手と口が動いた。

「私の連絡先です!

何時でも連絡してきて下さい!!」

気付けば風舞希はそう叫んで良吾のポケットに自身の連絡先を記した紙を入れていたのだった。

しかし正直連絡先を渡しはしたものの後から考えると良吾の顔は見たくないのが7、もう一度会いたいが3であった。

また裏切れる恐怖と良吾であればという一縷の望みが風舞希の心を支配していた。

 

そんな時に再度の良吾の訪問に風舞希の心は生まれて初めてと言っていいほど乱された。

如何に魔防隊組長の風舞希であっても自身の心の内を悟られまいと必死にポーカーフェイスをする事で精一杯であった。

もし何か話せばボロが出てしまう。

そう思いアルコールの力を頼ったのだがその結果が先程の告白である。

男のクセに自身の心を掻き乱す良吾に苛つきさえ抱く程であった。

その苛つきをぶつけても良吾は怯まなかった。

出会った時や気がついた時の慌てていた自信なさげな彼は何処へ行ったのか、本当に同じ人物なのかと思うほどの変わり様に風舞希の心臓は今までにない速さで脈打っていたのだった。

 

「はぁ…」

何度目かもわからないため息をついた時、

 

「全く…お主らは高校生か!?

見ておるこっちが焦ったくなってくるわ!!」

 

「か、母様!?」

突然の海桐花の声にさしもの風舞希もソファから立ち上がらんばかりに驚いた。

 

「なんじゃ良吾のヤツ、此方が折角場を設けてやったというに…

これじゃからバキ童なんじゃよ…

っておぉ!この酒!ようやく開けたのか!!良吾も飲んだ様じゃし、ちと相伴に預からせてもらうぞ!」

自身の事など眼中に無いかの様な海桐花の振る舞いに風舞希のフラストレーションは増大していった。

 

「母様、勝手な振る舞いはお辞め下さい

ましてや魔防隊元総組長がその様な格好で出歩き、あまつさえ競馬場に入り浸るなど言語道断ですよ?」

 

「ふん!説教は自分の格好を見てからにせい!

隠居した此方に説教するとは其方も随分と暇なようじゃの?」

海桐花の言葉にビシリと風舞希のこめかみに青筋がたった。

 

昔からズケズケとものを言う海桐花には風舞希も慣れていたが、自身が思い悩んでいる時に関係ないとばかりに飄々と自由に振る舞っている海桐花を今は見たくもなかった。

「いい加減に…!!『この酒、遂に開けたのか。長かったのう…』?」

追い出そうと声を荒げた瞬間、海桐花が手酌で飲んだウイスキーを掲げながらしみじみと呟いた。

 

「母様、遂にとは…?」

 

「其方忘れたのか?まぁ30年も前の話じゃし覚えておらぬのも当然か」

そう言うと海桐花はコトリとグラスをテーブルに置くと懐かしそうに語り出したのだった。

 

「この酒はもう30年も前になるかのう。

此方も其方の様に魔防隊の責務に疲れ切っておったのじゃ。

他の一族からのやっかみや魔防隊の職務と心身共に疲れ切っておった。

そして毎年楽しみにしておったその年の暮れのグランプリはブービー人気の馬にその時の有り金を全部注ぎ込んだのじゃよ。

数々の問題に立ち向かう此方をその馬に重ねてたのじゃろうな…」

 

「…」

風舞希は海桐花の告白に絶句していた。

まさかこの傲岸不遜にして豪快崩落な母にその様に思い悩む日々があったのかと目を見張った。

 

「結果はなんと大当たり!

当時の最強馬であった史上最強ステイヤーを見事差し切って1着!!

その時には自然と涙が溢れておったわ…」

 

「此方はその日、ヤツに、ブービー人気のヒーローに救われたのじゃ。

その記念に買ったのがこの酒じゃが風舞希よ、これを渡した時に此方がなんと言うておったか覚えておるか?」

 

「いえ…私も幼かったので…」

風舞希が被りを振ると海桐花は柔らかな笑みを湛えて言った。

 

「『今は分からぬであろうが、将来良き人が現れた晴れの日に飲め』

此方はそう言ってこれを渡したのじゃ」

 

「…!!」

海桐花の言葉に風舞希は目を見開いた。

 

「若き日の此方も東家に魔防隊、子育てにと奔走しておった。

其方に親らしい事をしてやれなんだ事への責めてもの償いでもあったんじゃろうな。

また東家の為と此方が選んできた夫では重圧に耐え切れぬが、其方の選んだ者であれば苦楽を共に出来る。そうも感じていたのじゃろう。

そんな時に飲む為にと買って来たのがこの酒じゃ」

 

海桐花だけでなく風舞希も一般の常識とはかけ離れた価値観の元育てられて来た。

海桐花の選んできた相手は子を成す為の種馬で、その後に風舞希自身が人生を共にしたい相手を選ぶ事を容認しているのであるからその一点だけを見ても東家の魔防隊内での地位の確立に対する執念は異常である。

しかしその様な環境、価値観であっても自分なりに娘の幸せを願う海桐花なりの愛情に初めてふれた様な気がした。

 

「娘達も独り立ちして3人ともそれぞれ副組長にまでなっておる。

其方も自身のヒーローを探しても良いのではないか?

ヤツならば其方の重圧を共に負うてくれるじゃろう…」

そう言って海桐花はグラスを傾けた。

「くぅ〜ッ!やはり美味いのう!!」

すっかり氷が溶け切ってはいたもののその素晴らしい芳香と複雑な旨みは変わっておらず、様々な高い酒を飲んで舌が肥えていた海桐花を唸らせたのだった。

 

そして

「母様、今日はお付き合いします」

そんな海桐花に風舞希は向かいに座ると晴々とした笑みを浮かべながら自身もグラスを傾けたのだった。

「おぉ珍しいと事もあるものじゃの!」

そんな娘に海桐花は上機嫌に応じたのだった。

 

その日は深夜になっても執務室の電気が消える事はなかったそうな。




ご存じかとは思いますが私はバキ童ことぐんぴぃ氏の大ファンです。
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