BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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しくじり先生 アリウス分校出張編 は~じま~るよ~。
さて、弊キヴォトスだとスクワッドはトリニティで教育を受けてるんで問題ないでしょうが、クロハは、どうでしょうね?


60.魔王の授業

 アリウスにたどり着いたのは、そろそろ日が沈もうかという時間。

 先生は、授業は明日に、というスバルからの提案を無視して、教室を見繕い始めた。

 荒れ方が比較的マシな場所を見つけると、辺りからまだ使える椅子と机をかき集め、半分近く欠けている黒板の前に並べる。

 これでヨシ、と先生が手を叩けば、そこには確かに教室が出来上がっていた。

 数十年前の教室の名残、とでも表現すべき見た目だったが、先生はなんとも誇らしげだった。

 スバルを含めたアリウス達が席に着き、いよいよ授業が始まる、といった所で、先生の口からとんでもない言葉が飛び出す。

 

 ”それじゃあ、トップバッターをお願いできますか?サオリ先生!”

 

 「……え?」

 

 キョトンとするサオリと、見開かれた目で彼女を見つめるスクワッドの3人。

 アリウス達も同じ表情で、俺達を見つめている。

 ごく当然の反応だ。先生から話を聞いた時、俺も同じ顔をした。

 先生をチラチラと不安げに見やりながら壇上に立ったサオリは、微かに悩んだ後1つ深呼吸をすると、人が変わったように真剣な顔で授業を始めた。

 

 「みんな良く聞け。授業に入る前に、1つ言っておくことがある。」

 「契約書は!本当に重要だ!」

 

 そんな魂の叫びから始まったサオリの授業は、社会だった。

 形の無い社会というものを、人類はどう規定し、どう運用しているかを語った。

 

 「これが公式。今はとにかく覚えて。中身の理解は求めてないから。」

 「ほら、手を動かして!とにかく書いて覚える!」

 

 ミサキの授業は物理。特に、弾道力学を絡めた実践的な授業だった。

 内容についていけていない者もいるが、それはこれからの課題か。

 

 「こんな感じで、私達はこの小さな細胞が集まって出来てるの。」

 「細胞は、生き物の一番小さな単位とも言えるものだから、しっかり覚えておいてね。」

 

 アツコは生物の授業を開いた。趣味であるという花の世話の話から発展させる語り方だった。

 ひとしきり花の仕組みを語り終えた後、人間の生殖の話をしようとして先生に止められていた。

 

 「外の世界だと、自分を着飾る事は、結構当たり前の事です。」

 「場所にもよりますけど、お化粧をして、可愛い服を着る事が、むしろカモフラージュになったりするんです。不思議ですよねぇ……。」

 

 ヒヨリの授業は、ファッションの意義や外での生活などを語っていた。

 分類するなら、実践家庭科だろうか。スクワッドの授業の中では、1番アリウスの食いつきが良かった。

 

 ”xやyと名前を付けた箱に、ある数字をしまいました。でも困った事に、箱にどんな数字をしまったのか、忘れてしまいました。”

 ”そんな時、周りの数字から箱の中に入っている数字を思い出すために使うのが、この方程式です。”

 

 件の先生は、数学を教える。ヒヨリとは逆に、1番食いつきの悪い授業。

 だがそれは先生の想定内。可能な限りアリウス達が理解できるよう噛み砕き、興味を引こうと趣向を凝らしていた。

 

 そして、俺が授業をする番となった。

 ため息をつきながら、教壇に向かう。それだけで、アリウスから恐怖の視線を向けられるのが分かる。

 シャーレの執務室でエアが言っていた通り、俺が教えられることなど実技ぐらいしかない。

 俺がそう思い出したことを察したか、交信から言葉を持たないエールを感じた。

 エアに体があったら、確実に頭を小突いている。

 

 「全く……。恨むぞ、シャーレ……。」

 

 教壇に両手をつき、またため息を1つ。

 この仕事を引き受けた以上、それはこなさなければならない。さて、どうしたものか。

 試験に含まれる基礎5教科、不可能。俺にそれを教えられるだけの知識はない。

 戦術理論、論外。ベアトリーチェの支配時に叩き込まれているはず。

 契約及び労働理論、不要。サオリの授業と被る。

 

 ああだこうだと考えるも、アリウスに何を教えるかなど思いつくわけが無い。

 だがふと、思い出した。アリウス達との初対面、俺とスバルの敵対的交渉を。

 実戦交渉術、行けるかもしれない。アリウスは非物理的な戦い方を、外交という戦いを知らない。

 金銭、話術、一定の譲渡、あるいは脅迫。その全てを活用した、銃を使わない戦い方を知らない。

 これなら、教えられる。アリウス達が付いていけないとしても、それで構わない。

 仕事の条件は、教師として授業をするという事だけなのだから。

 

 今度はため息ではなく、深呼吸を1つ。

 顔を持ち上げ、アリウス達と目を合わせれば、何人かが肩をびくりと震わせる。

 だが、俺の雰囲気の変化を感じ取ったが、俺から目をそらそうとする者はいなかった。

 

 「スバルも言っていたが、日の入りまで時間がない。俺の授業は手短に済ませる。」

 「おい、そこの。俺から見て右端の奴。1つ質問する。」

 

 はいっ!っと裏返った声と共に立ち上がった1人と目を合わせる。

 立てとは一言も言っていないし、体が微かに震えてはいるが、やはり俺から目を逸らそうとはしない。

 これは、いい兆候かもしれん。

 

 「もしお前が、路地裏で銃を突きつけられていたら、お前はどう対処する。」

 

 「えっと……!銃を叩き落としてから、反撃します!」

 

 「よろしい。次、隣の。」

 

 質問に答えたアリウスが、拍子抜けと言わんばかりに仲間を見渡す。

 再びを声を掛けてそいつを座らせ、左隣の生徒を立たせた。

 さっきの生徒より弱々しい印象だが、こいつも俺と目を合わせ続ける。

 

 「さっきの話に、条件を追加する。お前に銃を突きつけている奴は素人だ。体は震え、銃はセーフティが切れていない。どうする。」

 

 「えっ?じゃ、じゃあ、話し合いで落ち着かせる、とか……?」

 

 「悪くない。更に条件を追加した上で、全員に聞くぞ。」

 「お前達の後ろには、お前達を見る多数の一般人がいる。状況を録画している監視カメラもな。この時、お前達はどう対処する?何が最適解だと考える?」

 

 途端に、アリウス達がざわつき始めた。当然だ。この状況に誰もが使える最適解などない。

 俺であれば、相手の武装を解除した上で威嚇するが、こいつらに同じ芸当は無理だ。

 自分なりの最適解を導き出す必要があるが、こいつらには、その前提となる知識がまるで足りていないのだから。

 声を張り上げ、仲間と答えを探すアリウス達の注目をこちらに引き戻す。

 

 「分かるか?アリウスの外では、こう言った状況がよく起こる。これを切り抜ける手は様々だ。」

 「銃をはたき落とす。相手を落ち着かせる。あえて後退して通りに誘い出す。あるいは、わざと撃たれて相手を悪役にしてもいい。」

 

 「あの、怯えてる人を悪役にするの、凄くズル……。あっ!ご、ごめんなさい!」

 

 口答えが何かと結びついたか、上げていた手で頭を守った生徒がいた。

 むしろよく気づいた。そこを考えられる奴が居るなら、他の連中も付いてこられるかもしれん。

 

 「いや、お前は正しい。この授業の前、俺とスバルの交渉を思い出せ。」

 「俺はあの時、お前達に刻まれた、俺に対する恐怖を利用した。最小限の武力で、俺達の要求を、お前達に押し通した。」

 「お前達、俺がズルいとは思わないか?これから俺は、お前達にこのズルを、傭兵流の交渉術を叩き込む!」

 

 一気に声を張り上げれば、スバルの、アリウス達の、スクワッドと先生の目線が俺に集まる。

 全員の意識が、完全にこちらに集中している。良い傾向だ。

 この、意識を集中させることも交渉技術の1つなのだが、それを気づかせるのは早すぎるか。

 

 「予め言っておく!外の世界において、優れた交渉術は銃やナイフ以上の武器となる!だがこれは、一朝一夕で身に付く技術ではない!」

 「膨大な情報、状況に動じない度胸、相手に自分を信じ込ませる振る舞い!何より、常に情報をアップデートする心構えが必要だ!」

 「良いか!?これから俺は、俺が持つ知識を、武器を使わず戦う術を、お前達に叩き込む!死ぬ気で学べ!」

 

 授業を受けていた生徒全員が姿勢を正し、威勢よく返事をする。

 目には恐怖が残るものの、体の震えは全員消えている。

 何故だか、悪くない感覚だ。教師を志す者の気持ちが、今なら分かるかもしれない。

 

 「よろしい。今日の授業は以上だ。解散。」

 

 教壇から離れた途端、生徒全員がホッとすると同時に、精神的な疲れがドッと襲い掛かってきた。

 前言撤回。5分以下の短い授業でこれなのだ。

 教師を志す者の気持ちなど、分かるわけが無い。

 止まらないため息を吐き出すと、先生が俺の両肩を掴んできた。それも、最大限にうざったい笑顔で。

 

 ”掴みバッチリじゃん……!最高の授業でした、レイヴン先生!”

 

 「クソが……。教師になるのはこれっきりだぞ。」

 

 肩の両手を払いのけると、先生の背中の後ろから、笑顔のスクワッドが俺を見ていた。

 その目線の色は様々だが、ミサキの煽りが入った目が特に目に付いた。

 

 「そう言うな。良い授業だったじゃないか。」

 

 「うん。これなら安心。よろしくね、レイヴン先生。」

 

 「悪くなかった。傭兵がダメになったら教師になりなよ。」

 

 『いい提案ですね、ミサキ。本気で考えてみては?レイヴン。』

 

 「えへへ……。これから一緒に頑張りましょうね……!」

 

 エアという最大の味方すら敵に回り、逃げ道は完全に断たれてしまった。

 やっぱり受けるんじゃなかった、こんな仕事。

 疲れのせいか、それとも自分の判断ミスのせいか、イラついて仕方ない。

 アリウスからの生暖かい視線を背中に、目の前の先生を軽く押しのけて外に向かう。

 

 ”あれ?レイヴン、どこに――”

 

 「5分で戻る!付いてくるな!」

 

 怒鳴りつけた効果はあったのか、誰も付いてくる事は無かった。

 少し歩いて崩れた部屋に入り、埃塗れの空気を中和するように、タバコを思いっきり肺に入れる。

 火がタバコ葉をじりじりと炙り、煙の苦みが口をいっぱいにしても、苛立ちが落ち着かない。

 妙な感覚だ。何故こうも落ち着かない?俺は何にイラついている?

 原因を突き止めようと頭を回すも、ただタバコが灰になるだけ。

 苦いを通り越して熱い煙をまた吐き出すと、小さな足音が1つ近づいてきた。

 タバコを外に投げ捨て振り向くと、白髪の小柄な生徒が俺を覗いていた。

 

 「あの!レイヴンさん、で良いですか?」

 

 「構わん。お前は?」

 

 「立木(たちぎ)マイアって言います。スバル先輩の後輩です。」

 

 姿を現したのは、先の授業で相手を悪役にするのはズルいと言っていた生徒だった。

 教室を出ていく俺の姿を見て、なお普通に話しかけられるのは、大物の素質と言うべきか。

 

 「そうか。何の用だ、マイア。」

 

 「あなたは傭兵、なんですよね?裏社会で、スバル先輩の事、聞いてませんか?例えば、その……。」

 「誰かを“消した”、とか……。」

 

 俺をまっすぐ見つめるマイアの目からは、恐怖ではなく不安が見えていた。

 確かに、スバルの名前は最近聞いた。後輩たちを食わせていくための傭兵という選択も、理解できる。

 問題は、奴が選んだ依頼がマズすぎる事。それをマイアも感じ取っているのかもしれん。

 

 「ああ、直近で聞いてる。そういう依頼を受けたとな。殺しはしなかったそうだが。」

 

 「やっぱり、そうなんですね……。」

 「あの!先輩を、そういう仕事を受けない様に、説得してくれませんか?私達からだと言いづらいし、先輩、ああ見えて結構頑固なので……。」

 

 「俺が言っても余計に聞かんと思うが……。まあいい。時間があったら話をする。」

 

 「――ッ!ありがとうございます!」

 

 マイアは俺に向き合い、深々と頭を下げる。魔王とまで呼んで忌み嫌う、俺に対してだ。

 立木マイアの名前、覚えておこう。見どころがありそうだ。

 

 「礼を言うのは早い。上手く行くとは限らんからな。」

 

 「それでも、何の報酬も無いのに、お願いを聞いてくれたんです。ありがとうって、言わせてください。」

 

 「……好きにしろ。」

 

 2本目のタバコを咥え火を口元に運ぶも、マイアはまだ俺から離れない。

 首を回し、顔を見合わせるも、マイアは微笑みを浮かべるばかり。

 

 「……えへへ。」

 

 「何だ?」

 

 「あっ!いえ、その……。魔王にも、怖い以外の顔があるんだなって。」

 

 マイアはそう言い、生まれに似つかわしくない屈託の無さで、また笑う。

 ふと、言葉が頭を過る。ウォルターなら、カーラなら、このマイアにどんな言葉を掛ける?

 らしくない事だと思いつつも、言葉は唇を突き破っていた。

 

 「念のため言っておく、マイア。本物のクズは、笑顔で人を殺せるぞ。」

 

 これは、本心からの忠告だった。それを聞いたマイアはキョトンとしつつも、また頭を下げて教室に戻っていった。

 これまで、いろんな奴に会ってきた。詐欺師、闇商人、傭兵、そしてどうしようもないクズ。

 経験から言えるのは、ロクでもない奴ほど笑顔を絶やさないという事。ブルートゥがいい例だ。

 それを知るべきか否かは、先生なら知らなくていいと言うだろう。俺としては、判断に困るが。

 俺の迷いを写したか、水平線に沈む夕日の前で啜るタバコは、妙に苦かった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「スバル、交代だ。」

 

 月明りだけがアリウスを照らす時間帯。

 見張りに立っていたスバルの背中に声を掛ける。

 スバルはこちらに振り向くと、明らかに嘲笑が入った笑顔を向ける。

 

 「お疲れ様です、レイヴン。あなた、案外良い授業をしますね。まさか、教えるなんてことが出来る人だとは、予想外でした。」

 「てっきり、私達と同じく、教わる側だと思っていましたから。」

 

 あの“交渉”を経てなおその態度を崩さないのは、大物なのか学習しないのか、判断に困る。

 腰に下げた銃に手を置きながら、スバルに歩み寄る。

 

 「それで煽っているつもりなら、俺には効かんぞ。相手を選ぶんだな。」

 

 「そうですか……。では、後は――」

 

 「待て、スバル。少し話がある。」

 

 「……手短に。」

 

 立ち去るスバルを呼び止めれば、眉間のしわを堂々と見せつけられるも、その場で立ち止まった。

 話を聞く気があるだけ良い方か。

 

 「お前の後輩の、マイアから相談を受けてな。お前、裏の仕事を受けていただろう。」

 

 「マイア、どうしてこの魔王に……。それが何か、傭兵のあなたに関係が?」

 

 「生憎ある。お前、マドックスからライバル組織のリーダーを消せと依頼されていただろう?」

 

 頭を抱え、それでも気丈な態度を崩さなかったスバルが、マドックスの名前を聞いた途端、その顔から笑顔が消えた。

 声に乗る剥き出しの敵意を感じながらも、気にせず話を続ける。

 

 「――ッ!?どうしてそれを……!」

 

 「そのマドックスは、俺が殺した。ブラックマーケットの管理者から依頼を受けてな。」

 

 スバルが、1歩後ずさった。だがすぐに、元の位置へ足を戻す。

 目線に恐れが現れているが、銃を握りながら、俺から目を離そうとしない。

 

 「厳密には、殺したいから確保してくれ、だったが、まあ大して変わらん。」

 「運が良かったな、お前。依頼に従って殺していたら、お前も処分対象だ。」

 

 ホワイトライダーから依頼が届いた時に、スバルの名前を、請け負った仕事とその顛末を聞いていた。

 ぶちまけられた真実に顔を歪ませるスバルは、文字通り運が良かったのだ。

 更に厳密に言うのであれば、ホワイトライダーが行う粛清とは、必ずしも“抹消”を指すわけではない。

 ただ、今のマドックスは、少なくとも五体満足でない事は確かだろう。

 ルビコンでまかり通った拷問や“再教育”を思い出しながら、タバコを咥え火を付けた。

 

 「わざわざ、それを伝える為に?それについては感謝しますが、それ以外は関係ない事でしょう?あなたはこれ以上、私達に口を挟まないでください。」

 

 「そうもいかん。お前は殺しを請け負ったんだ。依頼を出す人間にとって、今やお前は雇われの殺し屋だ。お前の選択など関係ない。」

 「俺の授業を思い出せ。裏社会の交渉は、脅迫も手段の内だ。お前、守りたい物がある奴に言う事を聞かせたいとき、何を人質にする?」

 

 煙を吐き、スバルに真っ赤な火を向け、ただそう聞く。

 目線を伏せ、頭の中で考えを巡らせるスバルの両目が、次第に見開かれていく。

 

 「よく考えろ。エデン条約の一件で、アリウスの名前はキヴォトスに知れ渡った。この場所を知るものもいるだろう。お前達の境遇もな。」

 「ライバルに勝てるなら、それこそ殺しも厭わないような連中が、お前の後輩は狙わないとでも?そんなわけが無い。」

 

 「……ッ!そんな嘘に騙されるとでも――!」

 

 「こんな事で嘘を吐くか。」

 

 なお噛みついてくるスバルを一喝すれば、彼女は唇を引き絞り、目を逸らした。

 口からタバコを外して肩を掴み、スバルと強引に目を合わせる。

 

 「俺の目を見ろ。俺は、ろくでなしなりに誠実に生きてきたつもりだ。俺が本物のクズなら、そもそもこんな話はしない。」

 「お前とは適当に乗り切り、マイアにはお前は裏の仕事を止めたと伝えるだけでいい。だがわざわざ、こうしてお前と話をしてるんだ。少しは俺を信じろ。」

 

 スバルは、ようやく理解したようだ。自らの選択の結果、巡ってきた因果を。

 表裏を問わず、社会などそんなものだ。

 そこに居るから気に入らない、最終的に勝ったのなら、道中何をしても許される、そう考える奴がごまんといる。

 そういった奴らにとって、他人の命は無価値どころか、負債ですらあり得る。

 顔を伏せ、拳をギリギリと握る彼女の声は、微かに震えていた。

 

 「……私に、どうしろと。」

 

 「二度とやるなとは言わん。しばらく仕事を控えろ。少なくとも、この授業の間はな。」

 

 「それだけで、良いんですか……?」

 

 「それだけでいい。ここまで来る奴がいたら、俺が対処する。俺はそのために連れてこられているからな。」

 

 目を合わせた後、また伏せるスバル。

 少し考え込んだ後、スバルは俺の提案に頷いた。

 

 「……分かりました。お任せします。」

 

 「ああ。任せろ。」

 

 肩から手を離すと、スバルは軽く頭を下げて、踵を返した。

 ドアの名残を通り抜けようとしたところで、1つの懸念を思い出し、スバルに伝えた。

 

 「それと、物資の事は心配するな。匿名のスポンサーが付いている。金を捨てたくて仕方ない、という変わり者がな。」

 

 スバルは少しの間立ち止まり、だが何も言わずに離れていった。

 あの様子なら、暴走することも無いだろう。日を跨いだら、マイアに顛末を伝えておかなければ。

 親指で灰を落としてから、またタバコを口に運ぶ。

 

 (そのスポンサーがティーパーティーだと言うのは、伏せて正解ですね。あの様子だと、名前を聞いただけで拒絶しかねませんから。)

 

 (奴らの恨みも分からなくはない。だが、奴らも先細るだけだと分かっているはずだ。ただしがみつくだけじゃなく、トリニティの善意を利用するとか、他のやり方は思いつかなかったのか?)

 

 (そう言った、盤外戦術を学ぶのも含めて、今回の教育支援なのでしょう。先生は、これを見越していたのかもしれませんね。)

 

 (それはどうかな。あいつは頭は回るが、思慮が足りん。今回の人選も、深く考えてなどいないだろうさ。)

 

 (そう言わないでください。滅多にない経験ですし、この際楽しんで――)

 

 タバコを指で挟んだ瞬間、背中に現れる不明反応。

 スキャンで姿を捉えるが、少なくともアリウスではない。

 肩のナイフを引き抜き、振り向きざまに1歩踏み込み、刃を首筋目掛けて振りぬく。

 そいつは吹き出る黒い霧を留めようと、手に持っていた白金のラッパを落とし、両手で頸動脈を押さえる。

 しかし、すぐに力を失い、膝から地面に崩れ落ちた。

 

 (ミメシスか。何故現れた?誰がトリガーだ?)

 

 (分かりません。このミメシス以外に、周辺に特異な反応はなく……。)

 

 無意識に向けていたリボルバーをしまい、塵に変わっていくそいつを観察する。

 死人のように白い肌、黒のヴェールとドレス、白金のラッパ、そして崩れゆく特大のヘイロー。

 エアがデータベースで検索を掛けるも、この風貌に一致する存在はいない。

 少なくとも、ネット上でアーカイブ化される程有名では無いらしい。

 ここは専門家を頼るべきか。そう考え、見張り用の回線を開いた。

 

 「スクワッド、こちらレイヴン。ミメシスの出現を確認した。だが、何をトリガーに現れたのかが分からん。一番詳しい奴は?」

 

 『それなら私、アツコ。どんな見た目だった?ユスティナ聖徒会?』

 

 「いや、白金のラッパと、やけにデカイヘイローを持ってたやつだ。心当たりはあるか?」

 

 しばしの空白。いやな静けさが辺りを満たす。

 ミメシスの本体は完全に塵となったが、何故かラッパだけがそこに残った。

 手に取ってみるも、さして妙な所はない。ただのラッパだ。

 証拠として持っていくべきか。ラッパを眺めていると、アツコから返信。

 

 『……心当たりはあるけど、確証がない。また出てきたら教えて。』

 『私の予想が合ってたら、その子1人で終わりじゃないから。』

 

 どうやら、ラッパを持っていくまでも無いらしい。

 まだ火が残るタバコを踏みつぶし、冷たくなった空気に白い息を吐き出す。

 全く、今回もろくでもない事が起こりそうだ。




マイア、よくいる薄幸系美少女化と思ったら、意外と図太い所ありそうなんすよね。
でも魔王に直談判しに行く精神力は本当にどったの???どっかで拾ってきたん???

次回
神託の天使たち
つってもモドキなんですけどね

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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