BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL- 作:Soburero
オラトリオ編が書けたんでぶちまけます。
週1投稿を想定してますが、多分守れないと思いますのでご容赦を。()
59.帰郷
銃声、罵倒、衝撃波。その全てを潜り抜けて懐に飛び込む。
右手に持っていた爆薬を張り付け、哀れな人間爆弾をドアの奥に蹴り入れ、起爆。
衝撃が建物全体を揺らし、隠れていたスーツ姿のギャングが煙に燻され、ぞろぞろと這い出てくる。
それをモグラたたきの要領で順々に頭を撃ち抜けば、残るは1人。
今回の目標は、ギャングの長、マドックスの確保。
煙を抜け、ショットガンを突き付けた先には、高そうなスーツを纏う小太りの男が四つん這いでせき込んでいた。
「きっ、貴様!こんな事をして、タダで済むと思ってるのか!?」
手を大きく振りながら、ディスプレイを激しく光らせ叫ぶマドックス。
この手の奴らは、罵倒のバリエーションが乏しいらしく、同じような事しか言わない。
それに今回は、俺の雇い主がそのセリフを言う事になっている。
「それは自分に聞いた方が良いと思うぞ。」
「貴様、何を言って――!」
「ごきげんよう、マドックス様。」
直後、俺の背中から現れる、タトゥー塗れの白ヒョウ型の女。
マドックスを取り囲んで銃口を突きつける、白ずくめの武装集団。
それを見た瞬間、マドックスは腰を抜かして後ずさり。
背中に壁しかないと分かった途端、泣きそうな表情がディスプレイに現れる。
「ホワイトライダー……!?何故ここに!?」
「あら、妙な事をお聞きになるのですね。私達が参上した理由など、既にお分かりでしょうに。」
「レイヴン。今回のマドックス様確保への協力、ブラックマーケットを代表し、感謝申し上げます。謝礼は後程送金させて頂きます。」
「そうしてくれ。あとは任せる。」
ホワイトライダー。ブラックマーケットの粛清部隊。
さっき俺に深々とお辞儀をした女が、この部隊の長だ。
つまりこの状況、マドックスはブラックマーケットそのものから「死ね」と言われているに等しい。
外から見た時、ブラックマーケットは傍若無人に振舞っているように見えるだろうが、実際は外も含めた繊細な生態系の元成り立っている。
マドックスは、それを殺人未遂という形で崩そうとした。故に死刑宣告を受けた、という訳だ。
「待て!待ってくれ!私を置いていくな!レイヴン!こいつらの倍払う!私を助け――!」
「悪いが、ここでお前の依頼を受けるほど、俺は馬鹿じゃない。」
部屋から立ち去る俺に縋りつこうとするマドックスを、ホワイトライダーが即座に抑え込む。
白ヒョウが這いつくばるマドックスの目の前でしゃがみ、何かをそっと呟くと、大の大人のすすり泣きが始まった。
これから何が起こるのかは、俺が知らなくていい事。分かり切っている事を、わざわざ知りたくもない。
外に出て、ドアを閉めた瞬間、一帯に響き渡るマドックスの悲鳴。
この場所では、誰もその出どころを探ろうとはしない。
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仕事の話がしたい。14時ごろにオフィスに来て欲しい。
先生からそんな連絡が届いたのは、街で弾薬を買い足している最中だった。
すぐに了解と返事を送り、持てるだけの弾薬を買い込んで、ストーカーでシャーレに向かう。
奴から簡潔な連絡が届く時は、ロクな事が起きない。そして、この経験則が外れた事は少ない。
嫌な予感をひしひしと感じつつ、シャーレビルのヘリポートに降り立ち、いつものフルセットをハーネスに背負って執務室へ。
ガラス張りのドアに手を掛けた所で、向こうから俺を見つけた先生が立ち上がった。
”こんにちは、クロハ、エア。時間ピッタリだね、流石。”
『お久しぶりです、先生。エビスの件以来でしょうか。』
「お前から仕事の話が来るときは、大抵ロクなものじゃないからな。通信で伝えなかった辺り、それなりに訳もあるんだろう?」
”それは、その……。”
先生は言いよどむと同時に目を逸らした。
隈を蓄えた視線の先で、紙の山がいくつも出来上がっている。
筆記用具が転がるデスクの上には、エナドリの空き瓶が複数。
状況が言葉よりも雄弁に語る。余裕が無かったのだと。
「……もういい。お前は何も言うな。」
呆れを隠さずため息をつけば、先生は指を合わせてしおしおと縮こまる。
事務員を雇えと説教するのを諦めたのはどれほど前か。
覚えてすらいないが、そこから状況は全く変わっていないのだろう。
「それで、仕事の内容は?」
”実は、トリニティ総合テストを受けさせるって名目で、アリウス分校に教師として行くことになってね。クロハにはその間、私の護衛をお願いしたいんだ。”
気を取り直して本題に入ると、手渡されたのはホチキス止めの資料。
話を聞き流しつつ紙をパラパラとめくってアーカイブ化。頭のデバイスの中へしまい込む。
最近、こうして戦闘以外で自分が強化人間である事を生かす事が増えた。
「教師、ね……。発案者は?」
”ティーパーティーのナギサ。なんとなく分かってるだろうけど、これはいわゆる、人道支援。”
”まだアリウスに残ってる子達の様子を確認しつつ、まずは教育を届ける。ティーパーティー主導って事は隠しながらね。”
「それでアリウスに食い込んで、トリニティが実効支配を、という感じでもなさそうだな。」
その通りと言いたげに、満面の笑みで頷く先生。
エアの情報収集のおかげで、状況は把握している。
エデン条約の一件で、アリウス生の大多数は保護できたものの、なお少数があの場所に残っている、と。
今回の支援で、その状況を根本から解決しようという意図があるのだろう。
恵まれた者らしい傲慢さだと思いながら、資料を先生に返した。
”それで、これからが本題なんだけど、君にも教師をやってもらいたいんだ。”
「……は?」
先生の発言が理解できず、一瞬思考がフリーズする。
頭の中で資料を読み返してみるも、教師として名前があるのは先生だけで、俺やエアの名前はどこにも無い。
何かの冗談という可能性も、先生の表情がそれを否定している。
『レイヴンが、教師ですか……。教えられるものが、実技しか無さそうですが……。』
『ああ、すみませんレイヴン。あなたをけなすつもりは無かったんです。』
「いい。怒ってはいない。シャーレに呆れてるだけだ。いつも以上にな……。」
痛み出す頭を、目頭を揉んで黙らせる。この方向で面倒なのは予想していなかった。
適材適所という言葉を直接頭に流し込んでやろうかという悪態がのどまで上がった時、先生は両手を合わせ、深々と頭を下げた。
”えっと……。この件に関して、私は君に謝らなきゃいけない。”
”ゴメン!もう君も一緒に行くって説明しちゃった!”
「…………はぁ?」
”なので!私と一緒にアリウス分校に行きましょう!これはお願いでも依頼でもなく、君の上司としての命令です!”
先生の笑顔を前に、頭の痛みと思考のフリーズが更に酷くなり、ため息と舌打ちが唇を突き破る。
狂った奴だとは思っていたが、いよいよ完全にネジが外れたか。
果てに、交信から感じる思考が、この場に味方がいないとハッキリ告げている。
『レイヴン、アリウスに行きましょう。エデン条約の時、私達はあの場に敵として降り立ちました』
『私達があそこに何をもたらしたのか、それを知るべきだと、知らなければならないと思うのです。』
「エア、お前まで!クソッ……!お前、ここまで織り込み済みか。」
”誰かさんのおかげでみっちり揉まれたからね。”
たまには撃ち合う以外の仕事もすべき。
先生から放たれた言葉に若干の懐かしさを感じるも、すぐに苛立ちで上書きされる。
何が一番腹立たしいかといえば、今の俺はシャーレ専属の傭兵であり、目の前の狂人が俺の上司という事実だ。
選びたい選択肢が選べないのは、こうも腹立たしいものか。
「分かった、良いだろう!だが条件を2つ付ける!」
「1つ、俺が教師をやった結果については保証しない。2つ、報酬は提示額の倍だ。内半額を前金で貰う。」
”ええっ!?酷いよレイヴン!せっかく君の為に取ってきた仕事なのに!”
「ふざけるなよ貴様!!」
”ひぃん!クロハが怖いよぅ!”
わざとらしく驚く先生を前に、ため息が止まらない。
もしエアに体があれば、今の俺達を生暖かい目で見守っていたのだろう。
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良く晴れた日。トリニティ領内の指定された待ち合わせ場所に向かうと、人影が5つ。
先生と、アリウススクワッドだ。そのうち1人は見覚えが無いが、恐らくサオリの話にあった秤アツコだろう。
念のため背中の銃を確認してから、スクワッドの背中に声を掛ける。
「お前達も居るのか。行先を考えれば、当たり前だろうが。」
「久しぶりだな、レイヴン。エデン条約以来か。」
真っ先に気づいたサオリが、俺に向かって軽く会釈をする。
それに続くように、ミサキとヒヨリも軽く会釈。先生は軽く手を振ってくる。
エデン条約の時と比べ、スクワッド3人の血色は良くなっているようだ。
「ああ。久しいな、スクワッド。見覚えの無い奴が1人居るようだが。」
「初めまして、レイヴンさん。私はアリウスの……。元生徒会長、かな。秤アツコ。よろしく。」
フードから薄紫の髪を覗かせる生徒はそう言いながら、開いた右手を差し出してきた。
その手を握りながら戸籍データベースにアクセス。アリウス所属である事を確認する。
やはり、こいつがアツコだったか。
「よろしく頼む、アツコ。まあ、俺の事はよく知っていると思うがな。」
「それはどうして?」
「ベアトリーチェに教えられていたんじゃないか。消さなければならない脅威だと。」
「……まあ、間違いじゃないかな。」
俺の手を離したアツコは、申し訳ないとでも言いたげな顔をした。
他の4人も、何とも言えない苦い表情をしている。
「よし、無駄話はここまでだ。アリウスに向かう。俺に続け。」
「ちょっと。いつからあなたがリーダーになったの?」
「逆に聞くが、お前、銃撃戦の中で最前列に立ちたいか?」
「……勝手にすれば。」
5人を追い越して先頭に立った瞬間、ミサキが俺に噛みついてきた。
先生はミサキを落ち着かせようと近づくが、距離を取られて意気消沈。
そんな一連の漫才を、アツコが優しい笑顔で見つめている。
「まあ待てミサキ。レイヴンも。お前、アリウスまでの道は分かるのか?」
「問題ない。マッピング済みだ。先頭に立ちたいのなら、止めはしないが。」
状況を見かねて4人の前に立つサオリに、指先で自分の頭を軽く叩いて、問題ないというサインを送る。
それを見たサオリは軽く頷き、ライフルを片手に俺の隣へ立つ。
「なら、私も先導する。今から行くルートは、地図だけだと分かりにくい箇所がいくつかあるからな。」
「そうか。なら、道案内は任せる。」
サオリのハンドサインを合図に、アリウス分校に向かって歩き出す。
その道中で、この話が決まった経緯が語られた。
エデン条約の襲撃は、元を辿ればトリニティがアリウスを追放した事。
ベアトリーチェという首謀者はいたものの、実行犯は確かにアリウスだったこと。
それをティーパーティーのナギサと、スクワッドのアツコが謝罪を送り合い、両者は正式に和解した。
今回の、テストを題目とする教育支援が、トリニティとアリウス、再びの融和への第一歩となるだろうと。
だが元々、先生の安全を鑑みて、リモートでの授業が行われるところだったのを、本人の提案で現地での授業へと変更。
スクワッドと俺はその護衛として連れてこられた、というのが全容らしい。
明らかに大事な情報を1つ伏せている先生にまた苛立ちながら、気を紛らわせるために1つ話題を振る。
「ところで、お前達は何故この話に乗ったんだ?アリウスを捨てる事も出来ただろう。」
問うた瞬間、スクワッド全員の表情がやや険しいものとなった。
ある意味では当然か。あの場にいい思い出など無いだろう。
俺にとってルビコンが、ただの戦場だったように。
僅かな沈黙を破ったのは、アツコだった。
「うーん……。故郷だから、かな。」
「あそこには、辛い事が、苦しい事が、たくさんあった。それでも、私達があそこで育ったことは変わらない。」
「私達に出来ることは、出来るだけやりたい。そのチャンスが巡ってきたから、掴んだだけ。」
「チャンスは待つものじゃなくて掴むもの。でしょ、先生?」
そう語るアツコの表情は、柔らかくも決意に満ちていた。
続けて、サオリが口を開いた。
「そうだな。アツコの言う通りだ。だが、私はそこに、贖罪も混じってくる。」
「私は知っていたんだ。まだ、あそこにしがみついている、しがみつかなければ生きられない奴らがいる事を。」
「だが私は、それから目を逸らし、のうのうと生きていた。言い訳はいくらでも出来るが、そうしたくはない。」
「私達は今、またとないチャンスを掴んだんだ。決して無駄にはしない。」
そう語るサオリの目は過去を見ていたが、同時に行く先をしっかりと見据えていた。
次に口を開いたのは、ヒヨリだった。
「私は、トリニティで過ごしてる間、沢山美味しいものを食べて、沢山雑誌を読んで、怖くなっちゃうくらい幸せだったんですよね……。」
「じゃあ、外に沢山幸せがあるなら、独り占めするんじゃなくて、おすそ分けしようかなって思ったんです。授業は無駄に終わっちゃうかもしれないけど、やらないよりはいいかなって……。」
「それに、実は私、結構嬉しいんですよ。みんなで一緒に、アリウスに帰れるの。アリウスで自慢できるのは、いつも静かなことぐらいですけど……。」
そう語るヒヨリは発言こそ後ろ向きだが、目には微かに光が灯っていた。
3人の言葉を聞いていた先生は、鼻をすすりながら目元を押さえ、天を仰いでいた。
トリニティでの暮らしは、スクワッドに少なくない影響を与えていたようだ。
ミサキは口を開こうとしなかったが、他の3人に物言いたげな目を向けられ、ため息を1つついてから話し始めた。
「……別に。命令だから、やるだけ。」
「逆に、あなたは何でここに居るの?金目当て?」
「正直、俺はこの話から降りたかった。だが、書面上はこいつが直属の上司でな。命令には逆らえん。」
「そっ。首輪付きのカラスには、お似合いな理由だね。」
親指で真後ろの狂人を指差せば、すすり泣きが苦笑いへと変わる。
つられて苦笑するスクワッドの声をかき消すように、最大範囲のスキャンを実行。
何も引っ掛からないと思っていたが、不明な人影が1つ。
拳を振り上げ、その場で止まるよう指示。全員がビタリと歩みを止め、スクワッドは銃を握りしめる。
「10時方向、400メートル、識別不明1。こっちに気づいてる。アリウスの見張りだろう。」
後2キロも歩けばアリウスの領内。見張りが配置されているのは何ら不自然ではない。
事実、そいつは俺達の姿を見た途端、踵を返して走り出した。
「そうか……。スクワッド、武器を確認。歓迎に備えろ。」
スクワッドが各々の銃をジャキジャキと鳴らし、俺は背中からLMGをショットガンを取り出して腰に下げる。
いつ振りかのマスクを着けたサオリが軽く頷き、俺達は再び歩き始める。
歩を進めるたび、空気が少しずつ、確実に重くなっていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
空気が埃臭くなり、視界に廃墟が増える。数か月ぶりの、見覚えのある景色。
アリウス分校に、たどり着いた。
スクワッドの故郷であり、俺にとってただの戦場だった場所。
帰ってきた。その思いを表すように、スクワッド全員が深呼吸。
そして、サオリの合図でまた歩き出す。
前へ、ただ前へ。風に運ばれた悪意を感じながら、足を前に進める。
誰も口を開くことなくしばらく歩くと、レーダーに敵性反応が複数。
「敵部隊、正面から来る。」
小隊程度が俺達が歩く道路を、他の何人かが廃墟の屋上を通り近づいてくる。
小隊を囮に取り囲む気か。
「分かった。銃は下ろしておけ。まずは話し合いだ。」
サオリがハンドサインを出すまでも無く、スクワッドは引き金から指を外している。
今回の目的は、掃討ではなくアリウスの支援。先制攻撃はご法度だ。
無論、相手が先に撃ってきたらその限りではないが。
またしばらく歩くと、正面からいくつもの足音が聞こえ、シルエットがハイライトされる。
足音しか響かない廃墟群で、俺達と奴らの距離が静かに縮まっていく。
白ずくめの生徒達の先頭に立っていたのは、紫色の十字架を後頭部に携える、やや大人びた生徒。
恐らくは、資料にあった現在のアリウスのリーダー、梯スバル。
気のせいか、あいつの紫の目は見覚えがある。
互いの距離が、互いの銃火器の射程に入った。
スクワッドも、アリウスも、お互いの射程で立ち止まり、銃を握りしめている。
ピリピリと張り詰めた空気の中で、アリウスの敵意に満ちた視線の中で、俺はただ待つ。
誰かの言葉を、あるいは、誰かが引き金を引いてくれることを。
幸いと言うべきか、スバルが口を開いたことで、沈黙は破られた。
「久しぶりですね、錠前サオリ。スクワッドも。」
「ああ。久しぶりだな、スバ――」
「シャーレの先生はともかく、“魔王”まで連れて何の用ですか!?私達をトリニティへの手土産にでもするつもりですか!?」
サオリがマスクを外し、右手を差し出そうと踏み出した瞬間、スバルから付きつけられる銃口。
同時に、俺達にも全方位から銃口が向けられる。
腰から銃を引き抜こうとした手を先生に止められ、直後の指示でスクワッドも銃口を上げなかった。
「待て、落ち着け!まず話を聞いてくれ、スバル!それに、魔王とは誰の事だ!?」
サオリがそう叫んだ瞬間、俺の背中で張り詰めていた空気が一瞬で緩む。
スバルが言う魔王とは、恐らく俺の事。出会いがしらの挨拶の時、俺にも目線を向けてきたのが良い証拠だ。
そう呼ばれるだけの事はしたので、何も不思議じゃ無い。
「……そういうとこあるよね、リーダーって。」
「悪い所が出ちゃってますね……。」
「ふふっ。この感じも懐かしいね。」
そして、肝心な所で察しが悪いのは、サオリの特性らしい。
先生も苦笑いを浮かべただけで、3人のひそひそ話を否定しなかったところ、それは今まで続いている。
ああ、面倒くさい。銃を向けられている事に変わりはないんだから、さっさと全員殴り飛ばしてしまいたい。
(レイヴン、このままだと銃撃戦が始まります。まずは私達が、話し合いの意志を示さなければ。)
(面倒だが、そうするしか無さそうだな……。)
エアの提案に従い、キャンキャンと言い争いを続けるサオリとスバルの後ろで、腰に下げた銃を投げ捨てる。
視線が集まる中、ジャケットを脱ぎ捨て、外したハーネスも銃の元へ。
身軽になった所で、何処からでも見えるように両腕を広く広げ、声を張り上げる。
「見えるだろう。俺は丸腰だ。今お前達と戦う気は無い。話を聞け。」
「……3歩下がってください。そうしたら、話を聞きましょう。」
スバルの銃口が、サオリから俺の眉間へと移る。
両手を頭の高さに上げながら、指示に従って3歩後退。
その場でゆっくり回れ、そんな指示にも従って、スバルの警戒心を解くことに集中。
這いつくばってワンと鳴け、なんて言ってくるなら、殴り飛ばす理由になるのだが、幸か不幸かそこで終わり。
ようやくアリウス全員が銃口を下ろし、スバルはサオリに1歩近づいた。
「用件はなんですか、裏切者のサオリ。」
「そうだな、あー……。アリウスの皆で、試験を受けよう、という話でな。」
「試験?なんの試験です?トリニティの入学試験でも受けろと?」
「いや違う!そういう事じゃない!だから、つまり……!」
「……皆で試験を受けようという話だ!」
「だから何の試験ですか!?」
スバルは嘲笑ったかと思えば怒り出し、サオリも真剣な顔をしたと思えば急に慌てだす。
互いに百面相を見せ合いながらの言い合いが、また始まった。
俺の後ろで、笑いをこらえる声と苦笑いと、一切手助けをしようとしない微笑みが、2人を見つめる。
そのおかげか、一帯に張り詰めていた空気が急速に緩んでいく。
帰りたい。違約金を支払ってでも帰りたい。
”アリウスの皆の為に、私達でテストを用意したんだ。”
この状況を見かねた先生が、サオリの説明とも呼べない説明を補足する。
まず、アリウス生にはテストを受けてもらう。ただし、テストには前提となる知識が必要不可欠。
そこで、今目の前にいる大人が教師として、アリウスで授業を開く。
生徒の本分たる学びと試験を体験して、アリウスのこれからに役立ててもらいたい。
いつも通りの笑顔で、先生はそう語った。
「話はよく分かりました。その上でお断りします。」
「見ての通り、私達に試験は必要ありません。それに、トリニティに流れた裏切者が持ってきた試験ですよ。試験を受けさせる以上の他意は無いと証明できますか?」
「スバル、私達はトリニティに保護されただけで、入学したわけでは――」
「そういう事じゃ無いんですよ!どうしてそう人の神経を逆なでするのが上手いんですか!?」
「す、すまない……。」
2人の漫才に、ついにミサキがこらえきれず吹き出した。
先生は露骨に落ち込んでいるし、アツコとヒヨリもまるで頼りにならない。
かく言う俺も、やる気などとっくのとうに消え失せている。
アリウス生の一部に手ごたえがありそうなのは救いだが、どうにかケリを付けられないものか。
「……それでも、試験を受けさせたいというのなら、まず私達が出す試験に、合格してもらいましょうか!」
「アリウス、セーフティ解――!」
瞬間、システムが戦闘モードに切り替わる。
抜身の殺意が辺りを満たし、恐怖を思い出したアリウス生が、次々と銃を取りこぼす。
呼吸を抑え、腰を抜かし、後ずさり。
死という根源的恐怖が、スバル以外のアリウス生を、俺から遠ざける。
「おい、スバルと言ったか。何故俺が丸腰になったのか、分かってないようだな。」
「火力、数、地形。あらゆる戦略的優位がお前達にある事を理解した上で、お前達は丸腰の俺に勝てない。そう判断したからだ。」
「その判断は、間違っていなかったようだな。」
スバルに銃口を突き付けられたまま、1歩、2歩と距離を詰める。
後ずさりしながら来るなと叫び、気丈に振舞っているが、手の震えが全く隠せていない。
ここで思い出した。スバルは、俺達がアリウスに攻め入った時、アリウス生を守ろうと立ちはだかった奴だ。
道理で、見覚えがあるはずだ。
「スバル。もしお前の言う試験が、お前達を倒す事だと言うのなら、結果はお前にも見えているはずだ。」
「さあ、どうする。お前は負け戦に踏み出すほど、馬鹿じゃないと踏んでいるんだが。」
1度やられてなお、俺の前に立ちはだかる。その勇気は認めるが、それは蛮勇というものだ。
スバルの眼前には、銃口を向けても動じない魔王。
すぐ後ろには、しりもちをついた後輩たち。
スバルにはもう、下がる空間が残されていない。進退窮まれりとはこの事か。
そうなれば、次の手も見えてくる。
射撃警告が眼前に現れた瞬間、左手で銃を弾き飛ばし、右手で胸倉を掴み持ち上げる。
怒りよりも怯えが優位に光る紫の目を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「なあ、スバル。俺は今、やりたくもない仕事を押し付けられて、機嫌が悪いんだ。」
「これ以上俺の仕事を増やすな。殺すぞ。」
スバルが悲鳴を上げたタイミングで、先生達も再起動が済んだのか、俺の背を叩いて彼女を下ろせと要求。
あえて乱雑に下ろし、逆らう意志自体は消えていない目を、ただ静かに見降ろす。
スバルは歯をギリギリと鳴らし、しばらく唸ったのち、俺達の要求にようやく頷いた。
「分かりました!試験を受ければ良いんでしょう!?」
「よろしい。お前なら頷くと信じていたぞ、スバル。」
「このっ……!よくもいけしゃあしゃあと……!」
投げ捨てた装備を取りに戻る俺の後ろで、スバルはサオリから差し出された手を払いのけた。
ハーネスを付け直し、いつもの格好に戻った所で、出迎えに来ていたアリウス生が、砂埃を払うスバルの元に集まっていた。
人数にして、10人弱。こいつらが、アリウスに残っていた奴ら。
これから、こいつらは文字通りの生徒となる。
”それじゃあ、試験まであんまり時間がないし、早速教室を作ろうか。”
「どこに作ると言うんですか?ここには何も無いんですよ?」
”大丈夫、出来るよ。黒板と机と椅子があれば、そこは立派な教室になるからね。”
そう言って笑う先生の顔には、呆れたくなるほどの自信が現れていた。
この人は信じていいと語るスクワッドの後ろで、俺はため息をつく。
これから俺は、そしておそらくスクワッドも、やったことも無い授業をやらねばならないのだから。
やっぱり、撃ち合う以外の傭兵稼業など、ロクなものじゃない。
なんだかんだスバルは「後輩を守る」って芯が通ってるのが分かりやすくていいですね。
この子を無情にも弾き飛ばした後、後輩たちを榴弾で吹き飛ばした悪魔が主人公ってマジ???
次回
魔王の授業
専門外の仕事って、やけに疲れるよね
次回も気長にお待ちくださいませ……。