「「……」」
昨日の様に良吾は風舞希と向かい合って執務室のソファに座っていた。
双方共に借りてきた猫の様に一言も言葉を発せず下を向いており、所在なさげにモジモジと動く指が2人の居心地の悪さを表していた。
(はぁ〜…風舞希さん困ってるよ…
そら態々断る為だけにこんな格好して来られちゃ場違いだよなぁ…)
(…どうしましょう、何を話せば良いのか分からないわ…
夫は居たけれど想いを告白されたり、その答えを伝えたことなんてないし…)
双方誤解を多分にしており、居心地の悪い空気が執務室内に充満する。
時計の針のコチコチと動く音が自身を煽るかの様に2人の耳に届く様に出した頃、
「「あ、あの…」」
沈黙に耐えられなくなったのか同時に口を開いた。
「あ。す、すいません。風舞希さんから…」
「いえ、此方こそ申し訳ございませんわ…ここは良吾さんから…」
「で、ではお先に…」
「どうぞ」
互いにペコペコと頭を下げあっていたが良吾は腹を括った。
そんな良吾に風舞希は微笑みを浮かべ、脚を組み直して言葉を待った。
余裕そうに見える所作であり事実目の前に座る良吾からもその様に見えたが、その実は前夫との初夜とは比べ物にならない程に緊張しており、豪胆と魔防隊内に知られている普段の彼女とはまるで別人であった。
「まず、昨日のご無礼をお許しください。
風舞希さんやお子さん達の事など全く考えずに自分の気持ちだけを押し付けて突っ走ってしまいました。
それだけでなく風舞希さんが背負っている東家そのもの、果ては魔防隊までもを今まで全く知らなかった外部の自分が軽々しく支えると言ってしまい申し訳ございませんでした。風舞希さんの気が済むなら殴るなり、槍で突くなりしていただいても全く構いません!これまでのご無礼をお許し下さい!!」
そう言うと良吾は深々と頭を下げたが、それを見ながら風舞希は微動だにせず澄んだ目でジッと見つめていた。
「良吾さん、頭を上げてください」
しばらくして静かに風舞希が口を開いた。
彼女の顔は見えずとも、その言葉に怒りの色は感じられず良吾は疑問に思いながらも頭を上げた。
「貴方が謝る事ではありません。
私の方こそ心配をしてくださった貴方の事を怒鳴りつけてしまって申し訳なく思っています」
静かに瞑目して語る風舞希に良吾は畏怖と恐怖が混ざったかの様な感情を抱いた。これほど自身の感情を抑えられる女傑があれ程までに激情的な一面を見せたが、目の前では嘘の様に凪いだ表情で淡々と語っている。自身がどれほどの無礼と彼女の逆鱗に触れたのかと思うと心底戦々恐々として腕の1、2本を覚悟したが辛うじてのところで表情に出さずに平然を装う事が出来た。
「それに、
あんな熱烈に想いを伝えられて嬉しく無い女性は居ませんわ」
そう言いながら頬を染めた風舞希に良吾は目を見開いた。
「えっ…それってどういう…」
「友人から、よろしくお願いしますということです」
そう言いながら微笑む風舞希に良吾の脳は完全にフリーズしてしまった。
「…ゑ…?風舞希さん、それって…?」
良吾の混乱した事に起因する全く感情のこもっていないその一言でさえ今の風舞希を突き崩すには十分過ぎた。
「で、ですから!友人から初めて、ゆくゆくは貴方と一緒になりたいと言っているのです!」
「!!!!」
頬だけでなく耳どころか首まで赤く染まり、生娘の様に取り乱しながら話す風舞希に流石の良吾の脳も機能を取り戻しつつあったが、今までの覚悟とは正反対な風舞希の言葉に未だ理解が追いついていなかった。
「ふ、風舞希さん、本当に良いんですか…?
そもそもなんでOKを…?
「それは…その、羨ましかったんです…」
「羨ましい?」
風舞希の口から出てきた言葉に良吾の疑問はますます深まった。
「母様はまだまだ力は衰えていないにも関わらず総組長を辞めて今や悠々自適の隠居生活状態で遊びにもよく行かれるのですが、先日貴方と話している母様をみてどうしようもなく羨ましいと思ったんです…
貴方は母様が魔防隊の元総組長と知った後でも変に持ち上げたり自分を低く置くこともなく対等にお話をされていました。
私には冗談を言い合える様な友人も居なければ、心を開いて弱みを曝け出せるパートナーも居ないのに…
そんな嫉妬の思いが溢れ出してきたんです」
「…!」
あれほど淑やかに、強く振る舞っていた風舞希の告白に良吾は息を飲んだ。
「そして私は貴方を試す為に子供が3人居る事を告白しました。
まるで貴方は腫れ物にでも触れるかの様に帰られましたが、その時咄嗟に貴方のポケットに連絡先を入れたのです。正直その時は失望しかけたのですが何故か私は貴方に連絡先を渡した後も、失望した筈の貴方になんとかして会いたいと言う一縷の望みを抱いていたのです…
そんな時、貴方が再び来てくれた…」
「そうだったんですが…
風舞希さんがそんな思いで娘さん達の事を言われたとは思っておらず…
自分はてっきり此方の心を見透かされて遠回しに断られたのだとばかり…それこそ風舞希さんに想いを抱くなんてことは不義密通でなんて事をとさえ思ってました…」
「それであんなフラフラになってたんですね?」
良吾の告白に風舞希が微笑みながら茶々を入れた。
「そりゃああもなりますよ!
それくらい風舞希さんの事が気になってたんですから!」
良吾も顔を赤くしながら風舞希に答えるが、してやったりと悪戯っぽく笑う彼女に改めて惚れ直していた。
「それに、
倒れた時に私の胸に顔を埋めた時に、可愛いとも思いましたし…」
「我が腹、掻っ捌いでお詫び申し上げます」
良吾はそう言うとソファから立ち上がり、ペン立てに入れられていたカッターナイフを持って床に正座をした。
「ちょっ!?良吾さん!?」
あまりの変わり様に風舞希は驚いて止めようとするが良吾は止まらない。
「意識が無いとはいえ大変なご無礼を致しました。
この償いは我が命を以って支払わせていただきます」
そう言うと上半身の服を全て脱ぎ捨て作法通り刃に紙を巻いていく。
その行動には一切の躊躇もなく、風舞希は大慌てで良吾の腕に飛びかかった。
「そんな事で切腹しようとしないで下さい!こんな事でいちいち切ってたら命が幾つあっても足りませんよ!?」
「死なせて下さいよ!!風舞希さんの…その…胸に顔を埋めるなんて事をした以上はケジメを付けさせて下さいよ!!」
「お付き合いしてたらそういう事もあるんですから!!」
「そ、そういう事!?」
風舞希の発言に良吾の力が弱まった瞬間を逃さず、風舞希は良吾からカッターを奪うことに成功し、変な事をしない様にと両手を押さえて馬乗りになった。
「良吾さん、私は貴方に支えて欲しいのです。
東一族からの憎しみ、魔防隊の9番組組長としての責務で疲労しきった私の苦しみや悲しみを共に分かち合い、今後貴方との楽しい思い出や嬉しい事を共に経験したいのです。
良吾さんにその覚悟はありますか?」
自身の全てを見透かすような風舞希の瞳を真っ直ぐに見返しながら良吾は力強く言い切った。
「勿論です。微力ながら末長く風舞希さんを支える覚悟です」
「良吾さん、ありがとう…」
そんな良吾の言葉に風舞希の目から光るものが見えたのだった。
その時
「おぉい!
何やら凄じい音がしたが大丈夫か!?」
2人が争う音を聞いたのかやってきた海桐花が執務室の扉を開け放った先に見たものは、
「「あ」」
上半身裸の良吾に馬乗りになって涙を流す風舞希であった。
「おぉ!其方らもう子作りに励んでおったか!!
これは失敬!!使用人達にも手出し無用と伝えておく故しっかりヤるのじゃぞ!!」
そう言うとそそくさと執務室を出ていった海桐花だったが、
「風舞希さん…」
「良吾さん…」
そんな海桐花をみて当事者の2人は顔を見合わせると
「「ちょっと待てぇぇえぃ!!!!」」
大慌てで後を追ったのだった。
入院中と言うこともあるのでかなり不定期になってしまいます…