絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第44話

 五人の火事場泥棒は四肢を拘束して、一階の隅に放り出しておく。

 あとで、宿の者たちの手で衛兵に突き出して貰うとしよう。

 

 なお、火事場泥棒たちがやってくる前に、宿の一階は無人となっている。

 二階に宿泊していた他の者たちも、ふたり以外は皆、避難してしまったという。

 

 姫さまとクルンカも誘われたが、ふたりはここにいた方が安全であると言ってそれを断ったようだ。

 結果的には襲撃を受けることとなってしまったが、正しい判断である。

 

 向こうは善意かもしれない。

 しかし、避難先で暗殺者に襲われる可能性はあったし、別のトラブルに巻き込まれる可能性もあった。

 

 その場合、クルンカひとりで姫さまを守れたかどうか……。

 ふたりがおれと合流する必要もあったしなあ。

 

「先刻の襲撃者の死体は隠しておきました。あなたが検分したがるだろう、と思いまして」

「それも助かる。……まあ、知りたいことはだいたいわかっちゃったんだが」

 

 怪訝な顔をする姫さまとクルンカに、くだんの屋敷での一件を語る。

 クルンカは「町を預かる者が、なんたる不心得!」と身体をぴかぴかさせて怒った。

 

 姫さまは冷静に「では、この者たちは隷族、ということですか」と死体の身体を見下ろす。

 

「山の民の内情について、重要な情報ですね」

「ああ。こいつらが魔物を操って来なかったことを鑑みるに、隷族は魔物を操る魔法を使えないんだろう」

「純血の一族とそれ以外、ということでしょうか」

「女を攫う、という話が本当なら、まあ、そういうことなんだろうな」

 

 山間でそうたいした人口を維持できるとは思えない。

 なのに女を攫って人口を増やそうとするということは、もはや隷族を用いなければ立ち行かなくなっている可能性が高い。

 

 純血の山の民の数はかなり少ないのだろう。

 にもかかわらず、彼らが山での厳しい闘争を生き残るには、純血の山の民だけが持つ魔法が必要なのだ。

 

 どう考えても詰んでるんだよな。

 山の中にしか強い魔物がいない、というこの地方特有の事情も、これに拍車をかけていると思われた。

 

 山の民を山の民たらしめているもの、その象徴たる魔物を操る魔法がちからを発揮するには、彼らが山の中に住んでいる必要がある。

 

「わたくしの不勉強を晒しますが、ある血統でのみ使える魔法、というのは存在し得るのですか」

「可能性としては、あり得る。おれたちは大賢者さまのご用意された基礎魔法をまず習得する関係上、あまり考慮しない概念なんだが……」

 

 おれは姫さまとクルンカに、簡単な講義をした。

 おれたちには七つの魔術師の始祖の血が入り混じっていること。

 

 しかし山の民の魔術師の血は、そのどれにも当てはまらない八つ目であること。

 そしてその八つ目の血が、他の血を混ぜることで何らかの変化を起こしてしまうのではないかという仮説である。

 

「これは大賢者さまの、とある書物にもある言葉なんだが……。本来、たった七つの魔術師の血だけが発生した、というのは考え難い。結果的に七つの血だけが残った、と考えるべきではないか、と」

「血には強い血と弱い血があり、強い七つの血だけが残った結果がわたくしたちである、ということですか」

「これについては大賢者さまも、仮説の域を出ていないような書きぶりだったな。だから世間には広まっていないんだろうが」

 

 師は、わりとそのへん慎重だったのだ。

 自分の発言の重要性を知っていた、ということである。

 

 ちなみにこの血統仮説について、本人は「そのあたりを深く調べるには、我々はまだ機材も知識も足りないものだらけだ」と言っていた。

 だから、まあ、この話はこれで終わりなのだ。

 

「山の民の特徴、というのがよくわからないが、この死体を見る限り、普通のこの地の人々とあまり変わらないように見えるな」

 

 おれは死体のチェックをしながら呟く。

 あの屋敷の男を何としても確保するべきだっただろうか。

 

 いや、だがあの男を殺したところで大蛇がおとなしくなるとも思えなかった。

 一般的に言って、魔物を支配する魔法から解き放たれたとき、魔物は怒り狂っていっそう大暴れするものなのである。

 

 町の被害はいま以上となっただろう。

 あの男は、いまごろさっさと町を出ているだろうか。

 

「やはり、武器以外は何も持っていないな。刺青のようなものもナシ、か。身体にはいくつも傷がある。武器の訓練をしっかりやった者の手だ。足の肉づきも、山を歩きなれた者のそれ。うん、たいした手がかりはなし、か」

「山を歩き慣れている、というのは貴重な情報に思えますが」

「あー、この地の民は、あまり山歩きしないんだけっか。このあたりの平原もあまりでこぼこしていないよな」

 

 ひととおり調べた後、襲撃者の死体は残して宿を離れる。

 すでに、空が白ばみ始めていた。

 

 ここでやるべきことは終わりだ。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 早朝、おれは姫さまとクルンカと共に町を出て、北へ向かった。

 一帯を治める領主が現在逗留しているという砦に向かうこと、半日。

 

 なにごともなく砦にたどり着いたおれたちは、衛兵に案内されてスムーズに砦の内部に案内された。

 宿に来た女からおれたちの存在は知らされていたようだ。

 

 姫さまは、そのまま領主との会談に臨んだ。

 姫さまの護衛はクルンカひとりである。

 

 いや、だっておれ、そんな政治的な話を聞きたくないし……と全力で逃げたのである。

 腰抜けとでも何とでも言え。

 

 で、姫さまが会談している間、おれはひとりになれると思ったのだが……。

 先日、宿に来た女が砦にいて、彼女がおれの監視役として残ることとなった。

 

「よろしいですか、この男から目を離してはいけませんよ」

 

 女は、姫さまからそう命じられている。

 このひと、姫さまの従者じゃないんだよ? そんな風に命令して大丈夫?

 

「これは、あくまでも忠告ですので」

「貴重なご助言、ありがとうございます」

 

 なぜかクルンカまで、うんうんとうなずいている。

 おーい、弟子、弟子ーっ!

 

 まるで、おれが少しでも目を離したらロクなことをしないと考えているみたいだな……?

 さすがに、ピリピリした砦の中で余計なことはしないよ、安心したまえ。

 

 というわけで、その女を連れてあちこち見てまわる。

 怪我の治療はされたものの武器や鎧が破損したままの兵士たちが、打ちひしがれた様子でぼんやりしていたりする。

 

「ちょっと話をしていいかい」

 

 おれはそのうちのひとり、折れた剣を両手で握ったまま、ぼんやりとそれを掲げている男に声をかけた。

 男は空虚な瞳でおれを見つめた後、「ああ」とちからなくうなずく。

 

「山の民が率いる魔物と戦ったのか」

「そうだ。手も足も出なかった。この剣は同僚のものなんだ。あいつはでかい魔物に勇敢に挑みかかった。だがこの刃は硬い皮膚に跳ね返されて……ぽっきりと、折れちまった。同僚はそのまま魔物に踏みつぶされた。部隊の大半も同じだ」

「でかいヤツに正面から……それは上の命令か」

「ああ、そうだ。……くそったれ、命令を下した隊長が真っ先に轢き殺されたよ」

 

 なるほどなあ、対策もせずに大型の魔物の正面に立って突っ込んだら、そりゃそうもなる。

 いや、いくらなんでも魔物相手の経験がなさすぎない?

 

 と詳しいところを聞いてみたところ、男はこのあたりの者だが、周辺で見る魔物は、せいぜいがヒトの背丈と同じくらいまでだったとのこと。

 そういう魔物を相手にした訓練は充分に積んでいたから、大丈夫だと思ったらしい。

 

「騎兵を相手にするのと同じで、突進してくる敵の横に避けて脇腹を狙う。これで絶対に勝てる。真っ先に死んだ隊長は、そう言っていたよ」

「それは熟練の狩人でも難しいなあ」

 

 特別な肉体強化魔法を使っているならともかく、汎用的なヤツだと機動力が足りない。

 大型の魔物は、それだけ横幅がある。

 

「騎兵相手なら、これで何とでもなったんだ」

「それは、そう」

 

 騎兵に対するこの戦法は、相手が少数でこちらが腕利きであれば、という前提でわりと汎用性が高い戦法だったりする。

 馬よりも肉体強化魔法を使ったヒトの方が強いからね。

 

 もっとも、馬はロクに魔法が使えない民でも扱えるし、そのあたりは各国の事情次第といったところだ。

 集団運用した場合の効率、というのもあるし……。

 

 魔物が相手の場合は話が違ってくる。

 特に相手が大型の場合、かろうじて横にまわっても、この男が言った通り、剣が分厚い皮膚や鱗に弾かれる。

 

 特別な加工をした槍とかがあれば別なんだけど……。

 それ一本で貴族の豪邸が買えるくらいの金がかかるだろうから、一般の兵が使うのは現実的ではない。

 

「きみのその折れた剣、剣先の方は?」

「拾ってある。……これだ」

「ちょっとそれ、預けて貰っていいかな」

 

 おれは刃が折れた剣を借りて、ちょいちょい、と修復してみせる。

 

「ついでに、ちょっと強化しておいた。双牙大象の皮膚は無理だが、大蛇の鱗くらいは貫けるだろう」

 

 まあ、その大蛇は一匹、おれが始末したけどね。

 他にも大蛇がいるかどうか、それは知らない。

 

 兵士は驚いた顔で、修復された剣とおれを見つめた後、他の者たちを集めた。

 たちまち、おれは「異国から来た凄腕の鍛冶」として大人気となる。

 

 とはいえ、砦で先の戦いを生き残った兵は十人もいないわけで、彼らの武器と防具の修理、それからちょっぴりの強化程度はたいした時間もかけずに終わった。

 その様子をじっと見ていた見張りの女が、「なるほど、姫さまのおっしゃっていたのは、こういう……」と何やら納得したような顔をしている。

 

 何だよ、そっちにとってはいいことしかしてないだろ?

 

「わたしからは、何とも。姫さまにはきちんとご報告いたします」

「あ、待って、報告とかはやめよう。きみたちの利益になる行為じゃないか」

「わたしからは、何とも」

 

 木で鼻をくくったような対応、まことに遺憾である。

 仕方がないので砦のあちこちを散歩しながら、時間を潰した。

 

 その日は遅くまで会談が続き、砦に泊まることとなる。

 

 夜。

 姫さまから、会談の内容のうち共有しておくべきことだけ聞いた。

 

「明日か明後日には、わたしたちが後にした町を山の民が襲うでしょう。ご領主さまは、町の者たちを救うために部隊を動かすことを決断なされました」

「どうやったかは聞きませんが、よく先方の計画を変えられましたね」

「わたくしは、手持ちの情報を適切な順番に開示しただけです」

 

 おれはそばできょとんとしているクルンカを見た。

 クルンカは「わたし、ぜんぜんわかりませんでした!」と元気に告げた。

 

 うん、別におれたちがわかる必要なんてないよな……。

 姫さまがこういうのに長けているのは、わかっていたことだし。

 

「あ、先生! わたしでもひとつだけわかったことがあります! あの町で山の民と通じていた貴族さんを、絶対許さんってご領主さまが怒ってました!」

「ああ……そりゃ許せないよなあ」

 

 




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