機動戦士ガンダムSEED New desTiny 作:ジェド・アリッサム
戦闘を控えたミネルバのブリッジは緊張感に包まれていた。就役すらしていないこの艦での、初めての戦闘。しかもその相手がザフトの最新鋭モビルスーツ三機を強奪した所属不明艦となれば、胸に圧し掛かってくる重圧というのは並大抵のものではない。
だが、今はこちらが追う立場。追撃戦というシチュエーションからして、優位なのはこちらであるはずだ。胸の中で自分に言い聞かせるようにしてそう唱えると、タリアは周囲を鼓舞するように口を開く。
「デブリの多い、危険な宙域での戦闘になるわ。操艦、頼むわよ」
「はっ!」
「レイとルナマリアで先制します。準備は終わってるわね?」
「はい!」
「目標まで6500!」
アーモリーワンでの様子から見て、敵がカオス、ガイア、アビスの三機を戦力として用いることは十二分に考えられる。故に、レイのインパルスとルナマリアのザクを先行させて敵の最大戦力を拘束するのだ。そしてショーンのゲイツRはやや後から続いて敵の直掩機を誘引し、丸裸になった敵母艦をミネルバで叩く。現代の宇宙戦において、MSを失った母艦は無力だが、母艦を失ったMSはより悲惨だ。エネルギーも推進剤の補給もままならず、生きたまま棺桶に閉じ込められるようなもの。その状況に追い込むことができれば、三機の奪還も果たせるだろう。
今のミネルバの優位、敵の後背を取っているという絶対的な優位を生かした作戦。デブリという若干の不安要素はあるが、勝算は高いとタリアは考える。
だが、戦いに絶対はないのもまた事実だ。敵が何か手を打ってくることは間違いない。タリアは、そんな敵の動きを見逃すまいと、じっとモニターに意識を集中させる。
と、その時だった。背後でブリッジの扉が開く音がする。振り返ったタリアは、そこに議長ともう二人の姿を認めた。
「……議長?」
「いいかな、艦長。私はオーブの方々にもブリッジに入って頂きたいと思うのだが」
「え?……いえ、それは」
突然の申し出に、彼女の口から思わず声が漏れる。
オーブの方々、すなわちひょんなことからこのミネルバに乗り合わせることになった現代表のカガリと、その護衛のアレックス。彼が言っているのは、その二人をブリッジに入れろということだ。
しかし、オーブとプラントの関係がどうであれ、これから戦闘に入ろうというこの場所はザフトの軍事機密の塊のような場所。そこに、言ってしまえば部外者を招き入れるというのは普通ありえない事だ。
百歩譲ってこのミネルバに乗船したことは良いとしても、あくまで客人として扱うべきであり、そういう意味でも断じて戦闘中のブリッジに居るべき人間では無い。
これまでなし崩し的に議長の言う事を承諾してきたタリアではあるが、それは彼の言葉にもそれなりの利があったからであって、この局面でそのようなただの観覧を許す訳には行かないのだ。
そう思い、今回ばかりは拒絶しようとしたタリアであったが、はっきりとそれを言う前に議長の言葉が差し込まれる。
「君も知っての通り、代表は先の大戦で艦の指揮も執り、多くの戦闘を経験された方だ。そうした視点から、この艦の戦いを見て頂こうと思ってね」
「っ…………」
議長のその言を聞いて、内心タリアは歯噛みする。先ほど艦内を案内した時のように、盟友に対する誠意などと言った曖昧な言葉ではぐらかされるのであれば跳ねのけることもできたが、そのような言い方をされると断るのは困難だ。
勿論、他国のそれも代表から助言を受ける軍隊などあってはならないとは思うが、本音として実戦経験者の意見は喉から手が出るほど欲しいものだ。しかもそれが先の大戦でも有数の戦闘を経験した者となれば、なおのことだろう。
タリアは脳内で軍としての面子と実利を天秤にかけ、即座に決断を下す。なんと言ってもこの艦には議長が乗っているのだ。何があっても墜とされるわけにはいかない。
「……わかりました。議長がそうお望みなのでしたら」
「ありがとう、タリア」
彼女の返答に微笑みながら応える議長。恐らくは、自分がここにいることでタリアが申し出を受け入れることまで計算ずくなのだろう。だが、一体何のためにオーブの者たちをブリッジに引き入れたのか。タリアには、ギルが気まぐれでそのようなことをするとは思えない。
しかしながら、今はそのようなことを考えている場合ではないだろう。タリアは制帽をかぶりなおして頭を切り替えると、凛とした声で命令を下した。
「ブリッジ遮蔽!対艦対モビルスーツ戦闘用意!」
バタバタと慌ただしく出撃前の機体チェックを終えたシンは、カタパルトに運ばれていく機体を眺めていた。
いよいよこれから戦闘が始まろうとしている。そしてあそこには、大切な友人たちが乗り込んでいるのだ。メカニックである自分は、それをただ見送ることしかできない。一度はそれでもいいと思った。それでもいいから、自分にできる限りの何かをしたかった。
けれども、シンが本当にやりたかったことは。それは、みんなを守るということ。
やっとそれができるようになった。できる力を得られた。だから、こうして見送るのはもうこれが最後だ。シンは、このアーモリーワンから続く騒動が終わったところで、パイロットに志願することを決めていた。
やがて、機体がカタパルトに固定され、続々とレイやルナマリアたちが発進していく。星屑の舞う戦場に赴くモビルスーツたちの姿を見てシンは、彼らの無事を祈ると共に決意を固くした。
「……あんまり、成績良くないんだけどね。デブリ戦」
青白い光の尾を引きながら、デブリの中を進む赤いザクウォーリア。そのコクピットの中、ルナマリアはぽつりとつぶやく。先ほどシンには冗談めかして言ったが、自分はまだまともに敵と戦ったことがない。訓練は十分に行ってきたとは言え、いざ実戦を目の前にすると何とも言い難い重苦しさがある。
その上、相手はセカンドステージシリーズの三機。そのスペックの高さはよく知っているし、敵がそれを十全に扱えることも確認済みだ。レイと二人がかりではあるものの、抑え込めるかどうか。
そんな不安が折り重なって転がり落ちたルナマリアの言葉であったが、繋がった通信から聞こえてくるレイの声は良くも悪くもいつも通りのものだった。
『向こうも既にこちらを捉えているはずだ。油断するな』
「……わかってる。いつも通りね、レイは」
彼のこんな状況でも落ち着いた様子に、ルナマリアは少し緊張がほぐれたような気がした。そうだ、レイは既にあの三機と戦っているし、それも1対3をやって見せた。シンだって、自分と同じザクウォーリアで1対2を凌ぎきっている。二人に続かなければ、赤として格好がつかないというものだ。
大きく息を吸って、ルナマリアは正面を見据える。宙域に散らばった岩石にステーションの残骸、そして小惑星とその向こう側に反応のある敵艦。先ほどレイにも言われた通り、既に敵も自分たちの存在は確認しているはず。ならば、もうじきモビルスーツが出てくるはずだ。
今回、ルナマリアのザクは砲戦型のガナーウィザードを装備している。この、飛び出してきた敵をアウトレンジから一方的に攻撃できる装備を使って敵戦力を拘束する。作戦で彼女たちに与えられた役割はそのようになっているが、撃破できればそれに越したことはない。
あまり射撃は得意ではないルナマリアだが、当たらなくてもいいと言われて、大人しく「はいわかりました」などと言うわけにはいかないのだ。それゆえに、敵機から放たれる僅かな光も見逃すまいと、ルナマリアは目を凝らす。
だが、待てど暮らせどモビルスーツが現れる様子はない。それに、モニターに映る反応は、敵艦が進路を変えるなどのアクション一つ起こさず進み続けていることを示している。それは、戦いを目前に控えたという割には、あまりにも奇妙な静けさだった。敵艦と徐々に距離が近づいていくにつれ、自分の中で何かが妙だという疑念が膨らんでいく。
「レイ、何か────」
そうして、ルナマリアがとうとうその疑念を口に出そうとした、その瞬間だった。
「っ!?」
聞こえてきたアラート音に咄嗟にスラスターを噴かすと、つい数瞬前までザクがいた場所をビームが貫いていく。いや、それだけではない。いつの間にか射出されていたドラグーンから放たれたビームが、回避行動をとったショーンのゲイツRを直撃した。そうして、真空の宇宙に音もなく機体が爆散する。
「ショーン……っ!」
同じ、ミネルバに配属されたパイロット。それが声の一つすら上げずいなくなってしまったことに対して、ルナマリアはただ名前を呼ぶことしかできない。ここがそういう場所だということはわかっていたはずなのに、あまりにもあっけなく命が失われたという事実を前にして、自分の中に悲しみや喪失感や恐怖や、様々な感情が塊となってせりあがってくる。
しかし、今のルナマリアにはそれと向き合う暇もない。それらを腹の中に押し込めると、振り返って敵の姿を捉える。
カオス、ガイア、アビス。奪われた三機のモビルスーツがそこにはいた。敵機の姿と、辺りに散らばるステーションの残骸。それらを見て、ルナマリアは何が起こったのかを悟る。
「待ち伏せされてたってわけ!?」
しかし、敵艦のいるはずの方向から来たモビルスーツを見逃すはずもない。では、一体いつから。そんな疑問が浮かんだのも束の間、モニターの表示に異変が起こる。それまで確かにあったはずの敵艦の反応。それが、忽然と消えた。
「索敵急いで!ボギーワンを早く!」
ルナマリアが敵艦────ボギーワンの反応を見失ったのと時を同じくして、ミネルバもまた、混乱の最中にあった。確かに追跡していたはずのボギーワンの反応が消え去り、それに加えてショーン機の反応までもが失われる。恐らくは、突如として反応が現れた三機の仕業に違いなかった。
完全にしてやられた。タリアは口の中に苦々しいものを感じる。アレックス……いや、アスラン・ザラの指摘した通り、敵のデコイにまんまと引っかかってしまった。自分たちが追う立場ということで、驕りがあったのだろうか。はたまた、事態を収拾しなければならないという焦りがあったのだろうか。
何はともあれ、現状は偽の反応によってミネルバからモビルスーツ隊を引き離され、その上敵によって拘束されたということになる。そして、ボギーワンは……
「ブルー18、マーク9チャーリーに熱紋!ボギーワンです!距離500!」
「ええ!?」
「更にモビルスーツ、2!」
「後ろ……!」
索敵担当のバートから報告を受け、悲鳴とも驚愕ともつかない叫び声をあげるアーサー。タリアは内心、彼と一緒に叫びたいような心持だった。
状況は最悪と言ってもいいだろう。獲物を狩るハンターだったはずが、いつの間にか立場が逆転して追われる身となっている。しかも、自分たちが仕掛けようとした作戦を、そのまま敵にやられた形だ。
艦を守るモビルスーツはそのほとんどが出払い、真後ろにつかれて反撃もままならぬまま一方的に敵艦からの攻撃を受ける体勢。タリアの背筋を、冷たいものが伝って落ちる。
しかしながら、苦境であったとしても何もしないわけにはいかない。議長も乗るこの艦は、何があってもやらせるわけにはいかないのだ。タリアは即座に迎撃態勢を整えると、ボギーワンからの攻撃を防ぐ手立てを考える。視界に飛び込んできたのは、敵にまんまと利用された小惑星。その形状によって目視を妨げられた結果、ミネルバは窮地に追い込まれることとなった。
だが、それはすなわち、敵からの射線を切ることができるということを意味する。そう思い立ってから、タリアの行動は早かった。
「機関最大!右舷の小惑星を盾に回り込んで!」
その言葉から数瞬後、ミネルバの巨体が小惑星へと近づいていく。そこに襲い掛かるミサイルたちはCIWSによって迎撃されるか、あるいは小惑星に激突して炸裂する。至近での爆発に、揺さぶられる船体。その中で、タリアは更に命令を下していく。
「メイリン!レイたちを戻して!それと、デイルの発進準備を!」
「はい!」
「マリク!小惑星表面の隆起をうまく使って直撃を回避!」
「はい!」
「アーサーは迎撃!」
「は、はい!」
オペレーターのメイリン、操舵手のマリク、副長のアーサーに一息で命じると、タリアはモニターを見つめる。敵方にモビルスーツがいる以上、こちらもモビルスーツで対抗しなければならないが、敵の二機に対してこちらは一機。それに、敵がこれで打ち止めという確証もない。レイたちがすぐに戻って来られればいいが、あの三機相手では戻ることも容易ではないだろう。
そう思っているところに、敵モビルスーツからの攻撃がミネルバの横っ腹に向かって降り注ぐ。こちらもミサイルで応戦するも、今度は後ろからボギーワンのミサイルの艦砲が雨あられとやってくる、そんな、あまりにも熾烈な敵の攻撃。それに晒されたミネルバは、モビルスーツの進路の確保もままならない。
じり貧としか言いようのない状況。そんな中で、再びボギーワンからのミサイルが迫りくる。
「迎撃!」
「しかし、これは……」
叫ぶタリアに対して、戸惑いながら言葉を発するバート。そんな緊迫したブリッジの中、バートの尻すぼみな言葉が気になったアスランは、思わず目の前のディスプレイを覗き込む。そこに映るミサイルの軌道は、皆一様に艦から逸れたものだった。直撃コースでないというのなら、敵は一体何を狙っているのか。疑問を浮かべたまま、正面のモニターに向き直ったアスランは、そこに映ったものを見て即座に敵の狙いに気付く。気が付けば、彼はつい先ほどデコイのことを指摘した時と同じように叫んでいた。
「まずい!艦を小惑星から離してください!」
「え?」
アスランの剣幕に、思わず振り返って言葉を漏らすタリア。直後、ミサイルが次々と小惑星に着弾していく。巻き起こる振動と閃光。その中で、漸くタリアは敵の狙いに気付いた。小惑星に着弾したミサイルの爆発により、隆起したその表面が粉砕され、ミネルバに向かって降り注ぐ。
タリアは必死の指示によって致命的な大きさの岩石を食らうことを免れるも、それでも大小さまざまなサイズの岩石が暇なく船体に激突していく。そうして遂に、運悪くスラスターに直撃した岩石によって、ミネルバはその機動力を激減させる。
更には進路上に起こった大規模な崩落により、前方を完全に閉ざされてしまった。
「進路塞がれます!」
「更にモビルスーツ、モビルアーマー接近!」
ここにきて新手のモビルアーマー。敵が三機に増えたという事実に、タリアは愕然とする。身動きのできないミネルバ、そしてそこに迫りくる敵機。どうしようもないほど絶体絶命な状況だ。しかしながら、まだできることはある。不幸中の幸いというべきか、ミネルバの足が止まったことで、モビルスーツを歩いて発進させられることはできるようになった。
敵に対処するため、タリアは受話器を取って内線を格納庫へと繋ぐ。
「エイブス!デイルを出して!それと……」
そこまで言って、タリアは一度言葉を切る。先ほどは本人からの申し出があってのことだった。しかし、今から自分は艦長として命令を下そうとしている。本来の職分を、超えた命令を。
タリアは艦長として、この艦と乗員を守るためにあらゆる手段を尽くす責務があり、そのために与えられた権限がある。乗員に命令を下すということ権限が。
彼は、パイロットではない。しかしながら、ザフトの一員ではある。そして何より、このミネルバの一員である。だとすれば、彼には命令に従う義務があるのだ。
故に、タリアはそれを言葉にする。
「……シンを。シン・アスカを出して」
『……はっ!』
シンのほとんど出ないあからさまな繋ぎ回になってしまった……
話の区切り的に戦闘まで行くと15000字ペースになりそうだったのでお許しください
次話は可及的速やかに投稿しますので……