絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~) 作:星野純三
双牙大象の治療をしていた二十人の隷族たちが、ばたばたと倒れていく。
おれが広範囲にばらまいた麻痺の雲によるものだ。
幸い、今日はさほど風がなかった。
加えて隷族たちには、鼻が利く魔物の護衛がついていなかった。
隷族など使い捨ての下層民だと考えたのだろうか。
彼らの守りをおろそかにしたのは、明らかに山の民のミスである。
さてはこいつら、まともな魔術師とやりあった経験が少ないな?
彼らはこれまで、山の中で虎獣人や熊亜人と争ってきたのだから、無理もないが……。
純粋な身体能力の高さで生存競争を勝ち残ってきた連中を相手にするのと、魔法をからめた狡猾さで領土を獲得してきたヒトを相手にするのでは、勝手が違って当然なのだ。
この地の領主も、もっと余裕があって時間をかけた対策を打てれば、いくらでもやりようがあったはずだしね。
雲の魔法はともかくとして、搦め手になりそうな魔法は、いわゆる大賢者さまのご用意された基礎魔法にもいくつか存在する。
それらを用いた戦法への対策も、当然のようにあちこちで研究されていた。
で……自分たちを治療していた奴らが全員倒れ伏したため、双牙大象がのっそりと起き上がる。
あの丘の陰で双牙大象を操っている山の民が、ようやく隷族たちの身に起きた異変に気づいたのだ。
双牙大象が首を左右に振って、隷族を倒した敵の姿を探している。
そんなことをしても、気配を消して草むらに隠れているおれには気づけないって。
これで双牙大象の傷を癒す者はいなくなった。
あとは負傷したままのこの魔物たちを、山の民がどう運用するか、なのだが……。
双牙大象が町に向かって、よろめきながらもゆっくりと歩み始めた。
己の切り札を使い潰してでも町を攻略する気か。
正直、ここは損切りして撤退した方がいいと思うんだけどなあ。
それが賢い指揮官というものだし、そうしてくれるとこちらとしても楽なんだけど。
ここまで綺麗に罠にはまった以上、町にいる内通者は処分されていると向こうも考えているはず。
それでも、町の攻略にこだわるのか。
あの程度の人数じゃ、手に入れた町の維持すら難しいはずだ。
町を占拠した後、治安の維持に内通者側の手勢を使う前提の作戦だったんじゃないかな。
でなければ、本当に略奪だけして町を捨てるか。
大型の魔物を犠牲にしてまで奪うほどの財貨は、あの町にはないはずだけど。
面子とかそのへんまで考慮したら、また違う結論に達するのかなあ。
無論、世の中は理屈と正論だけで動かないことも知ってはいるけど……。
まあ、仕方がない。
理に反したこういう行動を見たとき、やるべきことはひとつしかない。
相手が泣いて逃げるまで殴り続けるのだ。
もう一度、町の方を見やる。
壁の上の兵は上手く連係して押し寄せる魔物たちをよく防いでいた。
何体か、中型を倒してすらいる。
ただ、未だ全部を駆逐できてはおらず、大型の二体に苦戦を強いられ、兵の方にも負傷して撤退する者が出ている様子であった。
この二体は紅王獅子と闇皇魔狼で、こいつらが壁の上に登ろうとしているのを何とか防ぎ続けている感じである。
ギリギリのところで均衡を保っている、というところだ。
たしかに、ここに双牙大象を投入すれば勝てる、と山の民が考えてもおかしくはない、か……。
最悪、双牙大象が壁にぶつかって揺れているうちに紅王獅子と闇皇魔狼で壁を乗り越える、とかでもいいわけで。
山の民側からすると、まだ勝ち目があるように見える……のか?
なら、その望みを断ち切ろうか。
おれは実験用の手袋とガスマスクをして肌の露出を抑えた後、とっておきの薬瓶を取り出し、蓋を開ける。
雲の魔法を行使する。
よろめきながら動き出した双牙大象のもとに、雲となった瓶の中身を送る。
双牙大象は魔法に対する極めて高い抵抗を持ち、普通の魔法はまず効果がない。
加えてその皮膚は分厚く、硬く、ヒトの持つ武器では傷つけることすら難しい。
そもそも、多少の傷ならものともせず、ただ暴れまわるだけで戦場を蹂躙できる。
極めて理不尽な、暴力の化身だ。
なので。
強酸を目にぶっかける。
酸の雲が瞳に触れた瞬間、双牙大象はよほど鋭い痛みを覚えたのだろう、苦悶の声をあげて激しく身をよじった。
もはや前進するどころではなく、その場に倒れ伏し、ばたばたと暴れる。
たまたま二体が隣り合っていたせいで、双方の牙が互いの身体を傷つけ、ひどいことになっていた。
あまりの暴れっぷりに地面が激しく揺れて、それが町まで伝わり、壁の上で戦っていた兵が転んだり、壁から落ちそうになったりしているが……。
ごめんね、ちょっとこれは想定外。
とはいえ、魔物たちの方も戦いどころではなくなっているので、おおむねヨシとしようじゃないか。
駄目かな……駄目かも……。
でも、これをやるなら相手に充分に近づけていて、双牙大象のまわりに護衛がいなくて、しかも動きが鈍いこの瞬間しかなかったんだよね。
多少とはいえ風がある野外だと、雲の射程距離がけっこう短いんだよ。
使いどころさえ間違えなければ、文句なく強力な魔法なんだけどねえ。
あ、双牙大象の動きが少し変わった気がする。
山の民がリンクを切って見捨てたな、これ。
痛覚共有の弱点を徹底的に突いたから、予想されたことだけど……。
それでも、双牙大象は四肢をばたばたさせて、地面を揺らし続けている。
町を攻めていた魔物たちが、壁から離れて撤退していく。
山の民が隠れている丘の方に駆けていく。
ふう、やっと諦めてくれたか……。
倒れている隷族が完全に放っておかれているけど、ひょっとして殺したと思っているのかな。
なら、彼らは遠慮なく、捕虜にさせて貰おう。
町を囲む壁の上で、兵士たちが勝利の雄たけびをあげていた。
◇ ※ ◇
先日の夜、隷族が暗殺者として送り込まれた時、任務に失敗した彼らは自殺の術式を発動させた。
主人である山の民から強制されて、身体に遅延発動型の魔法を組み込まれていたのだろう。
今回、それはさせない。
自殺の術式が発動される前に、こちらでそれを解除しておく。
幸いにして、前回の一件である程度の仕組みはわかっていた。
原理さえわかっていれば、解除は難しくない。
そのあたりもあって、おれは戦いが終わる前に隷族たちのそばに寄っていた。
彼らの身体を調べて、ひとつひとつ、かけられた魔法を破壊していく。
結果。
山の民と魔物たちが撤退した後も、倒れた隷族は誰ひとりとして自殺の術式を発動させることができず、その全員が捕虜となった。
町の自警団の建物に収容し、ご領主の兵による取り調べが始まったとのことである。
おれはただの協力者にすぎないわけで、そのあたりに関与できないからね。
できることなんて、せいぜい彼らの立場を兵に伝えて、あまり荒っぽいことはしないで欲しいと頼むことくらいである。
「ご心配なく。彼らはとても協力的ですよ。よほど抑圧された暮らしを送っていたのでしょう、こちらが出した食事を貪るように食べていました」
さっきまで戦っていた兵士たちですらも、よほど哀れな様子だったのだろう。
いささか同情的な口調で、そう語っていた。
この件に関しては、それほど心配する必要がなさそうである。
彼らから聞きたいことはいっぱいあるんだけどね。
山の民の信仰に関することとか、クルカニウム鉱石に関することとか……。
しかしさすがに、まずこの地を守るため戦っているご領主さまの用事が優先だ。
姫さまとクルンカも町に戻ってきて、おれと合流した。
「先生、どこも怪我をしていませんか? 双牙大象と直接、戦って倒したんですよね!?」
とクルンカはやたらにおれの身体を心配していたが……。
何故、おれが正面から魔物と戦うと思ったんだろう。
おれは魔術師だぞ。
姑息にこそこそと立ちまわって、相手の弱点を一方的に突いて殺すにきまってるじゃないか。
当然のような顔でそう言ったところ、我が弟子は首をひねって「でも、先生なら正面からでも何とかしてしまいそうですし……」と言い出す。
おれのことを何だと思っているんだ。
「姫さまの母上なら、あるいはやれたかもしれませんが……」
「母を化け物のように言うのはご遠慮願いたいですね」
本気を出したあいつ、わりと化け物だったんだよ。
夫婦喧嘩とかしなかった? 王様、身体大丈夫?
まあ、おれもなりふり構わなくていいならやれるけどさ。
あとでファーストに怒られるから、絶対に人の目があるところではやらないよ。
「どう思います、姫さま」
「男がこういう態度を取っているとき、十中八九、切り札を隠し持っているものですよ、クルンカ」
「深い……さすが姫さま」
「男性全般にまで広げて何をおっしゃっているんですかねえ」
おかしい、魔道具で細かい表情筋の動きは隠してるんだけどなあ。
最近、姫さまのカンの良さが増している気がする。
「それにしても、双牙大象の目を焼いた魔法については、話す気がないのですね」
「申し訳ありませんが、そこは秘匿ということでひとつ」
「この地の領主も、魔術師の飯のタネを奪うような強引な手段は取らないでしょう。せいぜい、双牙大象の死骸を精査するくらいが関の山です。……あの死骸、本当に町に譲渡でよろしいのですね? 全身、貴重な素材の山ですよ?」
「あのへんの素材でやりたい研究があるわけじゃないので……」
本当に隠したいのは雲の魔法と強酸の組み合わせだ。
以前、我が師は「この組み合わせは、大量虐殺をいとも容易く生み出せるよ。ヒトをたくさん、それこそ何百万と殺すことができる。その気がないなら秘匿するべきだ」とおっしゃっていたのである。
同時に「いずれは、きみたち以外の誰かが似たようなものを生み出すだろう。だが、それは遅ければ遅いほどいいと思わないか?」とも。
まったくもって同感である。
ちなみに双牙大象は、目を焼かれて横転した後、立ち上がることができなくなって、みるみる衰弱し死に至っている。
あれはそういう魔物なのだ。
適切に準備をすれば、倒す方法などいくらでもある。
まあ、その適切な準備というのが難しいわけで……。
いくらでもある、といっても場所と資材は必要なわけで……。
こういうときのために、魔術師は手札の多さを競うわけだ。
攻撃魔法をぶっぱなすだけの輩は、だから一般的に魔術師とは呼ばれない。
魔法を学術する者たちの略称だからね、魔術師って。
「先生、ひょっとして、被害を受けた町の人たちの救済のために双牙大象の権利を放棄するってことですか」
「そこまで考えてはいないから安心して欲しい。だいたい、手続きとかが面倒なんだよ、素材の売却とかって」
チームを組んでいると、そういうの得意なヤツに任せられるんだけどな。
学院の任務とかで行動しているときも、面倒な部分は学院が肩代わりしてくれるのだ。
それでも残る面倒な書類とかは、最近はクルンカが全部やってくれていたし……。
あー、今回もそのへん、クルンカに任せればいいのか?
「え、もちろん言われればやりますけど……やっぱり権利を主張します? 先生のためなら頑張りますよ!」
「いや、いいや。いまさらだ」
「はい、わかりました! やっぱり先生は優しいですね!」
本当に面倒だからそう言ったら、クルンカが何故か尊敬の目で見てくる。
姫さまは呆れ顔だから、うん、ちゃんとおれの本音を理解してるね。
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