絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第45話

「この地の領主は、裏切りの決定的な証拠を握るため、お抱えの密偵を町に送りました」

 

 と姫さまは言う。

 

「証拠が暴かれれば、町の者たちは義憤に駆られるでしょう。後は……」

「ああ、この地の領主の失敗を全部その貴族に押しつけて、町の内外で呼応して山の民を追い詰めるってことか」

 

 なるほどね、いま大ピンチなこの地の領主であるが、これまでの損を上まわる得があるなら、一転攻勢もアリってわけだ。

 王都からの軍勢を待っていたら、周辺をどれだけ荒らされるかわかったものじゃない。

 

 たとえ勝てなくても、政敵を排除できて山の民の侵攻が鈍るなら、最低限の利益は出る。

 大型の魔物相手の対策がないと、だいぶ手勢を失うリスクの高い作戦になるわけだけど……。

 

「山の民が使役する大型の魔物については、あなたのおっしゃっていた魔物を操る魔法の特徴を伝え、それをもとに打開策を模索するよう要請いたしました」

「あの程度の情報で何とかなるならいいんですがね」

「彼らとて、考える頭があります。同じ失敗は二度としないでしょう」

 

 そう願いたい。

 あんなでかい魔物を相手に正面から突撃とか、ほんともう何を考えていたんだろうね……。

 

 双牙大象に限らず大型の魔物は、各地に棲息し、ヒトの生存域を脅かしている。

 特に森で狩人たちが双牙大象と戦う場合のノウハウは大陸でも広く共有されていた。

 

 そう、森で、なんだよね。

 だだっぴろい平原で戦うノウハウは、なにせこの魔物が平原に出てこないため、あまり知見が集まっていない。

 

 それでも、真正面から戦うなんて愚策中の愚策と、少しでも情報を集めていればわかるわけだ。

 だから情報の共有って重要なんですよね。

 

 おれにも、ちょっとこの地で集まったそのあたりの情報を開示してくれませんかね……。

 

「先生、何で笑ってるんですか……?」

「いや、うん、何でもないんだ、クルンカ」

「わたくしにはだいだい腹の中が読めておりますが、クルンカ、気にしない方が精神衛生上よろしいかと」

 

 まあまあ姫さま、そんなつれないことは言わず、ちょっとこっちの研究者との出会いをセッティングしてくれませんかね……。

 ちょっとだけ、ちょっとだけだから。

 

「時と場合、というものをお考えください。一連の問題が解決した後であれば、時間を取ることもできましょう」

「なるほど、解決した後なら……」

「わあ、これってわたし、知ってます! 馬の前にニンジンを吊るす、ってやつですね!」

 

 はっはっは、クルンカ、なかなか言うじゃないか。

 

「わかっていてもニンジンに吊られるのが研究者というものなのだよ」

「そうなんですね!」

「そうなんだよ」

「わたくしはいま、どう返事をするのがクルンカの今後のためにもっともよろしいのか、考えあぐねております」

 

 姫さまが本気で悩んでしまった。

 えー、おれは悪くない……よ?

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 今回、砦から出す軍人は合計で三十人、いずれも精鋭だ。

 これに周囲の町や村からこれまでに集まった兵士五十人がついていく。

 

 領主としては、時間をかけて三百人から五百人は集めたかったようである。

 だがどうせ大型の魔物の相手をできるのは職業軍人だけで、寄せ集めの兵は向かっていっても殺されるだけだ。

 

 そして、この戦い。

 山の民の操る大型の魔物たちを何とかしなければ、勝機はない。

 

 報告によれば、山の民が操る魔物のうち大型は五体で、そのうち一体は大蛇であったというから、それはすでにおれが倒している。

 残るは四体で、もっとも厄介な双牙大象は二体。

 

 強靭な皮膚と高い魔力耐性を持つこいつが突進するだけで、誰も手が出せなくなる。

 無論、既知の魔物であれば当然、対策も立てられているものだ。

 

 姫さまを通じて、この地のご領主さまが立てた作戦を教えて貰う。

 うん、なかなかいい感じな気がするな……。

 

 今回は町の方に内通者がいて、かつその内通者を事前に拘束できるという前提の作戦を立てられているのがおおきい。

 つまり、内通者が山の民に、「ここの部分の守りを薄くしたから、ここに双牙大象を突撃させるといいよ」と伝えさせて、そこに罠を張るというわけだ。

 

 たいていの罠なら強引に食い破ってしまうだろうが、これなら……。

 うん、ただちょっと気になる部分もあるなあ。

 

「姫さま、ちょっとこことここ、作戦を修正できませんかね」

「わたくしに言わないでください」

「姫さまを通じて献策するのが早道かなーと」

「まったく、とことん、人使いの荒い……」

 

 時間が充分にあるなら別の方法も考えるんだけどね。

 ちょっとした裏道で、顔見知りになった兵の命が救われるなら、まあそりゃ姫さまだってこき使うさ。

 

 はたして姫さまは、深い深いため息をついた後、「詳しく話しなさい」と言った。

 いつもすまないねえ。

 

 しばしののち、姫さまを通した献策は無事、ご領主さまに認められることとなる。

 まあ、献策というか、おれが突貫でいくつか魔道具をつくって、それを使って貰うだけなんだけどね。

 

 その材料として砦の資材を使う必要があるから、どうしてもご領主さまの許可が必要だったのだ。

 

「しかし、いまからとなると、間に合うのですか」

「なーに、徹夜でやれば大丈夫。こういうのは慣れてますからね。クルンカ、手伝ってくれるか」

「もちろんです、先生!」

 

 というわけで、工房を借りて、おれは魔道具の制作にいそしむこととなった。

 つくる魔道具は簡単なのだが、とにかく時間との戦いとなる。

 

 クルンカと共に、ひたすらに、夜を徹して作業を続け……。

 朝日が昇り、兵が出発するころには、こちらの準備も整っていた。

 

 何とか、すべての兵に装備を提供することができる。

 おれが提供した魔道具をかついで、総勢百人弱の部隊が砦の大門を出ていく。

 

 その様子を眺めながら、おれとクルンカは揃っておおきなあくびをした。

 前日には夜襲もあったから、二日連続でほぼ徹夜だもんなあ。

 

 さすがに疲れた。

 

「どうか、おふたりともゆっくりお休みください。わたくしもあなた方のそばにいて、じっとしておりますから」

 

 護衛される側が動かないでいてくれるのが、護衛にとってはいちばん楽なこと。

 姫さまは、そのことをよく知っているのだろう。

 

「わかりました、すぐに寝ます。姫さまもお休みください」

 

 おれとクルンカが魔道具の制作にいそしむ間、彼女はこの地の領主やその下にいる事務方とあれこれ調整していた様子であった。

 おかげで、おれとクルンカは誰にも何も言われず、制作だけに打ち込むことができたのだ。

 

「さすがに、ひと眠りするまでは好き勝手しませんから」

「常に好き勝手しないでいただきたい」

 

 おれは曖昧に笑った。

 

「母があなたのことを語るとき、いつも微妙な顔になっていたこと、いまならよくわかります」

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 ひと眠りした後。

 くだんの町に山の民の部隊が近づいてくる、という連絡が入った。

 

 おれはひとり、町の外から戦いを観察することを決めた。

 今回、姫さまとクルンカは砦に置いてきている。

 

 本格的な激突を観察するには相応に身を隠す必要があり、それにはおれひとりの方が都合がいい、とふたりを説得したのである。

 今回ばかりは、クルンカの身体上の特性も邪魔であるから、思ったよりずっと簡単に説得に応じてくれた。

 

「どうか、よしなに」

 

 姫さまは、ただそれだけ言って、おれを見送ってくれた。

 

「先生、どうか気をつけてくださいね!」

 

 クルンカも、心配そうに手を振ってくれる。

 毎回、これくらい素直なふたりだと嬉しいんだけどなあ。

 

 本当に素直だったら、そもそもこの国までついてこないという点については置いておくとして。

 彼女たちも、この場が本当に危険だと認識しているからこそ、おれの単独行動を許したのだろう。

 

 時刻は、朝方。

 山の民は、上ったばかりの朝日を背にして、二体の双牙大象を先頭とし、地平線の彼方からゆっくりと姿を現す。

 

 事前の情報通り、二十前後のヒトと、それとほぼ同数の魔物。

 ただし、大型は双牙大象を含めて四体だけだ。

 

 西には壁に囲まれた町がある。

 壁の上には、数十人の男たちが、そのときをいまかいまかと待ち構えていた。

 

 今回、町の外には部隊を展開させず、完全な籠城戦の構えである。

 おれのアドバイスがなくても、双牙大象を相手に平原での戦いがいかに無意味かは、先日の戦いでよく理解させられているのだから。

 

 山の民の部隊が立ち止まる。

 先頭の双牙大象と壁との距離が、ヒトの足でおよそ千歩ほどの地点だ。

 

 山の民が大声で何か叫び、部隊の者たちが呼応した。

 双牙大象がゆっくりと前脚を踏み出す。

 

 一歩、また一歩、そしてもう一歩。

 次第に加速していく。

 

 巨大な牙が突き出た頭を前のめりにして、その圧倒的な突進力でヒトの叡智を破砕するべく、勢いを増していく。

 単純だが、非常に厄介で対応に困る、質量の暴力。

 

 彼我の距離が、みるみる縮まる。

 

 




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