機動戦士ガンダムSEED New desTiny   作:ジェド・アリッサム

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3. 初陣

「こいつ……!」

 

 カオスに乗り込んだスティング・オークレーは、放ったビームライフルの一撃が躱されたことに驚愕していた。

 コックピットも開けっ放しの敵機に対する、完全な不意打ち。それにも関わらず、まさか躱されるとは。

 機体もジンやディンのような旧式ではない新型。厄介な敵が現れたことに、思わずスティングは舌打ちした。

 

 スティングの目的はザフトの新型モビルスーツを強奪することだった。事前に得ていた情報を基に首尾よく機体に乗り込むことに成功した時点で、目的の半分以上は果たされたと言ってもいい。

 後は敵の当面の追撃を防ぐため、アーモリーワンの工廠と敵戦力にダメージを与えて外の宙域に待つ母艦、ガーティ・ルーに合流すればいいだけだからだ。

 だけ、と言っても、たった三機のモビルスーツで行うには無謀な作戦にようにも思えるが、機体の性能とパイロットの能力、それにプラント本国のあるL5から遠く離れたL4宙域にあるというアーモリーワンの立地から可能であると判断された作戦だった。

 実際、機体の性能は圧倒的で、事態を受けて出てきたジンやディンなどは一撃で撃破することができる。

 作戦は極めて順調。そんな中でスティングは、そもそも敵が出てくるのを防ぐため機体の置かれたハンガーを潰していたところ、白い新型に遭遇したのだった。

 

 

 

 

「撃ってくる!?」

 

 壊滅状態のアーモリーワンを見て湧き上がった怒りに冷や水を浴びせるが如く、上空に逃れたシンのザクファントムにビームライフルが突き付けられる。

 咄嗟にスラスターを噴かせた瞬間、直前までいた場所を緑に光る奔流が貫いたのを見て、シンの背筋に冷たい汗が流れた。

 自分が今いるのは戦場なのだ。ついさっきまで生きていた人が死んでしまうような、そんな残酷な場所にいる。さながら、そんな事実を突きつけられたようだ。

 

「…………クソッ!」

 

 心のうちに、恐怖が忍び寄る。それは、自分の死に対するものだけではない。それ以上に、シンは同じコクピットにいるアグネスのことを思った。

 ここで敵にやられれば、自分だけでなく彼女にまで危害が及ぶ。ただでさえ怪我を負っているだろうに、これ以上シンがしくじってしまえば、今度は命が危ない。今は確かに心臓の鼓動を伝えている、シンが初めて守れたこの生命が失われてしまう、そんなことは絶対に嫌だ。

 既に、シンの心に燃え上がった怒りは鳴りを潜めていた。その代わりに、早くアグネスを安全な場所にまで運ばなければという焦燥感が生じてくる。

 だが、敵の銃口は相変わらずこちらに向けられたままだ。どうすれば、この場を凌ぐことができるのか。

 そんなシンの思考を遮るようにビームが放たれる。反応したシンは一射目を避けるものの、急に噴かしたスラスターの慣性を殺しきれないうちに迫る二射目。どうにかシールドでそれを防いだシンは、大きく肩で息をした。

 敵のビームがどこに向けられているかはなんとなくわかる。ただ、それをすべて避けられるほどうまくMSを操縦できない。そのことを、シンはもどかしく感じる。

 それに、慌ててハンガーを飛び出してしまったために、今のザクはライフルすら装備していない。使える兵装はシールドに格納されたビームトマホークだけで、アグネスを抱えたこの状態で格闘戦などできるはずもない。

 どうにも打つ手がないシンは、ひたすらにビームを避け続ける。状況を打開できる何かを待って。

 

 実のところ、ほとんどまともにシミュレーターでの訓練すらできていないシンが、スティングを相手にここまで立ち回れているのは異常なのだが、本人はそのことに気付いてなどいなかった。

 

 

 

 

 

 一方、シンと相対するスティングは、目の前の敵に手を焼いていた。

 あの白い機体は新型とは言え、自分の乗っているカオスと比べれば機体性能は劣るはずだ。それに、スラスターの挙動から戦場慣れしていないパイロットのように見える。

 にも拘わらず、攻撃が当たらない。これまでカトンボのように落としてきた奴らと違って、一撃たりとも直撃を取れていないのだ。

 余程目が良いのか、銃口の向きでも察知してライフルを放つ前に動き出そうとしているようにも感じられる。それだけでなく、直撃を見込んだ偏差射撃もきっちりとシールドでガードされているとなれば、未熟な操作技術とは裏腹に、歴戦のパイロットが乗っているような勘をしていると言わざるを得ない。

 それに…………

 

『スティング!何手間取ってんだよ』

 

 同じく強奪したアビスに乗り込むアウル・ニーダからそんな通信が飛び込んでくる。

 この白いのとの戦闘によって、増援を防ぐためのハンガーの破壊が不十分に終わってしまっている。ミサイルであらかた潰したとは言え、それだけでは足りないのは目の前の敵が証明していた。

 現に、向こうからはディンが飛んできている。手早く処理するために射撃戦に徹していたが、そうも言っていられなくなりそうだ。

 

「アウル!お前がこの辺りの敵を片付けろ!」

 

 スティングはそう言いつけると、スラスターを噴かして敵機に突貫する。まだ作戦は途中なのだ。こんなところで手間取っているわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 ミネルバの艦内は騒然としていた。もともと就役を間近に控えていた以上、人員や物資の積み込みはほとんど完了していたが、それでもアーモリーワンで戦闘が起こることなど想定している筈もない。しかも、戦闘経験のある者すら少ないのだ。

 そんな中にあって、格納庫は慌ただしさは格段のものだった。応援要請を受けて急ピッチで機体の準備が進み、進路上に運ばれていく。

 やがて、準備されたコアスプレンダーに白いパイロットスーツを身に着けた少年が乗り込んだ。

 少年────レイ・ザ・バレルは、直前のミーティングの内容を脳内で反復する。

 カオス、ガイア、アビスが何者かに強奪されたこと。現地部隊が応戦しているものの、苦戦しているということ。自身の任務は、奪われた三機の捕獲だということ。

 あの工廠にはギルが向かっていたはずだ。議長という立場上、安全な場所に即座に避難させられているはずだが、それでも不安が胸いっぱいに広がる。

 加えて、向こうにはアカデミーの同期であるアグネス、ルナマリア、そしてシンもいる。何にせよ、一刻も早く向かわなければならない。

 オペレーターの声が響いてカタパルトへと機体がリフトアップしていく中、レイはシステムを起動する。コックピット内に光が灯り、発進準備は整った。

 

「レイ・ザ・バレル、コアスプレンダー、発進する!」

 

 そうして、一機の戦闘機が戦場へと向かっていく。その後方に、三機の異形の飛行物体を引き連れて。

 

 

 

 

 

「来るっ!?」

 

 

 ビームライフルの光と共に、カオスがこちらに向かって猛烈な勢いで飛び込んでくるのを見て、シンは短く叫んだ。

 恐れていた格闘戦という事態。ビームを避け、苦し紛れに腰のハンドグレネードを投げつけながら、シンははっきりと自身の不利を悟る。

 量産型のザクと比して、高級機であるカオスはスペックで上回っている。ただでさえ射撃戦でも機動力の差が現れるのに、接近しての格闘戦ともなればスペックの差がもろに現れるのだ。推力もパワーも勝るカオスに張り付かれては、逃げることもままならない。しかし、距離を取って戦える兵装であるビームライフルを持っていないこのザクでは、張り付かれることを防ぐことすらできなかった。

 精一杯の抵抗も空しく、グレネードの爆炎を切り裂いて現れたカオスが、ビームサーベルを袈裟斬りに振り下ろす。

 

「っ!」

 

 咄辛うじて動かせたシールドでサーベルを受け止めるも、勢いの乗った一撃がコックピットを激しく揺さぶった。

 

「クソッ!」

 

 悪態をつきながら、続くシールドでの殴打を防ぐべく構えようとするも、一手早くその衝撃が襲い掛かる。先ほどよりも激しい揺れ、そして推力負けして崩れる体制。たまらずスラスターを噴かして逃げようとするも、それを上回る勢いでサーベルを振りかぶったカオスが追い縋る。

 

「うわああああああああああ!」

 

 どうにか機体を捩らせたところで躱しきることもできず、左腕が切り裂かれて爆散した。その爆風に押されて、地面が迫りくる。どうにかスラスターで姿勢を制御し、地面に降り立ったところで、シンは気配を感じて戦慄した。

 もう一機いる。黒い装甲のそれは、ガイアに他ならなかった。緑のザクウォーリアと対峙しているようだが、増えた味方よりも増えた敵の戦力の方が大きすぎる。

 

「……ん…………?」

 

 さらに間の悪いことに、激しい振動によって意識を引き戻されたのか、シンの膝の上のアグネスが目を覚ました。

 

「っ、アグネス、大丈夫か!?」

 

 先ほどまでぐったりとしていた身体が身じろぎする感触に、シンは視線を前に向けたまま彼女に声を掛ける。

 その声に意識を完全に覚醒させた彼女は暫しの間、自らの置かれた状況を把握しようと試みた。

 自分は確か、あの時ハンガーでザクに乗り込もうとして、それで…………落ちてきた瓦礫に押しつぶされそうになった。

 

「……っ」

 

 思い出してしまった死の恐怖に、身体が小さく震えだす。アグネスはまだ生きていることを確かめるように、両腕で自分のことを抱きしめた。

 そうだ、あの時自分は敵の攻撃で崩壊するハンガーの下敷きになろうとして、それで気を失ったのだ。思い出してしまえば、腕と脚に鈍く深い痛みを感じる。これは間違いなく折れているだろう。

 けれども、自分はまだ生きている。それは一体なぜか。そこに思いを巡らせたところで、アグネスは傍と自身を包み込むような感触と温かさを感じる。

 シートベルトに固定されて自由の効かない身体を捩って首を後ろにやると、紅い瞳が目に入った。

 

「くっ!」

 

 直後、アグネスを横方向へのGが襲う。思わず前を向いた視線の端を、緑色のビームの光が通り過ぎていった。

 ここに至って、ようやく彼女にも目の前の状況が見えてくる。モニターに映し出された、こちらに向かってくるカオス。耳元で聞こえた声。垣間見えた紅い瞳。

 情報はもう十分だ。十分に、現状を把握することができる。だが、導き出されたその現状というのは、アグネスには到底受け入れがたいものだった。

 

「……なんであんたが私の」

「掴まれ!」

 

 アグネスの言葉は、それ以上に大きな声で叫ばれたシンの声にかき消される。その忠告の通り、上空から振り下ろされたビームサーベルを避けるべく後ろに飛んだザクの機内は激しく揺さぶられた。

 信じられない。今、自分は戦闘中のモビルスーツの中にいて。それを操縦しているのが、自分よりも劣っていて、モビルスーツにも乗れないはずのシンだなんて。

 そんなこと、絶対に認められない。

 

「この!代わりなさいよっ……ぁ」

「アグネス!?……っ!」

 

 胸の内に広がった黒い感情に突き動かされるがまま、アグネスはシンから操縦桿を奪おうとする。しかし、触れたところで手に鋭い痛みが走って、思わず呻き声が漏れた。

 それを聞いたシンが咄嗟に心配そうな声を出すものの、彼もまたそちらにばかり構っていられない。地上に降り立ったカオスの追撃を、どうにかシールドで受け止める。

 直後、真上に感じた悪寒に、シンは何とか後ろに下がろうと、半ばサーベルの勢いに負ける形で地面に倒れこむ。瞬間、カオスが飛び退き、つい先ほどまでザクのコックピットがあった空間を、赤い光の奔流が貫いた。それで、避けきれず残っていたもう一方の腕が爆散する。

 

「アビスまで!?……クソッ、これじゃあ!」

 

 空中からこちらを狙うアビスの姿に、シンは絶望を色濃くする。盗まれたであろう三機がすべて集まってきてしまった。ザクと対峙していたガイアとは違い、こちらのアビスはほとんどフリーの状態だ。

 そこに、漸くやってきたディンが空中からアビスとカオスに攻撃を加える。ほんの少しの希望がシンの内に生じたが、いともたやすく墜とされていく様に、それはすぐに潰えた。

 また生命が消えていくのを感じて、シンは無力を感じる。どうにか起き上がったものの、既にザクからは両腕が失われ、まともに攻撃をすることは叶わない。敵が味方に攻撃するのを、止めることすらできない。

 そればかりか、今や自分と抱えたアグネスの命まで危機に陥っているのだ。あまりにもどうしようもない状況に、心臓の鼓動は早くなり、呼吸が浅くなる。

 

 シンに抱えられたアグネスもまた、先ほどまでの自分の行いも忘れて呆然としていた。

 ────まったく気付かなかった。つい先ほど、ザクファントムの腕をもぎ取ったアビスのビーム。避けなければ真上からコックピットを貫いていたであろうその一撃に、アグネスは微塵も気付くことができなかった。目の前にいたカオスのことに精一杯で、操縦してもいなかったのに。

 それを、シンは躱して見せた。自分が操縦していたら、まず食らっていたであろう攻撃を。間違いなく、死んでいたであろう攻撃を。

 

「うう……!」

 

 嗚咽が漏れる。

 

「!……やっぱり、どっか怪我してるんじゃ……っええい!」

 

 青い瞳に、うっすらと涙がにじむ。

 アグネスの胸の中を、凄まじい屈辱感が広がっていった。

 成績も、技術も、何もかも下で。緑服で、私の機体を整備することくらいしかできないシンが。

 自分のための機体を、ザクファントムを駆って、戦場を戦い抜いている。もし自分だったら、死んでいたような戦場を。

 そのことが、たまらなく屈辱的で。この上なく悔しい。あまつさえ、戦闘を繰り広げる最中、自分を気に掛けるふりなんてされては。

 

 そんなアグネスの胸に渦巻くものなど露知らず、シンは目の前のことに必死だった。

 迫るカオスのビームサーベルをどうにか受け止め、増援に対処しながらこちらにまでやってくるアビスの攻撃を勘を頼りにどうにか潜り抜ける。一対一でもいっぱいいっぱいだったシンが勿論躱しきれるはずなどなく、攻撃の度に機体の損傷が増えていった。

 じわじわと迫りくる死の予感を必死に噛み殺しながら、目前のカオスを睨みつける。スラスターを全開にしたカオスがサーベルを振りかぶるのを見て、シンはザクを半身にして躱そうと操作し……そして気付く。狙われているのが頭ではなく、胴を薙ぎにきているということを。

 ただでさえ不慣れな操縦に、極限状態での疲労が相まって、安易に動いてしまったことをシンは悔やむが、悔やんでいるだけではどうにもならない。どうにか横向きの一撃を避けるべく、シールドを構える。

 そこに、アビスのビーム砲が直撃した。直前に気付いたとしてもガードをせざるを得ない状況。誘い込まれたと分かったところでもう遅い。通常のビームライフルとは比べ物にならない威力がザクを襲い、シールドを大きく弾かれて体勢が完全に崩れる。

 がら空きの胴体。そこに迫る、カオス。シンは、思わず目を閉じかけ────

 ────脳内に電流が走る。

 

「……レイ!」

 

 

 

 

 散々に手を焼かされたが、この終わりだ。スティングはカオスのコクピットで、そんなようなことを独り言ちる。

 結局、一人で落としきることはできず、アウルの手まで借りることになってしまったが、倒せるならばそれでいい。

 ライフルも持たず、まともな武器も抜かないような相手にここまで時間を取られたのは癪だが。今考えれば、攻撃もできないような相手など放っておけばよかったのかもしれない。

 ただ、残しておけば後々厄介になりそうな相手だ。消せるときに消すのは今後を考えると理にかなっている。スティングはそう自分の中で結論付けた。

 援軍も集まってきていることには来ているが、所詮カオスの敵ではない。この白いのと、ステラとやり合っている緑のを墜とせば、後は適当に蹂躙して脱出するだけだ。

 そんなことを思いながら、スティングはビームサーベルを振り下ろそうとして。

 そして、背後からの衝撃に身体を揺すられた。

 

「っ、ぁん!?」

 

 思わず振り返ると、攻撃をしてきたであろう戦闘機が低空をすり抜けていく。それを追った視線の先で、スティングは信じられないものを見た。

 空中で、戦闘機とそれに追随する機体が、次々と合体していく。やがてそれはモビルスーツの形になり、牽制にビームライフルを撃ちおろしながら地面に降り立つ。

 それは、情報にない新型だった。

 

 

 

 

『退け、アグネス。その機体ではこれ以上の戦闘は無理だ』

 

 突如、シンの目の前に降り立ったモビルスーツから通信が入る。その声は、シンの思っていた通りの人物のものだった。

 

「あ……私……」

「レイ!」

『…………シン?なぜお前が……』

 

 アグネス機のザクファントムに向かって通信を入れたはずが、何故かシンから返答があって困惑するレイ。

 それをよそに、シンはやっと来た状況を変える一手に歓喜して通信を続ける。

 

「レイ、アグネスが怪我をしてるんだ。どこか安全な場所は……」

『……何?では……いや、話は後だ。シン。ミネルバに向かえ。あそこなら手当もできる』

「わかった!」

 

 その言葉に、シンは機体を飛び上がらせて進路をミネルバに向けた。カオスが追い縋ろうとするが、対艦刀「エクスカリバー」を背部から引き抜いたレイのインパルスがそれを防ぐ。アビスからの追撃のビーム砲も躱してみせれば、どうやら敵もこちらを追うことは諦めたようだった。

 危機的な状況をようやく脱して、シンの肩から力が抜ける。どうにか、生き残ることができた。自分も、アグネスも。その事実に喜びを覚えながら、シンは同時に、代わりにあの場に留まったレイのことで少しばかり不安になる。まともに訓練もできなかった自分とは違い、インパルスのパイロットとして訓練してきたレイなら大丈夫なはずだが、敵はほとんど同格の相手三機だ。不安がないと言ったらうそになる。

 しかし、彼にも言われた通り、この機体で出来ることはない。何より、早くアグネスを治療してもらわなければ。格闘戦に持ち込まれた後は相当に揺れたせいで、怪我が悪化しているかもしれない。

 シンとアグネス、二人を乗せたザクファントムはスラスターを噴かし、ミネルバへ急いだ。

 

 

 

 

 




アグネスのヒロイン力が上がっていく気もしたけど無理な気もしてきた
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