BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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エピローグ兼また殺陣回でございます。
名前だけ出てたけど姿は無かったあの預言者が出てきます。
クロハの敵としてですがねぇ!!!


58.夜叉烏

 天守の決戦より数日。

 炎に焼かれた部分の修繕が行われているその足元で、ニヤは大量の書類に囲まれていた。

 湯呑のお茶も飲み干し、そろそろ抜け出してしまおうかと考えた時、部下から客人が見えたと告げられる。

 まさしく僥倖。ちょっとだけだが、書類から逃れられる。

 ペンをペン立てに戻しつつ、客人をお通しするよう指示。

 机の前に回り、いつも通りの飄々とした笑顔で、ドアを潜って現れたシャーレの先生を出迎える。

 

 「これはこれは、2度も百鬼夜行を救って下さった勇者様ではありませんか。」

 

 ”もう、そんな風に呼ばないでよ。頑張ったのは、百花繚乱の皆とレイヴンだよ。”

 

 「まあまあ、そう謙遜なさらずに。今回の件、被害が広がる前に決着を付けてくれたのですから、ちょっとくらい褒めても罰は当たらないってもんでしょう?」

 

 事実、ニヤのこの言葉は本心だった。

 避難させた住民から、何も起きなかったじゃないかとクレームが届いたほどに、先生達の対応は迅速だった。

 住民たちのその鬱憤は、今開かれている和楽祭によって解消している事だろう。

 閉じた扇子で先生を指し、掴みどころのない笑顔を崩さないニヤの頭に、ふと先生の手が乗せられた。

 

 ”それなら、私を褒める分、他の皆も褒めてあげてね。私が褒められた分はニヤにお返しするから。”

 

 「にゃッ!?相も変わらず奇怪な人ですねぇ、ホントに!」

 

 頭を優しくなでる先生と、驚きながらも満更でもない様子で受け入れるニヤ。

 先生の後ろから、頬に傷跡を残すレイヴンが、2人を冷ややかに見つめている。

 ニヤはもう少し続けていたい気分ではあったが、彼女の気迫に気圧され、先生の手を退ける事にした。

 

 「とまぁ、雑談はこの辺にしておいて、お呼び立てした理由をお伝えしましょうか。これ以上長引かせると、目線だけで射殺されてしまいそうですし……。」

 

 「分かってるならさっさと話せ。」

 

 「ハイハイ、ちょっと待ってくださいね。今回、あなた達にお手紙が届いているのですよ。」

 「こちら、大預言者クズノハから、それぞれ先生とレイヴンさん宛てです。」

 

 ニヤが机の引き出しから取り出したのは、ひもで束ねられる少し古ぼけた手紙。

 蛇腹に折りたたまれた紙片には、先生の本名と、カタカナでレイヴンの名が宛てられている。

 

 ”クズノハから?一体どうして?”

 

 「まあまあ、まずは読んでくださいな。」

 

 2人はニヤに言われるがまま手紙を取り上げ、紐を解いて紙片を開く。

 また達筆を見せつけられるのではと、嫌な予感がしていたレイヴンだが、今回は杞憂で終わる。

 崩し字ではあるものの、現代人である2人が読めるよう配慮されていた。

 

 「フム、今回は読めそうだ。」

 

 ”花鳥風月部のは達筆だったもんねぇ……。”

 

 苦笑いを浮かべた後、クズノハの筆先を目で追い、それを読み上げる先生。

 レイヴンは1度手紙を閉じ、ニヤは先生を静かに見守る。

 

 〔時候の挨拶を書くべきだろうが、黄昏は時の流れが曖昧故、桜舞い散る頃、とさせてもらおう。〕

 〔よくぞ、花鳥風月部とヒトツメを止めてくれた。百花繚乱最初の長として、礼を申し上げよう。〕

 〔だが其方(そち)よ、(わらわ)がいつ便りを出したか覚えておるか。サッサと顔を出しに来んか。〕

 〔エビスの雪原の先、黄昏の寺院で待っておるぞ。良い茶菓子を持ってまいれ。〕

 

 それは、孫の来訪を心待ちにしている祖母のような、先生をせっつく文章だった。

 先生の胸中は、日々に追われて行くのが難しいと言い訳をする気持ちと、確かに待たせすぎたという申し訳なさでないまぜになる。

 

 ”アハハ……。随分怒らせちゃってるみたいだね……。”

 

 「あらら~。急いで顔をお出しになった方が良いのでは~?」

 

 ”そうするよ。案内をお願いしても良いかな?”

 

 「ハイハイ。ナグサさんにお願いしておきましょう。」

 「ささ、レイヴンさんの方も読んでみてくださいな。」

 

 先生特有の能天気さにため息をつきつつ、レイヴンも手紙を開き、文字を追いかける。

 所々の読めない文字をエアに翻訳してもらいながら、全文を静かに読み上げた。

 

 〔よくぞ、花鳥風月部とヒトツメを止めてくれた。百花繚乱最初の長として、礼を申し上げよう。〕

 〔しかしその道中、其方が屍山血河を抜いたと聞いておる。屍山血河は修羅の獲物。それを抜いた者、すなわち修羅なりや。〕

 〔其方がそうではないと信じておるが、屍山血河の扱いを含めて、其方と話がしたい。〕

 〔屍山血河と共に、神木より東にある、稲荷の祠に詣でるがよい。そこで待っておるぞ。〕

 

 「屍山血河と共に来い、か……。一体何を話すのやら。」

 

 疑問符を頭に浮かべる先生の隣で、手紙を無造作に閉じながら、眉間にしわを寄せそう呟くレイヴン。

 ニヤは口元を扇子で隠しながら、困ったように首を傾げた。

 

 「それは会ってみないと分からないねぇ。私達陰陽部も、クズノハ様と直接お会いした事は無いもので。」

 「屍山血河は1つ下の階に用意してあるよ。準備が整ったら受け取って、祠に向かってくださいな。」

 

 「なら早速行かせてもらう。待つ理由もない。」

 

 「ハイハイ、お気を付けて~。」

 

 ”行ってらっしゃい。”

 

 手紙を机に戻し、悠々と去っていく背中に、先生とニヤは手を振った。

 レイヴンが部下に導かれ執務室から去ると、先生は朗らかな笑顔を崩し、ニヤの糸のように細い目を見つめる。

 

 ”ニヤ、レイヴンに何を隠してるの?”

 

 「……はてさて、何の事でしょう?生まれてこの方、隠し事なんてした事もないんですがねぇ。」

 

 ”ニヤ……。”

 

 あくまで飄々としていたニヤだったが、この大人相手には隠しきれないと悟り、笑顔を崩して先生に向かい合う。

 外れて欲しいと願っていた先生の嫌な予感は、ニヤの真剣な顔で確信へと変わる。

 

 「……申し訳ないのですが、お話しできないんです。クズノハ様のご意向でして。」

 「ただまあ、危険な目に合う事など無いでしょう。お手紙に合った通り、お話しするだけでしょうからね。」

 

 ”……そうだよね。ありがとう、ニヤ。クズノハにもよろしく伝えておくね。”

 

 先生は決して納得していない。ニヤもそれを分かっている。

 それでも先生は退くことを選び、ニヤもこれ以上話すことはしなかった。

 努めていつもの笑顔に戻すニヤは、先生を冗談と共に送り出す。

 

 「ありがとうございます、先生。ついでに、この書類も引き受けてくれると、とっても嬉しいのですが……。」

 

 ”それはダメ。”

 

 「そんな~。」

 

 しくしくとわざとらしくウソ泣きをするニヤを尻目に、先生は執務室を出ていった。

 数拍置いて、唇を固く絞ったニヤは、部下に向けて軽く頷く。

 部下が何も言わず去った後、ニヤは黒電話の受話器を上げ、ダイヤルを3度回す。

 

 「……もしもし。うん、そう。クズノハ様から屍山血河と一緒にお呼び出し。」

 「…………うん、神木東の祠。回収とご供養、よろしくね。ハイハイ~。」

 

 ニヤは受話器を戻すと、ふぅ、と重いため息を吐いた。

 クズノハからの手紙は、3通目が存在する。

 陰陽部に宛てられたそれには、レイヴンの仏を供養し、屍山血河を回収しろと指示されていた。

 

 「……ごめんなさいね、先生。これだけは、本当にお話しできないんです。」

 「しかしまあ、こんなに早くお声がかかるとは。つくづく運の無い人だね……。」

 

 もう2度と、レイヴンと会う事はない。

 そう言えば先生はきっと、直談判の為にクズノハの元へ向かうだろう。

 それだけは、避けなければならなかった。

 ニヤはゆっくりと目を伏せ、自身の昏い一面に、またため息を吐いた。

 

 「さようなら、凶鳥さん。」

 

 誰も聞くことの無い見送りが、執務室に静かに響く。

 和楽祭で賑わう百鬼夜行には、昔と変わらぬ桜吹雪が舞っていた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 屍山血河を右手に握り、神木沿いの街道を堂々を行く。

 当然、街行く人々からは、ジロジロと視線を感じる。

 この時代に刀を持つ奴なんて、何かの撮影の小道具を運んでいるか、旅行に浮かれて模造刀を買ったかのどちらかだ。

 目が集まるのも無理はない。

 ある程度進んで、エアが導く通りに左へ曲がる。

 裏路地に入れば、視線は一気に消え、雑踏のざわめきは左右の木の壁で遮られる。

 十字路を右、左、また右へと曲がれば、正面に石造りの狐が見えた。

 これが、クズノハの手紙にあった祠だろう。

 

 「神木の東、稲荷の祠、ここか。」

 

 『ここで待っている、とは書いてありましたが、周辺にクズノハらしき反応はありません。』

 

 頭頂部の耳を澄まし、辺りを見渡すも、人っ子1人感じられない。

 もちろんスキャンやレーダーにも、何の反応もない。

 ため息をつきながら、祠の横の柵に寄りかかる。

 

 「狐につままれた、というやつか?もう5分待って出てこなければ――」

 

 『ここにおるぞ。』

 

 脳天から響く声に、左手が自然に柄にかかった。

 もう一度スキャンを実行するも、やはり何もいない。

 

 「エア、さっきの声はなんだ……!?」

 

 『声?声なんて、どこからも聞こえませんが……。』

 

 『ふふふ、驚くのも無理はない。其方のみに話しかけているのじゃからな。』

 

 スピーカーや音響トラップを疑い、スキャンを何度も実行しながら辺りを睨むも、何も見つからない。

 体は自然と戦闘モードに入り、心拍数が上がる。

 まさかと思いながら、祠の方へ体を向ければ、また脳天から、正確には脳内に声が響く。

 

 『そう、妾はそこにおるぞ。』

 

 何処からどうやって見ているのかは分からない。

 だが、確かにこいつは、クズノハは俺を見ている。

 左手を下ろし、だが戦闘モードは切らずに、祠にゆっくりと近づく。

 

 『レイヴン、バイタルが乱れています!何を聞いているんですか!?』

 

 「クズノハか……。悪趣味な手品だ……。」

 

 『悪趣味とは、また酷い言い草じゃのう。まあよい。』

 『祠の前で、手を合わせ、拝むがよい。その先、黄昏で会おうぞ。』

 

 俺達をからかうようなクズノハの声で、嫌な予感がどんどん膨らんでいく。

 俺だけが聞こえる声を届けられる存在など、神であろうと悪魔だろうと、ロクな奴では無いはずだ。

 エアも何が起きているのか察したようで、俺のそれと共振する闘争が伝わってくる。

 

 『レイヴン、クズノハは、あなたと何らかの方法で交信を?』

 

 「そのようだ。どうやら、こいつを拝むしか無さそうだな……。」

 

 『……分かりました。バイタルと周辺環境を監視します。どうか、気を付けて。』

 

 「ああ、頼むぞ。」

 

 屍山血河をベルトに差し、両の掌を合わせて、目を閉じる。

 ただでさえ静かな裏路地から、更に音が消えていく。

 頬の傷跡を撫でる空気が少し冷たくなった時、脳内に響いていたのと同じ声が、正面から聞こえてきた。

 

 「もう開けてよいぞ。」

 

 目を空ければ、そこは百鬼夜行では無かった。

 木々には桜が芽吹き、彼岸花が辺りを覆う。

 青々と茂る芝生の上に、雪が薄く降り積もる。

 目の前には、神社の階段の上に座りキセルをすする、白い生徒が1人。

 この生徒も、この場所も、明らかに普通じゃない。

 

 「……エア、ここはどこだ?」

 「……エア、聞こえるか?エア!」

 

 「其方の相方ならおらぬぞ。来てもらいたかったのは、あくまで其方だけじゃからの。」

 

 エアとの交信が途絶えただけでなく、体がやけに軽い。

 背中に手を回すが何もなく、ベルトに繋げたグレネードも無い。

 ただ、右腰に屍山血河が残るのみ。

 どうやら、クズノハにしてやられたらしい。

 眉間にしわが寄り、犬の耳が後ろに倒れるのも隠さず、悠々と煙を吹かすクズノハを睨む。

 

 「幻覚、という訳でもなさそうだな。」

 

 「いかにも。ここが、黄昏。現と彼岸の狭間よ。」

 

 黄昏の名の通り、百鬼夜行は真昼間であったにもかかわらず、ここの空は夕暮れ色に染まっている。

 目の前のクズノハ、体躯は小さく、白狐の耳と尻尾を生やす、一見可愛らしい印象を受ける少女。

 だが、纏う雰囲気が明らかに老齢のそれ。

 屍山血河の鞘に右手を添え、クズノハから目を逸らさない。

 

 「……それで、わざわざこんな所に呼び出して、何のつもりだ。」

 

 「それよ。その刀、屍山血河。其方はヒトツメとナグサとの戦いで、見事に使いこなしておったのう。」

 「じゃが、キキョウからも言われたじゃろう。それは、まごうことなき呪物。それを握る者は、いずれ剣気に飲まれる。」

 「人を斬り、それを愉しむことしか出来ぬ、哀れな物ノ怪へとなり果てるのよ。」

 

 「俺がそうなる前に、これを渡せと?」

 

 「そうしても良いが、便りにも書いたじゃろう。其方と話がしたいのじゃ。」

 

 クズノハはキセルで俺と屍山血河を指しながら、そう告げる。

 既に俺が“物ノ怪”であるかのような言い草に腹が立つが、一先ずクズノハの話に付き合う。

 時折ひゅうと吹く風が、頬の傷跡にしみる。

 

 「……何が聞きたい。」

 

 「其方よ、命とはどうあるべきと思う?」

 

 飛び出してきたのは、哲学の教科書にでも乗っていそうな問い。

 いきなり何のつもりか、静かに笑うクズノハの目を見上げるも、冗談の色は1つもない。

 

 「……これは何のテストだ?」

 

 「寺子屋ではないのだから、思うままに答えればよい。言ったであろう、其方と話がしたいだけ、とな。」

 

 「話をするだけなら、こんな大掛かりな事をする必要も無いだろう。こいつを持ってこさせる必要もな。」

 

 「ふむ、実に聡い……。では、こう問おうか。」

 

 簡単な予測を突きつければ、クズノハの笑みは消え、おもむろに階段から立ち上がった。

 先程までとは打って変わって、キセルをパチパチと打ちながら、むき身の敵意で俺を睨みつけてくる。

 同時に、ジャケット越しに肌を刺す空気が更に冷たくなったのも、気のせいではないだろう。

 

 「己、命を奪う事に何も思わんのか?」

 

 「ああ、何も。友人を殺せば惜しい。憎い相手を殺せれば清々する。だが、よく知らん奴を殺した所で、何も思わない。」

 

 「己が殺した者が、誰かの友であり、家族であり、伴侶であった。そうは考えんのか?」

 

 「無い。一々そんな事を考えていては、この仕事は出来んのでな。」

 

 互いの瞳を睨み合い、眉間のしわは更に深くなる。

 凍えるような冷気と相反するように、右手から伝わる熱も強くなる。

 鞘の中で燃える刃が、早く抜けと吠えている。

 

 「ならば問おう。武具は、如何なる者が握るべきか。」

 

 「武器は道具に過ぎん。武器で人が死んだからと言って、武器をすべて捨てるべきという考えは、ナンセンスだ。」

 「人間は、例え素手でも互いを殺し合う。それが何も生み出さない、何も得られることは無いと分かっていてもな。」

 「それは、歴史が証明しているはずだ。」

 

 そう言い放った瞬間、クズノハは落胆を示すように、大きくため息をついた。

 悲しげな顔を伏せながら、キセルを指でくるりと回す。

 

 「……やはりか。まっこと、惜しいのう。」

 

 そして、キセルから叩き落した灰が、桜の花びらへと変わった。

 向かい風と桜吹雪で視界を奪われ、咄嗟に左手で顔を覆い隠す。

 少しして突風が止み、目を開ければ、そこには神社もクズノハも無い。

 代わりに、大振りな刀を咥え二又の尾をピンと立てる、大きな白狐がそこに居た。

 

 「やはり、己は修羅よ。修羅を屠るは、我が責なれば。」

 「怨むなよ、夜叉烏。」

 

 クズノハの声とその殺気は、確かにあの狐から響いている。

 熱を発する屍山血河を抜けば、何をせずとも赤黒い炎が燃え上がる。

 喰らえ。喰らえ。全てを喰らえ。

 あの老狐を。我が仇を。神なるものの遣いを喰らえ。

 言われなくても、そうするつもりだ。

 刃を構え、クズノハに1歩近づけば、白狐は弧を描くように歩き出した。

 互いの瞳を睨みながら、じりじりと輪が縮む。

 

 「……のう、烏よ。出来るなら、手向かわずに彼岸へ向かってくれると、有難い。」

 「――己が屠ってきた者達のようになァ!!!」

 

 刀を器用に咥え直した袈裟切り。

 咄嗟にそれを打ち払うが、質量の差で体全体が沈む。

 続けざまの2連撃で更に体が押し返され、クズノハの体ごと押し込むような突きが眼前に迫る。

 横にステップしてかわすも、すかさず振り上げられた大太刀が直撃。

 咄嗟に受けるがその威力はすさまじく、体ごと大きく弾き飛ばされた。

 どちらも空中で身を翻して大きく後退。

 これは、手加減をしていい相手ではなさそうだ。

 

 相手の出方など窺わず、クズノハに向かって走り出す。

 血迷ったかと言いたげにクズノハは悠々と構えるが、俺が放った一太刀を防いだ時、その眼は大きく見開かれた。

 巴流奥義、渦雲渡り。

 炎の刃が描いた閃光は、その初撃だからだ。

 必死に受け流すクズノハを押し込むように、1歩、また1歩と踏み込みながら、目にも留まらぬ連撃を叩き込む。

 守りの姿勢に入ったクズノハ目掛け、両手で刃を掲げて〆の上段。

 ごうごうと燃え滾る怨嗟を、大地を踏み抜きながら一心に振り下ろす。

 クズノハは確かにそれを防いだ刹那、刃と地走り両方の炎が吹き上がり、真っ白な毛を黒く染め上げた。

 

 クズノハが炎から逃れようと後ろに飛んだ瞬間、両足で地面を蹴飛ばし、ぐるりと体を回して空中から斬りかかる。

 葦名忍び流、寄鷹斬り。

 炎が形作る大振りの刃が、クズノハの鼻先に迫る。

 だが、刃はクズノハに届かず、むしろ突風によって俺が大きく吹き飛ばされた。

 手足を振って姿勢を整え、刀を地面に突き刺して踏みとどまる。

 刀を離さずとも、息を荒くするクズノハ。

 鞘に収め、また駆け寄ってくる俺を見て、クズノハは大きく飛び上がった。

 風を纏ってふわりと浮き上がり、吹き降ろす突風がクズノハを地面へ突き落す。

 咄嗟に刀を抜き、天から落ちる兜割を、ほんのわずかに横へと受け流す。

 刃が打ち合った瞬間、火花が激しく飛び散り、俺の体を押しのける。

 だが、クズノハ渾身の兜割も、あらぬ場所を斬っていた。

 舞い上がった花びら越しに映る、大きく見開かれた目に、引きつった頬。

 狐の形をしていても、感情は存外見えるものだ。

 

 「こンのッ、化け烏がァ……!」

 「……己に見せたくは無かったが、そうも言っていられんかッ!!!」

 

 宙返りで大きく跳び下がったクズノハは、咥えた刀を高く掲げる。

 すると、クズノハの周りにあった花びらが浮き上がり、渦を巻きながら刀へと集まっていく。

 あれを続けさせるのはマズい。左手の刀と自前の本能、両方が警鐘を鳴らす。

 姿勢を落として全力疾走。

 だが、10歩進んだ所で刀は振り下ろされ、裂ける大地がこちらに迫る。

 体をねじりながら横に跳び、髪を少々と引き換えに、見えない何かを紙一重でかわした。

 足を止めてクズノハを見れば、奴は忌々しそうにこちらを睨む。

 飛ぶ斬撃とは、猪口才な。

 

 再び大地を蹴り飛ばし、全速力でクズノハに詰め寄る。

 クズノハは竜のように浮き上がり、刀を優雅に振るって斬撃を放つ。

 それを右へ左へとかわしながら、彼我の距離を近づけていく。

 その最中、コーラルは無意識に左手を這い、刀身に赤い雷光を纏わせる。

 全てを焼き尽くす、神殺しの雷光を。

 喰らえ。喰らえ。我が仇を。

 そしていつか、我らは神をも喰らおうぞ。

 黙っていろ。黙って、力を寄越せ。

 

 終わらない連撃もついにバテたか、クズノハが大地にふわりと降りてきた。

 歓喜する屍山血河を握りしめ、地面すれすれまで沈みこみ、更に加速。

 クズノハは頬を引きつらせ、大きく叫びながら足元を薙ぎ払う。

 だが、遅い。

 刃を飛び越えクズノハの鼻先を足蹴に、より高く飛び上がる。

 その鼻を斬り落とそうと構えた瞬間、つむじ風が俺の体を持ち上げた。

 さっき飛び越えた下段が、俺を持ち上げる風を作ったのだ。

 クズノハは1周するように地面を薙ぎ、また俺を天へと持ち上げる。

 そして俺を見据えたまま、高く掲げた刃に風を集める。

 良いだろう。尋常に勝負。

 

 空中で刀を鞘へ戻し、クズノハを殺すという意志を、自身に宿るコーラルを、全て刃に集める。

 意志は炎へと変わり、ごうごうと歓喜の唸り声を上げる。

 コーラルは雷光へと変わり、バチバチと嘶き空を裂く。

 鍔と鞘の隙間から炎が溢れ、赤黒い星々が強い光を放つ。

 そして、クズノハと俺は同時に刀を振るい、風と炎がぶつかり合った。

 風は炎をかき消さんとうねり、炎は風をも焼かんと吠える。

 だが、どちらが勝ることは無く、炎と風は同時に掻き消えた。

 クズノハはすかさず2撃目を放とうと構えるが、何か忘れていないだろうか。

 葦名の居合は、十文字。

 雷光が嘶く刃を掲げ、ガラ空きの胴目掛けて、渾身の力で振り下ろす。

 刃となったコーラルはクズノハ目掛けて飛んでいき、無防備な腹を切り裂いた。

 さして深手にならなかったようだが、それで十分。

 同じ大地で睨み合えば、怯えが混じりだしたクズノハの目に、炎と雷両方を怒らせる俺が映った。

 

 息を荒げ、ヨタヨタと姿勢を崩すも、なお刃を振るわんと声を上げるクズノハ。

 大振りな袈裟切り2連を横へとかわし、隙だらけの横一閃は打ち上げる。

 風を纏った渾身の兜割も、半歩ずれればかわせてしまう。

 何かに気づいたクズノハが後ずさりするも、刀を固く咥えて踏みとどまり、俺に切っ先を放った。

 よりにもよって、悪手を選ぶか。

 迫る切っ先に1歩踏み込み、腹を踏みつけ地に落とす。

 そこから大きく飛びかかり、炎と雷が混じり合った刃で2度斬りつける。

 守ることも出来ず、一気に2つの深手を負ったクズノハは、声も上げずに地に伏せた。

 その後ろで刃を水平に掲げ、炎と雷をうねりと共に纏わせる。

 ごうごうと唸り、バチバチと嘶く刃が、クズノハの目に入った瞬間、無防備な背中目掛けて踏み込んだ。

 刹那、全ての理を置き去りにしたと錯覚した。

 この突きは、使った俺をそう思わせるまでに速く、深い。

 クズノハは守りの構えを取るも、突き出した刃が刀身を穿ち、炎と雷のうねりがクズノハを押しのける。

 我が闘争、その奥義を見たり。

 名付けて、緋車突き。

 

 緋車突きにより巨体を吹き飛ばされたクズノハが、桜吹雪の奥へと消える。

 桜吹雪を断ち切れば、そこには小娘の姿のクズノハが、腹を押さえて転がっていた。

 既に刀と闘志は折れている。焦ることも無い。

 血の滴の代わりに桜の花びらを落とすクズノハ。

 俺が自分に近づいてくる事に気づくと、クズノハは腹を押さえていた左手を俺に突き出した。

 

 「まっ、待ってくりゃ――!」

 

 水平に掲げ、炎と雷と共に、口の中へ切っ先をねじ込む。

 更に根元まで押し込み、頭を掴んで捻りつつ、引き抜く。

 喉奥から血が勢い良く吹き出し、その滴全てが桜へと変わる。

 そうして地面に倒れたクズノハは、末端から桜へと変わり、消えていった。

 肘で刀身を挟み、血と共に炎を拭っていると、どこからともなくクズノハの声が響く。

 

 「己の事は覚えたぞ、夜叉烏。妾の目は百鬼夜行中にある。袖の振り方には気を付ける事だ。」

 

 「わざわざ忠告どうも……。」

 

 屍山血河を鞘へと戻せば、その音はどこか満足げ。

 目線を上げると、沈まぬはずの夕暮れが、沈もうとしていた。

 夜が来る。青く凍てつく夜が。

 そんな言葉が脳裏によぎり、だが大して気に留めず、俺は静かに目を閉じた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 目を開けると、真昼間の百鬼夜行に戻っていた。

 心配するエアに聞いてみると、目を閉じてから10秒ほどしか経っていないのだとか。

 装備も、力も、相方も戻ってきた。刀を返したら、もうここに用はない。

 そう思い体を翻すと、背中にごとりと音がぶつかる。

 稲荷の首が、落ちたのだ。

 首を稲荷の足元に戻し、ついでに何故か居た陰陽部に屍山血河を押し付け、百鬼夜行を後にする。

 そうして大通りに戻った時、エアから何か忘れていないかと一言。

 逃げられるかと思ったが、そう甘くは無いらしい。

 体を反対方向に向けて、百鬼夜行の伝統博物館に足を進めることにした。




これにて、百花繚乱2章もおしまいです。
次は多分オラトリオ編になると思います。
ネクソンとヨースターはデカグラ編の完結はよ。

その前に外伝を書ききらなきゃ……。
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