クレしん外伝 BURI×BURI 狩人物語! 作:K・B大好き人間
遅くなってすみません!
「暗黒大陸……」
そんなところ聞いたこともない。
メビウス湖って名前も出てきたけど、それだってもちろん知らない。
けれど、音の響きからして多分……いや、きっと日本の地名じゃないだろう。
(じゃあ、どこだっていうんだ……?)
当然の疑問だった。でも、今はそれを考えるのがたまらなく怖い。
自分の身にまた不可思議なことが起きたんじゃないかって、それを認めるようで怖いんだ。
変なことには今までだって散々巻き込まれてきた。思いがけないところで、いつだって想像を超えた出来事ばかり起きる。
それは決して、慣れることのできるようなものじゃない。慣れていいものでもない。
だって、今回もまた、うまく切り抜けていけるかなんてわからないんだから。
まさか、これも……?
そんな、嘘だ。そう否定したくても、思考はまるで予め定められたかのような筋道を通って、ただひとつの結論へ向かっていく。
認めたくない。なのに、認めざるを得ない。
だって、もっとずっとおかしいことが目の前にあるじゃないか。
それは、それは……。
「では、そろそろ聞かせてもらおうか」
低く重く確かな圧を含んだ声に、ハッと顔を上げた。
日が陰る──何かが、その瞬間を狙い澄ましたかのように。
木漏れ日が途絶えて、樹々の影に覆われたおじいさんの顔はよく見えない。
けれど、その琥珀色の瞳だけは影の中にあってなお、こちらに鋭く向けられていることが強く感じられた。
炯々と底冷えのする光をたたえ、まるで敵を狩る獣のような……。
「お前たち、いったい何者だ」
一変した雰囲気に呼吸すら忘れて、ボクはその瞳に見入っていた。
「こんな場所で武器も持たない子供が六人、あり得ていいものでもあるまい。そもそも門が開いた感覚もなかった」
どうしてかは分からない。それがどんなものかもわからない。
けれど、どうしたって否定しようのない美しさをその瞳の中に見たからだ。
「擬態か、あるいは幻覚か。いや、もしそうなら、それこそ賞賛ものだ」
「……」
「こうして、むざむざとおびき寄せられたうえ、いまだに結論も出せんのだからな」
お前たちが何であるか、人か否かすら──言い聞かせるような声色は誰に向けられたものだろう。
「仕方ないか」
声は冷徹な決意の響きを孕んでいる。
おじいさんの視線はボクらを捉えて離さない。一つの動きも見逃すことのないように。
強い警戒の中にはそれとはまた少し毛色の違う、ひとつの意志も感じ取れた。
試し、見定め、そして、もしも敵だと判断したなら。
「許せよ」
ボクらを
「……っ!?」
その考えに行き着いた瞬間、強い怖気に肌が粟立った。
狩る? ボクらを? なに考えてるんだ、そんなわけあるもんか!
「ま、待ってください! ボク達ッ!?」
刹那のことだ。
全身を包み込む
おじいさんから吹き出した何かの力。それが確かな重圧となってボクの身体を軋ませている。
「はあっ! はあ……っ!」
緊張とかプレッシャーとかそういう類には収まらない。
水底の汚泥に沈み込んでいくような感覚に呼吸すら苦痛に感じて、耐えきれず膝をついた。
涙が止まらない。とめどなく溢れてて、地面に黒いシミを点々とつける。
逃げ出そうと手足に力を込めてみても、ただ震えるだけだ。
苦しい……。
「みん、な…」
地面に倒れ込む音、そして、怯えて涙する声が耳朶を打つ。
みんな、同じだ。
ろくに身動きも取れず、この重圧に耐えることしかできない状況にある。
これはいつまで続くのだろう。いや、いつかは終わるものなのか?
助かる保証なんかない。
だって、そもそも何でこんなことになっているのかすら、ボクらは分かってないんだ。
「さあ、み
「ぐ…うぅ……」
そんなこと、機会さえ貰えればいくらだって説明できるのに。
無理だ、無理なんだ。
どれだけ話そうとしても声すら出せない。そんなことは、この人だって分かってるはずなのに。
この人は何が知りたいんだ? ボクらは何を見せればいい?
わからない。説明だってされてないのに、わかるはずもない。
ボクらはただ受け入れるしかないのか?
弁明の余地もなく、意味もわからないまま、こんな。
「いや、だ…」
そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。
「何で……」
何で、いつも損な目にばかりあうのだろう。
一生懸命がんばってるのに、何だってこんな目に合わなくちゃならないんだろう。
勉強も習い事も、全部全力でやってるじゃないか。他にやりたいことがあっても我慢してるんじゃないか。
やりたいことなんて何にもできてない。やらなきゃならないことだって、いくつもあるのに。
なのに、何で……。
支離滅裂なことばかり浮かぶ。浮かんでは、はじけるように消えていく。
頬を濡らす生ぬるい感触にボクは顔を伏せた。ただ、嗚咽を漏らしたくない一心だった。
ザクザクと土を踏む音がする。だんだんとこちらに迫る音。
もう、できることなんて何も、
「ねえねえ、おじいさん」
不意に、能天気な声が聞こえた。
「なんかね、みんなお腹痛いみたい」
よく聞き知った声が、そんな風に言った気がした。
ありえない。どうせ、空耳だ。それか妄想に決まってる。
だって、こんな状況でアイツだけ平気だなんて、妄想じゃなかったら何だっていうんだ。
「食べ過ぎかなァ。アレってツラいんだ。オラもけーけんしたことあってえ」
まただ。また、アイツの声だ。しんのすけの声がする。
これが最期なのか? 最期だからこんな、声が聞こえるのか?
それとも、もしかして、
(……違う、のか?)
聞き間違いじゃないのか?
「しんの、すけ……?」
全身を包む重圧すら忘れて、ボクはようやく顔を上げた。
声は決して気のせいじゃなかった。
「近くに病院ある? きゅーきゅーしゃ呼んだほうがいいかなァ?」
「キューキューシャ?」
「オラとしては、できれば可愛い看護師さんがいるところがいいんだけど」
滲んだ視界の中、しんのすけは太い眉を八の字にして、おじいさんへ尋ねている。それに対して、おじいさんは何やら思案するような様子で眉根に皺を寄せていた。
(なんだよ……これ)
呑気だ、あまりにも。
眼前の光景が、どうしたってボク達の現状に結びつかない。いっそ幻覚なんじゃないかとすら思える。
でも、現実だ。
きっとアレは本物のしんのすけだって直感がある。
何でお前だけ動けるんだとか、ボクらをみて“腹痛”だなんて本気で言ってんのかとか、色々と言いたいことはある。
でも、違う。今はダメだ。
だって、そうだろ? あんなのバカだ。
何であんな風に普通に話せてるんだ……まるで、日常の一コマみたいに──。
「しんのすけえッ!!」
「──え?」
「お前、何やってんだよッ!! 早く逃げろよ、早くッ!!」
日常の一コマ? ありえない!
どうやったかは知らない。でも、あの人はボクらを警戒して、動けないように対処した。その結果が今のボクらだ。
あの人はボクらに触れもせず、こんな芸当をしてみせたんだぞ?
今一番危険なのは誰だ。
一番あの人の近くにいるのは、こんな状況下で平気で動き回ってるのは。
(しんのすけに決まってる!)
なのに、当の本人が気づいてすらいないなんて!
「腹痛なんかじゃない! その人だ!」
ボクは腕を何とか持ち上げて、おじいさんを指さした。
「その人が全部やったことだ!!」
ここまで言えば流石のしんのすけも理解してくれるだろう。いくらおバカったって限度があると思ってた。
でも、
「おじいさん」
振り返りつつ、小首を傾げながらしんのすけは呼びかけた。
「なんだ?」
「おじいさん、ホントに悪い人なの?」
コイツの図太さだけは、本当にほんっとうに理解できない。
「お前、そんなこと聞いてどうすんだよ!」
「だって、前に秋田のじいちゃん言ってたもん。『いいか? しんのすけ。物事はコーヘーセーが大事なんだぞ? ひとつの意見だけ
「
「そうともゆ〜、小林ゆう」
「お前なあ……!」
苛立つボクをよそに、しんのすけは何かを疑っているような目つきでコチラをじっと見つめてきた。
「それにオラ、知ってるんだぞ」
「はあ?」
「風間くん、オラのことオトシイレようとしてるでしょ」
陥れる、コイツそう言ったのか? しんのすけを? 何のために?
あまりに思いがけない言葉に、二の句が継げないボクへ、さらに追い打ちをかけるようにしんのすけは言った。
「オラ一人だけどっかやって、その間におじいさんから何かもらおうってタンコンなんだ。オラ、お見通しだもーん」
「お、お見通しって……お前、
「口数が多くなるところが疑わしい」
「浮気を疑う妻か、おどれは!」
「妻だなんて……んヤダァ」
ただの例え話にもかかわらず、しんのすけはポッと顔を赤くした。
「頬を赤らめるなぁあッ!!」
コイツはいっつもこうだ。こっちが真面目な話をしてるのにふざけて取り合おうとしない。
だいたい、何のためにこんなに必死になってると思って……そういえば、ボク、何でこんなに必死なんだっけ?
「ところで、風間くん」
「何だよ!」
「こんな話してていいの? 何かもっと別のこと話してなかったっけ」
「……?」
「ほら、オラに」
別の話……別の話?
いや、そうか。そうだよ。確か、早く逃げろってそんなことをしんのすけに。
「って、アレ?」
逃げる、逃げるって何から? 誰……から?
「あ」
忘れ、て……た。
頭に上った血が急速に引いていく。クラクラと酩酊するような感覚に身体が揺れる。
視線をゆっくりと移す。しんのすけの顔からその横へ、そこに立つ人へ。
顔は見れない。視線を向けようと思っても、首から上にどうしても行かず、なんとなく耐え難くなってボクは顔を伏せた。
「ハァ、やれやれ」
そんなボクの様子を見て、しんのすけが呆れたようにため息をついた。
「相変わらずツメが甘いね」
お前に言えた義理かと思ったけど、思っただけだ。むしろ、そんなことを考えられる余裕が、まだ少しでも残っていることが意外だった。
「……」
でも、妙だ。
疑念が、ずっと頭の片隅に横たわっていた考えが頭をもたげた。
なんで、ボクらをどうこうしようとしないのだろう。
油断、慢心……? それとも──。
不意に、ボクらを見ていたおじいさんの眼差しを思い出した。あのとき、ボクは確か“試されている”と感じたんだ。
それに、さっきまで声を出すのも大変なくらいの重圧を感じていたのに、今ではほとんどそれがない。
「風間くん?」
危険だ。
根拠もなく期待に近いただの推測に身を任せられるほど簡単な状況じゃない。それは理解してる。
それでも、たまには自分の運に頼ってみたっていいかもしれない。そう思った。
視線を上げる。ゆっくりと、首元まできて一瞬止まり、けれど今度はそれ以上の抵抗もなく上へ。
口に鼻に、そして、琥珀色の瞳に行き着いて視線が交差したとき、初めてボクはその瞳が微かな笑みを浮かべていることに気がついた。
「すまなかったな」
驚いて、ただ瞬きをするだけのボクに、おじいさんは再度、「すまなかった」とそう言った。
「脅すような真似をした。他にどうしようもなかったとは言えだ、悪かったよ」
おじいさんがこちらへ近づき、手を差し伸べてきた。少し躊躇いながらもそれに掴まると、ぐっと身体を引き起こされる。
暖かな手だ、そう感じる自分の気持ちを自分でも意外に感じながら成り行きを見守った。
おじいさんは、他のみんなにも同様に手を差し伸べ、そうして、ボクらが服についた土や汚れを払い落とすのを待ってから、おじいさんはもう一度謝った。
そこに、先ほどまでの張り詰めた空気はもうない。
「信じて、いただけたんですか?」
あなたが見たいものは見れたんですか? 言外にそう問いかけると、おじいさんはボクの予想に反してゆるりと首を振った。
「信じるとは少し違う」
「……?」
「信じたくとも、そうはできんのがこの場所だ」
「それはどういう」
言いかけた言葉は、ざわざわと葉が揺れる音に遮られた。
急に吹いた風の中、音につられたボクはふと、頭上を覆う樹々の黒々とした葉を仰いだ。
暗黒大陸。おじいさんは確かこの場所をそう呼んでいたはずだ。
仰々しい呼び名だなと思いはする。けれど、視線の先のあの鬱蒼とした陰の中に、けっしてそれを大袈裟とは言い切れない薄ら寒さを感じるのも確かだ。
もうここにきて、これが白昼夢だとか何かのドッキリだとか、そんなことは思っていない。
ボクらはまたも不可思議なことに巻き込まれて、そして、おじいさんの言うとおり予測もつかないほど危険な場所にいるのだろう。
「どうして……」
不意に零れたのは、そんな言葉だった。
「根拠もなしに、どうしてなんです」
もしも此処が、それこそ自分以外の何一つ信じることができないような場所だっていうのなら、どうしてこの人はボクらとの対話を選んでくれたのだろう。
「そうさなあ」
ボクの問いかけに、おじいさんは少し考えるように唸った。
「経験……期待、いや、それじゃあ理由になっていないか」
そうして数秒迷ってから諦めたような顔をして笑うと、ただ一言、「勘だな」とそう言った、
「そんな、テキトーな」
「けどまあ、そうとしか言えんのだから仕方あるまい。それに勘ってのはな、意外とバカにしたもんじゃないぞ?」
幼い子どものような、ちょっとした悪戯をしかけて相手が気づくのを期待しているときのような、そんな笑みを浮かべている。
「なんせ、そのおかげでお前たちは死なずに済んだわけだからな」
「っ!?」
物騒な物言いにボクらが思わず動揺すると、その様子を見たおじいさんは、
「冗談冗談!」
肩を揺らして笑った。
────────
ガサゴソと雑草や蔦を掻き分けて先導するおじいさんの背にくっつくようにして、ボクらは樹海を進んでいた。
息を潜め歩く。
樹々の間を流れる空気は流れがなく、池や沼地に滞留した水のように生温い。じんわりと湿った土の匂いを漂わせながら肌にまとわりついてくる。
薄気味悪い、何もかも。
雑草や木々の葉の形は、ボクの見知ったものとは少し異なるように思える。大きく色濃く、それだけならどこか別の国のものと思えるけど、見慣れた形と違って対象でなく、歪だ。
細かいことだ。でもそういった細かいことが探そうとすればいくらでも目につく。いくつも重なれば、決定的な差異を感じさせる。
こんな場所なのに不思議と虫もいない。鳥なんかの鳴き声も。それが異様だ。
けれど、もっと異様なのは、
──グォォォォォロロロルルゥ……
「ひ……っ!?」
またこれだ。この声だ。
前を歩くマサオくんが声をあげそうなところを、なんとか押さえこむように口を両手で塞いだ。
ブルブルと震える肩をそっと叩き、小声で無事を問いかける。数秒をおいて、コクリと小さく頷いてみせたマサオくんの顔は、暗い中では青白く見える。
もう限界なんだ。みんなも、ボクも。
何か巨大なものが鳴く形容し難い声。時折聞こえるアレは、とてもじゃないけど普通の動物が出せるものとは思えない。
何かが、想像の及ばない何かの生き物がこの場所のどこかにいる。この声が幻聴でない限りは絶対にだ。
ここは何なんだ──じわじわと不安が胸中に広がりつつある。
“暗黒大陸”という名前は知った。此処は異世界とかの類かもという認識もある。
けど、それだけ分かって何になるんだ?
知らないことはあまりに多い。きっと知っても理解の及ばないことも多い。だから、知らないことが怖いし、知ることもまた怖い。
おじいさんが目指す場所はまだ見えない。早く、と焦る気持ちのせいで余計に時間の流れるのが遅い気すらする。
変わり映えのない景色を前に、押しつぶされそうな気持ちをふるって、皆が懸命に足を動かしていた。
若干一名を除いて。
「おお! 風間くん風間くん、また聞こえたね! あれ何の声かなァ? 怪獣? オラ、怪獣だったらチョー嬉しいな」
前を歩いていたジャガイモ頭が、興奮しながらボクの方を振り返って言った。
そうとも。またも、しんのすけだ。
声を潜めるような配慮もせず、リュックから取り出したチョコビをぽりぽり食べている。
コイツのこういうところを見習えたらどれだけ……でも誓って、コイツにはなりたくない。
「あ、そういえば、今何時だっけ?」
「……知らないよ」
こっちが聞きたいくらいだってのに。
苛立つ気持ちを抑え、それだけ答えると、しんのすけは「ふうん」とまるで関心がないような返事をした。
そして、手首の時計──とは名ばかりのただのイタズラが描き──を見た。
「あ、3時! ヘンタイだ、風間くん! もうオツヤの時間だぞ!」
(お前のソレ、ず〜っと三時指してんだろ!)
言いたい、そう言ってやりたい。
でも、ダメだ。
喉元まで迫り上がってきた台詞をボクはなんとか飲み込んだ。
今そんな大声を出して、もしも何かに気づかれたら?
その理性がボクを瀬戸際で押し留めていた。
それ以前に疑問なのは、しんのすけの声でその何かが寄ってくるってことはないのかってことだ。
おじいさんは特に気にした様子なく歩いている。多少喋っているくらいでは大丈夫なのかも知れないけど。
でも、万が一にでも気づかれたら?
それが起こりうるなら、気をつけるにこしたことはない。
「……しんのすけ、ちょっと、少し静かにしろよ。おやつなんて今はどうだっていいだろ?」
多少静かにしてくれたらいいなと思って、精一杯落ち着いて忠告をしたつもりだ。
でも、こっちの思っていることを大なり小なり裏切ってくるのがコイツの十八番なんだ。ボクはすっかりそれを忘れていた。
「よくない! オラ、今日録画予約してないんだもん。早く帰んないと」
「おい……」
「風間くんだってそうでしょ? いいの?」
「は?」
考えついたことを片っ端から口に出して言うコイツの性格を忘れていた。それはボクの落ち度だ。
「もえP見逃しちゃうよ、いいの?」
「も、もえP?」
なんで、そこでもえPの名前が出るんだ?
あんまりにも考えの外にあったことを言われたものだから、動揺してしまって二の句を告げなかった。
軽く笑い飛してしまえば良かったのに。
「ち、ちょっと」
「風間くん、リアルタイム、録画、動画配信サイトの3回分観るくらい、もえPの大ファンでしょ? 見逃すわけにいかないじゃない」
「へっ!? いや、お、えっ、なんで……!?」
しんのすけの声と、動揺するボクの様子に、みんなの視線がこちらを向く。
やめてくれよ、歩こうよ! みんなこっち見なくていいから!
「あ、でも安心して。風間くんがそういうののファンだってこと、オラ、誰にも言ってないから。ホントにホントだよ?だって、今日風間くんが履いてきたおパンツが実はもえP柄だってことも誰にも言ってないし、それに──」
コイツ……ッ!!
「お、おまッ、い、いい加減にしろよなぁッ!!」
「何を?」
「何を、じゃないだろォが!! そんな大声で遠慮なく言ってるくせして、なぁにが『安心して』だ! 聞かれちゃってるじゃないかッ!!」
「え?」
言われてはじめて他のみんなを眺めてから、しんのすけのやつ、やっと気づいたらしい。
ボクの肩に手を置いて、首を軽く振ると、
「まあ、そう気を落とすなよ」
何を言うかと思えば、なんでコイツに慰められなきゃならないんだ……。
「他人事だと思って、お前なあ!」
「図星だからってそんなに焦らないでもさァ」
「図星なんかじゃ! 絶対に、ない! 根拠のない話やめろよな!」
「え〜、でも、この前風間くんちに行ったとき──」
「もう、やめないか!」
しんのすけが何事かを言おうとした時、おじいさんがそれを止めるようにして、ボクら二人の頭を軽く掴んで揺さぶった。
「よくもまあ話すたびに喧嘩ができるもんだ、お前たちは。感心するよ」
「これは……だって、コイツが!」
指さしてそう言うと、しんのすけは目を細めて、さも不満ありげな表情を浮かべた。
「す〜ぐ、オラのせいにする」
「お前のせいじゃなきゃ、誰のせいだってんだよ」
「風間くん」
「違うだろッ!」
「まったく、お前たちふたりともおあいこだ!」
おあいこだって? 冗談じゃないや! 絶対、これだけは譲れない。
「待ってください、そんなの変ですよ! ボクは静かにしろって言ったんです! それを聞きもせずペチャクチャペチャクチャ喋ってたのは、コイツじゃないですか! ボクはただ──」
「風間くんッ!」
「な、なんだよ!」
話途中のボクを遮って、しんのすけは口の前に人差し指を立てて「しぃ〜っ」と言った。
「大声出さないの。静かにしないと、怪獣にバレちゃうぞ」
「それを今更、お前が言うのかよぉお……ッ!」
コイツのこういうところがボクは本当に嫌いなんだ!
感情に任せてまた二、三言おうとすると、そんなボクらの様子をみかねたように、おじいさんが力づくで引き離した。
「もう、たくさんだ! お前たち、これ以上喧嘩するようなら、ほっぽって行ったっていいんだぞ!」
有無を言わさぬ強い口調で、ここまで言われては流石に反論の言葉もなく、
「……はい、ごめんなさい」
仕方なく、ボクが謝ると、おじいさんは頭に置いた手でそのままくしゃくしゃと撫でてきた。
血の上った頭も次第に冷え、それにつれて、うるさくしていたことの罪悪感も少なからず感じられて。
(おあいこ、か)
そう言われても仕方ないなと思う。動揺や怒りに任せて、理性を失っちゃどうしようもない。
「わかってくれたならいい」
たしなめてくれていたのに、ボクは気づかず浅慮だった。それをもう一度謝ろうとしたとき、
「そうだぞ、わかればいいんだ、わかれば。反省しろよ」
「は、はい、ごめんなさ──ん?」
思わず反射的に謝ってしまったものの、何となく違和感を覚えて顔を上げると、声の先にいたのはしんのすけだった。
しんのすけのやつが威張ったようにふんぞり返って、ボクを見ていた。
もしかして、いや、もしかしなくったって今のはコイツだ! コイツだった!
「しぃいんんのぉす〜けぇ……!」
「坊主……そう捻くれたことばかりやってると、今に友達なくしちまうぞ?」
おじいさんも怒っているというより、もはや呆れ返って眉間に皺が寄っている。
そりゃそうだ。一体どの立場から言ってるんだ、コイツは。
「オラ、ホントのこと言ってただけだよ」
「それで相手を傷つけたんじゃダメだって話だ」
「う〜む、なるほど。深い」
うんうん頷いてはいるけど、本当にわかっているのだろうか? わかってないような気がするんだけど。
「例えばだ、ほら、お前さんが好きなお菓子を想像してみろ。独り占めして他の人には置き場所も教えたくないくらい大好きなやつだ」
「うんうん」
「もしもだぞ? それを勝手に探られて勝手にバラされて、ついでに何個か食われちまったとしたらどうだ? これは腹が立つのも仕方ないと思わんかね」
「……」
その例えだと、ボクがもえPファンだって明言しているようなものなんだけど……しんのすけのやつもしきりに頷いていて、納得したらしいし、まあ、もう、いいや。
なんかもう、どっと疲れが。
「もう少しで着く。話していても構わんが、まあ、あまり騒ぎ過ぎないようにな」
そう言って、また歩き始めたおじいさんの後ろを、先ほどよりちょっとだけ静かになったしんのすけが続く。まあ、葉を摘んでちぎってみたり、妙ちきりんな花があれば「すごーい」と声をあげたりはしてるけど、コイツにしちゃ静かな方だ。
そうして歩くこと数分──。
「着いたぞ」
視界が急にひらけ、樹々の中にぽっかりと開いた空間が姿をあらわした。
「あれは……」
石造り、モルタルだろうか。古びた門が佇んでいるのが見えた。
経年によるものかところどころが欠けて、あったはずの門扉もなく、柱には蔦状の植物が巻きついている。
見たことなどあるはずもない。けれど、何となく既視感のようなものがあってボクは首を捻った。
どうしてだろう……?
他に何かあるのかなと見回したけれど、何もない。
拠点になりそうなものも他の人の痕跡も、何も。
もしかして、ボクらが帰るためのヒントがあの門にあるのだろうか?
「ここは?」
門に近づきながら、おじいさんに尋ねると、
「霧の城、私が拠点にしてる場所の一つだ」
安全は確かだと言う。
でも、不思議な話だ。ただの古びた門のどこに安全があるというのか。
それに、
「着いてきなさい。案内しよう」
ボクもみんなの後に続きながら、おじいさんの背中越しに門を見た。
「霧の……城?」
どこに城があるのだろう?
その疑問は、門をくぐり、その
「……城だ」
城がある。
湖面の上に聳え、霧に覆われた城が一瞬のうちにその姿を露わにした。
先程まで周囲に乱立していた樹々はすっかり姿を消している。まったく異なる世界に足を踏み入れたような感覚に、けれど不思議と恐怖や不安は感じなかった。
──ボクはここを知っている。
先程感じた既視感の理由がようやくわかった。
汽車はない、線路も。門を通った先の道が直接、城へ伸びているところも異なる。なにより古めかしくて人の気配なんてひとつもしない。
けれど、ここは──
「不思議だろう」
目を細め、城を見るおじいさんは誰にともなく呟いた。
「暗黒大陸には、いくつかこういう場所がある。まるで……自ずからその身を隠そうとするかのような、そんな場所がな」
この空間に足を踏み入れられてなお霧がまき、その全容を見せまいとするかのように。
確かに、そうかもしれない。
しんのすけの台詞、私にはメチャンコ難しくて苦戦しまくりでした……