絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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拙作、死ぬに死ねない中年狙撃魔術師、6月5日(水)、ドラゴンノベルスより発売です。
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第18話

 おれは武器を持たず、わざと足音を立てて、風上から、洞穴を警護する犬亜人たちの前に堂々と姿を現す。

 彼らは草むらに寝そべったまま、赤い双眸でこちらを鋭く睨み、ぐるる、と威嚇するような声をあげた。

 

 おれがこのとき使っていた魔法は、ふたつだ。

 聴覚強化の魔法と声帯変化の魔法である。

 

 ファーストが教えてくれた魔法である。

 ヒトであっても犬亜人の言葉を聞くことができるように、と。

 

 同時に、犬亜人の言葉を話せるように、と。

 彼女は同時に、彼女が知る限りの犬亜人の言葉の文法と語彙を教授してくれた。

 

 おれは嬉々として。

 セブンは少し面倒くさそうな態度をしながら。

 

 ファーストの講義を聞いていたことを、懐かしく思い出す。

 学ぶというのは楽しいことなのだ。

 

 特に言語を通じての犬亜人の持つ社会性とはどういったものか、彼らがヒトとどう違うのか、といったファーストの話には胸が躍った。

 彼らの文化を学ぶことが将来何の役に立つか、などということはどうでもよくて、ただ学ぶことそのものが愉快だったのである。

 

 それが、いま、こうして役に立とうとしていた。

 ファーストは絶対にこんな日が来ることは想定していなかっただろうから、何が幸いするかわからないものだ。

 

「ヒトを探している。薬草を採集しに来たヒトたちだ」

 

 おれの口から犬亜人の言葉が流れ出ると、彼らは耳をびくんとさせたあと、互いに顔を見合わせる。

 一体が、素早い動きで身を起こし、四足で駆けて洞穴の中に消えた。

 

 もう一体が、すくっと二足で立ち上がり、おれをじっと見つめてくる。

 おれが武器を抜いていないからか、向こうも腰みのに差した手斧には手を伸ばさない。

 

 おれはもう一度、同じことを語った。

 ついでに薬草の名前も告げる。

 

「森の外では騒ぎになっている。知っていることがあれば、教えて欲しい」

「何故、ヒトが我らの言葉を話す?」

 

 くぐもったうなり声と共に、相手はそう訊ねてきた。

 少し聞こえにくいが、うん、大丈夫、充分に判別できる。

 

「友に教えて貰った」

「きさまの友は、我らの同族か?」

「耳長族だ」

「ヒトには我らの音は聞こえないはずだし、ヒトでは我らの声を騙れぬはずだ」

「魔法で口と耳を調整した」

 

 魔法、という概念を彼らが理解しているかどうかわからなかったが……。

 どうやら彼らにも魔法の使い手はいるのだろう、なるほどと唸り声あげていた。

 

 ふむ……さて、と。

 

 そうこうするうち、洞穴からぞくぞくと犬亜人が出てくる。

 四体、五体……全部で八体か。

 

 おれと話をしていた奴と合わせて、合計で九体。

 そのうち粗末な槍や手斧を握っている者は四体だけだ。

 

 まあ、武器を持たずとも、彼ら一体だけでヒトの狩人の数人程度なら始末できるほどのちからを持つのだが……。

 種族が持つ基礎的なちからの差、膂力や森に最適化された機動力といったものの絶対的な差は、武器の有無を軽く凌駕するのである。

 

 と――彼らのいちばん後ろに立つ、少し腰が曲がった個体が、他の個体を退けて前に進み出る。

 あれが長老、かね。

 

 犬亜人の集落には、群れの長の他に長老と呼ばれる長生きの個体がいることがある。

 長老は群れの長のようにものごとの決定権は持たないが、群れの長に意見し、強い影響力を持つとファーストが言っていたことを思い出す。

 

「この地を騒がせるヒトの仲間か」

「騒がせたつもりはないが、薬草を採集しに来たことであなた方に迷惑がかかっただろうか」

「我らの言葉で偽りを語るな!」

 

 長老は、怒りのこもった言葉を吐きだす。

 同時に、うなり声をあげた。

 

 まずいな、まわりも殺気立ってきた。

 というかこれ……何だ? 微妙な違和感がある。

 

 何というか、話がすれ違っているような……。

 どこかで翻訳をミスっているか? おい、ファースト?

 

「言葉に間違いがあったなら、謝罪したい。おれは薬草を採りに来たヒトの仲間だ。森の外からこの地に足を踏み入れたはずの彼らが帰って来ない。だから探しに来た」

「ヒトは嘘をつく! 我らを騙し、殺す! 許せない!」

 

 長老がヒートアップしてる。

 挙句、槍持ちの護衛とおぼしき犬亜人の手から槍を奪い、おれに向かって突きつけてきた。

 

「長はおまえたちに殺された。我らはおまえたちを許さない!」

「待て、待て、待て! 長を殺した? あいつらが? 何があった!?」

「嘘つき! 殺す! 我らに銀竜の加護あり!」

 

 銀竜の加護あり、とは彼らの慣用句で、そこに正義がある、という程度の意味だ。

 うん、これ何かがおかしいというか……へんなところでこじれてる。

 

 どうする? いったん逃げるか?

 と思ったところで、ざわめいていた犬亜人たちが、一様に黙りこくった。

 

 彼らは一斉に、おれの後ろの方を見る。

 あー、まさか。

 

 おれはそっと振り返る。

 白いドレスをまとった姫さまが、いつの間にか、おれのすぐ後ろに立っていた。

 

「殿下、ここは危ないので……」

「彼らの言葉をわたくしに訳しなさい」

「いや、その……」

「ここまでのお膳立て、大儀でした。以後、あなたは通訳に徹すること。これは王から全権を受けた者の命令と心得なさい」

 

 おれは黙って頭を下げた。

 かくなる上は、致し方なし。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 犬亜人の長老は、姫さまの登場に尻尾をピンと立て、目をおおきく見開いていた。

 傷病を除いた場合の彼らの寿命は、意外にもヒトよりかなり長いというから、ひょっとしたら百年前の当時の出来事を知る者なのかもしれない。

 

 姫さまは、昔の盟約について情報の欠落があることを詫びた後、国としての立場を代表して今彼女がここにいること、ふたたび互いの交流を望むことを、おれの翻訳を通して伝えた。

 犬亜人の側は、長老が冷静な、しかし冷たい態度で、もはや盟約は過去のものであり彼らに王国と交渉する意思はないこと、ヒトの侵略を彼らはけして許さないこと、断固たる態度で森を守るため戦うつもりであることを伝えてきた。

 

 やはり、何かがおかしい。

 おれたちの知らないファクターが壁として立ちふさがっている。

 

 だが姫さまは、なにごとか言いかけたおれを目で制した。

 黙って通訳を続けろ、ということらしい。

 

「我が国が送ったヒトは、数日前にこの地に立ち入った薬草を採集する者たちだけです。彼らは銀竜の名を呼ぶ音を出す魔道具を携帯しておりました。それ以外のヒトは、我が国に認められていない密猟者です。もし密猟者についての情報もお持ちでしたら、提供していただけませんか」

 

 続いて、姫さまが語ったことの内容に、おれは驚く。

 動揺しつつも、そのまま犬亜人の言葉に翻訳した。

 

 はたして長老は胡散臭そうな目でおれと姫さまを睨みつつも、「きさまたちの言葉など信じられるものか」と返答する。

 これで確信できたとばかりに、姫さまはゆっくりとうなずいてみせた。

 

「初めから、想定のひとつではあったのです。国が知らない勢力がこの地に関わっていること。それによって、犬亜人であるあなた方の安全が脅かされ、連鎖的にこの地の森が不安定化する懸念。最悪を考えて、王はわたくしをこの地に送り出しました」

 

 王都のすぐ近くに通じるこの一帯は、この国に恵みをもたらす土地であり、同時にウィークポイントでもあるのだ。

 百年前の王家はそのことをよく知っていて、だからこそ犬亜人との交流を持った。

 

 国のちからが強くなり、犬亜人との関係が崩れたことにより、懸念は薄らいだ。

 だがゼロになったわけではなく、いつなんどき、森の内部で勢力バランスが崩れるかわからない。

 

 そして、それを起こすのがヒトである可能性は極めて高いのだと……。

 王家は、そう考えた。

 

 とうてい手がまわらぬとしても、常に耳をそば立てて、狩人からの報告に目を通していた。

 森から異常なシグナルが出ていないか、警戒し続けていた。

 

 だからこその、今の姫さまの言葉なのだ。

 外から入り込んできたヒトが、森の中で、王国に知られず活動している。

 

 いや、これはもはや暗躍と言ってもいいだろう。

 おれたちのあずかり知らぬところで犬亜人の集落の長が殺されていることは、先ほどの長老の言葉で確実なのだから。

 

 そんな状況に陥っていることを、おれたちはまったく知らなかった。

 薬草の採集に出た部隊が消息を絶っていなければ、今もまだ知らずにいたに違いない。

 

「我が国は、先日、南から攻め寄せた数千の軍勢を退けました。それは我が国にとってひどく辛い戦いでしたが、結果として完膚なきまでの勝利を得ることができました。しかしすべての兵を討ち取ったわけではございません。この森に逃げて、生き延びた敵兵もいたかもしれません」

 

 姫さまは、先日の南の国との戦いについて語った。

 ヒトとヒトは争うものである、という前提をまず共有して貰わなければ、この先の話に移れないと、そう丁寧に説いてみせる。

 

 犬亜人であれば、毛皮の色で争うようなものだ、とおれは補足した。

 この例え話で、長老とその周囲は納得した様子であった。

 

 とはいえ、数千という森では見たこともないであろう数に、いささか動揺していることは隠しきれていない。

 彼らの生活様式から考えて、せいぜい数十人で、ひとつの集団の上限が来るだろうからなあ。

 

 その百倍など、こちらがフカシを入れていると判断しても不思議ではない。

 いや、長老は割と……こちらが嘘をついていないことをしっかりと見抜いているのか、先ほどまでとは違って姫さまをやたらと敬意のこもった目で見ている気がするな。

 

「あなた方に対して、我が国は長く没交渉でありました。あなた方の長を殺めた者について、我々はまったく情報を持っていないのです」

 

 その上で、姫さまは訊ねる。

 いったいこの地で、何が起こっているのか、と。

 

 はたして、それに対して長老の口から出た言葉は、耳を疑うものであった。

 おれは何度も長老の言葉を繰り返し、確認した上で姫さまにそれを伝えた。

 

 姫さまもおれ同様に驚き、しかし大きく息を吐いた。

 賢明な彼女とて、このような事態は想定していなかったのだ。

 

「つまり、森の奥にヒトの王が現れ、森巨人や森大鬼を束ねて、犬亜人にも支配下に入れと迫ってきた、ということですか」

 

 改めて、彼女はそう口に出す。

 

 それは本当にヒトなのか?

 亜人種を束ねた、という情報は真実なのか?

 

 森の奥に消えていた森巨人や森大鬼は本当にこのあたりまで戻ってきているのか?

 そもそも、どうやってそのヒトは亜人種たちに言うことを聞かせたのか?

 

 聞きたいことは山ほどあった。

 だが長老は「部族の長は交渉に赴き、首だけが戻ってきた」という返事を繰り返すのみである。

 

 同行していた部下は、恐ろしいものを見た、と言って震えるばかりであったらしい。

 そして、犬亜人たちは洞穴に引きこもって震えていたところ……おれたちが現れた、と。

 

 故に、消息を絶ったという薬草採集部隊についても知らない、とのことであった。

 この騒動の以前に来た採集部隊については把握していたが、大人数の場合は手を出さなかった、今回も大人数であれば襲うのは割に合わない、とも語っている。

 

 うん、そのあたりは予想通りなんだよな……。

 結局、おれのつくった魔道具が何の役にも立っていないというだけで……。

 

「貴重な情報、ありがとうございました。少し考えをまとめるため、時間をいただいてもよろしいですか」

「好きにするがいい。我らはここにいる。この地は我らのものである」

 

 かくして、おれたちはキャンプ地に戻った。

 戻るまで、姫さまは歩きながらずっと深い思考に沈んでいた様子であった。

 




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