ふと、懐かしい夢を見た。フキと千束の話をしたからだろうか。アレは確かまだ私がちゃんとリコリスとして活動できてた頃の話だ。
「お前のランクは明日からファーストだ。気張れよ」
セカンドとして着々と実績をこなし、司令の手駒としてたまに変な任務にあたる。今と大して違わない日々を過ごしてきた私にとってそれは思わぬ報酬だった。ある種夢までに見たリコリス最高ランクの称号たる赤い制服。任期中に袖を通せない者も多いこの服をまさか自分が着ることになるとは思ってもいなかった。
だから嬉しかったし喜んでいた記憶もある。だが、事実は残酷だった。
「お前にはあるクソガキの鼻をへし折ってもらう」
当時、リコリスにはある話題で持ちきりだった。最年少でライセンスを取得し、最短でランクファーストにまで駆け上がり、電波塔事件を1人で解決した天才がいるという。
その名を錦木千束といった。一度訓練の様子を見たがそれだけで化け物だと分かった。アレを倒せと。無茶を言うな。アレに勝てるとしたら神か悪魔だ。それでもその任務の為にない頭を引き絞った。1ヶ月経ち、作戦を書いては消してを繰り返したノートから白紙がなくなった頃、私は一つの作戦に辿り着いた。
「それで、これならばアレに勝てると?」
「分かりません。でもこれなら賭けにはなります」
「お前の作戦は効率で言えばトップクラスだ。損耗率を無視すればな。だがそれ故に今回はお前が適任だと考えたが…この作戦でようやく賭けか…」
「それほど彼女は天才なのですよ。勝っているところが体格だけではどうしようもありません」
「お前は賭けに勝つ自信はあるのか?」
「望む物を用意してくれれば」
「分かった。少し時間を貰うぞ」
この時、私が要求したのは特殊装備と選りすぐりのメンバー。私を含めたファースト10人に、成績優秀なセカンドを20人。これが任務の意図を果たす為に履いた最大の下駄だった。そして勝負の時が来た。
「全員倒せばいいんだよね?」
「ああ、今回は模擬戦だから死ぬことはない」
「その子が噂の最年少リコリスですか。そして、先生はそっち側なんですね?」
「ああ、今回ばかりはお前達の味方はしてられない。すまんな」
「いえいえ、また銃の扱い教えてください。それでチャラです」
「ああ、分かった」
おそらく先生は手を出さないだろう。そういう指示が降っているはずだ。でなければこの賭けはすでに負けが決まっている。
「それでは指示通りに」
「「了解」」
「それでは、模擬戦を始める。本番だと思って行うように」
「aチーム、スモークグレネードを投擲次第、対象との交戦を開始せよ!」
「こちらチームa、了解」
こちらが考えた作戦は至極単純、至近距離でさえ弾を当てるのが難しいのなら見えなくしてしまえばよい。開始と同時に煙幕を張り、相手の視界を奪う。当然こちらも見えないが、まだ幼い彼女の足音は間違えようのない目標になる。そうすれば少なくともあの変態じみた回避は難しくなるだろう。
「とはいえ、この程度で終わるなら拍子抜けだもんなあ。さあて、次のステップの準備をしないと」
ファーストクラスを3人、セカンドクラス7名の計10名を彼女に向かわせた。チームの全員には積極的な攻撃は不要であると伝え、防御を重視した行動をとるように伝えてある。その理由は今我々が行なっている作業の時間稼ぎのためである。
「第一ブロック作業完了!」
「第二ブロックも完了しました!」
「了解。第三ブロックが完了次第、作戦を開始する」
作戦の第二段階、煙幕を使った妨害は継続だが、発煙機を使って継続的かつ、フィールド全体を煙幕で包み込む。装置を解除しようものなら途中で幾重にも仕掛けたワイヤートラップにより自滅するという寸法だ。
「こちらチームa、対象により、予備メンバーを含めた9名が撃破されました!」
愕然とした。ファーストクラスを複数投入し、支援するセカンドのメンバーも吟味に吟味を重ねた。それが数分足らずで全滅しただと?どんなトリックを使ったらそうなるのだ。
「ええい!史上最強のリコリスはとことん化け物だな!」
「こちらチームd!敵の妨害に遭い、第三ブロックの作業を断念!損耗率は5割を超えました!」
「あのクソガキがー!こうなれば仕切り直しだ!全員第一ブロックに集合!そこで再編成を行う!」
なんてクソガキだ。しかもこの数分で最高クラスのリコリスを複数倒しながら10人以上撃破したとは……
「むしろ最初の3人が頑張ってくれたおかげでこの数生き残れたのか……」
「1人残ってますよ。勝手に殺さないでください」
「流石ファースト。全員はやられなかったか」
「相方が逃がしてくれたもんで。それで、どうするんですか?アイツは多分第三ブロックから出てはこないでしょうね」
「いや、分からない。もしかしたらこっちに来るかもしれない。ただ、ここまで来るのに時間はかかるよ。発煙機の近く以外にも何箇所かトラップは仕掛けた。君達の犠牲程ではないが時間は稼げる」
軽口を叩きながら再編成を行う。こうなったらとことん彼女の裏をかいてやる。
「秘密兵器使って負けたら降格じゃ済まないだろうなあ……」
「それでも、これしかないならやりますよ」
「ごめんね。みんなの命を貰う」
お世辞にも上手い作戦ではない。だが、これ以外に勝機はない。
「さあ、行こうか」
当然かもしれないが件の天才は煙の届きにくい高台に登っていた。
「やっぱりそうだよねー。私だってアイツならそうするもの」
「じゃあ手筈通りに」
「「了解!」」
再編したチームが各々動き出す
「いくら天才でもこれは知らないでしょっ!」
秘密兵器その1、拘束用銃。銃弾の代わりにワイヤーを射出し、相手を拘束する。リコリスにとって必要性の薄い武器だが、存外便利な代物だ。
しかし、相手にとってそれは驚きはしても避けられないというほどのものではなかったようで、軽く避けられてしまった。
「はーっ……マジかよ。いい加減当たれやクソガキ!」
数発乱射したが当たらず弾切れとなった。仕方がないので次のステップに移る。
「スモークグレネード投擲!」
メンバーが持っていたスモークグレネードの殆どを彼女に向かって投擲する。当然彼女も射撃によりグレネードは彼女には届くことなく爆発する。だがそれでいい。
「総員、突撃!」
もはや我々に残された道はひとつしかない。いかにして相手をこちらのゾーンに引き込むか。引き込めれば残ったメンバーにもよるが倒すことは不可能ではないだろう。
「リーダー!対象を見失いました!」
あそこから移動を選ぶか!再編成してチームは2つに分かれた。1つは陽動と妨害を主にした私のチーム。
もう1つは第三ブロックにある発煙機の起動を目指すチーム。といっても相手によってすぐには使えないようになっているだろうから、あくまでそのふりだが。残ったスモークグレネードを使い発煙機が復活したように見せかけるのが真の狙いだ。
どちらも陽動の役割を持ち、真の狙いは相手には分からない。混乱を招き、思考能力を削いでいく。そして今回最後の大勝負に持ち込む。それが我々の狙いだ。
「さて、どちらに引っかかるかな」
「とりあえずこちらには向かってこないのを見るに向こうに行ったようですね」
「じゃあ行動開始だ。全員リロードは済ませておけよ」
さて、最後の勝負と行こうじゃないか、錦木千束。
「こちらチーム1。獲物は釣れたか?」
「こちらチーム02。ばっちりです。相手も煙が少ないほうがやりやすいのでしょうね」
通信越しでもヒットと叫ばれる声が聞こえる。全滅は時間の問題だ。
「耐えろとは言わない。できるだけ損耗させろ」
「鬼畜だなあ。でも、了解です。後はお願いします」
「分かった。それじゃあね」
通信を切る。深呼吸を一度行い、覚悟を決め、たったふたりとなった仲間に告げる。
「目標は第3ブロック!これが最後だ。付き合って欲しい」
「了解!」
そして数十秒後、私は相手……錦木千束がチーム02を殲滅させた瞬間を見た。そして、私が叫んだ言葉は
「散会!あとは手筈通りに!」
だった。我ながら指揮官薬が板についてきたとはじめて思った瞬間だった。
「さあ踊ろうか、最強」
「いいよ。やろうか」
私はカバンからナイフを抜いて走り出した。これまで何度も考えた錦木千束と正面戦闘になった際の対処法。その一つがこれだ。ナイフ術、いわゆるCQCというものだが、これは私にとって合っていたようで、幾度となくこれで窮地を切り抜けてきた。
「CARがなんぼのもんじゃい!こちとらCQCじゃ!」
ナイフの利点はその攻撃速度にある。相手にナイフが届く距離なら獣よりナイフの方が速く届く。いかに錦木千束といえどよけづらくなるはずだ。
「だってのに、器用に避けるね!」
牽制で持っていた拳銃で逃げ道を塞ぎナイフでの本命……!
「あっぶな!」
後ろに飛んで回避した錦木千束を待ち受けるのは仲間たちによる十字砲火。これは避けられまい!
瞬間銃声が二度響いた。体を捻りつつカバンから予備の銃を取り出し、二人同時に命中させたのだ。
「このバケモンが!」
ひとり残された私はナイフを投げていた。流石の錦木千束も無茶に無茶を重ねた回避と迎撃でついに避けることができなくなっていた。しかし、拳銃で防御を行い、直撃を避けたようだ。
「さて、間合いは3メートル。この距離ならまだ何とかなるか」
靴のかかとから隠しナイフを取りだす。任務でも使ったことが無い特注品だ。
「最後だ。銃でもナイフでも好きに握りな」
「へへっ」
千束が銃を握るのを見た瞬間私は距離を詰めた。距離は1m未満。千束にとっても必中の間合いだが私の方が速い。
「これで終わりだ!」
千束の心臓にナイフが当たる瞬間、足に鈍い衝撃が走った。
「ここで蹴りを入れるかね……普通!」
蹴られた衝撃でバランスを崩し、わずかな猶予が生まれた。
そして、その瞬間を見逃す千束ではない。すかざす引き金を引き、それは私に鮮やかな色を付け、千束の胸にもナイフの切っ先が確かに当たっていた。
「模擬戦は終了!同時撃破とみなし、結果を引き分けとする!」
そのまま倒れこんだ私はため息をついていた。
「ここまでハンデ貰って勝てないとかへこむわー……」
「いやいや、私撃破判定貰ったの初めてだよ!私の負けだって」
「いや、知らねえよ……なあ千束、私は今日初めてお前と話したけどな」
「うん」
「お前の先輩達だってお前ほどじゃないけど強いんだ……なんでも一人でやろうとするなよ」
「ねえ!お姉さん名前教えてよ!」
「お前……話聞いてたか?」
「私友達になりたい!」
「はあ……一条フエだ。こんな小さい友達ができるとはねえ」
「フキと名前似てるー!おっもしろ!」
「一文字違いじゃそりゃ似もするだろうが……悪い、ちょっと寝かせて……ここんとこ寝不足で……」
「えー!フエ先輩が使ってたワイヤーのやつ使ってみたいのにー!」
「あれは先生に習ったから先生に言え……」