絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第24話

 季節は移ろい、夏の暑さもだいぶ忘れてしまったころ。

 おれは、姫さまと共に森の奥へ赴いていた。

 

 犬亜人との交渉のためである。

 随行者として王宮から五人ほど、さらに狩人が三人、合計で十人の遠征隊だ。

 

 おれの役割は犬亜人との通訳である。

 いまさらおれなのか、とは思わないでもない。

 

 学院では犬亜人の言葉に通じた耳長族を雇うというし……。

 そもそも王家ならもっと他の信頼できる人員を雇えるんじゃないの、と姫さまに訊ねたところ。

 

「あなた以上に信頼できる者がいますか」

 

 と平然とした顔で返されてしまった。

 いや、前回は時間がなかったからともかく、時間をかけて捜せばちゃんといると思うけど。

 

「あなたは母が信頼した相手ですよ。武器は預けませんが」

 

 姫さまの側付きと前回も同行した狩人たちが、さっと護身用の武器を隠す。

 ねえ、それ毎回やるの?

 

「武器の件は忘れてください。もう充分、反省しましたから」

 

 ヒトの武器を勝手に改造するのは悪いこと。

 おれ、覚えた。

 

 そんなわけで、おれたちは森の奥へ向かったわけであるが……。

 姫さまが列の中央でおれの隣に来たため、風の結界で音の拡散を防ぐ。

 

「そろそろ、教えていただけませんか。他言はいたしません。森巨人や森大鬼の集落を滅ぼしたのは、あなたですね?」

 

 姫さまが、唇を動かさず、そっと囁いてくる。

 おれは苦笑いして首を横に振った。

 

「そんなすごいちからがあったら、あなたの母と共にいた頃、もっと楽に戦えていたでしょうね」

「あのころのあなたは若かった」

「いまだって若いつもりなんですけどねえ」

 

 事実を陳列する罪は重いぞ。

 中年男性の心は傷つきやすいんだからな。

 

「母が知っていた当時のあなたは、いまのわたしとさして変わらない年齢であったはずです。ヒトが大きく変化するには充分な時間でしょう。そのことをはぐらかして、どうなさるのですか」

 

 別にはぐらかしているつもりは……。

 結構あるけども……。

 

 うーん。

 

「別に、知ったからといってどうこうするつもりはございません。あなたが秘匿しておくべきと判断したのでしたら、それでよろしい。我が国は、あなたの判断を尊重いたしましょう」

 

 いま、自分、じゃなくて、我が国、って言ったな。

 つまり……どういうことだ?

 

 はっはっは、おれに政治を期待しないでくれたまえ。

 

「あなたがどのような者で、どのように考えて動いているとしても、それは別に構わないのです。我が国にとって大切なことは、あなたがこの国を、学院を守るために動いてくれたということ。あなたがこの国を大切に思ってくださっていること。それ以上に重要なことなど存在しない、とわたくしは考えるのです」

 

 ですが、と姫さまは続ける。

 

「森の奥に、本当に未知のおそるべき脅威が存在するのかどうか。その点だけは承知しておきたいのですよ。無論、あなたが望まぬのなら、未踏破の深層に踏み込み亡霊の正体を明らかにするつもりはありません。いまの我が国は、この先にいる犬亜人との友好を繋ぐだけでも精一杯なのですから。その先のことは、後の世代が考えればいいことです」

 

 この国が生まれたのがおよそ百年前だ。

 当時は森の中の小集落にすぎなかったが、彼らは森の中の勢力と交渉し、森の一部を切り開き、いまこうして立派な小国をつくりあげた。

 

 もっと振り返れば。

 三百年前の人類は、森の中で震える弱小な民の集まりにすぎなかったという。

 

 一歩一歩、少しずつ少しずつ。

 自らの領域を拡張してきた結果、いまのヒトの繁栄がある。

 

 無論それは大賢者の導きによるものではあるのだが……。

 ヒトがそれを求め、大賢者がその意志に答えた、というのもまた事実。

 

 その心意気がある限り、大賢者がいなくとも、この先、ヒトは大陸のあちこちに広がっていくだろう。

 セブンの人形が言うような、競い合う誰かがいなくとも。

 

 余計なお世話なのだ。

 大賢者が消えたように、大賢者の弟子たちもまた、この大陸には必要ない。

 

 だから、おれが大賢者の弟子であることは。

 絶対にバレてはいけない。

 

「おれは本当に何も知りませんよ。ですが、もし森巨人や森大鬼の集落があって、それを滅ぼせるような化け物が森の奥にいたとして、それは別に気にするほどのことではないのでは、と考えています」

「何故でしょう」

「もしそんな化け物が森の外に出てきたとしたら、この国の戦力では止められないでしょう?」

「そのようなものが、この大陸に存在すると?」

「いますよ」

 

 きっぱりと、そういい切った。

 だって、見たことあるから。

 

 この子の母親も、そのとき一緒だったわけで。

 あー、でもさすがにあのことは話さなかったのかー。

 

 まあ、深い山の奥でアレを発見した後、大慌てで逃げ帰っただけだもんなあ。

 見逃された、ともいう。

 

 アレからすれば、おれたちなんて、踏み潰す価値もない蟻にすぎなかったのだ。

 とうてい自慢できるような話ではない。

 

 しかし姫さまは、おれのその返答にしばし沈黙した後……。

 ふふふ、と笑い出した。

 

「いまの、笑うところありましたかね」

「失礼、あまりにも、あなたらしくない言葉でしたので」

 

 そうかな?

 そもそも研究者らしい、ってなんだろうな……。

 

 実験で数日徹夜して気絶するような奴は研究者失格、ってこの前救護室の人に言われたから、おれは実は研究者じゃないのかもしれないな……。

 そうだ、いっそ気絶するなら、気絶した状態でも身体が動くようにすればもっと実験を続けられるんじゃないか?

 

 残留魔力を使って脳の残留思考を取り込んで……。

 

「何かまた、ろくでもないことを考えていますね」

「いまおれ、何も言ってませんよね」

 

 表情にも出さなかったはずだ。

 くだんの魔道具はずっと身につけている。

 

「何となく、雰囲気でわかるようになりました」

 

 え、なにそれ。

 怖いんだけど。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 犬亜人と姫さまとの会談は、滞りなく進んだ。

 犬亜人側は新しい長を立て、この若い長は王国との新しい関係を望んだのである。

 

 彼らの側には、強い懸念があった。

 森の奥から、また強大なちからを持った種族が現れた場合、なすすべもないという事実を突きつけられたのである。

 

 王国にもまた、強い懸念があった。

 王家は、森の奥の状況についてあまりにも無知であったことを強く悔いていた。

 

 両者の思惑がはからずも一致したことで、話し合いはスムーズに行ったのである。

 無論、姫さまも入念な事前準備をしてこの場に望んでいたし、犬亜人の側が驚くほどの待遇を提示して、王国側の誠意を見せたことも大きい。

 

 王国側が犬亜人に要請したのは、主に三点。

 定期的な交流、いくつかの霊草の納品、そして森の奥の監視である。

 

 なお、これらの連絡は、これまで霊草の採集を担っていた狩人たちが当面は担当することになった。

 彼らの仕事を王国が奪ったことへの補填の意味が強い。

 

 もっとも狩人の側からは、実入りこそあれど危険が大きく拘束期間も長い霊草採集の仕事から解放されて喜ばしい、という声も多いのだが。

 ちなみに犬亜人との今後の交渉であるが、特定の単語を発することができる魔道具を互いに持つことである程度は意思疎通を可能とする予定である。

 

 魔道具を開発するのはおれらしい。

 勝手に仕事が増えていたよ、なんで?

 

「この件については、紛れもなくあなたが第一人者ですからね。最後まで、どうかよしなに」

 

 と姫さまに言われてしまっては、断ることも難しい。

 幸いにして、今回、ついでに採集作業を行うことで、次の霊草の採集には時間を置くことになるとのこと。

 

 それまでに準備を進めておく、ということでこの話は終わった。

 

「これで、あなたの学院内での派閥問題も解決しますね」

 

 うん?

 なんで?

 

「お手数をおかけしますが、察しの悪いおれにもわかるようにご説明願えませんか」

「特定の派閥に魔道具の開発を委託すればよろしいのです」

 

 ああ、そうか、おれのものになるはずの利益を供与すればいい、ってことね。

 おれは別に、いまさら似たような魔道具をいくつも開発したくないわけだから。

 

 そういう仕事をさくっと特定派閥に投げる。

 派閥の側は、王家から請け負った魔道具開発の利益を受け取れる。

 

 そのかわり、おれに面倒ごとが来ないように、派閥の方でブロックして貰う。

 お互いに利益がある取引だ。

 

 というか派閥の話、姫さまにしたっけ?

 してないよね?

 

 まあこの人なら、学院の内部事情くらい知っていてもおかしくはないけど……。

 

「恩師から相談を受けまして」

「そういえば姫さま、学院で誰が担当教授だったんですか」

「師エリザのことは、ご存じでしょう?」

 

 あ、エリザ女史なんだ。

 へー、ほー、そういう繋がりだったかー。

 

「こんな形で解決してくれるとは思ってませんでしたよ」

「あなたが研究に向き合えないような環境は、学院の本来の意義を喪失しております。王家としても、学院内部での派閥争いの激化は懸念事項のひとつです」

「そりゃまあ、お金を出してるのは王家なわけだし、その金がどうでもいい争いで消費されちゃたまらんですよね」

 

 とはいえ、ヒトが三人集まれば派閥ができるものだ。

 それをなるべくいい方向に、無駄がないように消費するのもウデのうち、とは我が師の言葉である。

 

 あのひと、そういうのがめちゃくちゃ嫌いだったんだけどね。

 弟子の前では、よく大国同士の思惑がどうのこうのでぶち切れていたのを思い出す。

 

「我が国としても、せっかく集めた頭脳が他国に流出させるわけにはいかないのですよ」

「ここほど優遇してくれるところ、ありますかね」

「研究者全体ではなく、特定の分野で役に立つ研究ということであれば、金に糸目はつけない大国がいくつもありますよ」

 

 ああ、そうか、軍事関係とかね。

 おれはそういうの、得意じゃないから……そのはずだから……。

 

 何故か、おれの発明が思いも寄らない使い方をされて軍事技術扱いされるだけで。

 おれは悪くない。

 

 と、姫さまの方を見れば。

 ジト目でこちらを睨んでいた。

 

「何かおっしゃりたいことがありましたら、どうぞ」

「コミュニケーションの大切さについて考えていたところです」

 

 そうだよね、大切だよね、コミュニケーション。

 おれも大事だと思っているよ。

 

「最近、興味を示している研究分野について、軽くお話をお聞きしたいのですが……」

「また勝手に軍事研究扱いされたりするんですかね」

「それを判断するために、コミュニケーションを重ねたいのです」

 

 ぐい、と顔を近づけてくる。

 えー、でもなあ。

 

「面倒だなあ、と」

「そういうところですよ」

 




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