BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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はい、彼岸邸突入&あの人とご対面回です。
あの家はホンマ……。自分が悪だと気づいていない最もドス黒い悪ヤンケ……。


56.忌子

 彼岸邸の名の通り、ここはそれなりに広い邸宅。

 キキョウからの提案により、2人組で手分けをすることになった。

 母屋がナグサと先生。離れをキキョウとレンゲ。書斎と人質の引き渡しを、俺とユカリが担当する。

 一見不思議な分担だが、戦力の平均化から考えれば、有効な采配だろう。

 離れに向かう2人を見送り、俺達はアザミとシュロを先頭に、彼岸邸に足を踏み入れた。

 

 玄関を土足で上がってすぐ、ナグサ達は左に、俺達は右へ向かう。

 ブツブツと捨てられたくない、見捨てないでと繰り返すシュロの背を、リボルバーの銃口で押す。

 それと比べれば、アザミは随分大人しい。切り取られた髪が痛むのか、時折断面を撫でながら歩いている。

 

 「とても廃墟とは思えませんわ。それどころか、ついさっきまで使われていたように、とても綺麗に整えられています。」

 

 「居ると見て良いだろうな。慎重に進むぞ。」

 

 ハーネスで繋がれた捕虜2人を引きつれる俺に、3歩下がってついていくユカリ。

 入る前のスキャンで分かっているが、書斎には人影が1つある。

 動く気は無いらしく、入り口での騒動の時も、外に顔を出すことはしなかった。

 よほど薄情なのか、それとも警戒しているのか、直接聞くとしよう。

 廊下の真ん中あたりで、キョロキョロと見まわしていたユカリが、柱に何かが刻まれている事に気づいた。

 柱を撫でるユカリが集中できるように、捕虜の首根っこを引っ張り足を止めさせる。

 

 「待ってください!これは、まさか……!」

 

 「フフッ……!あの女中、さては何も教えて――」

 

 したり顔のアザミの口を、軽い裏拳で黙らせる。

 それでもこいつには強すぎたか、両手に繋がったロープがピンと張られる程吹き飛ばされ、ギィと音を鳴らす廊下に座り込んだ。

 それを見たユカリは調査を中断し、俺の肩に手を添え、必死に説得を試みる。

 

 「あのっ、れいぶんさん!先生も仰っていましたし、もっと優しく――!」

 

 全く、2人ともお優しい事だ。

 ユカリへのレクチャーも兼ねて、立場が分かっていない2人に、灸を据えるとしよう。

 立ち上がろうとしていたアザミの髪を乱暴に掴み、涙を浮かべていたシュロの小さな頭を握って、2人の距離を近づける。

 俺は両膝を突く2人の間に顔を入れ、声にドスを利かせて、これまで渡り歩いてきた戦場のルールを語った。

 

 「良いか。俺は戦場の中で生きてきた。だがどの戦場も、捕虜の扱いは共通してる。奴隷以下、人間以下、動物以下のクソだ!」

 「お前達2人も、人間扱いされているだけありがたく思え!」

 

 頭を地面すれすれまで押し下げ、言外に抵抗はするなと警告する。

 そう、これでも十分人間扱いしている。

 ルビコンでは人権などという言葉は、完全に意味を失っていた。

 あの惑星での所業に比べれば、この程度など泣く子をあやしているようなものだ。

 ただ、ユカリは納得いっていないのか、口元を押さえ、2人に憐れみの目を向ける。

 

 「それで、何が書いてあった。」

 

 「……勘解由小路の家紋です。この彼岸邸は、勘解由小路家の、かつての本邸なのでしょう。」

 

 「そうか。先を急ぐぞ。ほら立て!」

 

 ユカリは思う所があるようだが、勘解由小路家、ひいてはユカリの事情は、今考えても仕方のないこと。

 頭と髪を掴んだまま引きあげ、両足が着いたら背中を突き飛ばす。

 アザミもシュロも、恨めし気な目線を向けてくるが、左手をナイフにかければ、どちらも顔が一気に青ざめた。

 中庭越しに、花鳥風月部を呼ぶレンゲの声が響く。

 先生とナグサは部屋の中を漁っているが、成果は芳しくなさそうだ。

 廊下を行き止まりまで歩き、人影が待っている部屋の前に立つ。

 この部屋の障子だけが、ボロボロのまま補修されていない。

 

 「ここに、こくりこが……。」

 

 「交渉は俺がやる。お前は中を調べろ。」

 

 指先で障子を開けるよう指示。荒れ放題の部屋の中央に、捕虜2人を座らせる。

 すかさずナイフをアザミの首筋に当て、リボルバーをシュロの頭に押し付ける。

 部屋の隅にある物陰で様子をうかがう人影に向けて、最後通告を突きつける。

 

 「コクリコォ!!居るんだろう!!アザミとシュロを連れて来たぞ!!」

 「この2人がどうなるかはお前次第だ!!少しでも妙な真似をしてみろ!!こいつらも怪談の仲間入りだ!!」

 「2人を助けたいなら、大人しく出てこい!!俺としては、出てこなくても構わんがな!!こいつらを殺す名分が出来る!!」

 「どうするコクリコォ!!!仲間を助けたいか!!!それとも、手駒の事などどうでもいいか!!!」

 

 震えるシュロと歯ぎしりするアザミを押さえながら叫ぶ。

 その間、部屋に置いてあった真新しい本を手に取り、それを読み込むユカリ。

 俺がひとしきり叫び終わると、陰に隠れていた人影は肩を小さく上下させた後、俺達の前に姿を現した。

 

 「よしておくれ。我を慕い付いてきた者をどうでもいいなどと、思う訳もないだろう。」

 

 現れたのは、やけに長い袖を地面に垂らす着物を着た、ヘイローを携えるキヴォトス人。

 死人のような白い肌の中に、血の色の瞳が浮かんでいる。

 

 「初見だな、花鳥風月部部長、コクリコ。」

 

 駆け出そうとしたシュロの耳元にシリンダーを近づけ射撃。

 アザミがもがきだす前に、頸動脈にナイフの鋸刃を当てる。

 倒れたシュロをすかさずロープで引っ張り上げ、元の場所に跪かせた。

 一連の流れを、コクリコは動かず、眉間にしわを寄せ、ただ見ていた。

 

 「……そやね。直接会うのは初めてさ。茶の1杯でも出してやりたい所だが、そんな余裕も無さそうだねぇ。」

 「何が望みなんだい?何をすれば、我に2人を返すのかね?」

 

 「怪書を渡せ。2度と百鬼夜行を攻撃するな。これが条件だ。」

 

 話している間、ユカリは時折俺とコクリコを見ながら、本に目を落としている。

 日が暮れ始め、冷たくなった風が、部屋の中に吹き込んでくる。

 

 「もし破れば?」

 

 「コクリコ様、この者の戯言に付き合う必要など――!」

 

 「アザミ、およし。彼奴を怒らせるんじゃないよ。」

 

 コクリコへのアンサーも兼ねて、無駄口を開いたアザミに、ナイフを噛ませる。

 鋸刃を頬に食い込ませれば、嫌でも俺の意図が伝わったらしく、無駄口はピタリと止まった。

 コクリコは冷静に振舞っているように見えるが、奴の首筋には1滴の汗が這っている。

 

 「分かった。だが何故、百鬼夜行に入れ込むんだい?お前さんの故郷でもないだろうに。」

 

 「仕事はやり遂げる。どんな手を使っても。それがポリシーでな。」

 

 「その手を、血で染めてもかい?手が血に塗れ、乾き、こびりつこうとも?」

 

 「俺からすれば、いつもの事だ。」

 

 コクリコの眉間のしわがさらに深くなり、首を伝う汗がもう1つ。

 だがコクリコは顔を伏せ、右手を袖の中にしまう。

 その瞬間、ごくわずかだが、怪異と同じ反応がコクリコに現れた。

 

 「……これはこれは、真の修羅とはこのことか。」

 

 「どう呼んでも構わんが、この提案は時間制限付きだ。早く決めろよ。俺達も暇じゃない。」

 

 「嗚呼、くわばらくわばら。そんな目で睨まれては、話も――」

 

 コクリコが右手を引き抜いた瞬間、視界が暗闇に包まれる。

 コクリコも、アザミとシュロも、ユカリもおらず、両手に握っていた武器もない。

 エアとの交信も途絶え、スキャンも使えない。

 やられた。手を動かした時に殺すべきだった。

 そう考えた瞬間、目の前に1人の黒い人影が現れる。

 そいつは誰でもない。だが、確かに俺を知っている。

 俺は、そいつらを知っている。

 杖を突き、銃を持ち、拳を握るそいつは、俺にゆっくりと振り返り、俺の事を一斉にこう呼んだ。

 

 621。ビジター。野良犬。悪夢。戦友。駄犬。企業の狗。偽物。アンティーク。イレギュラー。

 

 即座に距離を詰め、膝を突かせ、首を180度反転させる。

 俺をそう呼ぶ者は、全員死んだ。もういない。

 誰も、俺をそう呼ぶ権利は、ない。

 

 暗闇の中で、誰のものか分からない、しかし、俺が殺してきた奴らの声が響く。

 

 それが、あなた。

 あなたはただ、殺すだけ。

 

 それの、何が悪い。

 

 地面を渾身の力で殴りつけた瞬間、赤い雷が暗闇を薙ぎ払う。

 いつの間にか閉じていた瞼を開けると、景色は書庫に戻っていた。

 

 「――出来ないじゃ――」

 

 アザミの口からナイフを引き抜き、畳を全身で蹴飛ばして加速。

 捕虜2人を強引に引きずりながら、コクリコの喉笛にナイフの切っ先を寸止め。

 コクリコは右の掌を俺に向けたまま、驚きと恐怖に目を大きく見開く。

 コクリコの目に映る俺の瞳は、どこまでも昏く、だが奥で炎がごうごうと揺らめいていた。

 

 「お前、死にたいのか?もしそうなら、3人まとめて黄泉の国とやらに送ってやるぞ。」

 

 「……やはり、修羅に猫だましは通じんか。くわばらくわばら……。」

 

 コクリコは左の袖から本を1冊取り出し、俺に手渡そうとする。

 ナイフを引き、2歩下がって眉間に銃口を突き付けてから、本を読み終えていたユカリに受け取るよう指示を出す。

 怪書を手渡されたユカリは、両腕の中にそれを収め、コクリコを見つめながら後ずさり。

 

 「怪書は渡した。2人を返しておくれ。」

 

 まずはアザミのロープを引っ張り、手首を握って両手の拘束を切る。

 解放したアザミをコクリコに押し付けた後、シュロを引き寄せ腰の輪を切って突き飛ばす。

 垂れ下がるロープをハーネスから外し、リボルバーを抜いてコクリコ達から3歩後退。

 ユカリは怪書を抱き留めたまま、俺を不安げに見つめていた。

 

 「良いのですか、れいぶんさん……。」

 

 「ああ。怪書が無ければ、何も出来んだろう。」

 

 隙間風は一層冷たく、より強くなる。

 それから守るように、頭を下げるアザミと泣きじゃくるシュロを、コクリコはそっと抱きしめた。

 

 「コクリコ様ぁ~!手前、どんなにいじめられても、コクリコ様の事は教えませんでしたぁ!」

 

 「申し開きもできません、コクリコ様……。恩義に報いると、誓ったのに……!」

 

 「ええよ。もうええんよ。お前さんたちが無事なら、それでええんよ。」

 

 慰め合っている間も、俺はコクリコから銃口を逸らさず、ユカリはただじっと見ている。

 コクリコは2人を自身の後ろに下がらせた後、背筋を伸ばし、俺達にこう言い放った。

 

 「我ら花鳥風月部、今後百鬼夜行には決して立ち入らず、火をかけることも無い。それを誓おう。」

 

 「よろしい。その誓い、忘れるなよ。」

 

 俺の問いかけに、コクリコは静かに頷いた。

 後ろの2人はあまり納得していないようだが、既に交渉は済んでいる。

 リボルバーを腰にしまい立ち去ろうとする。

 ユカリがコクリコに口を開いたのは、その時だった。

 

 「もう1つ、お聞きしても?」

 

 「我の事かい?それとも、勘解由小路家の恥ずべき過去かい?」

 

 「復讐の理由です、勘解由小路コクリコ様。」

 

 「ようやく気付いたか。存外鈍い子やねぇ。」

 

 勘解由小路、つまりコクリコはユカリの親戚か。

 読んでいた本に何か書いてあったのか、ユカリはそう断定している。

 俺には関係の無い話だが、また家の問題なのかと、ため息をつきたくなる。

 だが念のため部屋に残り、リボルバーに手をかけながら、話を聞くことにした。

 

 「そうさ。これは復讐よ。潰えぬ友情、変わらぬ居場所、手を差し伸べる希望、全て泡沫(うたかた)の夢。」

 「世が全て幻想なれば、我が風流で書き換えてやろう。怪芸とは、聞き手が恐れおののいてこそ。」

 「されど、聞き手が選ぶは修羅の伝承。都に残るは灰と炭、そして焼かれた風流のみ。我らは敵役(かたきやく)にすらなれなんだ。」

 「既に復讐など、どこへやら……。我はもう、疲れてしまったよ……。」

 

 コクリコが語ったのは、くだらない身の上話。

 ユカリを1人残す方がマズいのでここに立っているが、正直頭を撃ち抜いて黙らせたい。

 語りの後半から、顔に影を落としたコクリコ。

 ユカリは何を思っているのか、真剣な表情でコクリコに向かい合っている。

 

 「……その復讐、身共が継ぎましょう。」

 

 「……はて、何を言うと思えば。」

 

 本当に何を言っているんだこいつは?

 全く持って事情は掴めないが、2人には好きなだけ話させるとしよう。

 好きなように生きればいい。その果てにどう死のうが、俺には関係ない。

 

 「その復讐の根源は、我が家、勘解由小路の歪み。身共も、それから逃げ出した身です……。」

 「しかし、もう逃げる事は致しません!燈籠祭の火の海が、その火種を当家が生んだと言うのなら、それこそ恥ではありませんか!」

 「我ら勘解由小路家の歪み、身共の代で、正して見せましょう!コクリコ様の復讐、身共に預けてくださいまし!」

 

 「……本当に、本当に、真っ直ぐな子やねぇ。在りし日の我を見ているようよ……。」

 「されど、この復讐は我の物。如何なる者にも渡しはせぬ。しかし、お前さんが本当に、その歪みを正すと言うのなら……。」

 「好きにすればいいさ。我は、見届けさせてもらおうかね。」

 

 コクリコの後ろの2人も、ユカリの隣にいる俺も、何が起きているのかサッパリだ。

 だが、当人たちは互いの心に響いたようで、2人の間に流れる風は清々しさを纏う。

 リボルバーから手を離し、ユカリの肩を引く。これ以上の長居は無用だ。

 

 「話は済んだな。行くぞ。」

 

 「ああ、餞別に1つ教えておこう。」

 「1つとなりの物置に、一振りの刀が置いてある。哀れな小娘が手をかけて、されど抜けずにそのままさ。」

 「好きに持っていくがいい。我らには、無用の長物さね。」

 

 ユカリは怪書を抱えたままコクリコに頭を下げ、俺はため息を置き去りに部屋を出る。

 全く、妙な事に付き合わせてくれたものだ。

 書斎を出てすぐ右の扉に手をかけた瞬間、後ろからドタドタと2つの足音。

 何かを察知したのか、キキョウとレンゲが俺達に駆け寄ってきた。

 

 「大丈夫か、ユカリ!」

 

 「ユカリ、ここは――!」

 

 「かつての勘解由小路家の本邸です。先代巫女ともお話しできました。」

 

 そう言いながら、レンゲに怪書を手渡したユカリ。

 先代巫女の単語に2人は顔を見合わせるが、ほぼ同時に答えにたどり着いた。

 

 「先代巫女……。まさか、アザミか!?」

 

 「どう考えてもコクリコでしょ……。その感じ、取引は出来たみたいだね。」

 

 「はい!あのお2人と引き換えに、怪書を渡してもらい、2度と百鬼夜行に手を出さないと誓っていただきました。」

 

 「報告が面倒だけど……。怪書を回収できたなら、御の字か。」

 

 キキョウはちらりと俺を見てから、額に手を当て頭を抱える。

 文句なら、引き渡しを条件にしてきたコクリコに言ってもらいたい。

 横を向けば、先生とナグサの捜索もほぼ終わり。

 中庭に差す光は、もうオレンジ色に変わっていた。

 そろそろ退散しないと、帰る頃には極寒の夜が来る。

 

 「なあ、ユカリ。何か、目つきが変わったな。」

 

 「ええ。身共が行くべき道が、見えたのです。」

 

 不思議そうなレンゲの問いかけに、背筋を伸ばし、決意に満ちた顔で答えたユカリ。

 当然、その言葉が何を意味するかなんて、キキョウとレンゲには分からない。

 一拍置いて、無事に済んで良かったとレンゲは笑い、キキョウも笑顔こそ見せないものの、安堵の一息を吐いた。

 

 「先輩方!あの物置に、刀が一振りあると言うのです。一緒に調べましょう!」

 

 いつもの眩しい笑顔に戻ったユカリは、物置を指差し、俺達を連れて行く。

 物置の障子を開ければ、やはりある程度片づけられた空間。

 多少埃が積もっているが、生活感の範囲内。

 その中で、1つだけ異様な箱が転がっていた。

 

 「これがそうか。」

 

 何やら模様が描かれた紙を大量に貼られた箱と、そこから落ちたであろう刀が1本、無造作に転がっていた。

 張られた紙が破れていたり、箱やその蓋に剥がされた跡が残っている事から、誰かがこれを空けたのだろう。

 コクリコの話を信じるのなら、「哀れな小娘」本人が。

 

 「これは、屍山血河……!?当家が保存していたなんて……!」

 

 ユカリはそう慄きながら、黒い鞘に収まった刀を両手で持ち上げる。

 俺とレンゲはサッパリだが、キキョウだけはユカリと考えを共有できている。

 その証拠に、キキョウの顔はみるみるうちに歪んでいった。

 

 「しざん、なに?」

 

 「……“最初の修羅”の得物か。本物の呪物だよ。何でこんな所に残ってるの?」

 

 「ここを離れる時に、置き去りにしたのかもしれません。キキョウ先輩の言う通り、これは危険な呪物ですから。」

 

 ユカリ曰く、この刀の持ち主こそ、大預言者クズノハが百花繚乱を立ち上げた理由であるそうな。

 かつて戦争に参加したある傭兵は、その実力でどんどん成り上がっていったが、同時に様子がおかしくなっていった。

 最終的には、敵味方問わず、目についたもの全てを斬り捨てる怪物『修羅』になり果て、誰も手が付けられなくなった。

 その修羅こそが、この刀の持ち主であり、修羅を討ったのが、何を隠そうクズノハなのだという。

 

 「オイオイ!!そんなヤバいの抜こうとすんなって!!」

 

 百鬼夜行の歴史を嚙み砕いていると、いつの間にかユカリが刀に手を掛け、引き抜こうとしていた。

 だが、どれほど力を込めても刀は抜けず、諦めて柄から手を離す。

 キキョウとレンゲは、ユカリがそれを引き抜けなかった事実に安堵していた。

 

 「やはりダメですか……。刀身が中で錆びているのでしょう。」

 

 「かもね。修羅じゃなきゃ抜けない、なんて伝承だけど……。」

 

 そう言いながら、今度はキキョウが刀に手を掛けた。

 残りの2人はそれを心配そうに見つめ、だが抜けなかったことに安堵する。

 レンゲも渾身の力で引っ張るが、その刀はビクともしない。

 

 「ダメだ、抜けない……。いや、抜けない方が良いんだろうけどさ。」

 

 そして刀は、ついに俺に回ってきた。

 左手で柄を握り、ユカリが教えるように、右手の親指で鍔を押す。

 親指と左腕に軽く力を籠めるが、当然抜けない、はずだった。

 カチンと、中で刃が揺れる感触が、手に伝わった。

 抜ける。

 何の確証も無いはずなのに、そう感じる。

 親指の力を強め、鞘から鍔を引き離し、その身を半分引き抜く。

 中から現れたのは錆1つない、薄っすらと赤い刀身。

 少し傾けると、炎を湛える俺の目が、その刃にハッキリと映った。

 

 「随分と綺麗じゃないか。奴らが手入れしていたのか?」

 

 刀を鞘に戻し顔を上げると、何故か絶句したまま固まっている3人。

 全員が、俺と刀を交互に見やり、銃に手を掛けるべきか迷っている。

 

 「それが抜けるって事は、やっぱりあんた……。」

 

 「……ただの、伝承だろ?なっ!?」

 

 顔を引きつらせながら笑うレンゲだったが、誰も納得などしていない。

 修羅とやらが握っただけのこの刀が、なんだと言うのか。

 また隙間風が部屋に入ると、ユカリが剣呑な空気を風に乗せて追い出す。

 

 「とにかく!ナグサ先輩の元に参りましょう!アヤメ先輩が――」

 

 瞬間、向かいの部屋から聞こえてくる、争うような物音。

 スキャンで捉えた人影は3つ。

 2つは地面に倒れ、もう1人はここから外に走って逃げている。

 まずレンゲが部屋から飛び出し、その後を俺達が追う。

 乱暴に開けられた障子の奥で、ナグサと先生が畳の上に倒れていた。

 

 「師匠!ナグサ先輩!」

 

 「お2人とも!何が起きたのですか!?」

 

 2人の救護は百花繚乱に任せ、外に開かれた引き戸へ向かう。

 雪原を見渡せど人影は見えないが、明らかに走っている足跡が残されていた。

 その足跡は、真っ直ぐ南に向かっている。

 そして、ここから山を越えて南にあるのは、百鬼夜行だ。

 

 「ナグサ先輩、答えて。何があったの。」

 

 「……アヤメが、アヤメがいた……!アヤメは、花鳥風月部に……!どうして……!」

 

 「……裏切ったんだ。予想が当たるなんてね。」

 

 百花繚乱の元に戻れば、またボロボロと泣きじゃくっているナグサの背中を、先生とユカリがさすっている。

 ナグサの台詞からして、足跡の主はアヤメと見ていいだろう。

 銃を両手で握っているレンゲとキキョウが、眉間にしわを寄せながら俺に近づいた。

 

 「何か見つかった?」

 

 「足跡が1つあった。真っ直ぐ南に向かってる。」

 

 「マズいね……。そっちは百鬼夜行だよ……!」

 

 『急ぎましょう。ストーカーなら先回りできます。』

 

 「全員ヘリに乗れ!奴が何か始める前に叩くぞ!」

 

 直後、頭上からバラバラと響く破裂音。

 彼岸邸のすぐ近くに降りてきたストーカーを指差し、百花繚乱を先導する。

 ナグサは先生に支えられながら立ち上がり、俺達の最後尾についていく。

 6人全員がキャビンに乗ると、エアはハッチも閉めずに急上昇。

 キャビンの中で先生はニヤに連絡を取り、アヤメが向かっている事を伝達した。

 

 俺の目の前には、1人たたずむナイトフォール。

 右手にあるのは、握ったままの呪いの刀。

 今回は、これの方が役に立つだろう。

 俺を写す赤黒い刃は、微かに熱を発している気がした。




実はアザミの見せ場として、修羅の伝承を語らせるシーンがあったんですよ。
でも、話の流れで差し込むスペースがないなりました。
アザミよ、許しは請わん。恨めよ。

次回
妖喰らい
浪人と武者、そして妖。

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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