ソードアート・オンライン ~イデア オブ ファントム~   作:key_miz

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~葛藤と夕焼け~

 北セントリア帝立修剣学院の一郭。

 静寂に包まれた修練場に向かい合う剣士が二人。

空明りが剣先に触れると同時。

一触即発の空気を切り裂いたのは黒髪の少年だった。

 

「――――ッシ!」

 

 短い掛け声とともに淡く緑に輝く木剣が相対する少年の首元へと吸い込まれていく。

まともに喰らえば致命傷になるそれを、亜麻色の髪をした少年は大きくバックステップで躱す。

着地と同時に木剣を肩に担ぐと青白いライトエフェクトが木剣を包む。突進技《ソニックリープ》

 

「――――ハッ!」

 

 直後、まるでピンボールの如く亜麻色の少年が正面へと弾かれた。

迎撃すべく黒い少年も《ホリゾンダル》を発動させる。

 

 ――カンッ。という乾いた音がするとそのまま鍔迫り合いへともつれ込む。

全体重を乗せた突進技に対して横薙ぎの一閃が押し合いで勝るはずもなくじわじわと押し戻されていく。

 

 もう少しすれば《ホリゾンダル》は中断され、技後硬直を余儀なくされるだろう。

 勝利を確信したのか、亜麻色の少年は一瞬だけ頬を緩める。

その隙を見逃すほど黒髪の少年は甘くはない。

 

 瞬間、正面への力を無理やり横に押しやった。

すると、突進の勢いそのまま木剣は空を切り光を失う。

 

 お互いの技は不発。訪れた硬直は当然大技を使ったほうが長い。そして、

 

「6勝4敗で俺の勝ちだ。明日の買い出しは頼んだぜユージオ」

 

「くっそー。次はこうはいかないからねキリト」

 

 勝負はキリトの勝利で幕を閉じた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 床に腰を据えながら、用具置き場から取って来た布巾で木剣を拭う。

それをしたところで損傷した天命が回復するわけではない。ある種、気休めといえるかもしれない手を止めずに口を開く。

 

「にしても、ほんとに強くなったな。うかうかしてるとすぐ追い越されそうだ」

 

 本心からそう告げると、ユージオは悔しそうに苦笑をしながら頭をかいた。

 

「負けた相手に褒められるのはなんだかむず痒いな」

 

 実際にユージオの成長っぷりには目を見張るものがある。

 

 俺がこの世界に迷い込んで早二年ほどが経った。

 彼が俺と出会うまでは、天を衝く悪魔の大樹《ギガスシダー》を倒す使命を受けた青年だった。

それが一年の旅路と一年の学院での生活によって驚くほどの成長を遂げていた。

とても剣を握って二年目とは思えない。

 

 修剣学院の貴族たちは、年齢が一桁の時から剣の修練をする者もいる。

そんな連中も含めてユージオのレベルは学内で見てもかなり上位に位置しているといってもいい。

 

 もともとユージオには剣士としての才能があった。

ただ、才能の一言で断定するにはあまりにも早すぎる成長速度は彼の願いからくるものだという確信が俺の中にはあった。

 

ーーーーアリスを助け出す。

 

 願いをかなえるために日々研鑽(けんさん)を積み上げていく相棒。剣士であることすら彼からすれば通過点なのかもしれない。

 俺にだってセントラル・カセドラルを登って外の世界へ戻るという願いがある。

しかし、その願いは言ってしまえば目標に過ぎない。この世界を抜け出す手がかりがそこにあるとも限らない。

先の見えない暗闇をもがいているような感覚だ。

 

 ユージオの〈アリスを助ける〉はユージオにとっての旅の終着点でもある。

それに対して、俺のこの世界の外へ出るという最終目標はあれど、〈セントラル・カセドラルを目指す〉は目標に過ぎない。その先、たどり着いた先になにがあるのか。外への手がかりがあるかはあくまで想像の範疇を出ない。それが剣の迷いとして切っ先を鈍らせている自覚はある。

何かを守りたい。誰かを救いたい。身命を賭して振るう剣はそれだけ大きな意志となり、大きな力となる。

 

 誇り高く、気高くすらある剣士としての在り方を突き進んでいくユージオは今の俺にはとてもまぶしい。

それはかつて、黒き浮遊城へと置き去りにした過去の自分の姿と重なって見えた。

かつて剣士だった名残で力を振るう今の自分とは違う。

 

「ーーィト、キリト?」

 

 顔を上げると、ユージオが心配そうにのぞき込んでくる。

 

「すごく神妙な顔してたけど大丈夫?」

 

「あ、ああ。なんでもない。大丈夫」

 

 負の思考を否定するように頭を振る。

 

「そろそろ帰ろう。今日の夕食はキリトの好きな魚のフライだよ」

 

「そりゃ早く帰らなきゃな。ほら急げユージオ」

 

「まったく、調子いいんだから」

 

 木剣と布巾を用具入れに戻して修練場を後にするべく扉を開く。

あたりは夕暮れの朱色が若干滲んでいる。春といえどいまだに肌を刺す寒さに二の腕をこする。

 

「それにしてもまだ寒いな」

 

「そうだね、日は長くなってきたけどこれだけ遅いとさすがに......」

 

 急に押し黙るユージオ。焦燥感あふれる表情をしながら顎に手を当て思案している。さすがに心配になって声をかけようとしたその時、こちらに向き直ると両肩を力強くつかむ。

 

「キリト......今何時だ?」

 

 その質問の意図を一瞬で理解した。アンダーワールドで時計というものは存在しない。正確には『今は』と付けたほうがいいかもしれない。

 《時告げの鐘》と呼ばれる神器が30分おきにメロディーを奏でるのを頼りにするしかない。

 修練場の打ち合いの合間に4時を告げる音色を響かせていたことは覚えている。ただ、4時30分を告げる音色はおそらく剣戟に夢中で聞き逃してしまったのだろう。空の赤味具合から推測するに時刻は午後の5時直前。そして北セントリア修剣学院の初等練士寮の門限は午後5時。

 

 静寂が二人を包む。

直後、《ソニックリープ》なんて目じゃない加速度で地面をける。

 

「ちょ!?キリト!」

 

反応が遅れたユージオも追随するように後を追いかける。

 

「急げユージオ!」

 

先刻にも言ったセリフを叫びながら全力で疾走する。

後ろから聞こえる慨嘆を聞き流しながら。




できるだけ本編軸の18巻(アンダーワールド終了時点)までとは矛盾がないように作りたいと思ってます。
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