機動戦士ガンダムSEED New desTiny 作:ジェド・アリッサム
「ひとまずは、ってところかねぇ」
アーモリーワンから飛び出した三つの光を眺めながら、ネオ・ロアノーク大佐は呟く。
それなりの勝算があって行った作戦とは言え、ザフトの最新鋭機を奪うという荒唐無稽とも思える様な作戦。何もかもが順調とはいかなかったようで、こうしてネオもモビルアーマー「エグザス」で時間稼ぎをすることにはなったが、無事に目標は達成できたようだ。
だが、奪取に成功したとはいえ、奪い返されたりここで艦ごと沈められてしまったら意味がない。追っ手を撒いて離脱するところまでが作戦なのだ。そういう意味では、ここが折り返し地点といったところか。ネオはそう独り言ちる。
彼らを追跡してコロニーから敵が出てくることも想定していたが、どうやらそれもなさそうだ。このまま大人しく逃がしてほしいところだが、恐らくそういうわけにもいくまい。
これからのことを考えながら、ネオはコロニーの壁面を離れてガーティ・ルーに機体を向ける。
「しかし……」
一つ、気になることがあった。スティング達を待っていた時にコクピット内で感じた気配。今は既に感じなくなっているが、あれは何だったのか。記憶にはないにも関わらず、どこか覚えのあるような不思議な感覚に、ネオは微かな戸惑いを感じる。
これから始まるであろう追撃戦で、再びまみえることもあるのだろうか。エグザスのコクピットの中、ネオは後方の遠ざかっていくアーモリーワンに目をやった。
「逃げられたわね……外の状況は?」
「……駄目です!未だに連絡がつきません!」
「艦長……これは……」
「…………」
まんまと逃げおおせた三機の姿に、ミネルバのブリッジは暗い雰囲気に包まれていた。その真ん中、艦長席に座るタリアは考え込む。
ああしてコロニーの外へと脱出したというところからして、恐らく母艦が健在で待機しているのだろう。対してこちらは混乱の渦中にあり、司令部との連絡が未だ取れないといった有様だ。外の状況がわからないからと言って座視していれば、逃げ切られる可能性は極めて高いと言わざるを得ない。
自軍の最新鋭機を奪われ、しかもお膝元のコロニーから悠々脱出されたとなっては、軍の面子としても、戦力や技術といった実際の面でも大きな痛手となる。
追撃をかけないという選択肢は、タリアの中になかった。そしてそれをできるのは、今このタイミングのミネルバだけだということもわかっていた。
故に彼女は口を開く。
「レイたちを回収し次第、ミネルバを発進させます!」
「ええ!?」
「その間に議長は下船を」
アーサーが驚きの声をあげるのをよそに、タリアは後ろに座る議長へと視線をやる。だが、彼女の言葉に対して彼は首を横に振った。
「……タリア。とても残って報告を待っていられる状況ではないよ」
「しかし……」
「私には権限もあれば義務もある。私も行く。許可してくれ」
今の状態でさえ頭痛を覚えるほどだったというのに、艦の中に議長を乗せて追撃戦に向かうなど、タリアには到底受け入れられないことであった。しかしながら、議長の口からそのように言われてしまっては、それをそう簡単に跳ねのけることなどできない。
何より、こちらに向けられたギルの瞳には、強い意志が込められていた。それを見て、タリアは瞬時に彼を翻意させることは叶わないと悟る。そうなったら、もはや言える言葉は一つしかなかった。
「……分かりました。許可します」
「……ありがとう、タリア」
そう言って、満足そうに頷く議長。その姿にタリアは、不思議と彼が喜色を湛えているように感じられた。このような状況下だというのに、不思議と。
レイに続いてミネルバの格納庫へと入ったシンは、足元が慌ただしい様相を呈していることに気付いた。何かトラブルでもあったのだろうか、そう思ったシンは周囲を見渡す。
辺りを見れば、ルナマリアのザクに片腕のザク、それに自分が壊したアグネスのザクファントムなど、メカニックの手が必要そうな機体だらけだ。
これは、下に降りれば自分も整備に駆り出されることだろう。そんなことを考えながら、シンはワイヤーを下ろして地面へと降り立つ。そこに待っていたのは、緑の作業着を着た壮年の男性だった。
「シン!よく戻ったな」
「エイブスさん!」
シンに呼びかけた彼、マッド・エイブスはミネルバのチーフメカニックだ。つまり、シンの直接の上司にあたる。
「どうしたんですか、皆こんな慌ただしく」
「ああ……それが、ミネルバは発進するらしい」
「発進?……それじゃ、あいつらを追うってことですか!?」
「……かもな」
エイブスの言葉に、シンは驚愕の表情を浮かべる。勿論、シンだってあの三機について何も考えていなかったわけではない。最新鋭機であるカオス、ガイア、アビスを何者かに盗まれてしまったのはザフトとして宜しくないことであるし、どうにかして取り返さなくてはならないとは思っていた。
だが、外にはこちらの艦だって警戒にあたっているはずだし、軍事工廠であるアーモリーワンにはそれなり以上の戦力がいるはずだ。そんな中で、まだ就役していないミネルバが追撃をかけることになるなど、あまり考えてもいなかった。
もしかすると、状況は自分の思っている以上に悪いのかもしれない。考えてみれば、メカニックである自分がモビルスーツに乗って戦ったのだ。あの時は必死で考える暇もなかったとはいえ、少々異常な事態ではないか。今更ながら、シンは思う。
ちらりと横を見れば、レイやルナマリアはメカニックと話し合っている。パイロットである彼らは、これから起こるであろう戦闘に備えて機体の整備や調整について話し合っているのだろう。
それを見て、シンの中にミネルバが戦いに赴くのだという事実がだんだんと刻み込まれていく。
「そしたら、俺は……」
自分も何かやらなければ。そんな焦燥に駆られて言葉を発したところで、シンははたと気付く。今の自分が、極めて微妙な立場の存在であることに。
アーモリーワン襲撃という非常事態にあってパイロットの真似事をしてみたものの、実際の所シンはメカニックだ。本来直接モビルスーツに乗って戦う立場ではない。
しかしながら、就役もしていない艦が戦闘に出るということは非常事態そのものだ。パイロットの数にしても、先ほど艦長から言っていた少ないという状況が変わっている筈もない。
シンは思う。ならば自分は、どうなるのだろうか。未だ心の整理すらついていないのに。
途中で口を噤んでしまったシンに対して、エイブスは問いかける。
「艦長からはなんて言われたんだ?」
「……レイの援護をするようにって…………」
レイの援護をする。緊急時らしく、曖昧で解釈の幅を取れそうな命令を聞いたエイブスは、暫しの思案の後シンに告げる。彼の上司、艦のチーフメカニックとして、この状況に適した命令を。
「……なら、お前は乗ってきたザクの調整だ」
「調整って……誰用にですか?」
「お前用にだよ。場合によっては出るかもしれないんだ、ちゃんと合わせておけ!」
「は、はい!」
そう言ってシンの肩を叩くと、エイブスは他のメカニックの元へと身を翻す。その姿をしばらく見送った後、シンは我に返ったように工具を取りに走った。
自分でも、何が何だか分からない状況。今は、そうやって仕事を任されるのがありがたかった。
コクピットに滑り込むと、シンは先ほどの戦いを思い出しながら各種パラメータを調整する。
やはり、敵のビーム兵器は脅威だった。当たればただでは済まない一撃をあのように雨あられと放たれればたまったものではない。味方だったら艦を守る頼もしい戦力だったろうに、敵側に回ってしまった今はザフトの開発陣のことを恨めしく思ってしまう。
しかも、カオスはドラグーンまで装備している。二基のドラグーンと三機の敵機、合計5つの射線を向けられたときは心底ぞっとした。
その上でシンが思ったのは、ビームはできるだけ回避したほうがいいということだ。はじめからシールドで受け止めに行ってしまうと、受け身になってどうしても次の動きが遅くなってしまう。ただでさえ操縦に不慣れな自分が後れを取れば、敵にいいようにされてしまうのは想像に難くない。
スラスター制御もぎこちないと言われればそうなのだが、動いている分まだ当たりにくいはずだ。シールドは最後の手段にして、まずは回避を狙う。
そう考えをまとめたシンは、幾分か時間をかけて操縦系をもう少し感度良く設定しなおす。続いて、回避パターンやスラスターについてはどうしようかと思案し始めた、その時だった。
『コンディションレッド発令。パイロットは直ちにブリーフィングルームに集合してください』
「っ!」
艦内にアラート音が鳴り響き、コンデションレッドが発令される。それの意味するところはすなわち、もうすぐ戦闘になるということ。
慌ててコクピットから顔を出したシンは、格納庫からレイとルナマリアが駆け出すのを見た。ふと、レイが顔だけでこちらを振り返る。目が合ったのも一瞬、彼はそのまま走り去っていった。
取り残されたシンは、一人その背中を見つめる。ああして走っている彼らとここに留まっている自分。それは、シンはあちら側の人間ではないということを示しているようであった。
しかし、あの目。シンは、自分を貫いたレイの視線を思い出す。あれは、自分の何を見ていたのだろうか。自分に、何を見ていたのだろうか。ぐるぐると、言葉にならない想いがシンの中で渦巻く。
彼がやっと我に返ったのは、エイブスの怒鳴り声を受けてからだった。
「コンデションレッド!?何なのよ……!」
医務室のベッドで廊下から漏れ聞こえる音声を聞きつけたアグネスは、一人そう呟く。コンデションレッドとなれば、パイロットはいつでも出撃できるように準備しなければならない。しかしながら、今の自分はモビルスーツに搭乗できそうになかった。
全身の様々な箇所の打撲に、前腕と脚の不完全骨折、つまりはヒビ。添え木と包帯でがちがちに固定された自分の腕と脚を眺めて、アグネスは歯がゆさを覚える。
自分はミネルバに配属された優秀なパイロットで、そのミネルバがまさにこれから戦闘を行おうとしているのにも関わらず、ただこうしてベッドにいることしかできない。自分の価値を証明できる絶好の機会だというのに、身動きすらままならない状況にひたすら苛立ちが募っていく。
それもこれも、全てあの山猿のせいだ。アグネスは、心の中でそう吐き捨てる。ミネルバに着艦した後、待機していた救護班に引き渡される時。あんな言い争いをしたにも関わらず、最後まで自分を心配して見せる振りを続けたあの男。その目つきがひたすら癪に障った。
それに担架の上で見た、シンが囲まれて持て囃される光景。人々に囲まれ、称賛を一身に浴びるその光景は、本来アグネスが得るべきだったものだ。
そんな苛立ちと憤りの中で、アグネスは思う。今頃、あれは何をしているのだろうか。分相応にメカニックとして働いているのだろうか。だとすればいいが、万が一またパイロットの真似事などされればたまったものではない。パイロットの一人である自分がこのような状況では、機体は余ることになるのだ。自分のザクファントムまであんな山猿に奪われるなんて、アグネスには許しがたいことだった。
だがその一方でアグネスは、どこかその可能性を考慮している自分がいることに気付く。屈辱的なことに、あの目が曇った節穴男の操縦の腕は確かだ。このような状況で戦闘になって、パイロットが足りなくなったら。艦長があれに目を付けるということはあり得ない話ではない。
アグネスにとって、そう考えてしまえること自体が腹立たしくて。動けない自分が、一層もどかしくて。どうすればあの緑服をやり込められるのか、考えようとしたその時だった。
カーテンの向こうに、新しく人がやってきた気配がする。また誰か怪我人が出たのか、そう思ったアグネスの耳に入ってきたのは、意外過ぎる名前だった。
「本当に済まない、カガリ」
「いいんだ。大した怪我じゃなかっただろ?」
カガリ。今、確かにそう聞こえた。あまりよくある名前ではない、どこかオリエンタルな響きのある名前だ。それに、とある国家の代表の名前でもある。
アグネスは、カーテンの隙間からそっと向こう側を覗き込む。そこにいたのは藍色の髪の男と、短い金髪の少女。後者の見たことのある姿に、アグネスははっと息を呑んだ。
なぜ、こんなところにオーブの代表、カガリ・ユラ・アスハがいるのだろうと。
アーモリーワンから発進したミネルバは、漆黒の宇宙空間を進んでいく。宙に浮かぶナスカ級と思しき残骸が、この場所で確かに戦闘があったことを示していた。しかしながら、それを行った下手人の姿はそこにはない。
ならばどこへ。ミネルバのブリッジの中、各種センサーに目を凝らしていたバート・ハイムは、遠方に遠ざかっていく光を発見した。
「艦長!レッド88、マーク6チャーリーに敵艦と思しき熱源。距離1200です」
「……なんとか間に合ったといったところかしら。トレース、追えるわね?」
「はい、まだどうにか追えます」
その言葉を聞いて、タリアはほっと息を吐く。緊急発進までした敵を逃がしたとなれば、艦長として面目が立たないところだった。何より、あんな大胆なことをやってのけた相手を逃がすのは危険だと直感が言っている。
そしてこれから追撃をかけるとなれば、手続きとして伺いを立てる必要はあるだろう。何せ、この場にはプラントの最高権力者がいるのだから。そう思い後ろに向き直ると、タリアは議長に向けて口を開く。
「今からでは下船もいただけませんが、私は本艦はこのままあれを追うべきと思います。議長のご判断は?」
そんなタリアの視線を向けられたギルは、鷹揚な態度で言葉を返す。
「私のことは気にしないでくれたまえ、艦長。あれの奪還、もしくは破壊は現時点での最優先責務だよ」
「ありがとうございます。……では、本艦はこれより所属不明艦の追撃を開始します」
議長の言葉を受けて、タリアは正面を向き直ると、そう宣言した。ここからが本番だ、気を引き締めなければならない。敵の足を見るに追いつくのにはそれなりに時間がかかるだろうが、そこまで集中を切らしてはならない。とは言え、気張りすぎて疲れてしまってもならない。
難儀なものだ、そう思いながらタリアは制帽をかぶりなおした。
ザクのコクピットの中で、シンは一つ汗を拭う。コンディションイエローに移行したことで、格納庫の切羽詰まった状況も緩和されつつあった。と言っても、メカニックの仕事が多いことには変わりない。相変わらずシンは調整に駆り出されたままだし、少しばかり身を乗り出して周りを見てみれば、ヨウランやヴィーノも何やら真剣な様子で機材を覗き込んでいる。
「シン!」
と、そんなところに聞こえてきた自分の名前を呼ぶ声に、シンは思わず飛び上がった。重力がないがためにそのまま浮き上がった身体を慌てて支えながら、シンはその声の元を辿る。やがて視界に飛び込んできたのは、よく知った赤い髪の彼女だった。
「ルナ?」
ザクの足元に立ったルナマリア目掛けて、シンはふわふわと機体を押した反動で近づく。やがて赤服姿の彼女の隣に降り立つと、シンは不思議そうな顔をしたまま口を開いた。
「どうしたんだ?ルナのザクは……」
「シン?言ったわよね?何でモビルスーツに乗ってたのか、説明してもらうって」
「あ……」
今思い出したと言わんばかりの──事実、今思い出したのだが──表情を浮かべるシンに、ルナマリアはため息を吐く。
「なんか……心配して損したわ」
「ごめんルナ!ええと、なんて言ったらいいのかな……」
ため息と共に視線を下げたルナマリアに対して、シンは慌てたように口を開くと、どのように説明したらいいかを思案する。そこに助け舟か、あるいは更なる追撃をかけるためか、彼女は言葉を重ねた。
「そもそも、アーモリーワンでアグネスのザクに乗ってなかった?見間違えかもしれないけど……」
「ええ!?見てたのか!?」
「……やっぱりそうなのね」
シンの反応に、ルナマリアはあれが見間違えではなかったことを確信する。しかし、どういう経緯でアグネスと同乗することになどなったのだろうか。そもそも、思い返してみればあれはシンが操縦をしていなかったか。
考え込むルナマリアをよそに、シンはそれを見られていたならと説明し出す。
「あの時……俺、アグネスのザクの整備をしてたんだ。そしたら、突然なんか爆発が起きて、それで、アグネスが瓦礫に潰されそうになって……」
「……ええ!?」
今度はルナマリアが驚く番だった。先ほどレイからちらりとアグネスが怪我をしたことは聞いていたが、ボロボロのザクファントムを見るに戦闘で負傷したのかと思っていた。だが、それよりもはるかに手前の時点でそんな目にあっていたとは。
「……守らないとって思った。今度こそ、目の前の命を救って見せるんだって。そう思ったら、身体が勝手に動いて……」
「シン……」
「そこからはもう夢中でさ。あんなに震えて操縦もできなかったのに、あいつらと戦って」
「…………」
「ミネルバに戻ったら、今度はレイが危ないって思って。それで、艦長にお願いしてザクで出たんだ」
「…………」
「俺……守れたんだ。やっと…………」
半ば独白のように言葉を重ねるシンは、そのまま自分の手を見つめる。
その姿にルナマリアは、アカデミーの頃のシンの姿が重なって見えた。操縦訓練が終わると、何もできなかった自分の手を恨めしそうに見つめていたシン。けれども今は、嬉しそうに、しみじみとその手を見つめている。
ルナマリアは、そんなシンの様子に、思わず自分まで胸がいっぱいになるようだった。これまで幾度となく、無力に打ちひしがれる彼の姿を見てきたから。
彼女は言葉もなく、ただ両の手をシンの肩に置く。少し驚いて顔を上げたシンは、そこにあったルナマリアの視線から伝わる無言の言葉に小さく微笑んだ。
ルナマリアのヒロイン力が高すぎる
このアカデミー時代曇りまくってたシン相手だと、ルナのお姉ちゃん気質がちょっと出ると思うんですよね