機動戦士ガンダムSEED New desTiny 作:ジェド・アリッサム
それは、レイたちの出撃を見送ってから暫くしてのことだった。アグネスのザクファントムの整備に取り掛かっていたシンのうなじに、何かひりつくような感覚が走る。思わず振り返ったシンだが、格納庫の中、そこに何があるわけでもない。だが、彼の視線の先、位置にしてミネルバの後方からは、確かに敵意と殺意を持った者たちが近づいてきていた。
ブリッジとは違い、敵の位置情報や戦況など知る由もない中、シンの心の中のざわつきはどんどん大きくなっていく。そうしてそれは、一つの命の灯が宇宙の漆黒に溶けていったのと同時に、声を形作った。
「…………ショーン?」
聞こえてきた声に、シンは思わずその名前を呼ぶ。しかし彼は、つい先ほどこの場所から出ていったはずだ。
……戦場へと。
シンはこの感覚を知っている。これが何を意味するのかを知っている。けれども、ほんのちょっと前までここにいて、確かに生きていたショーンが。
ショーンが、もうこの世にはいないだなんて。それは酷く、現実味がないように思えた。と、その時、船体が大きく揺さぶられる。
「うわあ!」
「な、なんだ!?」
そんな悲鳴が聞こえて、シンの意識は現実へと引き戻された。外の様子がわからない中、突如として揺れに襲われたメカニックたちの間に動揺が広がっていく。これが戦場慣れしたメカニックならば、これくらいのことは日常茶飯事なのだろうが、生憎ここにいるのは新人ばかりだ。初陣ということで浮足立っていた精神が、戦闘の現実によって一気に恐怖へと突き落とされる。
けれども、それを恐慌にしないためにいるのが、ベテランという存在なのだろう。
「お前ら!」
恐慌一歩手前の喧騒の中に、そんなエイブスの声が響き渡る。ミネルバのメカニックたちの中に既に染みついた彼の一喝は、瞬時にその場に静寂をもたらした。そうして、続くエイブスの言葉が、彼らに自らのすべきことを思い出させる。
「ここからが忙しくなるぞ!まずはMSの受け入れ体制の準備、それからデイルのゲイツRをいつでも出せるようにしとけ!」
「は、はい!」
その声に、先ほどまで怯えていたメカニックたちが、まるで思い出したかのように走り出す。落ち着けだの、大丈夫だのと言った気休めの言葉より、こういう場面には仕事をやることの方がいいのだということを、エイブスは知っていた。
「ダメコンの用意も忘れるな!」
「っ、はい!」
テキパキと下されていく指示。それに応えるミネルバの仲間たちの声。それらを聞きながら、シンは思う。
そうだ。ここにいるみんなは、生きている。生きて、自分の為すべきことを為そうとしている。では、自分の為すべきことはなんだろうか。
さっき聞こえた、ショーンの最期の言葉。
……みんな…………
守りたい。シンはみんなを、ミネルバの仲間たちを、守りたいと強く思う。だからこそ、自分が今すべきことは。
幾度となく艦を振動が襲い、ますますそれが激しくなっていく中、シンは機体を離れてエイブスの元へ向かう。
「……エイブスさん」
「……シン」
「俺、行きます。行って、みんなのことを守ります。……それが、俺の一番やりたいことだから」
軍人として、メカニックとして、相応しくない言葉だとは思う。けれどもそれは自分の、シン・アスカの、心の底からの言葉だった。シンは、意志の籠った瞳でエイブスを見つめる。
そんな澄んだ瞳を向けられたエイブスは、内心こうなりそうな予感がしていたと独り言ちる。メカニックとして働いていたシンは熱意がないというわけではないけれども、それでもどこかその表情には、時折暗い影のが落ちていたものだ。それが、アグネスのザクに乗って帰って来た時から、シンの顔から影が消えた。まるで、何か光を見つけたとでもいうように。
ミネルバのチーフエンジニアとして、エイブスは自分の所のメカニックが勝手にモビルスーツに乗ることを許すわけにはいかない。
だが、一人の人間として、エイブスはシンの背中を押してやりたいと思った。
「…………」
彼は、無言のまま備え付けられた内線へと足を向かわせる。そうして受話器を取ってブリッジに繋ごうとした瞬間、向こう側からタリアの声が飛び込んできた。
『エイブス!デイルを出して!それと………………シンを。シン・アスカを出して』
「……はっ!」
タリアの言葉に返答すると、エイブスは後ろを振り返って叫ぶ。
「シン!行ってこい!艦長のお墨付きだ!」
「っ、はい!」
威勢のいい返事と共に、機体に向かっていく少年の背中。今現在、ミネルバは苦境に立たされていると言って良いだろう。振動からして敵の攻撃は熾烈さを増し、その上発艦指示があったということは、敵モビルスーツも迫ってきている。更に、カタパルトの進路が塞がれていることが示しているのは、ミネルバの進路が塞がれたということだ。苦境どころか、絶体絶命かもしれない。
モビルスーツを歩いて発進させるように指示しながら、エイブスは思う。しかし、何故だろうか。パイロットでもない奴にこんな期待をするのもおかしな話なのだが、彼ならこの状況をどうにかしてくれそうな気がするのだ。
作業着のままの背中を見つめながら、エイブスは呟いた。
「……頼むぞ、シン」
ともすれば、我儘ともとれる自分のこの行動。それをエイブスは許してくれた。背中を押してくれた。期待してくれた。そのことに、シンは胸が熱くなるのを感じる。
彼だけではない。こうしてザクに乗り込もうとする自分に向かって、激励の声を掛けてくれるみんな。自分の身を案じてくれるみんな。みんな、いい奴だ。絶対に死なせちゃいけない人たちだ。
だから、シンは戦う。彼らを守るために。もう二度と、失わないために。
コクピットを閉じ、格納庫からカタパルトに向かう。既に反対側からは先に準備していたデイルが出た。シンも、出たらもうすぐにでもモビルスーツ戦が始まるだろう。
ザクを歩かせてカタパルト部に入ると、気密シャッターが閉まる。前方が開放され、岩で埋め尽くされた宇宙空間が目に飛び込んできた。デブリの中での戦いは、勿論シンにとって初めてで、訓練もしたことがない。困難なことは間違いないだろう。
そんな、出撃を間近に控えたシンの元に、通信が入る。モニターに映った顔は、タリアのものだった。
『……シン。……ミネルバを頼むわ』
どこか悔いを滲ませた様な、そんな表情のタリア。けれどもシンは、彼女に対してニッと笑って答える。
「任せてください、艦長!」
シンは、大きく息を吸い込む。艦長もまた、自分を信じて託してくれた。ミネルバを守ってほしい。その想いに、みんなの想いに、絶対に応える。どこまでも真っすぐな眼差しのまま、シンは叫んだ。
「シン・アスカ、行きます!」
背中から青白い炎を噴き出し、ザクの身体が宙に舞う。カタパルトから飛び出したシンは、辺りを埋め尽くす岩の間を縫って飛びながら、敵の姿を探した。話ではモビルスーツ2機、モビルアーマーが1機ということだったが……その時、シンの脳内に電流が走る。反射的にスラスターを噴かして機体を反転させれば、遠くから突っ込んでくるマゼンタ色の物体が目に飛び込んできた。
「モビルアーマー!?」
驚愕するシンの前で、敵機から4つのガンバレルが分離する。
「っ!?」
四方から取り囲もうとするガンバレルをブレイズウィザードのスラスターを全開にして突破しながら、シンは先ほどの感覚を思い出す。あれは確か、アーモリーワンの時に感じたものと同じだ。レイや、昔一度だけ会ったラウ・ル・クルーゼとよく似た感覚。だが、ラウは先の大戦で亡くなったはずだし、レイはインパルスで戦っている。では、これは一体何者なのか。
しかし、そんなことを考えている暇はない。MAとは思えない鋭角な挙動で機体を翻した敵は、展開したガンバレルの銃口をザクへ向ける。それを視界の端で捉えたシンは身を捩ってそれを躱そうとして、次の瞬間弾かれたようにスラスターを噴かす。振り返ってみれば先ほどまで自分がいた位置の背後にもう一基ガンバレルがあって、シンは額を流れる冷たいものを感じた。
どうやらこの敵は、ガンバレルを使い慣れているらしい。アーモリーワンで戦ったカオスより、狡猾なオールレンジ兵装の使い方をしている。それは、単に死角からの攻撃を狙うだけではなく、敢えて1基を視界に入るようにしてきたというところから明らかだ。
戦闘中、自分を狙う銃口があれば、その方を向いて注視してしまうのは、もはや反射と言ってもいいくらいに仕方のないことだ。あからさまに見えているのでは他の可能性もちらつくが、端に捉えたのならばまずそこから攻撃が来ると考える。そうやって人間の習性を利用して視線を誘導しつつ、本命は死角からの攻撃。しかもそれを宇宙空間でお互いが移動する中、有線式のガンバレル2基でやってのけるというのは只者ではない。
シンはこちらも反撃だとばかりにビームを放つも、MAの大推力を生かした機動によって回避されてしまう。
更に悪いことに、戦闘の光によってこちらに気付いたのか、敵と思しきダガーLが2機こちらに接近してきた。
「クソっ!」
またもや1対3の状況に追い込まれてしまったことに、シンは悪態を吐く。だが、敵がそんなシンの様子になど構うはずもなく、先ほどから続くガンバレルからの攻撃に加えて、今度はダガーLからもビームが放たれた。
シンはそちらからの攻撃に対して、宙に浮いた岩石を利用して射線を切ると、スラスターを噴かして岩陰から飛び出した勢いそのままビームを撃つ。敵意を感じたその方向に向かって放たれた一撃は、あっけなく敵機を貫いた。
「……え?」
直撃を受けたダガーLは爆散し、残骸があたりに散らばる。そうして、シンの頭の中に絶叫する男の声が鳴り響いた。
たった今、一人の人間が死んだ。一つの命が消えた。他の誰でもない、シンが引いた引き金によって。シンは、人を殺したのだ。
そんな、受け止めきれないほどの大きさの事実に頭が真っ白になった彼に、エグザスのビームが襲い掛かる。
「…………っ!?」
咄嗟に躱そうとするも、反応が遅れた分躱しきれず、左足の先が持っていかれた。
わかってはいたはずだ。これが戦場なのだと。戦場に出るというのは、こういうことなのだと。けれどもシンは、自分が恐ろしくなった。自分が簡単に人を殺してしまえるマシンに乗っているということに、改めて気付かされた。
がくがくと、手が震えだす。呼吸が浅くなり、視界が明滅する。そんな、朧げな視界の端で、シンは見た。ミネルバに向かおうとする、敵機の姿を。
それを見て、シンの身体に力が戻る。自分が何をしに戦場にやってきたのか、それを強く思い出す。
「やらせるかああああああ!」
シンは自分を鼓舞するように叫ぶと、スラスターを全開にして離れていくダガーLへと吶喊する。だが、その行く手を阻むようにビームの雨が降り注いだ。
急制動をかけながら、シンは光を放った下手人の方を睨みつける。視線の先で、エグザス本体と4基のガンバレルが一斉に火を噴き、辺りに火力を投射していく。その圧倒的な火門の数に追い立てられ、シンは歯噛みしながらデブリ帯に突っ込んだ。
青白い尾を引き、デブリの間を縫って進むザクの背後を、猛烈な勢いで緑色の光が追っていく。時に岩石を粉砕し、時に虚空を突き進み、時にシンの機体を掠めながら、さながら猟犬のように迫ってくるガンバレル。だんだんとミネルバに迫る敵機から引き離されていくことに、シンは焦りを覚えた。
何か手はないのか。その時、ふとシンはザクのとある武装のことを思い出す。直後、ザクのサイドアーマーから、シンはあるものを取り外して捨てた。
それは、ハンドグレネード。敵が真後ろから追ってきている今、機体から切り離されて宙に漂うそれは、必ず敵の進路上に吸い込まれる。刹那、時限信管が作動し、機体の後方で爆発が起こった。ほんのわずかな間、敵のモビルアーマーからの攻撃が止む。
その隙を逃さず、シンはダガーLに向けてミサイルを放つ。背部のスラスターブロック一つにつき19発、都合38発のミサイルがたった1機に向かう中、敵は岩石の裏に隠れて足を止めた。
この機会を逃すまいと、シンはスラスターを噴かして上昇する。敵機の天頂方面、岩石によって遮られていない射線から撃つ。そうして狙いを定めようとしたシンは、しかし自らに向かって飛んできたビームに、回避を余儀なくされた。見れば、無傷のMAとガンバレルがこちらを狙っている。千載一遇のチャンスを逃したシンが歯噛みした、その時だった。
方向にして、シンの足元の方から放たれたビームがダガーLを貫く。見れば、そこにいたのはデイルのゲイツRだった。
「デイル……!」
これで形成は逆転し、2対1となった。今はただ、それだけでいい。シンは自分にそう言い聞かすと、改めて敵のモビルアーマーと相対する。どうやら敵は、この状況でもまだやる気のようだった。
向かい合う、ザクとエグザス。両者が動き出したのは、ほとんど同時だった。ガンバレルを展開して光刃を伸ばし、すれ違いざまの一撃を食らわせようとスラスターを全開にするエグザス。対してシンは、敵に対して足を向けるように姿勢を変えると、これまたスラスターを全開にする。そうして両者は、同じ方向へと動き出した。
これまでの短い戦闘で、敵がガンバレルの操作に長けていることはわかっている。シンは、ただこれまでのようにビームを撃つのでは、このお互いが縦横無尽に動き回る宇宙空間での戦闘において攻撃を当てるのは難しいと理解した。
それゆえに、一撃を貰うのは覚悟でせめて被弾面積を小さくし、相対速度を合わせたのだ。この距離、そしてこの状態ならば当てられる。シンは、敵から伝わってくる驚愕を感じながら、重い引き金を振り絞った。
が、次の瞬間、目の前の光景にシンもまた驚愕する。確かにモビルアーマー本体を狙った攻撃は、しかしその射線上に割り込んできたガンバレルを貫くに留まった。返す刀で、別のガンバレルがザクの左足を持っていく。
両者痛み分けとなった一瞬の攻防。大きく肩で息をするシンは、しかし確信した。目の前の敵は、とてつもなく危険な存在であると。
そんな敵に向かって、緑の光が伸びていく。気付けば、デイルがこちらまで援護するために接近してきていた。同じくそれを認めたエグザスは、シンに背を向けて加速を始める。
「っ!」
その姿を見て、シンは瞬時に察した。敵が、まずはデイルから片付けようとしていることに。
急いでシンはエグザスに続く。今度はこちらが後ろを取った状態でビームを放つも、ランダムな軌道を描き、岩を使ってうまく射線を切ってくる相手に命中弾をだすことは叶わない。そうして、いよいよゲイツRが射程距離に入ったのか、遂には3基のガンバレルが展開される。
シンは、大きく目を見開いた。先ほど、自分がやられたのと同じ。何度かの牽制射撃の後、正面に1基、死角から1基を使っての攻撃が、今まさにデイルに仕掛けられようとしている。
そんなことを許すわけにはいかない。それをさせないために、シンはここに来たのだ。
デイルを狙うガンバレル。その姿が、やけに大きく見える。全員が高速で移動する戦闘の中、あれがどのような動きをするのか、手に取るようにわかった。
銃口にエネルギーが蓄えられ、ビームが放たれるというまさにその瞬間。シンは狙いすましたビームを放つ。
それは、まさに誰かを守るための力。シンが欲しいと、ずっと願っていた力。想いを乗せた一撃は、まるで吸い込まれるようにガンバレルに向かって一直線に伸びていく。
そのままビームがガンバレルを貫く、そんな光景が誰の目にも浮かんでいた。シンにも、敵であるネオにさえも。
しかし、現実は違った。
どこからともなく流れてきた岩石が、シンとデイルの間を通り抜けていく。それは、ビームを緑色の飛沫に変えると、そのまま過ぎ去っていった。
呆気にとられたシンは、岩石のことを見送った後、改めてデイルの方へ目を向ける。そこに、ゲイツRの姿はなかった。あるのは、ただの残骸だけ。
「…………?」
シンには、訳がわからなかった。そんな中、左側から次々と岩石が押し寄せてくる。半ば自動的にそちらの方を見れば、小惑星に囚われていたはずのミネルバが膨大な数のデブリを跳ね飛ばしながら離脱・旋回し、敵艦と正面から向き合う。そのままタンホイザーが発射され、ボギーワンを掠めて船体の一部に爆発を引き起こした。
その姿を見てか、敵のモビルアーマーはスラスターを噴かせて宙域を離脱していく。間もなく、色とりどりの信号弾が上がって、それでシンは敵が撤退したのだとわかった。
残ったのは、シン一人だけ。
デイルは、死んだ。
ミネルバのカタパルトに、両足を破損したザクが倒れこむようにして着艦する。腕を使い、どうにか格納庫までたどり着いた機体のコクピットが開き、その中からシンは外に出た。
そこにいたのは、皆一様にどこかほっとした様子のメカニックたち。当然だろう、ミネルバはあの絶体絶命の状況から、どうにか窮地を切り抜けたのだ。
「シン!」
「すげえよ、シン!」
聞こえた来た声に、シンは顔を上げる。ヨウランにヴィーノ。シンにとってのかけがえのない友人たちが、こちらに向かって駆け寄ってきていた。
「シン、怪我はない?」
足の無いザクとシンを交互に見て、心配そうな声をあげるヴィーノ。
「宇宙戦もやれちゃうんだもんな。ほんとに乗ったばっかりとは思えないぜ」
バンバンとシンの肩を叩きながら、陽気な様子で語り掛けてくるヨウラン。
二人の様子に、シンは少しだけ救われたような気持ちになる。守れなかっただけではない。こうやって、確かに自分が守れた人たちもいるのだと教えてくれるようで。
けれども、それでもやはり、心に落ちた影は拭いきれなくて。シンは、曖昧に笑ってからその場を後にする。
取りあえず、水を貰ってきて飲んで。取りあえず、軽食を口に運んで。格納庫の隅でそうしているシンの前に、誰かが立ちふさがった。
「……シン」
顔を上げずともわかる。そこにいるのは、レイだ。頭上から、柔らかなトーンの言葉が降り注ぐ。
「お前は、ミネルバを守ったんだ。お陰で皆、こうして生きている」
「っ」
「……言いたかったのは、それだけだ」
それだけ言うと、レイの足音は遠ざかっていた。
下を向いたままのシンの肩が、震える。心の中がぐちゃぐちゃだった。引き金を引いた手の感触も、救えなかった命の最期の声も、何もかもがまだ残っている。シンは救えなかった。シンは殺してしまった。それでも、レイは守れたという。
「シン!…………大丈夫?」
聞こえた声に、シンは思わず顔を上げた。そのまま、潤んだ瞳をガシガシと乱暴に袖で拭う。
「……いいや、何でもない。俺は大丈夫だから……」
「……大丈夫じゃないでしょ?」
「…………」
シンの精一杯の強がりは、あっという間に看破されてしまった。そんな、黙り込んだシンの目の前に彼女はしゃがみ込む。同じ高さにやってきた瞳を前にして、シンはぽつぽつと言葉を漏らした。
「…………俺、人を殺したんだ」
「……!」
「敵だから仕方がなかったんだ。でも……最期に声が聞こえた。すごく苦しそうで、それは、俺が…………」
「シン……」
「……それで、今度は守るんだって。守ろうと思って、撃って、でもダメだった。気付いたら、デイルがいなくなってた」
「…………」
「……俺は…………守れなかったんだ。それなのに……それなのに、みんな…………」
よくやったという。こんな自分のことを心配してくれる。続くはずだった言葉が口から出て来なくて、シンは再び下を向く。
そんなシンの頭を、何か温かいものが包んだ。
「……シン。ありがとう。みんなを、ミネルバを守ってくれて」
「でも、俺は…………!」
「シンがいなかったら、みんなここにはいなかったかもしれない。私とレイだって、帰る場所が無くなってたかもしれない。……でも、シンがいたから」
「…………っ!」
目頭が熱くなる。こんな自分でも、守れたのか。ヨウランの、ヴィーノの、レイの、ルナの、みんなの言葉が、シンに自分のことを認めさせてくれた。
「…………ルナ」
「……なに、シン?」
「…………もうちょっとだけ、このままでもいいかな」
「……もう、仕方ないわね」
守れなかったものもあるけれども、それでも守れたものがあるのだということを。
なんかみるみるうちにルナマリアが遥かな高みに昇って行ってるんですけど……
医務室にいるアグネスさんはこれからどうなるんですかね……?(他人事)