クレしん外伝 BURI×BURI 狩人物語! 作:K・B大好き人間
──かち、こち、かち、こち……。
時計の秒針が動く音、それと一緒にペンを走らせる音が静かに響く。部屋の主、
(アイ ハブ ア ペン、私はペンを持っている。アイ アム ア ボーイ 私は男の子だ)
明日は英語塾でテストがある。受けるなら満点だ、それぐらいの気構えでやらなくちゃと、机に向かってかれこれ3時間になる。
疲れたけど、それも後少しだけ。あと一問解けば終わりだ。
(ディス ボーイ イズ ノット ア ペン、ヒィ イズ マイ フレンド ベン。ええっと、この男の子はペンじゃない、ボクの友達のベンだ……)
「これ、どういう状況なんだ?」
ひょっとして、訳が間違えてる? いや、でも、そんなはずないし……アメリカ式のジョークか何かなのかな。
「う〜ん……」
一応、それぞれの単語を辞書で引いてはみたものの、やっばり訳に間違いはない。ということは、これで文章が成り立っているということになるわけで。
きっとこれは、アメリカと日本のお笑いの観点の違いとか文化の違いなのかもしれない。そんなどうでもいいことを思いつつ、ボクはノートやペンを片付け始めた。
何はともあれ、これで終わりだ。明日に向けた準備も済んでいるし、あとは寝るだけ……いや、でも、一応荷物の確認だけしとこうかな?
いや、それとも気分転換に漫画でも読んじゃおっかな。
そう思って棚から漫画本を引き出した矢先、扉を叩く音がした。
「ん?」
「トオルちゃん、勉強中ごめんなさいね。これ、郵便届いたみたい」
扉を開けて、ママが顔を覗かせた。手には荷物と、チラシを何枚か持っている。
「何だろう?」
荷物を受け取りつつ見ると、商品名のところに“模型”と書いてある。
「……あ」
これはまずい。
「模型って書いてあるけど、何かネットで頼んだの?」
「う、う〜んと、何だったかなあ」
なんて言ってはみたけど、嘘だ。本当はこれが何かわかってるし、なんなら商品名も正確に言える。
『先行100名までの数量限定版 もえPフィギュア コレクターズエディション2024 新春巫女スタイル』、発送完了メールも来ていたし間違いない。
でも、ママに言えるものか、中身を言ったら目ざとく値段やら商品詳細やらまで調べられるに決まってる。
そもそも、もえPに関しては、いつだっていい顔されないのに……。
──限定フィギュア買ったんだ。実は今年のお年玉も、これまでのお小遣いも大半使っちゃったんだよね〜アハハハ〜。
(言えるわけないよなぁ)
「トオルちゃん?」
「な、何?」
考え込んでいるのを不思議に思ったのか、ママがしゃがんでボクに目線を合わせてきた。
咄嗟のことにうまく反応もできない。しどろもどろになるボクの様子を見て、ママは片眉を上げると、チラと荷物に目をやった。
「ねえ? まさか無いとは思うけど、何かいけないもの買ったわけじゃないわね?」
「ち、違うよ! そんなんじゃなくて、これは」
「これは?」
「これは、ええと、何というか」
もう、正直に言っちゃおうかな……でも。
考えながら棚の上に目を向ける。1、2、3……全部で7つ、今回買ったので8つ目だ。最後にフィギュアを買った時、何て言われたっけ?
そんなことを考えていたのがまずかった。ふと顔を上げると、ママの視線が棚の上に向けられていた。
「もしかして」
「だ、だから、違うってば!」
何も違わないんだけど、咄嗟だったんだからしょうがない。そんなボクの返答にママの目が少し厳しくなった気がした。
「何が違うの? ママ、まだ何も言ってないでしょう」
「だから、それは」
「それは?」
「それは……」
答えようがない……もうここまでくると、バレるバレないを心配するより前に、なんとなくママに対して反発するような、そんな気持ちの方が強くて。
つと視線を逸らすボクにママが言った。
「何もやましいことがないなら隠そうとする必要ないでしょう。また、お人形買ったのね?」
「ッ!」
「やっぱり」
ここまできたら降参だ。きっと、何もかも聞かれて、その値段に驚かれた後、計画性がないって怒られるんだろう。
けれど、そんな予想ともまた違った。
「ねえ、トオルちゃん」
始まりは、言い聞かせるような声だった。
「どうして、ママ達がトオルちゃんにお小遣いをあげてるかわかる?」
「……」
「どうしてなんだと思う?」
それは、決まってる。お金の大切さとか、計画的に使う練習とかきっとそういう──。
「トオルちゃんのこと信頼してるから渡してるの」
「え?」
「5歳の子に持たせるには多いんじゃないかってパパは言ってたけど、あなたなら大丈夫だろうって思ってたから、きっと練習にもなるわって説得したのよ?」
「そう、なんだ」
『信頼』、その言葉に何となく胸が痛んで、荷物の箱を握る手にぎゅっと力が入る。
(謝ろう。これからは気をつけるって)
そう思い、口を開きかけたその時、
「──でも、ちょっと早かったかもしれないわね」
落胆するようなママの声に、ガンと頭を殴られたような気がした。
「……え?」
「調べたけど、そういうお人形って凄く高いのね。何か他に使えるわけでもない。趣味で許していいのかなって、前々から思ってたことよ?」
「で、でも、ボクは」
「だいいち、明日テストでしょう、そんなことに割く時間はないはずでしょう? 勉強もしてなかったみたいね?」
そう言って、ママは鋭く机の上を見た。勉強道具も何もかも一切が片付いて綺麗な机に、漫画本だけがポンと置かれてある。
そうか、あれを見て……!
「待って、違うよ! あれは、さっきやり終えて片付けたところで」
「言い訳なんて聞きたくありません。静かにしてるからって感心してたのに、まさか漫画なんて」
反論したかった。でも、息が喉の奥につっかえたようになってうまく言葉になって出ていかなかった。
「お小遣いは当分なしよ。それに、これも──」
言って、ママがボクの手からさっと荷物を取りあげた。
「え、ちょ、ちょっと、待って!」
「待ちません。これは返品しますからね」
とりつく島もない。
ボクが焦って声を上げるのにも構わず、背を向ける様子に、何を言っても無駄なんだなと悟った。
「……」
後ろ手にドアを閉め、ママが部屋を出ていく。ボクはただ立ち尽くしたまま、部屋から遠ざかる足音をじっと聞いていた。
「……違うのに、本当に違うのに」
────────
『変だ変だよ、ヘンダーランドォ〜。嘘だと思うなら、ちょいとお〜い〜で〜ぇ〜え』
職員室に置かれたテレビから楽しげな歌が漏れ聞こえる。それを何となく聞き流しながら、
「まったく、何だって、こんな暑い日に草むしりなんぞせにゃならんのか」
「ホントよねえ。なあんで、こんなにも伸びが早いんだろ、真夏の雑草って」
晩夏とはいえ、夏の雑草はよく育つ。生えるは生えるは、ぴょこぴょこ芽を出してきて、数日放っておけば立派に生い茂るのだからたまったものではない。
だから、ここにはいない園長、副園長を含む五人でローテーションを組み、ニ、三日に一度、定期的に草むしりをしていた。
「こんだけ雑草が生えるんなら、何かの間違いでイケメンの一人でも生えてこいってぇの」
恨みがましく、そんなことを言いながら、まつざかはブチブチと血切るように草を抜いている。その言葉に、上尾の耳がピクリと反応した。
「雑草から生まれた雑草太郎……ふふふ」
「はあ?」
あっけに取られた二人だったが、
「ダサすぎ! もっと命名センス磨いてから出直してきな」
太いたんぽぽの茎に手をかけ、グリグリと動かしながら、まつざかは唸る。
「確かにねえ、草太郎はちょっと……吉草三とか五木くさしとか、そういうのの方が」
「あたしゃあイケメンって言ったのよ、演歌歌手と恋愛したいなんて一言も言ってないっつーの!」
叫ぶように声を上げ、そのままの勢いでたんぽぽを握る手に力を込める。しかし、抜けない。
「ったくもう! 何だって、こんなに抜けないの、よぉ!」
グググッ…っと力を込めて、込めて、
「んぐぐ…んんッ!」
そうしているうちに、やがて根本から葉がちぎれ、まつざかは勢い余ってドンと尻餅をついてしまった。
「イッタタタァ……!」
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
「大丈夫じゃなぁ〜い……あぁ、もう限界」
へたり込んで疲れきった表情をしている、まつざか。それを見た吉永は頬に伝った汗をタオルで拭うと、上尾の方へ振り返った。
「あたしも結構疲れたし、一旦休憩にしたいかな。あげお先生はどう?」
「ええ、構いませんよ」
「よ〜し、それじゃあ休憩決定!」
拳を突き上げて宣言する吉永に続き、
「「いえ〜い!」」
残りの二人も跳んで喜んだ。
園内へ入り、軍手は下駄箱の上に。
砂で汚れた手を洗い職員室へ向かうと、三人は冷蔵庫から取り出した飲み物や菓子を手に休憩を始めた。
節電のため、園児がいない夏休みの間は室内のエアコンは全面的にオフにする取り決めだ。日差しがない分楽ではあるものの、やはり暑い。
「は〜あ、誰かとデート行きたいなあ。遊園地とか」
そのためには恋人作らなきゃだけど、いや、もういっそ一人で、と諦めたようにため息をつくまつざかの言葉に、吉永が「そういえば」と言って、お茶を一口飲んだ。
「遊園地っていえばさ、今度の秋の遠足であそこ行くって話出てたわよね?」
「え? なんだっけ?」
首をかしげるまつざかに、
「まつざか先生、ヒントヒント」
「ヒント?」
「ほら、これですよ──チカゴロゥ、ナンカ、ヘンダォ」
上尾が裏声で聞かせる。聞き知ったフレーズに、まつざかは得心がいって手を打った。
「あぁ〜、ヘンダーランドね! 似てる似てる」
「ホント! あげお先生凄い!」
「えへへ……」
褒められて思わず照れる上尾に、二人はややオーバーに拍手をした。
顔を赤らめ縮こまっているところを見るに、あまり褒められていないのだろう。やりすぎたかなあ、なんて苦笑いしつつ、気を取り直すように吉永は咳払いをひとつした。
人差し指を立てて、二人に顔を寄せる。
「で、話の続きなんだけど、そのヘンダーランドね? な・ん・と」
「なんと?」
「なんとなんと」
「もったいつけずにさっさと言いなさいって」
「わかりました。なんとね、人数分チケット取れたら・し・い・の」
「やったぁ!!……とは、ならないわね」
「……うん、そうなのよねえ」
「遠足で遊園地……一波乱の予感がしますね」
「そうそ、特にうちには」
しんちゃんがいるしねえ……三人の声が重なった。
陰気な空気を嘲笑うように、後ろのテレビから陽気な音楽が聞こえてくる。
『北関東一の規模を誇る! 総合アミューズメントパーク、群馬ヘンダーランドが帰ってきたよ! 』
『また一緒に遊ぼうよ』
『オゥ、ヘンダァオゥ!!』
それは奇しくもヘンダーランドのCMだった。
読んでいただきありがとうございました。
基本的に一人称で書きたいと思いますが、補足的な内容を書く場合は三人称にしようかなと思っています(特に大人が視点の場合)。
三人称得意でなくて読みにくいかもしれませんがお願いします。