絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第36話

 翌日、若さ故か見事に回復してみせたチャッケナと共に、おれたちは無事、山頂にたどり着いた。

 山登りの最中はひいひい言っていたチャッケナだが、霊草の採集地にたどり着いたとたん大喜びではしゃぎ出す。

 

 疲れを忘れた彼女が霊草の採集を始める様子を、護衛たちが微笑ましそうに眺めていた。

 彼らにチャッケナを任せても大丈夫だろう。

 

 ということで、おれはおれの研究を進めることにする。

 ちょっと下ったところに、湧き水の溜まったちいさな池を発見していたのだ。

 

 よって、池から水を汲み取ることにする。

 練習も兼ねて、クルンカにも細長いガラス製の採水管を渡し、自分で密封するところまでやらせてみた。

 

「これで、ばっちりです!」

 

 えっへんと胸を張るクルンカ。

 うんうん、最初はみんな、それで大丈夫だと思うんだ。

 

 研究室に帰ってから調べてみると、見事にコンタミ*1してるんだよ。

 そういう経験を重ねて一人前の研究者になっていくのである。

 

 と微笑ましい目で眺めていると、クルンカはジト目でおれをみあげる。

 

「ぜーったい、先生、悪いこと考えてます!」

「考えてないよ、全然考えてない」

「意地悪です! わたし、失敗してるんですよね? いまのうちにコツを教えてください!」

「あー、まあ、そうだな。まずは水を汲むとき、空気が混ざらないように……」

 

 完全に魂胆を見抜かれたので、ちょっとした注意をしたうえで、もう一本、採水管を渡す。

 するとクルンカは、ぴかぴか光った。

 

 魔法を使用したのだ。

 採水管がふわりと浮く。

 

 クルンカは魔法を器用に操って、浮いた採水管を湧き水の真ん中に浸けて水を採集、そのまま今度は密封用の栓を魔法で持ち上げて、水中で封をしてみせた。

 きっちり密閉された採水管が空中に持ちあがる。

 

「うん、これでばっちりですね!」

「ばっちりだなあ。上手い、上手い。こういうのも軍事訓練の成果なの?」

「この魔法、料理のときに便利なんですよ! 野菜とか包丁を必要になるまで持ち上げておいたり、固定したり、です」

 

 そんな料理人がいるのかなあ、と首をひねる。

 いるかもしれないが、たぶん酒場とかではやらないんじゃないかな、まわりから見たら不気味である。

 

 というか、料理のついでに器用に魔法を使って息切れしないって、やっぱりこの子、魔法を使うと光る以外は優秀なんだよなあ。

 その一点で軍事的にいらない子扱いされているんだけど……。

 

「クルンカ、よければ魔法を教えようか? 一般に使われている荷物持ち魔法よりも効率的で、でも少しだけ覚えるのが大変な魔法だ」

「え、あの、その、わたしに……ですか?」

「あー、いや、嫌ならいいんだが……」

「いえ、是非! お願いします! ただちょっと、びっくりしただけです!」

「何をびっくりすることがあるんだ?」

「だって! 先生が先生らしいことを言うの、初めて見たから……」

 

 おっと、ライン越えの発言かな?

 と一瞬思ったけど、考えてみると確かに教師らしいことは何もしてないな……。

 

 そもそもおれは研究者であって教育者としての自覚は皆無と言われたら、まあその通りだ。

 クルンカを雇ったのも、書類などで手伝いが欲しかったから、であって、本来はこうして連れ歩く気などなかった。

 

 彼女が予想以上に優秀で、フィールドワークでも足手まといにならないどころか場所によってはおれ以上に元気に歩きまわれる脚力の持ち主というのは、完全に予想外だったのだ。

 さすがは、軍人の家系というか、途中まで軍人になるべく鍛えられてきただけのことはあるというか……。

 

「だって先生、学生にものを教えるのが嫌だから教鞭手当とか全部返上してるんですよね?」

「あーいや、それは、まだ身につけるちからもない学生に教え込むのが苦手なんであって、やる気も能力もある奴に教えるのはやぶさかじゃないんだが……」

「姫さま、もし先生に御教授願えるなら……って言ってましたよ」

「彼女は、その、何というか……立場上、ご勘弁願いたいかな……」

 

 だってあの子、ぐいぐい来そうだし。

 おれ、余計なことまで言っちゃいそう。

 

 しかも彼女の場合、その余計なひとことを引き出すために策を弄しそうだし……。

 とはさすがに言えないので、そのあたりは思想上の問題としておくことにする。

 

 クルンカは、むむーっ、と考え込んだ後、まあいいかとばかりにぽんと手を打つ。

 

「とにかく、わたしが教えて貰えるなら、とっても嬉しいです! これからよろしくお願いします、先生!」

 

 満面の笑みで、そう言った。

 

「これでわたしも、先生の弟子を名乗っていいですよね!」

「弟子? あー、そうなのか?」

「だ、駄目ならいいですけど……」

「いや、たしかに弟子、になるのか? まあ、構わないか」

 

 正直、弟子ってほどいろいろ教えるかどうかは今後次第なんだけど……。

 そもそも弟子って、どこから弟子って言うんだ? 教えてくれ、ファースト。

 

 わが師には、なんかいろいろ教えて貰っていて、気づいたら弟子扱いだった気がする。

 わりと早いタイミングでファーストに引き合わされたから、いまとなってはあの方は、最初からおれのことを弟子だと思っていた可能性があるんだけど。

 

 となると、そうか……まあ、弟子、か。

 ぴょんぴょん跳んで喜んでいるクルンカを眺める。

 

 実は、弟子を相手にどうすればいいか、なんてよくわかっていないのだが……。

 それはそれとして、彼女に教えられることはたくさんある気がするのだ。

 

 まあ、彼女自身が嫌がらない限り、師から教わったことをぼちぼち仕込んでいくとしよう。

 かくして、思いもよらぬタイミングで、おれに初めての弟子ができたのである。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 帰りの馬車の中で、チャッケナはほくほく顔だった。

 目的の霊草を、予想よりだいぶたっぷりと採集できたとのことである。

 

 あそこがわりと行きやすい場所なのに霊草が全滅していないのは、単純に、その霊草を使った薬に有用なものが少ないからだ。

 しかし研究者であるチャッケナにとって、くだんの霊草はたいへんに価値のあるものなのであると。

 

 たいていの者にとって無価値なものでも、誰かにとっては千の金貨と引き換えにしてでも手に入れたいもの、ということなどざらにあるものだ。

 そう、たとえばおれの弟子なんて誰にとっても無価値であるはずなのに、クルンカがなぜかはしゃぎまわっていることとか……。

 

 とチャッケナに話したところ、どうしてか彼女は、おれを白い目で睨んだ。

 

「あなたの弟子の座は、それほど軽いものではありませんよ? 学院でも多くの学生が、弟子になることを望んでいました。しかしあなたは、弟子入りを受けつけていませんでしたし、それどころか講義のひとつも持たず、学生たちを失望させていたのですから」

「待って、初耳」

「去年から、あなたがどれほど画期的なものを開発し続けてきたと思っているのですか?」

 

 あー、それはまあ、ちょっとあるのかな。

 でも研究者として名が上がることと、その者に師事したいかどうかって別じゃないかなあ。

 

 そう反論してみた。

 チャッケナは首を横に振って、「処置なし、ですね」と呆れた声をあげる。

 

「あなたは、学院の学生たちにとって憧れのひとりなのですよ。そのこと、ゆめゆめ忘れないでくださいね」

 

 あげく、そんなことを言われてしまった。

 うーん、自覚が全然ないというか、自覚したくないというか……。

 

「もともとは先生が無自覚だから、姫さまの手配で、わたしが先生につくことになったんですよね……」

「あーそうなんだ。クルンカちゃん、身のこなし的に軍の人かと思ってたー」

 

 チャッケナは、あっけらかんとそんなことを言う。

 ひょっとしてクルンカが軍人で、おれに対して警護と監視の役目を負っていると思っていたってことか?

 

「わたしが監視役なのも、軍とつながりがあるのも間違ってはいません」

「だよねー。若いのにたいした子だなあ、この国はすごいなあって思ってたんだ」

「わたしは別にすごくないんですよ。なにせ、魔法を使うと光っちゃいますから」

 

 あはは、と寂しげに笑うクルンカ。

 以前よりは、少し前向きな笑い方になってきた気がする。

 

「ところで、先生。わたしのこの体質って、魔法を使うときに邪魔になったりしないんでしょうか」

「基本的には、ないと思っていい。光属性と相性がいい、ということが他の属性と相性が悪い、ということにはならない。そもそも七つの属性については……山を登る最中でも少し説明したと思うが、ヒトの祖先に七人の強い因子持ちがいて、それらが長年に渡り交雑した結果、遺伝子……ええと、ヒトを構成する要素がおおむね均一化したことを大賢者さまがわかりやすく示したものにすぎないんだ。……いまの説明でわかるか?」

「全然わかりません!」

「正直でよろしい。始まりに、七人のヒトの魔術師がいた。それぞれの属性の祖が彼らだ。彼らはそれぞれの部族を持っていたが、長い時を経てお互いに交流し、血を交ぜていった。結果、大賢者さまがヒトを発見したとき、ほとんどのヒトの身体の中には始まりの魔術師七人ぶんの要素が混ざり合っていた。混ざり合っていたといっても、個々人で発現するちからの強弱はあったわけで、それを大賢者さまは得意な属性、と呼んだんだ」

「今度は、ちょっとわかりました。もしかして、わたしって始まりの七人のうち、光の魔法を使った魔術師の先祖返りってことですか?」

「先祖返り、とはちょっと違うな。始まりの光の魔術師は、たぶん光の魔法しか使えなかった。だけどクルンカは七つの属性にまたがるどんな魔法だって使える。現に、野菜や包丁を宙に浮かせる魔法は一般的に星属性に分類されているよな」

「あ、はい。星がいちばん簡単だって、おばあちゃんが言ってました。あの魔法、おばあちゃんに習ったんです」

 

 クルンカは、祖母の話をするとき、優しい笑顔を見せる。

 祖母のことが大好きなのだろう。

 

 つーか祖母ってことは、あの軍人の祖父の奥さんなのかな。

 

「そもそもの話をすると、魔力とは何か、みたいなところからになるからこのへんは割愛するとして。クルンカが覚えるなら、光属性系統の似たような魔法の方が楽になる、というのは本当のところだよ。光属性に分類される魔法を使って野菜や包丁を操る方法は、帰ってから研究しよう。きっと、面白いチャレンジになる」

「先生、わたしのことなのに、とても楽しそうですね」

「そりゃあ楽しいさ。新しいことをするんだ。楽しいに決まっている!」

 

 チャッケナは小声で「これがトップ研究者の考え方かあ。見習わないとなあ」と呟いていた。

 うーん、おれのやり方はちょっと特殊だから、見習わない方がいいと思うよ。

 

「チャッケナさん、先生のやり方は見習っちゃダメです! 普通の人は死にます!」

「え、死ぬの?」

「だって、放っておくと何日でもぶっつづけで研究室に籠もっているんですよ! ご飯食べないで!」

「あ、うん、ご飯は食べた方がいいね……」

 

 即座に弟子にディスられる師匠がいるらしいね。

 まったく根も葉もない話である。

 

 いや、嘘。

 よく考えたら、根も葉も幹も枝も全部ある話だったわ……。

 

「この旅行中は、先生、ちゃんとご飯を食べてくれるからみるみる健康になったんですよ!」

「あれ、そう見える? 山登りのとき、やけに調子がいいなと思ってたんだ」

「そこはもう少し自覚してください!」

 

 チャッケナが腕組みして、うんうんとうなずいている。

 

「もしかして、クルンカちゃんを助手にしたの、姫さまのいちばんの功績なんじゃ……」

「それは正直、おれも思っていた」

 

 最近、身体が軽いんだよね。

 もしかして毎日、きちんとご飯を食べてるせいなのかなあ。

 

 

*1
コンタミネーション。不純物が混じること。採集失敗である。




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