絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第1話

 王女殿下が王城におれを呼び出し、こう言った。

 

「大賢者さまの弟子の噂を知っておりますか?」

 

 おれは恐れながら、と肯定の返事をした。

 同時に心のなかで、この国もそろそろ潮時かな、と考えた。

 

 テーブルを挟んで反対側のふかふかのソファに浅く座り、前のめりになっている十五歳の少女は、金髪碧眼で、長い髪を後ろで束ね、それが馬の尻尾のように揺れている。

 くりくりと動く大きな双眸が、おれを悪戯っぽく見つめてくる。

 

 錬金糸製の純白のドレスに身を包み、指には各種加護が込められた指輪を、首からは退魔のちからを持つ紅魔布で編まれたネックレスを下げていた。

 全身合わせて、ちょっとした国の国家予算レベルの装備である。

 

 ここは王城の一角、狭い応接室の中。

 彼女とおれの他には彼女の侍従である女性がふたりいるだけだ。

 

「大陸を救い、人々を導き、人類の魔法学を発達させた大賢者さまは、三人の弟子を残して逝去しました。いまから五年前のことです」

 

 王女殿下の桜色の唇から、すらすらと言葉が紡がれる。

 大陸の多くの者が知る物語だ。

 

「記録にある限りでも三百年を生き、不老であったはずの大賢者さまは、己が存在し続けるが故、人類の発展が止まることを恐れ、自らを葬ったのだ、と多くの者たちはいいます。これから先の世を支える者たちが、これから先の技術を発展させるべきだ。そう考えたと聞きます。あとは最後の弟子たちが上手く導くであろう、と考えたという者もいます」

 

 おれは彼女の話に、時折、相槌を打った。

 何故、おれが呼ばれたのか。

 

 表向きの理由は、おれが旅の魔術師で、彼女の亡き母、つまり王妃の古い知り合いだからである。

 いや、おれと彼女が知り合ったとき、彼女は旅の冒険者で、剣士だったんだけどね。

 

 一時期、肩を並べて戦っていたのだ。

 あれはたしか、おれが十五歳のときだから……。

 

 ああ、もう二十年以上前の話だ。

 当時、彼女はかけだしの剣士で、おれも魔術師として半人前といったところだった。

 

 他の仲間も合わせて、五人。

 けっこういいチームだったと思う。

 

 実際に組んでいたのは一年ほどで、ちょっとしたきっかけで解散してしまった。

 その彼女が、この小国で、いつの間にか王妃になっていたんだよなあ。

 

 正直、何があったのかよくわからない。

 まあ、そのツテがあったおかげで学院で研究生として雇われたわけで、そのあたりは文句も言えないのだ。

 

 で、おれが呼ばれた裏の理由は……。

 二年前に王妃が亡くなる前、娘に何かを吹き込んだか?

 

「しかし、大賢者さまの最後の弟子たちもまた、師と同様、姿をくらましてしまいました。おかげで現在、大陸の人類は導く者が無きまま混沌とした状況にあります」

 

 そう、三百年に渡り人々を導いてきた大賢者も、その最後の弟子たちも、いまはいない。

 おかげで各国は重しを失い、同時に枷も失い、自由に動き出そうとしている。

 

 ある国が、隣の仲の悪い国に言いがかりをつけて侵攻した。

 ひどい虐殺が起こったという。

 

 ある国では、王の圧政に民が反旗を翻し、革命が起きた。

 王とその一族は吊るされ、貴族たちは粛清され、かの国は無知蒙昧な民が好き勝手に暴れる荒れ果てた土地に成り果てたという。

 

 この小国においても、周辺諸国からさまざまな圧力をかけられ、苦しい立場にあるらしい。

 ひとつ舵取りを間違えば、領土を飢えた猛禽に食い荒らされることになるだろう、と。

 

「単刀直入にお聞きします。あなたは大賢者さまの弟子の行方をご存じなのではありませんか」

「何故、そうお考えになったのですか」

「亡くなる前の母の言葉です。あなたは大賢者さまの最後の弟子たちを知っているようなそぶりであった、重要な手がかりのひとつではないか、と」

 

 あんにゃろう。

 おれは表情を崩さぬよう努力して、首を横に振った。

 

「この身はただの、協会で二級の魔術師にすぎません。どうして大賢者さまやその弟子たちと繋がりを持てるでしょうか」

「ですがあなたは、この国に滞在してたった半年で、三つも抜本的な革新をもたらしました」

 

 やはり、そう来るか。

 彼女は、おれの知識を大賢者の弟子から得たものではないかと疑っているのだ。

 

 更には、そのルートで大賢者の弟子にコンタクトを取れないかと探っているのだ。

 おれは失礼を承知で、ため息をついてみせる。

 

 お姫さまの横に立つメイドの片方が、ぴくりと片眉を吊り上げた。

 おお、こわいこわい。

 

「畑に蒔く肥料を改良する魔法については、各国を渡り歩いた際に手に入れた触媒のおかげです。この触媒は海の民ならば誰でも手に入れることができるものでした」

「はい、あなたの発表した特定の貝についての論文は、わたくしも楽しく読ませていただきました。いままで接点がなかった海洋国家との交流が始まったのも、この論文のおかげです」

 

 この国は周囲を大国とその緩衝国に囲まれた小国だが、学術の都として有名でもある。

 特に伝統ある王立学院は、かつて大賢者も滞在したことがあるといわれる知識の集積地で、大国からも多くの留学生が訪れる。

 

 この国は、その立場を生かし、上手く立ちまわってその地位を維持してきた。

 しかしそういった外交が通じるのは、大陸が平穏であった時代が故のこと。

 

 大賢者がこの世を去り、徐々に各国がパワーゲームを始めつつある昨今、非常に難しい立場にあるという話は耳にしていた。

 おれにとっても、この国なら気兼ねなく研究に打ち込めるし、実験に協力的な者も多かったのだが。

 

 できればこのまま、波風立たぬまま穏やかに研究を続けていたかった。

 その研究成果によって、こうして姫さまに目をつけられてしまうのだから、世の中を渡るというのはかくも難しい。

 

「断熱の魔法は、学院の老朽化した施設を立て直すと聞いたものですから、ついでに隙間風が入るあの構造をなんとかしたいと考えただけです。実際のところ、魔術師が多く集まる学院のような場所でなくては、残留魔力的に逆に非効率でしょう」

「おっしゃる通り、魔術師が常時発する微弱な魔力を再利用して、冬は温かく夏は涼しい室内を保つという手法、我が国で使えるとすれば学院か、あるいは軍の兵舎くらいですね」

 

 あ、しまった。

 おれが表情を崩したことに気づいた麗しき姫さまは、にっこりと優しい笑みを浮かべた。

 

 怖い。

 うわー、でもそうか、軍って優秀な魔術師が集まるんだから、そりゃ、あの断熱魔法を効率的に使えるよなあ。

 

 軍事施設に利用できるとなれば、その魔法の価値はおおきく変わってくる。

 そこまで考えてなかった。

 

 これは完全におれのミスだわ。

 単に、自分が研究してるときに寒かったり暑かったりが嫌だっただけなんだけど……。

 

「三つ目、北を向く魔法。これがいちばん影響が大きいこと、ご存じですか?」

「え? あれは知人の狩人が森歩きの際、便利な魔法が欲しいからっていわれてつくっただけなんですけど」

 

 原理は、ちっとも難しくない。

 魔力で地磁気を感知して、人体が正確に北を向くように調節するだけであるから、初級の魔術師でも簡単に覚えられるし、魔力の消費も少ないのだ。

 

 この魔法、魔道具にするのも簡単だ。

 もっといえば、別に魔法を使わなくても磁気を利用して方位磁針はつくれるのだが……そのへんの技術は別のところに関わってくるからなあ。

 

「軍の方から、この魔法は秘匿技術に指定するべき、との申請がありました」

「原理が簡単すぎて、すぐ真似されますよ。というか、どこかの国でとっくにつくられている魔法かもしれません」

「たしかに、かなり難易度の高い魔法としては存在するそうです。あなたのつくった魔法は、大幅に手間を省き、簡潔で使いやすいものであると報告を受けました」

 

 そりゃ、知人の狩人が初歩の魔法しか使えないヤツだったからねえ。

 あいつでも使える魔法を開発する必要があった、というだけなのだ。

 

 しかしそうなると、ついでとばかりに学院で発表したのは失敗だったか。

 いや、知人が使っているうちに勝手に広まる気もするし、その場合の方が問題になった気がする。

 

「軍では毎年、森の行軍訓練があり、そこで多くの脱落者を出します。先日の行軍訓練では、この脱落者が大幅に減少した、それもこれも、北を向く魔法のおかげであった、とのことです。また、地図に不正確な点を発見したため、この魔法を用いて正確な測量を行う必要がある、との意見も出ました」

 

 あーそうか、地図か。

 盲点だった。

 

 このひとたち、自由に空を飛べないんだもんな。

 そりゃ、正確な地図は欲しいし、その地図を秘匿する価値も出てくる。

 

「わたくしは、あなたの知識と知恵の源が知りたいのです」

「全部、魔術師であり研究者であるわたしが考えたこと、とはいかないのですか」

「無論、対外的にはそういうことになりましょう。わたくしも、そうであればと思っております。ですが、重ねてお聞きいたします。我が国に滞在する研究者にこれほどの知を持つ者がいると、わたくしは信じてよろしいのでしょうか」

 

 ありていにいえば、大賢者の弟子から聞いたオリジナルの魔法を研究成果として提出しているのではないか、という疑念か。

 パクっているのではないか、と。

 

 論点がわかった。

 つまりは、彼らが欲しているのは大賢者の弟子ではない。

 

 大賢者が姿を消したのは、自らが存在することですべての者が大賢者の導きを期待するようになってしまったため。

 あの方が消えることで、大陸の皆が自分たちの頭で考え、技術を発展させる時代が来ると、そう期待してのことだと、世間ではまことしやかに語られている。

 

 ヒトに文明をもたらした大賢者。

 その偉大な存在が亡きあとの、いま。

 

 おれに、その技術の発展の一翼を担う力量があるのか、と。

 彼女はそう言っているのだ。

 

「わたしは、自分の研究にそこまでの価値があるとは思っていませんでした。正直、自分のやりたいことに素直になっただけです」

「大賢者さまが現れるより以前、研究とはそのようなものであった、という話です。しかし、大賢者さまがあらゆる分野に知恵を出した結果、大賢者さまの言葉を正確に模倣することこそ研究と呼ばれるようになってしまいました」

「耳にしたことがあります」

「王立学院では、そのような原初のありようを取り戻したいと願っております。実は、大賢者さまがこの学院に一時期滞在していたのも、そのようなありようを求める想いが我が国と大賢者さまの間で一致したから、という文献が残っているのです」

「いまのお話を聞けば、そうでありましょう、と納得できます」

 

 ヒトを未来に導く者が、たったひとりの誰かであるというのはいびつすぎる。

 大賢者は、かつてそう語ったと記録されている。

 

 逝去する前に、さまざまな努力を行い……。

 しかしその試みの全ては頓挫した。

 

 大賢者という名はあまりにも偉大過ぎて、その功績はあまりにもおおきすぎたのである。

 かの御仁の、いちばんの失敗だった。

 

 結局のところ、大賢者は己の存在を消すことでしか、ヒトの未来を生み出すことができないと悟った。

 己が消えたことによる数多の混乱も、多くの犠牲も、そのすべてを呑み込んで未来の道を形作るしかないのだと、大賢者は悟った。

 

 だからといって、混乱と犠牲を前にいまを生きる人々が手をこまねいているわけにもいかない。

 より良い未来をつくり出すために、個々のヒトにもやれることがある。

 

「わたくしは、あなたにそのさきがけのひとりとなっていただきたいのです」

 

 だから、と彼女は言う。

 侍従から小箱を受けとり、おれの前に差し出す。

 

「これを、あなたに」

「開けてもよろしいでしょうか」

「もちろんです」

 

 小箱の中に入っていたのは、学院の紋様が描かれた真銀製の指輪だった。

 

「特別研究員の証です。一級魔術師と同様の扱いになり、王城の書庫に立ち入る権利もあります」

「これほどのものを、わたしに、ですか」

「あなたを王立学院に繋ぎ止めるためには、相応のものが必要である、と判断いたしました」

 

 自分などには、あまりにも過分なものだ。

 おれは深く頭を下げた。

 

 ほっとする。

 この国を出ていかなくて済んだのは、助かることだった。

 

「ついでに、と申しますか……こちらがわたくしにとっての本題なのですが、若き日のお母さまのこと、お聞かせ願えませんか」

「もちろんです」

 

 おれは、当たり障りのない範囲で、昔話をした。

 可憐な姫さまは、目を輝かせておれの話を聞いていた。

 

 夕日が沈む前に、城を辞する。

 王女殿下は、「これからも、自由に研究してください。ヒトの未来をつくるのは、あなた方なのです」とおっしゃられた。

 

 夜。

 寮の自室で、ベッドに寝ころび、指輪を眺める。

 

 いまの扱いに不満などなかった。

 これで充分であると、思っていた。

 

 過分な扱いである、というのは本心だ。

 実際のところ、おれが欲しいものは、好きに生きることができるというこの自由な空気そのものだったのだから。

 

 それが欲しくて、姿を消した。

 本来ならば、大賢者の弟子として人々を導くべきであったのに。

 

 そう、おれこそが、大賢者の弟子のひとりとして名乗りをあげるべき存在のひとりなのだ。

 ちなみに、他の弟子を名乗るべき者たちまでもが行方をくらませた理由までは知らない。

 

 その方が、より良くヒトを導けると判断したからだろうか。

 きっとそうだろう。

 

 おれのように、不真面目に生きることを選んだわけではあるまい。

 まあ、知ったことじゃないのだ。

 

 もう、こりごりなのだから。

 あのように、ヒトの期待を勝手に押しつけられて生きるのは。

 

「まあ、ときどきはヒトの為になるような研究をするのもいいか」

 

 ぽつりと、呟く。

 気まぐれに、次の研究のアイデアを考えた。

 

 うん、臭いに関する研究なんて面白いかもしれない。

 きっとこれは、ヒトの役には立たないから。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 後日。

 この臭いを自由に出す魔法により狩猟ギルドから表彰され、更なる栄誉を賜ることになることをおれは知らない。

 

 特定の臭いを使って一部の森の生き物を操れるようになるなんて、知らなかったんだって!

 




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よろしければさきほど完結したこちらもごらんください。

死ぬに死ねない中年狙撃魔術師
https://syosetu.org/novel/309074/
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