それは、自分自身であった。
※マスクド三冠バと公式オルフェが同じ世界線に存在していたら、という小説です
※作者は競馬ネタとかそういうのわかんない人です()
とても気分の良い日
何せ、息が詰まりそうな小学校生活が終わり、憧れのトレセン学園に入学する日なのだ。桜の花びらが舞い散る青空みたいに、アタイの心は晴れやかだった。
ここでアタイは変わる。散々チビチビ言ってきた奴らに目に物見せてやるのだ。弱い自分を脱ぎ捨てて、友達いっぱい作って充実した学校生活送ってトゥインクル・シリーズでスターになる。
やるんだ。
多分アタイと同じくトレセン学園に入学するのであろう、紫の制服にスクールバッグを肩にかけてソワソワ歩いていくウマ娘達の群れの真ん中で、アタイは決意した。
「あぅあ、あ、わ、アタイ“オルフェーヴル”っていいますッ…… その、その…… よろしく」
それは、入学式が終わって、教室で自己紹介が始まるまでしか続かなかったけど。
――そして。
「――貴様、
「あわ、あわわ……」
ギラギラ輝く紫の目をしたウマ娘。
アタイと
酷い自己紹介をしてしまったことを悔いる暇すら与えず、彼女はアタイに詰め寄ってきたのだ。
マスクの下がこもって仕方がなかった。
◇◇◇
入学式が終わって1週間も経てば、新入生のクラス内における個々人の立ち位置は大方定まってくるものである。それは、ウマ娘達の園であるトレセン学園においても変わりはない。
「……うう」
故に、オルフェーヴルはすでに、トレセン学園の正門から、その奥に見える荘厳な校舎を眺めることすら億劫になっていた。長い栗毛の前髪に隠された紫色の光は忙しなく泳いでいた。
人間の耳がある位置に金色の耳当てがつけられた髪留めで腰まで伸びる後ろ髪をまとめ、なお跳ねている毛並みを揺らして、彼女はようやく重い足を動かし始めた。
(薔薇色の学生生活送ってるんじゃなかったっけ……)
顔の下半分をマスクで覆っているというのにわかりやすく一喜一憂しながら、背中を丸めて校舎の中に入ったオルフェーヴルは、耳が痛くなるような弾ける喋り声の中を孤独に進み、ついに教室の引き戸の前に立った。
そっと教室の中を覗き込むと、オルフェーヴルは深くため息をついて、この後しなければならないことを覚悟する。
そして、意を決したように扉を引いた。
「……っ、おはよう」
机に座って三人ぐらいで話しているウマ娘が、壁に背をつけているものが、教室中にいるウマ娘の視線が一瞬自分に集中する瞬間。オルフェーヴルはそれに慣れなかった。
挨拶も小さく、いそいそと窓際の最後列、自分の席に向かった。
(怖がるな怖がるな怖がるな見てくれが厳つくて尊大なだけなんだ何がどーだってんだい)
そして、オルフェーヴルは
オルフェーヴルは、半分空いていた口を思わずつぐんでしまった。
「……」
「……」
そこにいるのは四人。彼女達の視線が、湿った存在感を放つオルフェーヴルの方へ向けられた。
背中を無償にかきむしりたいのを我慢しながら、オルフェーヴルは口を開いた。
「あの、アタイの椅子____」
「なんだ? 聞こえんな」
――その瞬間。ずうと効果音でもついていると錯覚させるようにして、巨大な存在感が立ちはだかった。
そのウマ娘こそ、まさしくオルフェーヴルの席に座していた者であった。
「仮にも
「あわ、う……」
白いメッシュまでの入った前髪は、そのものの性格を表すように左右に流され、自信に満ち溢れた顔を隠さなかった。同じ紫の瞳だと言うのに、彼女の瞳に湛えられた光は刺々しく、オルフェーヴルの柔肌に突き立てられていた。
顔を伏しがちにして、オルフェーヴルは視線から逃げるしかなかった。
「……ふん。オルフェーヴルであろうものが、……良いだろう。貴様のような腰抜けに席を譲らぬようでは、余の器量もしれたものだからな」
「……」
そう言って、尊大な表情を呆れたように緩めた彼女――
(なんで朝から腰抜け扱い…… なんなのこの人……)
マスクの鼻当てがずり落ちていることに気づかないまま、真っ白になったオルフェーヴルは席を戻し、ふらふらと腰掛けた。
「また怒られてる…… あの子も大変なウマ娘に絡まれちゃったものよね。オルフェーヴルさん、なんで、あのもう一人のオルフェーヴルさんにあたりが強いのかしら」
「一字一句違わない同名のウマ娘が同じ世代にいるって状況が過去類を見ないんでしょ? 気になる子にちょっかいかける小坊みたいなもんじゃないの」
「そんなわけ…… まぁ、でも。あのもう一人のオルフェーヴルさんもそうね。暗くっておどおどして。せっかく
そんなクラスメートの囁きなどはもはや入り込む隙間もなく、マスクを深く付け直したオルフェーヴルは、朝から感情を落っことしていた。
◇◇◇
時間は進み、トレセン学園に昼休憩を告げるベルが鳴り響いた。退屈な授業に飽き飽きとした生徒達がわらわらと教室から出て、向かう先はカフェテリア一直線であった。
煉瓦の柱に緑の植え込みが彩りを与えるのどかな雰囲気であったカフェテリアは、一瞬のうちにしてウマ娘達の群れが占拠し、姦しくも陽気さを増させるのだった。
そんな明るい雰囲気にそぐわない、孤独に食事をつつく小さな影があった。
『貴様にはつくづく心掻き乱されるものよな。余の名を持ちながら惰眠を貪ることなど許さんぞ、このたわけが』
『はへっ!?』
それは授業中のこと。
燦々と降り注ぐ日差し、時期外れの陽気に暖められたそよ風が、開け放たれた窓からカーテンを揺らして届けられる。それは、窓際に座っている彼女――オルフェーヴルの眠気をくすぐるに難くなかった。
そうしていると、真隣から銃口を向けられているような悍ましさと厳格な美声が彼女を叩き起こす。その時に出した間抜けな声で注目を集めるわ、先生に寝ていたことがバレて絞られるわ。
なまじ正論で叱られたのが攻撃力をより高めていて、故に、オルフェーヴルは憂鬱だった。
「はぁぁぁああ……」
わざわざマスクを上に浮かせ、下からお茶漬けを掬ったスプーンを口に運ぶオルフェーヴルは、右耳に青いリボンをつけた両耳を垂れ下げてため息をつく。
同じクラス、自分が窓際の列で、その隣の列、ましてや真隣に陣取る、自分と同じ名前の存在。
『ターフは我が領土、クラシック三冠はもとより我のもの―― 故に、我の手に取り戻しにゆくだけである』
態度がでかい上に痛い奴。
自己紹介の時の印象をたった1週間で塗りつぶし、尊大にして傲慢な性格は、勤勉実直にして強大な才覚を持っていることに裏打ちされていることが露見した今となっては、彼女の周りにある種のシンパが形成され始め、日々規模を広げて信奉を募らせているほどである。
「……」
虚空を眺める彼女の瞳に映っていたのは、懐かしい実家の記憶であった――
『おるぁ! オルフェー!!! 待てやゴルァおおん!!?!?』
『びゃぁぁぁあ!』
彼女には一回り身長の小さい姉がいた。彼女はウマ娘で、身長を生贄にそれはもう凶暴な性質を獲得し、妹であるオルフェーヴルとじゃれ合うことを楽しみとしていた。
『何してんだお前らァ! オレも混ぜろおおお!!』
『『ぎゃあああ!!!』』
彼女達の母もウマ娘で、凶暴な性質の煮凝りのような存在であった。姉妹のじゃれあいに突入しては二人をとっ捕まえ、ぶん投げる側であった。
それを父親が優しく見守るアットホームな家庭――
「んーな訳あるかァ!!!」
ハッとあたりを見渡したオルフェーヴルは、四方八方からくる視線に小さく会釈し、縮こまった。
とはいえ、そういうのはあくまでも一部分を切り取った記憶であって、母親は曲がりなりにも母親としての役目を果たしてくれていると思っているし、姉は尊敬できる部分はある人だと、オルフェーヴルは認識していた。
彼女はそれが恋しくて仕方がなかったのである。
(
はぁ、と、何度目かわからないため息をつくオルフェーヴルを見て、芦毛の髪を拘束具のようなな装具でまとめたウマ娘はうんうんと頷いた。
「わかるぜオル坊よ…… 鯖の味噌煮か豚の角煮か、どっちも甲乙つけがたいもんだ。だがな、いつかどちらかを選ばなきゃならねえ時がくるもんだぜ?」
「……」
「お前はどっちを取るんだよ」
「……だったら豚の角煮の方、が、……は? 豚の角煮? ん?」
何か違和感に気づいて顔を上げたオルフェーヴル、彼女の三白眼な紫色の瞳と、対面にある紫の眼光が重なる。
目の前に見える芦毛のウマ娘の真剣な顔。それはどこか親近感を覚える顔で――
「〜!」
否、普通に知らない顔で、オルフェーヴルのマスクで見えにくい顔はさっと青くなった。
「え、あの誰、っスかぁ」
「誰だとコラ、アタシを知らねえたぁ言わせねえぜ? ゴから始まりプで終わる。校門でメンチ切ってそうなウマ娘ナンバーワン! さぁ何者だアタシはァ!?」
「えぇ…… あ、あの、後にしてもらっても……」
半分ぐらい残ってるお茶漬けに視線を落としながらか細い声で言うオルフェーヴルを見て、芦毛のウマ娘はつまらなそうに両手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれにふんぞり帰った。
「っかしーなぁ、オルフェーヴルってもっとギルガメッシュみたいなやつじゃねえの?」
それ人違いです。そうオルフェーヴルは口にしようと唇に力を込めた。
しかし、その時――
「
無遠慮に伸ばされた手が、オルフェーヴルの小さな鼻筋めがけて一直線に進んだ。
「……っ!」
人差し指と中指、親指を突き出して、明らかに何かをつまんでやろうとしている手。それが目に入り、一体何をしようとしているのか。
「……とおっ!?」
その3本の指は、オルフェーヴルのマスクの上部をがっちりと摘んだ。
しかし、芦毛のウマ娘はおちょくってやろうと言う不敵な笑みを固くし、歪ませた。
何故ならば――
「……!!」
先ほどまでおどおどして頼りない雰囲気であったウマ娘が、なんの変哲もない、せいぜい少しの装飾が入っただけのマスクに触れられた途端に毛を逆立て耳を絞っている。
マスクを摘むために伸ばした腕には、彼女の両手が組みつき、ミシミシと音を立てていた。
「……それは、
芦毛のウマ娘の腕に噛み付いた彼女、オルフェーヴルの両手は、まさしくワニの咬合のように握力を強めた。芦毛のウマ娘の顔が引き攣った。
「わ、悪かった、悪かったって! 手ェ離してくれ、な? アタシのチャーミングなおててが千切れちまう」
「……」
観念したかのように、マスクを摘んでいた指が離される。すると、オルフェーヴルの両手も緩まり、芦毛のウマ娘の腕は解放される。そこには、耳を絞った栗毛のウマ娘の手の跡がくっきり残っていた。
おーいてぇいてぇ、と掴まれた腕の手首をぷらぷらさせた芦毛のウマ娘は、ちらりとオルフェーヴルのことを横目に見た。
「……いや、本当に悪かったよ、……アタシ“ゴールドシップ”ってんだ」
「……オルフェーヴルっす」
芦毛のウマ娘、ゴールドシップの後に名乗りを上げたオルフェーヴルは、眉間に皺を寄せたまま視線をお茶漬けに向けた。
「でも、ゴールドシップさんが会いたがってるオルフェーヴルは多分
オルフェーヴルは拗ねたように言い、木製のスプーンをお茶漬けに突き刺す。
「なんだ、自信ねえなおめえ、悪いもんでも食った?」
「お茶漬け食べてるだけ…… いや、どっか行っててくださいよ」
マスクの下を浮かせ、なるべく音を立てないように口にスプーンを入れたオルフェーヴルは、ジトッとした目をゴールドシップへ向けた。
「いんや、多分アタシが探していたのはオマエだ」
「えっ……」
その瞬間、黙っていれば美人のウマ娘がふんぞりかえりながら言った言葉。
それを聞いた途端、オルフェーヴルの栗色の前髪に隠れた目が光り輝く。まるでそれを隠すように、彼女の視線は明後日の方に行った。
ただ、彼女の耳は忙しなくぴょこぴょこしているのだった。
「……」
そして、オルフェーヴルの紫の瞳は、少しの期待を込め、紫がかった芦毛が綺麗なウマ娘を見た。
ゴールドシップは、へへ、と子供っぽくはにかんでいた。
後半パートは近いうちに