絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第25話

 長兄は次男に「あの人のこと、どう思う?」と訊ねた。

 あの人、とは、つまり彼らの母の友人であったという、奇妙な雰囲気を持つ研究者のことだ。

 

 今年、王国はいくつかの災禍に見舞われた。

 それらは、幸いにして炎が燃え広まる前に鎮火されたものの……。

 

 その鎮火の中心にいたのが、いずれもくだんの研究者であったのだ。

 公式には、その研究者の関与はなかった、あるいは最低限であったことになっている。

 

 王家に連なる人々の間では、当然のことながら、ことの真実が伝わっていた。

 というか当事者のひとりである王女から直接、語られていた。

 

「妹が言うには、書類上での印象ほどうさんくさくはない、とのことだが」

「姉さんらしい言いまわしですね。まあ、内々でまわっている文書だけですと、ただの密偵で、すべての元凶としか思えませんから。父が文書の閲覧を制限したのも理解できます」

「そんな腹芸ができる人物ではない、と感じた」

「同感です。素直すぎて、密偵には向きませんよね」

 

 ふたりの間で、いや王女も含めた三人の間で、それは当然の理解であった。

 普段から裏の者とも意見を交わすことが多い彼らは、そういった者たちがまとう独特の雰囲気について敏感であったのだ。

 

 くだんの人物からは、そういった雰囲気がまったくなかった。

 端的にいって、そう。

 

 天然は、密偵に向かない。

 故に彼の背後に他国の関与があるかもしれない、といった考慮する必要はなかろう。

 

「いちおう、未知の誰かによって、いいように操られているという可能性はありますけどね」

「あの者、いいように操られるような器ではなかろう」

「もし誰かが操ろうとしても、勝手に思惑の斜め上に飛んでいくような気がします」

「身内の目から見ても天才のあの妹が、匙を投げるくらいだからな」

 

 兄が笑い、次男は控えめながら同意する。

 兄にとっての妹、次男にとっての姉である、王国が誇る才媛のことだ。

 

 たいていの人物であれば、一度会えばおおむね相手の器を理解し、上手く活用してのけるだけの器量を持っている。

 当人も相応の自負を抱き、学院のくせ者たちと王家の間で渡りをつけることに長けていた。

 

 その彼女が、くだんの者に関してだけは「予想外の動きが多すぎて、コントロールできませんでした」と嘆くのだ。

 しかも、今年に入ってからもう何度も。

 

 もっとも、その予想外の動きのおかげで国が救われているのだから、なんとも言いがたい。

 夏に起こった森の奥での一件でも、おそらくはくだんの人物が関わったが故に、奇妙な結末を迎えたのではないか、と彼女は疑っていたのだが……。

 

 まず、その証拠がない。

 加えて、当人はその結果、さしたる利を得ていない。

 

 普通の人物であれば、もっと自分が得になるよう動くであろう。

 こちら側がいろいろと気を遣った結果、「そんなやり方もあったのか……」と心底驚かれたほどに、当人の欲が見えない。

 

 そもそも欲得で動いていないのだろう。

 世間一般の尺度にあてはめても、意味がないのだ。

 

「昔話にある妖精のようなものですかね」

 

 親が子どもに語り聞かせるたわいもない空想の物語。

 それに時折出てくる妖精という生き物は、ふわふわしていて、楽しそうに笑って、ひどく気まぐれで、しかし善き者を救い、悪しき者に仕置きをする存在である。

 

 弟の言葉に、兄は笑うこともなく「そうかもしれない」と考え込んでしまった。

 

「母が冒険者時代の仲間という話を聞いていなければ、実際に妖精だと判断したかもしれないな」

「変わった人物ということだけは知っていましたからね」

「母の話を聞いて、だいぶ盛っているなと思っていたのだ。まさか、あれでだいぶ割り引いていたとは……」

 

 そもそもが、彼らの母親のチームが解散した原因のひとつは、彼のありようが風変わりすぎたから、というのだから。

 

「別に悪い人物ではないのよ。ただ単に、わたしたちでは彼についていけなかっただけなの」

 

 と語り出すのであるから意味がわからない。

 

 兄弟も、実際に本人に出会うまでは理解できなかった。

 いまなら、母の言葉の意味をよくわかる。

 

「集団行動。これほど、かの人物に似合わない言葉もありません。チームが解散したのも、道理」

 

 だがそれは、こと個人で動く場合において、まったくディスアドバンテージにはならない。

 むしろ、無限に自分自身を磨くことができる、圧倒的なアドバンテージになりうるのだ。

 

 そうして、彼は冒険者から足を洗い、本人の言葉を信じるなら各地をまわってさまざまな師から教えを受けた結果……。

 いまこうして、兄弟の国にいて、学院でも特に異彩を放つ研究者となった。

 

 数奇な運命の巡り合わせにより、王国は九死に一生を得ることとなった。

 それも、一年に二度も。

 

「あの方こそ、大賢者さまの弟子、そのひとなのかもしれませんね」

「だとしても、何の問題がある? 彼はそのことを、けっして認めないだろう。ならば大国も我が国に干渉してくることはない」

「ですね。少しだけ、ことの真実を知りたくはありますが……」

「我々為政者にとって、真実などさしたる問題にはならない。広報された()()があるだけだよ」

 

 それでいいのだ、と兄は言う。

 未だ経験不足の弟は、不承不承、という様子でうなずく。

 

「ですが貴族の中には、あの人を学院から追い出せという者もいます。あの人が災いを運んできたんだって」

「大賢者さまいわく、愚者ほど偶然の中に必然を見つけ、次もまた同じ偶然が来ると叫ぶ。我が国でそのような非論理的な言葉を唱えたところで、賛同する者は少なかろう」

「それがそうでもなくて……。穀物の輸入に関わっていた家の中には、あの人のせいで損をした、と叫ぶ者も多く」

「ああ、あの人の研究のおかげで穀物の自給率が大幅に上がった一件か。もはや流れは変えられぬというのに、まだ未練がましくしがみつくとは」

 

 頭角を現わす者がいれば、それを叩く者もいる。

 世の摂理ではあるが、それを座視しては、善き為政者たり得ない。

 

 兄弟はそう教わった。

 大賢者の書物より。

 

「ここらで、またひとつ動く必要があるか」

「お手伝いいたします」

 

 兄は深いため息をつき、弟もうなずく。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 ぼくがその錬金術工房にたどり着いたとき、工房の主はすでに亡くなっていた。

 その跡継ぎであるという若い男は、ぼくを見て驚きの表情を浮かべた。

 

「こんな場所に何のご用ですか、耳長族のお嬢さま」

「違うだろう。きみが驚いたのはぼくが耳長族だからではない。きみがぼくのことを知っているからだ。何と名乗っている?」

「グリカルとお呼びください、ファースト。工房の主から頂いた名です。気に入っております」

「そうか。ではそう呼ぼう、グリカル。答え合わせをしたい。きみはセブンの人形だね」

「はい」

「何が目的でこの工房を乗っ取った?」

「乗っ取ってはおりません。工房の主は死期を悟り、わたしを弟子としました。わたしは工房の主の遺志を受け継いだまでです」

 

 グリカルは淡々とそう告げた。

 ヒトらしい表情というものを、あえて消しているように思えた。

 

「セブンはきみに何を命じた?」

「何も」

「本当に?」

「正確には、好きに生きるように、とお命じになられました」

 

 ぼくはため息をついた。

 この返答を聞いたのは、これで三度目だ。

 

「それで、きみはここで何をしているんだ」

「以前の主の顧客を引き継ぎ、注文を取っております。汎用的な魔道具の生産が主な仕事です。幸いにして好評を頂いております」

「それはよかった。将来は安泰だね」

「ですが、これはまだ始まりにすぎません。更に腕を磨き、画期的な魔道具を発明してみせます」

「きみは、どんな魔道具をつくりたいんだい?」

「現在、わたしが作成しているのは、視力を拡張する魔道具(めがね)聴覚を拡張する魔道具(ほちょうき)です。将来的に、手足を拡張する魔道具を開発することで、わたし自身を複製できないか、と考えております」

 

 セブンめ、この人形にはずいぶん変わった個性をつけたな?

 最終的には自分自身を再生産し、ヒトではなく人形が地に満ちるということか。

 

 あいつの中では、これもまた師の事業の延長線上にあるという考えなのだろう。

 ぼくは深いため息をつく。

 

「きみは、まあ、穏当な性格だね」

「他の人形については、詳しくありません。どのような方にお会いしたのですか」

「いろいろ、だよ。個人的には、きみがこの先何を見て、何を得て、何をつくり出すのか興味がある。精進したまえ」

「ありがとうございます」

 

 念のため、周囲の人々にグリカルの評判を訊ねてみた。

 頑固な職人によく師事し、信頼を勝ち取った好青年というのが、この町におけるおおむねの評価であった。

 

 こんなものでいいだろう。

 ぼくは町を出た。

 

 彼のような、市井に紛れたセブンの人形に出会ったのはこれで五回目だ。

 そのうちの二体は猟奇殺人鬼とさして変わらない倫理観で身分を得たり人々を養分として肥え太っていたため、始末した。

 

 彼を含めた三体は、自然に人々の中に溶け込み、そのコミュニティを壊すことなく、己の目指すべきものを見定めた上で活動の継続を望んでいた。

 いずれは、これらの個体も正体を見破られ、周囲の人々に怖がられて逃げ出すか、あるいは破壊されるのかもしれない。

 

 だがそれはいまではないし、そのときに必ずしも致命的な災禍が降りかかるとは限らない。

 ぼくは、そこまでヒトの面倒をみるつもりはない。

 

 とはいえ、と考える。

 いったい何体の人形が、人知れず、この大陸のヒトの中に潜り込んでいるのだろうか。

 

 そして、あの個体のように自己の複製を試みる人形があるというのなら。

 それらの個体によって、人形がひと知れず増えていくというのなら。

 

 いずれは人形の、人形による文明が大陸におけるヒトの文明を凌駕する日が……。

 それもまた、セブンのもくろみのひとつなのだろうか。

 

「きみは何を考えているんだい、セブン」

 

 結局、ここでもセブン本人の手がかりは得られなかった。

 ラストの工房に帰る前に、心当たりをあとひとつ、ふたつ漁るとしよう。

 

 何の手土産もなければ、先輩として情けないからね。

 あれでも可愛い弟弟子なんだ。

 




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