機動戦士ガンダムSEED New desTiny 作:ジェド・アリッサム
格納庫の片隅、一人佇むルナマリアの元にシンが近づいてくる。その手には、二人分のボトルが抱えられていた。
先ほどのザクの足元での会話もそこそこに、エイブスに発見されてしまったシンは少し休憩して来いと命じられ、飲み物を取りに行っていたのだ。
無重力に少しばかり慣れてきたのか、シンはうまく両足で着地すると、手に持ったボトルを差し出す。
「これ、ルナの分」
「ありがと。……それにしてもシン、すごいじゃない。初めて乗ったモビルスーツで、あんな風に戦えるなんて」
シンから受け取った水をチューブで一口飲むと、ルナマリアはそう言ってシンを褒め称えた。自分のザクに中々乗り込めずやきもきしていた中、カオスと対峙するザクファントムの姿には実のところ焦りを覚えたものだ。
あの時はアグネスが操縦していると思っていたこともあり、同期で同じミネルバに配属された身として、彼女が活躍する一方で自分が何もできないでいるというのは中々に焦れるものがあった。
しかしながら、それがシンが操縦して見せたとなれば、そのようなやっかみよりも素直に褒め称える気持ちの方が前にやってくる。同じく同期であるとは言え、苦しんでいた彼の姿を知っているルナマリアにとっては、シンの活躍は嬉しいものだった。
「いや、俺もよくわからないままで……」
一方、そんなルナマリアの言葉を受けたシンは、少し照れくさそうに下を向く。あまり褒められ慣れていないシンにとって、このような率直な誉め言葉はかなり気恥ずかしいものだった。言葉だけでもそうだというのに、言ってきたのがアカデミー同期の優等生ともなればその度合いもなおのことだろう。
そんなシンの反応を面白く思ったのか、ルナマリアは少しおどけたように言葉を続ける。
「それであれなら、これからどうなっちゃうのかしら?私もうかうかしてられないわね……」
「…………これから」
しかしながら、思っていたような反応がシンから返って来ないことにルナマリアは宙に漂わせた視線を向けなおす。そこには何やら思い悩んだ表情のシンがいて、彼女は思わず問いかけた。
「シン?どうしたの、そんな顔して」
「…………」
これからどうするのか。メカニックとしての仕事に打ち込むことで忘れようとしていたその問いが、ルナマリアの言葉によって呼び起こされる。
守れたという達成感。メカニックという自分の立場。守りたいという想い。戦うことへの覚悟。アグネスを助けようとモビルスーツに乗ったあの時から、怒涛の如くシンの胸に押し寄せてきた様々な思いが複雑に渦を巻き、その中に囚われて一歩も動けなくなってしまう。
それに結論を出してしまえば、今度こそはもう後戻りできないような気がして、シンは結論を出すという行為自体に怖さを感じてしまって。けれども、それから逃げていてはどうにも前に進めないことはわかりきっていて。
もはや自分ではどうにもできないような、そんな状況。
「シン!」
「……うわあ!……なんだよ、ルナ」
そんなときに力になってくれるのが、やはり友人というものなのだろう。
「だって、さっきからどうしたのって聞いてるのに、全然気づかないんだから。……それで、どうかしたの?」
そう言って、心配そうな瞳でシンを覗き込むルナマリア。
シンは彼女のそのような瞳にどうにも弱かった。アカデミーの頃から、このようにしてルナマリアから尋ねられると素直に事情を吐くしかなくなってしまう。今回もそれは変わらず、シンはおずおずと話し始めた。
「……さっき、ルナが言っただろ。俺が、これからどうなるのかって」
「うん。でも、初めてであんなにできるんだから、パイロットには絶対なれるわよ。しかも、実戦経験済みでしょ?私だってまだまともに戦ってないのに」
パイロットになれる。ザフトレッドからのお墨付きとも言えるそんな言葉に、シンは心にかかった靄が少し晴れた気がした。
自分はずっと、誰かを守れる力が欲しかった。そのためには、モビルスーツに乗るパイロットになればいいと思った。そういう意味では、シンはずっとパイロットになりたかったのだろう。そして、その願いは叶うとルナマリアは言っているのだ。
「……なれるかな、俺。みんなを守れるような、そんなパイロットに」
けれども、それでもどこか怖気づいてしまう心の内を吐き出す様に、シンはルナマリアに問いを重ねる。
その姿に、ルナマリアは敢えて突き放すような調子で言葉を発する。
「さあ?シン次第じゃない?」
「……え?」
「結局、大事なのは自分の気持ちでしょ?……シンならできるわよ」
そう言ってシンの肩を叩くと、ルナマリアは床を蹴ってふわりと飛び上がる。
そんな遠ざかっていく彼女の背中を見送りながら、シンはかけられた言葉をかみ砕いていた。
大事なのは、自分の気持ち。そうだ。自分の想いは初めから一つに決まっている。シンはただ守りたいのだ。自分の大切な人たちを。そして、欲張りかもしれないけれども、目の前で消えそうな生命のことを。
それでシンは、ようやく自分が誰かに背中を押して欲しかったということに気付いた。今の自分の立場や、戦う覚悟を決められるかなんてことよりも、守りたいという想いの方がよっぽど強いことなんて、これまでの自分の行動が証明していた。
けれどもどこか残る最後の一歩を踏み出せずにいたのは、自分自身でもどこか信じられなかったからなのだろう。もしかしたら、次に乗ったらすべてが元に戻ってしまうんじゃないかと。また、震えることしかできなくなっているんじゃないかと。
だが、ルナマリアの言葉がシンに教えてくれた。自分のこの、守りたいという想いは、何よりも固く信じられるものであると。
……それに、言ってもくれた。シンになら、できると。
シンの心の内は、今や晴れ渡った。
そして、それを目敏く感じ取ったエイブスによって、シンは再びMSの整備へと駆り出されるのだった。
「しかし、この艦もとんでもないことになったものですよ。このようにいきなり実戦を経験せねばならない事態になるとはね」
廊下を歩きながら、デュランダル議長はカガリ・ユラ・アスハに向かってそう語り掛ける。柔らかな微笑を湛える議長とは対照的に、頭に包帯を巻いたカガリの表情は硬いままだ。
なぜオーブの代表であるカガリがこのミネルバに居るのか。それは、彼らの後ろについて廊下を歩くカガリの護衛、アレックス・ディノが直接の原因であった。
先のアーモリーワン襲撃の折、議長との会談のためにその場に居合わせたカガリとアレックスはシェルターへの避難の途上で戦闘に巻き込まれ、止む無く近くにあったモビルスーツに乗り込んだのだ。
だが、それによって暴れ回っていた黒いモビルスーツに目をつけられて執拗に攻撃を受け、更にはザフト側の白いモビルスーツと戦っていた残りの2機まで合流するという事態に陥ってしまう。
加えて、目の前で暫定味方機が撃墜されそうになったのにはヒヤリとしたが、三機と同じザフトの最新鋭機と思しき機体が来た時はようやく少し息をつけたものだ。だが、やはり1対3という数の不利から苦戦する様子に、モビルスーツを駆るアレックスは思わず手助けをしてしまった。
それで、お目こぼしされていたアレックスも攻撃を食らってしまい、あえなく片腕を喪失。更にはビーム砲を防いだ弾みでカガリまで負傷してしまう。
こうなってはもう戦闘の継続は不可能で、アレックスはその場から撤退し、カガリを安全に治療できる場所を探してミネルバにたどり着いたのだった。
だから、彼らからしてもこの戦闘艦の中でこうして議長と話すことになるなど、思いもよらぬことであった。もちろん、ミネルバがこうして宇宙に飛び立ったということも。
「ここから、モビルスーツデッキへ上がります」
タリアから議長とオーブから来た二人の案内を命ぜられたレイが、そう言って彼らをエレベーターの中へと導く。レイとしては、他国の人間を最新鋭戦艦に立ち入らせるのみならず、それを案内し、モビルスーツまで見せるなど普通ではないと思ってしまう。しかしながら、それもこれも、他ならぬ議長の発案によるものだ。だとすれば、レイに異存はない。
上昇するエレベーターの中でも、語り掛ける議長とそれを黙って硬い表情のまま聞くカガリという構図は変わらないまま、やがて上昇は止まって彼らはモビルスーツデッキへとたどり着く。
「あぁ……」
そうして開いた扉の先にあった光景に、カガリは思わずこれまで閉ざしていた口から声を漏らし、気持ちそのままに前へと飛び出した。
そこにあったのは、多数のモビルスーツが収容された空間。つい先ほど自分もここに降り立って、その上で議長から話で聞いてはいたものの、こうして改めて見るとまた違ったものが見えてくる。
それは、ザフトが再び力を求めようとしているのではないかという疑念。アーモリーワンで見たものと言い、このモビルスーツと言い、この戦闘艦と言い、カガリの胸の中に、ふつふつと何かが湧き上がり始める。
そんな彼女の胸の内を知ってか知らずか、議長はこの場のモビルスーツについて説明し出した。
「ZGMF-1000。ザクはもう既にご存じでしょう。現在のザフト軍の主力の機体です」
「…………」
「そして、このミネルバ最大の特徴とも言える、この発進システムを使うインパルス。……工廠でご覧になったようですが」
「あ……はい」
ずっと黙りこくったままのカガリに代わり、アレックスが返答する。それに頷き、説明を続ける議長の横で、カガリの表情は険しさを増していく一方だった。
やがて一通り話し終えた議長は、その間終ぞ言葉を発しなかった彼女を見て、変わらぬ微笑のまま伺いを立てる。
「……しかし、やはり姫はお気に召しませんか?」
そんな、議長の言葉と態度に、カガリは遂に口を開く。そこから発せられたのは、些か険を含んだ言葉であった。
「議長は嬉しそうだな」
「嬉しい、というわけではありませんがね。あの混乱の中から立ち直り、ようやくここまでの力を持てたというのは、やはり……」
カガリには、嬉しいわけではないという議長が、どこか喜色を湛えているように思えてならなかった。力に対する歓び。それは、先の大戦で行き過ぎた力によって起こった悲劇を目の当たりにしたカガリにとっては到底受け入れ難い物であり、その反感が思わず口から飛び出してしまう。
「……力か。争いが無くならぬから力が必要だと仰ったな、議長は」
「ええ」
「だが、ではこの度のことはどうお考えになる!」
「…………」
「あのたった三機の新型モビルスーツのために、貴国が被ったあの被害のことは!」
「代表……!」
徐々に声を荒げるカガリに対して、アレックスが諌めるように声をかけるも、一度ついた火はそう簡単に静まることはない。寧ろ、さらに過熱していく。
そんな、頭に血が上った様子のカガリとは対照的に、議長はあくまで冷静にその言葉に応えた。
「……だから、力など持つべきではないと?」
その問いかけに、もはやカガリはオーブの代表という肩書きを忘れたかのような直情的な言葉を発して────
「そもそもなぜ必要なのだ!そんなものが、今さ……!?」
────そして、途中で言葉に詰まった。言葉にはできないような感覚。それも、急に頭を殴りつけられたかのように唐突で衝撃的で、背筋をぞわりと撫ぜる様な何かを感じたカガリは、思わず口を紡いだのだ。そうしてふと、自分に向けられた強い視線に気づく。
「…………」
「…………ぁ」
それは、紅い瞳をしていた。
ザクの整備に取り掛かっていたシンは、ふと何を思い立ったのか後ろを振り返る。ちょうどタイミングを同じくしてエレベーターの扉が開き、中から出てくる人たちを見て、シンは驚いた。
一人は見知らぬ顔だが、そこにいたのはレイに最高評議会のデュランダル議長。まさかそんな人物が今この状況のミネルバにいるなどとは思わず、シンは自分の目を疑ったほどだ。
だが、それよりももっと、少なくともシンにとっては驚くべき人物がそこにはいた。
カガリ・ユラ・アスハ。オーブの現代表。先の大戦でのオーブ侵攻の際、実質的な指導者であったウズミ・ナラ・アスハの娘でもある彼女の姿を見て、シンは自分の胸に複雑なものが湧き上がってくるのを感じる。
オーブ。自分がかつて住んでいたあの国は、とある理念を抱いた国だった。他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。そんな、中立の理念を抱いていた国だった。
シンは、オーブという国が好きだった。争いを拒絶するその理念も、子供心に誇りに思っていた。
……あの日までは。
シンは、今でも夢に見る。何もできない自分の前で、家族が吹き飛ばされる光景を。地面に横たわった、両親だったモノのことを。手に取った、マユの千切れた手の感触を。島中から聞こえてきた、消えていく生命の声のことを。
誇りだったオーブの理念は、自分の家族のことを守ってくれなかった。
それだけではない。理念は、あの日消えていった命を、何一つとして守ってなどくれなかった。
いくら想いがあっても、力がなければ何も守ることはできない。それが、シンの心に深く刻み込まれた。
自分一人だけ生き残った後、シンはオーブを恨むこともした。理念に溺れて勝ち目のない戦いを挑み、その結果として多くの国民を犠牲にした、と。
けれども、それでもシンがオーブを恨み切ることができなかったのは、声を聞いてしまったからなのだろう。
……皆、済まない。本当に、済まない…………
……生きよ、カガリ。生きて、この世界を…………
あの日聞こえた声の中でも、特に強い想いと共に聞こえてきたこの声。シンには直感的に、これがウズミのものだと分かった。
国を戦火に晒したことへの深い苦悩と悔恨。そして、娘へと向けた言葉。
悔やむくらいなら、早く降伏してしまえば良かったのではないか。そうすれば、自分の家族や、こんなにも多くの人が死んでしまうことはなかったのではないか。声を聞いて、シンはそう思う反面、彼がただ自分の理想に固執していたわけではないともわかってしまった。
そして、娘のカガリに向けた、生きろという言葉。それは、シンが最後に聞いた家族の言葉と同じものだ。ウズミもまた、想う家族を残したまま死んだ。あの日、オーブで消えていった生命の内の一つだった。そのことが、シンがただオーブを恨むことを妨げた。
そうして、恨むべきものを恨み切れなかったシンがたどり着いたのが、力がなければ何も守れないということだったのだ。自分の感じた無力感が、戦火に包まれたオーブが、それを物語っていたから。
シンは、オーブに対してこうした複雑な想いを抱いていた。その中でも、カガリについてはある種の同情を覚えていた。彼女もまた、あの日父親を失った一人であるのだと。
だからこそ、彼女とデュランダル議長の会話が聞こえてきたとき、シンの中に怒りが燃え上がった。
彼女は、あの日オーブで失った彼女は、力など要らないと言ったのだ。力がないからオーブはああなって。力がないから、自分の家族はいなくなってしまったというのに。
シンは奥歯を砕けん限りの力で噛みしめると、何もわかっていないカガリに自分の中の燃えるような怒りを向ける。一度失ったというのに、それでもそこから学ぼうとせず。そして、今度もまたオーブにあるたくさんの命を危険にさらそうとする、理想に溺れた彼女に対して。
ふと、半ば叫ぶようだったカガリの言葉が止まり、視線が何かを探す様に宙を漂う。やがて、シンと向き合った二対の榛色の瞳は、動揺を隠せないかのように揺れていた。
『敵艦補足、距離8000。コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ』
と、突然艦内に鳴り響いた声に、シンは思わず視線を上げて声の出どころを向く。
「最終チェック急げ!始まるぞ!」
「っ!」
更にはエイブスの飛ばす檄に、最後にもう一度だけカガリの方を振り返ると、シンは自分の仕事に戻る。
ちらりと見えた彼女は、未だに動揺しているようだった。
「姫。彼が如何しましたか?」
「……あ、いや」
突然言葉を止めた挙句、メカニックの一人を見つめたカガリに対して、議長はどこか上機嫌な様子で問いかける。
問いかけられた方のカガリは、何故あの紅い瞳の彼があんな風に自分を見てきたのかわからず、混乱するばかりだったのだが、そこに議長が答えをよこしてきた。
「彼はオーブからの移住者なのですが……」
「あ……」
その議長の言葉に、カガリは声を漏らす。オーブからの移住者というのは、あの連合による侵攻の後、プラントに移住した者ということだろう。
その彼が、こうして今ザフトの最新鋭艦でメカニックをしている。それも、恐らく……カガリか、オーブに対して怒りを抱いて。向けられた紅い瞳を思い出して、カガリの身体が僅かに震える。
更に、続く言葉はカガリだけでなく、アレックスにも衝撃を与えた。
「先ほどは、工廠でも見事な活躍をしてくれました。お二人もご覧になったでしょう」
「……?」
「あのザクファントムに乗った、彼を」
彼が指さした先には、両腕の無い白いザクの姿があった。それを見て、アレックスは目を剥く。カガリと共にザクに乗り込んでいた時、二体の敵機と渡り合っていた白い機体。それに乗っていたのが、あの作業着姿の人物だというのか。
そんなアレックスの様子を見て、議長は薄く笑った。
シンのオーブに対する感情は原作からして滅茶苦茶複雑なんですよね。あれだけ言っててもどこかで好きっていう
そんなシンにゼウスシルエット用意した議長は間違いなく悪魔