絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~) 作:星野純三
突進する双牙大象が町を囲む壁に衝突する――その寸前。
壁が、ぱっと消えた。
壁の上に立っていた男たちの姿もまた、空気に溶けるように消えた。
幻だったのだ。
本物の壁の少し手前に、魔法で幻の壁を築いていたのである。
そして幻の壁と本物の壁の間には、あらかじめ落とし穴を掘ってあった。
町中まるごとを穴で囲むことは難しいが、幸いにしてこの町を預かる男は敵に内通していて、壁の弱点を教えていた。
ならば、その情報を流してもらった後、その弱点の周囲だけに罠を張ればいいわけである。
もちろん内通者は情報の流出を確認した後に拘束し、こちらの本当の作戦は伝わらないようにした上で、である。
今回は、敵の手が非常に読みやすかったからこそできた作戦だ。
森で用いられる双牙大象用の作戦を応用し、虚実を交えて罠を張る。
おれが提案したのは、基本、そんな作戦であった。
この地の領主も、大型の魔物を対策する充分な時間と情報があれば、同じようなことを考えたに違いなかった。
幻の壁の魔法はおれが使ったわけではなく、領主に仕える魔術師の手によるものだ。
上にいる兵士たちの動きも精巧ないい出来だったので、あとで魔法談義をしたいところである。
ちなみに、おれとクルンカが夜なべして量産した魔道具とは、ただ効率的に地面を掘り返すことができるだけの強化がほどこされたスコップだ。
これがないと、巨大な魔物を落とすだけの穴を短期間で掘ることはできないだろうと考えた。
この国にだって土木作業用の魔道具はあるだろうから、余計なお世話かもしれないと思ったが……。
姫さまによるとけっこう感謝されたらしいので、まあ、作った甲斐はあったというものだ。
そのうえで、さらにひと工夫する。
ただ穴に落とすだけでは、双牙大象ほどの魔物は倒せないからだ。
はたして二体の双牙大象は、勢いが止まらず、そのまま頭から穴に落ちた。
穴、といってもヒトの身の丈より少し高いくらいのもので、時間をかければ這い上がれるだろう。
魔道具のスコップをもってしても、それ以上のものをつくるには、さすがに時間が足りなかったのだ。
なにせ二体の双牙大象を穴に落とすためには、場所を限定したとしても広い範囲で穴を掘る必要があったのだから。
魔物は頑丈だ。
少し穴に落ちたくらいで脚が折れたりしないし、すぐに対応してくるに違いない。
だから、穴の底に油を敷いて貰ったんですね。
「いけ、たっぷりとぶちこんでやれ!」
隊長の合図により、本物の壁の上に陣取った兵たちから火矢が放たれる。
弧を描いて穴の中に落下した矢から油に火が移り、双牙大象の足もとがたちまち燃え上がった。
魔物の絶叫があがる。
巨大な魔物は、激しくその身を悶えさせた。
そりゃ、そうだ。
どれだけ硬い皮膚であっても、熱は皮膚の中の肉を焼いていくのだから。
乾燥した森で野火が広がり、それによって魔物たちが焼け出されて人里を襲うというのは、ままあることなのである。
故に狩人や冒険者は、多くの魔物に火が有効なことをよく知っていた。
森の中では、延焼が怖いから、滅多に火攻めなんてやらないんだけどね。
この場では、非常に有効である。
「はっはっは、燃えろ、燃えろ!」
なんかテンションがあがってしまったみたいで、壁の上の兵士が両手をおおきく広げ、大声で叫んでいる。
彼は同僚が双牙大象に踏みつぶされた、って言ってた人か。
………。
まあ、これで双牙大象の方は、何とかなるだろう。
あとはそれ以外の魔物と、そして山の民たちの対処だ。
壁から千歩ほどの位置で立ち止まったままの山の民たちが、少し慌てた様子で戸惑っている。
他の魔物たちは、山の民たちを置いてきぼりにして、町を囲む壁を何とか乗り越えようとしていた。
あーこれ、やっぱりあそこにいる山の民は隷族だな。
純血の山の民はどこかに隠れているわけか。
さて――どこかな、と己の目に魔法をかけ、魔物たちから繋がる魔力の糸を確認する。
うん、二十も魔力の糸があると、繋がる先は明白だなあ。
町から少し離れた丘――あそこの裏側だ。
おれは懐から木彫りの鳩の模型を取り出し、これに魔法を行使する。
一時的に、カラクリに意識を移す魔法だ。
木彫りの鳩が生き物のように動き出し、宙に舞い上がる。
おれの意識は鳩の目に移り、上空を旋回しながら眼下の平原の光景を眺めることができた。
この魔法、大賢者の弟子のひとりが、魔物を操る魔法の応用でつくり上げたものである。
というかセブンなんだけど。
セブンのヤツ、人のつくった魔法を勝手に改変して応用するのが本当に得意なんだよ。
で、この魔法、この木彫りの鳩のように最初から操る用の魔道具としてつくる必要はあるものの、生き物を使うより無機物を使う方が応用が利くんだよなあ、となった。
まあ、あくまで偵察なんかに使うときなら、ね。
戦闘に魔物を使う、というアイデアは、大賢者の弟子たちの間ではいまひとつウケが良くなかったし。
我らが師が、生き物を自由に操るというアイデアはヒトを操り人形にすることに繋がるからと難色を示したのがひとつ。
そしてもうひとつは、魔物ごとの個体差や生き物を飼育するという観点から考えて再現性が低いから、というのがもうひとつ。
もっとぶっちゃけた話、おれも含めたあいつらみんな、およそ生き物を飼育するのに向いた性格ではなかった。
餌やりとか忘れて研究に集中していた、なんてことがしょっちゅうだったのである。
わりとそういうところだけは真面目なファーストが、皆を叱りつつも律儀に彼らの使い魔の餌やりをしていた。
そうしたら使い魔たちがみんなファーストに懐いちゃって……みたいなこともあったりしたのであるが……。
盛大に話が脇にそれた。
上空から、くだんの丘の裏側を覗く。
二十人と少しの山の民たちが、瞑想するようにじっと座り込んでいた。
その周囲に、歩哨らしき隷族が四人、それから熊みたいなサイズの大狼の魔物が二体。
山の民のうちふたりが、地面を転げまわって悲鳴をあげている。
あー、予想はしていたけど、やっぱりこの魔物を操る魔法、憑依型の弱点である感覚共有でフィードバックも来ちゃうのね。
このへんの明確な弱点がなあ、戦争に投入するには厳しいんだよなあ。
さて、こいつらをどうするか。
いくつか知りたいこと、聞きたいことはあるのだが……。
あ、よく観察してみたら、魔物を操る魔法を行使中とおぼしき全員が、拳大の黒い鉱石を握っている。
近づいてしっかり観察しないと確定できないが、ほぼ間違いなくクルカニウム鉱石だろう。
彼らはクルカニウム鉱石を補助具として、魔物に憑依しているのだ。
魔物を操る魔法、と聞いたときから、あれ燃費がなあと思っていたので、その解決策としてのクルカニウム鉱石の利用は想定内だった。
クルカニウム鉱石が彼らにとっての最重要の情報の一部だからこそ、山の外に流出したクルカニウム鉱石の回収に血眼になっていたのだろう。
ひょっとしたら、彼らにとっての伝統とか宗教とか、そういうものに使う祭具の一部であるのかもしれない。
だからって、無理に隠蔽とかしても無意味なのにね。
一度広がった実験データを回収することなんて、学院全体を灰にでもしないと不可能なのだから。
いや、それですら無理かも。
だってクルカニウムに関しては王宮と軍がめちゃくちゃ興味を示したデータだから……。
もう基礎データはあっちこっちにばらまかれていたりする。
うん、山の民にとって、学院という存在がそもそも未知のものなのかもしれない。
彼らの生活様式からは生まれない、考えられない存在なのかもしれない。
だから、迂闊な動きをしてしまった。
結果、おれを始めとした一部の者たちが動いた。
向こうも、まさかクルカニウム鉱石の研究者が自ら乗り込んで来るとは思っても見なかったに違いない。
だから即物的な、敵地の伝手を頼った暗殺などという手段に頼ってしまう。
結果として、馬脚を晒してしまった。
もうこれ以上なく、彼らの協力者もあぶり出されてしまった。
領主側はその情報を逆利用して、いま切り札の双牙大象たちを追い詰めている。
山の民からすれば、急転直下、どうしてこうなったかまったくわからないに違いない。
おれは高度を落とす。
木彫りの鳥が、風に乗って漂ってきた彼らの声を拾う。
「どうする、一時撤退か」
「馬鹿を言うな、これしきのこと、まだ我らには戦力がある。町のひとつも落とせぬようでは、我らに山の民を名乗る資格などない!」
「先日は
おーおー、慌てている、慌てている。
この前も思ったけど、魔物に憑依しながら会話できるの、器用だなあ。
さて、ここからどうするか、だ。
おれとしては、クルカニウム鉱石の独占だけやめてくれれば、後はご勝手にという感じなんだが……。
どうやら、そのクルカニウム鉱石こそが、彼らの活動の中心……というか信仰みたいなものになっている様子である。
信仰……厄介だなあ。
師の言葉を思い出す。
この三百年間で、無数の迷信、無意味な風習といったものを打ち砕き、ヒトに知識と見識を積み重ねることを要求し続けてきた、あの方の言葉を。
「我々の行いを神が見ている。そう信じることで、ヒトは常に規律と規範を持って生きることができる。そういう考え方もある。下々まで、全てのヒトに規範を持たせるなら、それはある程度、必要なことだと考えられるのだ」
あの方の言葉は、正しかった。
あの方がいなくなったとたん、各国は争って、あの方の定めた規律と規範から逸脱して行った。
あの方の監視が無くなったいま、何をしても咎められることはないと理解したいま、どうしてより自分たちの利になる行為をためらう必要があるだろうか。
南の国の侵略も、そういった人々の思想の変化の潮流、そのおおきな流れの中にあるものである。
まあ、つまるところ。
信仰は、強いのだ。
容易く人々を縛ることができる、便利な思考の枷。
集団を集団たらしめることができる、核となる思想。
それは外の者からは、時にひどく馬鹿げているように見えるし、理解し難い行動となって現れることも多い。
信仰の対象となるものについて外から手をつけようとするなら、それは尚更となる。
そんな、ひどく厄介なものがクルカニウム鉱石となると……。
うーん、ちょっとこれは、穏便に行くのが難しそうだなあ。
「とりあえず、ここの奴らはある程度叩かなきゃいけないか」
山の民も、武力で優勢なうちは交渉に応じてくれたりしないだろう。
手っ取り早く全員殺す、みたいな手段は……できれば取りたくない。
だからといって、一泊とはいえ世話になった町の人々が殺されるのを眺めているのもしのびない。
姫さまとしても、この国の治安が悪化することは望ましくないようだしね。
なので、ひとまずほどほどに勝つことにする。
問題はその方法なのだけど……。
先日、使った雲の魔法は、アレって嗅覚に鋭い魔物などがそばにいると、微細な変化を嗅ぎ取っちゃうんだよなあ。
憑依型が魔物の五感まで同期するかどうかはわからないが、少なくとも痛覚は同期しているようなので油断はできない。
そもそも、おれひとりのちからで勝ったところで、こいつらは考えを変えない気がするんだよな……。
上手く、この国の人々のちからで勝った、と相手に思わせなければならない。
そうじゃないと、クルカニウム鉱石の安定供給など夢また夢である。
おれ個人が研究するだけなら、無理矢理にこいつらからクルカニウム鉱石を奪う、とかでもいいんだけどね。
それじゃ、学院全体でのクルカニウム研究の発展は望めない。
メイス教授を始めとした我が盟友たちも不本意な展開だ。
というわけで、木彫り鳥を丘の方面から撤退させる。
改めて、町の状況を俯瞰的に眺めることにした。
町を巡る戦いは、未だ続いていて……。
双牙大象たちは大怪我を負ったものの、かろうじて穴から脱出し、後退していた。
町を守る兵たちは双牙大象を追撃する余裕もなく、ひたすらに他の魔物たちの迎撃を続けている。
幸いにして、まだ町を囲む壁は破られていない。
一進一退の攻防……と言えば聞こえがいいが、実際のところ双牙大象が態勢を整え直して、また突進してきたらマズい。
そうなる前にこの大物を仕留めたかった、というのが防衛側の本音であろうが、他の魔物たちが上手く連係し、それを許さなかった。
山の民たちの練度もなかなかのもの、ということだ。
おそらく、山中における他の民との闘争の中で磨かれたものだろう。
で、そんな中でも、隷族の二十人は、撤退する双牙大象のもとに集まり、傷ついたこの魔物たちに魔法をかけていた。
治療魔法だ。
しかも、大賢者さまのご用意された基礎魔法である。
なるほどねー、やはり、彼らは大賢者さまのご用意された基礎魔法を使えるのだ。
おれたちを暗殺してきた時に見せたような、独自に用意した魔法もあるんだろうけど。
ここだな。
木彫り鳥が、おれの懐に戻る。
魔法を切ると、おれの意識がもとの身体に戻る。
おれは身を隠しながら素早く移動し、彼らになるべく接近した後――。
うん、こっちには狼の魔物がいない。
彼らの注意は双牙大象に向いていて、双牙大象という魔物は五感がさほど強くない。
よっておれは薬瓶を開け、雲の魔法を行使した。
双牙大象の治療をしていた隷族たちは、麻痺の雲によってばたばたと倒れていく。
ヨシ!
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