絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第42話

 部屋の外の通路と、部屋の中の窓、その両方にあらかじめ警戒の魔法をかけておいた。

 故に、部屋と窓の両方から同時に反応があったとき、おれは迷わずソファから飛び起きて、姫さまとクルンカが眠るベッドに枕を投げつけていた。

 

 枕を投げたのは、そばにあったものが毛布と枕だけだったからだ。

 彼女たちのどちらかはそれで目を醒ますだろう、というとっさの判断である。

 

 実際には、ふたりともおれが飛び起きた瞬間に目を醒ましていた。

 軍人の両親を持つクルンカはともかく、姫さまの気配察知能力もたいしたものである。

 

 ここは宿の二階で、窓には鉄の格子がはまっていて、容易には出入りできないはずだった。

 しかし鉄の格子は小枝のように容易く折れ曲がり、侵入者はその穴を己の身体で広げて、にょろりと部屋の中に入ってきた。

 

 ヒトを丸呑みできそうなほどおおきな蛇だった。

 暗視魔法をかけたおれの視界の中で、赤く不気味に輝く複眼が、ぎょろりとおれを睨む。

 

 細く長い舌が、まるで炎のように揺れる。

 同時に、鍵がかかっていたはずの部屋の扉は音もなく開き、ふたつの人影が飛び込んできた。

 

「先生、扉の方はわたしが!」

 

 クルンカの全身が輝き、その光で飛び込んできた人影が一瞬、たじろぐ。

 向こうも当然、暗視の魔法を使っていたのだろうが……突然の過剰な光によって目潰しを喰らったような状態であった。

 

 おれは、クルンカがそう叫んだ瞬間に目をそらしている。

 クルンカはそこまで狙って身体強化の魔法を使ったのだろう。

 

 己の特性を対人戦の切り札に昇華してみせたのは、生来のセンスか、それとも軍人の子として育てられたが故の豊富な経験か。

 ベッドはどちらかというと窓の近くにあったが、蛇の魔物ではなく扉から入ってきたヒトの方を相手にするというのも、自分の得意な敵を瞬時に判断したからだ。

 

 無論、魔物の方はおれがいかようにでも始末できる、という信頼もある……と思いたい。

 クルンカは枕もとに置いてあった剣を手に、立ち止まってしまった侵入者へ飛びかかる。

 

 空中で抜剣、白刃が煌めく。

 おれは窓から長い身体をくねらせて侵入しようとした大蛇めがけ、右手の人差し指を向ける。

 

 指先から炎の矢の魔法が放たれ、それはまっすぐに伸びて、大蛇の顔を焼いた。

 しゅるしゅると音を立てて、大蛇がその身をのけぞらせる。

 

 一撃で殺すには至らないが、この部屋の中で殺傷力の高い魔法を使って万一があってはたまらない。

 はたして、大蛇は素早く身をくねらせると、入ってきた窓から撤退した。

 

 かわりに、冷たい夜風が入ってくる。

 ほぼ同時に、クルンカは雄たけびをあげて、扉からの侵入者に対して刺突を放っていた。

 

 ひとりの首に、剣が突き立てられる。

 部屋の入り口で鮮血が飛び散る。

 

 もうひとりが、そこで動く。

 襲撃が失敗したことを悟り、背を向けて逃げようとする。

 

「逃がすものかよ」

 

 おれは背を向けた相手に左手の人差し指を向けた。

 指先に雷の矢が生まれ、稲光と共に放たれた。

 

 稲妻は逃げようとする相手の背を貫き、その人物はぎゃっと声をあげてうつ伏せに倒れ伏す。

 手加減をしたから死んではいないはずだが、さて、それよりも……。

 

 窓に駆け寄り、暗視の魔法を使って外を覗く。

 暗闇の中で蠢く大蛇は、家の屋根から屋根を伝ってこの宿から離れるように移動していた。 追いかけて始末するか、少し悩むが……。

 

「魔物は、ひとまず放置を。襲撃者の片方は殺していませんね。話が聞ければ、それがもっともよろしい」

 

 姫さまの言葉で、追撃を断念する。

 雷の魔法で痺れさせた襲撃者に向き直った。

 

 クルンカは輝いたまま剣を構え、荒い息を吐きながら倒れた方を睨んでいる。

 彼女の剣は、殺した相手の血にまみれていた。

 

 喉を貫かれた相手はすでに絶命しているようだが、その顔つきはおおむねこの地の者たちと変わらない。

 どこにでもいるような中年の男で、日に焼けて浅黒い肌をしている。

 

 さて、痺れた方は、とうつぶせのその人物をひっくり返せば、二十歳かそこらの若い男で、口から血を流して絶命していた。

 これは……逃げられなくなった場合、それをトリガーとして自殺するような魔法がかかっていたのか?

 

「ご苦労でした。クルンカ、警戒を解いて結構です」

 

 魔道具のランタンに灯を灯した後、姫さまがそう宣言する。

 クルンカの全身の光が消えた。

 

 おれたちは目をぱちぱちさせて、薄暗くなった部屋で目が順応するのを待つ。

 うん、クルンカが軍人向きじゃないのって、こういうところだよなー。

 

 軍では夜間の集団戦闘なんていくらでもあるし、そのたびにこんなに輝いている兵士はいろいろと困るだろう。

 こうして少人数で行動する分には、いくらでもやりようはあるけど。

 

「彼らは魔物を使役しているように見えました」

「山の民かどうか、は顔つきじゃわかりませんね。少々、お待ちを」

 

 おれは扉を調べて、扉の鍵穴が不自然に歪んでいるのを発見した。

 その後、窓の格子がぐにゃりと歪んでいる様子を確認する。

 

 それぞれにかかった魔法を分析して……うん、やっぱりなあ。

 

「窓と扉、どちらを開けた魔法も既知の範囲ですね。大賢者さまの基礎魔法の発展形です。ちょっと独自の展開を遂げていますが」

「この国のものでしょうか」

「この手の魔法を独自に工夫する意味は、あまりないんですよね」

「では……」

「これが山の民の魔法、とは断言できませんよ。ただ、おれの知らない魔法体系が何か、関連しているみたいだとしか。いやあ、詳しく解析してみたいなあ」

「ずいぶんと嬉しそうですね」

「そりゃあ、わくわくしますよ。できれば生きていてくれて、もっといろいろな魔法を教えて欲しかった。自殺の術式も、いまから調べられるかな」

 

 死んだ男の身体に手を当て、微弱な魔力を走らせる。

 うーん、こっちは発動したと同時に術式の痕跡も消えるヤツか……マジで暗殺者向きの魔法っぽいな、じゃあ残留魔力は……。

 

「先生……」

「そういうところですよ」

 

 クルンカと姫さまが、おれの背で何か言っている。

 もうちょっと待ってね、おれはいま忙しいんだって。

 

 と――周囲が騒がしくなった。

 深夜にもかかわらず、町中に警報が響き渡っている。

 

「魔物だ! でかいぞ!」

「あっちに行った! 逃がすな!」

 

 風に乗って、そんな声が聞こえてきた。

 街路の魔法照明が点灯し、武器を持った男たちが通りを駆け抜けていく。

 

 おれたちの部屋から逃げた大蛇を、警備の者が発見したようである。

 うーん、あの魔物が逃げ切るなら、それはそれでよかったんだが……。

 

「蛇にマーキングをしましたか?」

「しましたね」

 

 姫さまの質問に対して、おれは正直に返答した。

 なんか、おれのやりくちをきっちり読んできてるな……。

 

 あの魔物が、使役者のもとまで戻ってくれるなら、こちらとしても手間が省ける。

 とはいえ、町のひとたちに発見されちゃったとなると……。

 

「騒ぎになった以上、さっさと仕留めた方がいいですね。ちょっと行ってきます。クルンカ、ここで姫さまを」

「頼まれました! お任せください、先生!」

 

 ピカピカ輝いて気合いを入れるクルンカに姫さまの護衛を任せて、おれは宿の外に飛び出した。

 今回、大蛇につけたマーカーは遠くからでも大雑把な方角を探知できるもので、大蛇が町からずっと離れた場所まで逃げることを前提としている。

 

 しかしどうやら、大蛇は町の中で逃げまわることに専念している様子で、地上からではマーカーが右を向いたり左を向いたりと安定しなかった。

 仕方がないので、脚力を強化して跳躍、壁から壁へと駆け上がり、頑丈な住宅の屋根から周囲を観察する。

 

 うん、いた。

 屋根の上では目立つからか、大蛇はその身をくねらせながら裏路地を疾走している。

 

「こうして観察すると、よくわかるな。明らかに魔物がやるような逃げ方じゃない。山の民の魔物を操る魔法っていうのは、憑依型か」

 

 魔物を操る、と言ってもさまざまな方法があり、タイプ別に分類できる。

 たとえば、南の国から学院と王都を守るために臭いの魔法で魔物をおびき出したのも、魔物を操る方法のひとつであろう。

 

 その中でも、もっとも難易度が高いと言われる魔法タイプが、魔物憑依魔法である。

 大賢者の基礎魔法には存在せず、応用魔法のひとつとして存在するもので、それでも知性が低く魔法への抵抗が低く、しかもヒトに似た生き物にのみ憑依できるという、ひどく制限のかかったシロモノであった。

 

 師、いわく。

 生き物への憑依なんて、偵察目的くらいで充分なんだ、それ以上のことはヒトの身に過ぎたるもの、と。

 

 だからこそ、あまり効率的のいい魔法としては提供しなかった、とばかりの口調であった。

 大賢者さまでも難しい魔法、ということで、それ以上の研究が進まなかった分野のひとつである。

 

 大賢者さまは絶対だから、大賢者さまのできなかったことを自分たちで努力することは無意味である。

 そんな思想の蔓延は長くこの大陸で支配的な考え方であり、だからこそ師は……。

 

 いや、いまはそんなこと、どうでもいい。

 とにかく、あのような大蛇の魔物に憑依する魔法というのは、大賢者に教え導かれたヒトには考えつかないもののひとつである、という点である。

 

 ちなみに大賢者の弟子の中にはそういう研究を目指した者もいたのだけれど、紆余曲折あって、その研究成果は発表されないままであった。

 ナインと呼ばれていたその人物の研究成果について、おれは詳しいことを知らないが……。

 

 あーそうか、一度、あいつが実践してみせた憑依操縦魔法のアレと同じだとしたら……。

 魔力視の魔法を行使する。

 

 おれの両目にちからが宿り、魔力の細い線がぼんやりと輝いて見えた。

 

「やはり、魔力の糸か」

 

 この糸の先に、憑依者がいるはずだ。

 

「魔力の痕跡を辿って、どこから憑依しているか探り出す。まさか、あいつが教えてくれた憑依型への対抗魔法が役に立つ日が来るとはね……」

 

 いまのところ、大蛇は無差別に暴れるようなことはしていない。

 なら、ここは……大本の方へ行ってみるか。

 

 おれは屋根から屋根へと飛び移り、魔力の糸を逆に辿って追いかける。

 つーかこれ、思ったより糸が短いな……?

 

 町のすぐ外……。

 いや、町の壁の内側か?

 




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