絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第48話

「さて、これからどうするのですか」

「おれとしては、この国の領主さまにツテが出来たんですから、独自の研究を中心にもう少し見てまわりたいなーと思うんですが……」

「あなたは自由な方ですね」

 

 はっはっは、そんなに褒めないでくださいよ。

 ジト目の姫さまに対して、朗らかに笑ってみせる。

 

「本来なら、そうなんですが……」

 

 でもなあ、ご領主さまはこれから、この町のみならず地域の復興でお忙しいだろうしなあ。

 それは当然、配下の魔術師たちも、である。

 

 別にその復旧作業に手を貸すのもアリっちゃアリなんだが……。

 

「今回は、やめておきましょう」

 

 おれは首を横に振った。

 それはきっと、いまのおれたちがするべきことではないのだろう。

 

「やるべきことは終わったので、学院に戻ろうかと」

「よろしいのですか。わたくしとしても、我が国の技術力の向上のため、こちらの方々に話を通すくらいはいたしますよ」

「絶好の機会ではあるんですけどね。彼らが本当に大変なときに、あっちこっち興味本位で突っつくのは違うかな、と」

 

 姫さまが目を丸くする。

 

「あなたに、そのような良心があったとは」

「おれのことを何だと思っておいでで!?」

 

 ともあれ、だ。

 おれは姫さまに語る。

 

「これで遠からず、山の民は変化するでしょう。それが良い方向かどうかはともかく」

 

 山の民のちからは、おおきく削がれた。

 隷族に対する彼らの権威も、失われた。

 

「後は、この国の問題です。で、この国はクルカニウム鉱石が金になると知ったわけで」

「なるほど、黙っていても、しばらくすれば輸入品が入ってくる、と」

 

 そうなると思うんだよな。

 金になるなら、ヒトは血眼になって頑張るものだ。

 

 さっきそのへんを盛大に放り投げたおれが言うことじゃないかもしれないけど。

 まあ、おれだって日々の生活がかかっているなら頑張るよ、たぶん。

 

 山の民の信仰がどうとか、複雑な利害調整とか、そういうのに手を出す気はさらさらないだけで。

 結局、おれたちがしたのは、適切な情報を適切なところに投げたことと、物流を阻害する者たちの意図をくじいたことだけ。

 

 国という組織は、それだけで充分、円滑にまわるようになるものである。

 それで適切にまわらない国だったらどうするかって?

 

 これからの乱世、そんな国はすぐ潰れるよ……。

 そういうわけで、おれたちは学院への帰途についた。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 はずだった。

 町から西へ二日ほどの、とある村にて。

 

 宿で一泊したおれたちは、早朝、村中が騒然としていることに気づいた。

 宿の主人に訊ねたところ……。

 

「村のはずれに住む狩人が、村の外に大型の魔物が徘徊した足跡がある、と報告してきました。足跡の中にヒトが寝そべることができるほどだそうです」

 

 恰幅のいい男は、緊張した面持ちで語った。

 

「村長は村の門の閉鎖を宣言しました。ご領主さまに早馬を出し、対応をお願いいたします。非常に危険ですので、旅人の方々はしばらくここに滞在した方がよろしいでしょう」

 

 その言葉に、おれたちは顔を見合わせた。

 ちなみに乗用馬は、たいした魔力を持たず身体強化魔法もろくに使えない者たちにとっての通信手段のひとつとして市井で使われている。

 

 先日までいた町では、ひとりひとりが馬より速く走れる兵士たちがいたんだけどね。

 で、その兵士が束になっても勝てないのが、大型の魔物というわけで……。

 

「この付近では、まれにそういったことがあるのですか」

「まさか、初めてですよ。ですが足跡の存在は、村長と村に住む老兵がその目で確認したんです。あのふたりが揃って見間違えるなんてこと、ありえませんから……」

 

 おれたちは一度、宿の部屋に戻った。

 今後の対応について、三人で話すことにする。

 

「まずは情報です。安全に周囲を確認できますか」

「普通に、おれが走って調べてきていいですかね」

 

 たぶんそれが、いちばん手っ取り早い。

 だが姫さまとクルンカは揃って首を横に振った。

 

「先生が危険なのは駄目です! 偵察なら、わたしが行きますから!」

 

 うーん、まあ昼間ならクルンカがピカピカ輝いても目立ちにくいだろうけど……。

 ちなみにこの村のまわりには、でこぼこの平原と林が広がっている。

 

 林に住むのは動物と小型の魔物だけで、林の外にはほとんど出てこないとのこと。

 だから村人は、安心して村を囲う柵の外に出て、毎日畑仕事に従事しているという。

 

 うん、そうなんだよね、壁ですらなく柵なんだ。

 この村を守るのは、粗末な木製の柵だけなのである。

 

 小型の魔物は防げても、猪なら体当たりで破壊してくるであろう程度のものなのである。

 故に、村に立てこもったところで、大型の魔物の襲撃を防ぐことなどできはしない。

 

 この時点で、村に籠城するという選択はありえない。

 大型の魔物がヒトの肉を好む場合、ただ餌が集まっているだけ、ということになりかねないのだ。

 

 大賢者さまがヒトを導く以前、ヒトは森の中で怯え隠れて過ごしていたのは、まさにそういう理由であった。

 草原や平原、砂漠という土地は、本来、ヒトにとって著しく不利なのだ。

 

 道具や魔法、そして集団という武器があってこそ、ヒトは開けた土地に進出することができたのである。

 そして、その土地の魔物を駆逐し、己の領土とした。

 

「本当に、おれひとりでさっと見て来るだけですから。クルンカも、そんな顔を膨らませてピカピカするなって」

「だって先生、ひとりで出かけたら絶対に無茶するじゃないですか! 先日の戦いだって、結局、おひとりで隷族と双牙大象を倒しちゃいました!」

「あれは……たまたま敵戦力が分断されていたから、いまならいけるなーって」

 

 実際に行けちゃったんだよ。

 あんなの、いくら隷族が使い捨て要員だからって守りを軽視しすぎたのが悪い。

 

 敵側の魔術師という存在を甘く見すぎた、というか……。

 まあ、山の民の弱点ってそのへんの経験なのは読めていたけど。

 

「そういうところですよ」

 

 何故か、姫さまに睨まれた。

 そのあと、少女は深いため息をつく。

 

「わかりました、お任せいたします。くれぐれも、偵察だけに留めるように。現場の判断で対応しないこと。敵がいかに隙だらけでも、勝手に始末したりしないこと。よろしいですね」

 

 鼻と鼻がくっつくほど顔を近づけて、姫さまは真剣にそう語る。

 うーん、自業自得とはいえ、信用がない……。

 

 まあ、姫さまもおれを心配してくれているわけだし。

 仕方がない、彼女にひとつ手札を見せることになるが……。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 木彫りの鳩が宿の窓にはまった格子をすり抜け、空に舞い上がる。

 その翼が高速で羽ばたき、おれの意識を乗せた人形はゆっくりと旋回しながら高度を上げていく。

 

「からくり仕掛けの鳥に命を吹き込む魔法、ですか。すごいものですね、これは」

「先生、わたしこんな魔法、初めて見ました! これ、父と母に教えちゃ駄目ですか!?」

 

 今回、耳は鳩に同調していないため、姫さまとクルンカの声が左右から聞こえてくる。

 目は完全に鳩視点で優雅に風を捕まえて空を舞っているから、なんだか変な気分だ。

 

「諦めましょう、クルンカ。この男があれほど念を押して、黙っていてくれと頼んだのです。それに、彼の友人がつくった魔法ということであれば、権利はその人物にあります」

「そうですね……。普段は権利とかお金とか全然気にしない先生が、見せるのすら嫌がっていた魔法ですものね……」

 

 実のところセブンは、この魔法が広まっても気にしないだろうけどね。

 あとこの魔法、凝り性のあいつがいろいろ精密に作っちゃったせいで、扱う難易度がひどく高いんだよね。

 

 具体的には、ファーストが使えなかったくらい。

 まあ、ファーストの場合は種族が違うから自分なりにいくつか術式を変換しなきゃいけなくて、だから余計に難しかった、という事情もあるんだけど。

 

 そのせいで、ファーストの前でこの魔法を使って見せるとひどく不機嫌になるんだ。

 

「ぼくの前で自慢かい? ずいぶんと偉くなったものだね」

 

 とか言っちゃってさ。

 あれだけ長生きのくせに、ちょっと子どもっぽいところがあるのだ。

 

 そう考えると、この魔法を広めてファーストの機嫌を損ねてみせるのはいい案かもしれないな。

 暇があったら、上手くダウングレードして……視覚情報だけに特化して、使える魔道具もこの鳩に限定して……うん、ちょっと考えてみてもいいかもしれない。

 

 狩人とかが使えるようになると、狩りの効率がすごく上がる気がするなあ。

 でもさすがに、友人の狩人が使えるほど簡単にするのはちょっと無理か……いや、そこをあえてチャレンジするのが研究者ってものだ、いっそ魔道具の方を高度化して……いやそれ鳩の魔道具がいくらかかるんだ……?

 

 とか考えていたら充分な高度になって、周囲がよく見えた。

 ええと、宿の主が教えてくれた、魔物の足跡の方角は……あっちか。

 

 上空からじゃ、さすがに足跡はわからないなあ。

 魔物が去っていったって狩人が判断した方角に向かってみようか。

 

 で、結論から言うと、魔物を発見することができた。

 身の丈が馬の倍ほどもある赤毛の獅子と、それよりさらにひとまわり大きな、黒い毛で覆われた六本脚の狼である。

 

 紅王獅子と闇皇魔狼だ。

 双牙大象と共に、先日の町攻めに参加していた魔物である。

 

 というか同じ個体だな、コレ。

 それぞれのそばにいるヒトは、たぶん山の民だろう。

 

 他の魔物の姿も……中型が三体だけ、か。

 山の民が合計で五人、魔物が大型二体、中型三体。

 

 最初の陣容から考えるとだいぶみすぼらしくなったが、それでも村にとってはとんでもない脅威である。

 こいつら、山の方に撤退していったし、てっきりもう山に帰ったと思っていたんだけど……こんなところで何をしているのやら。

 

 今回は聴覚情報を切っているので、近寄っても会話が聞こえない。

 失敗だったかなあ……いや、戦場でならともかく、落ち着いた状況で木彫りの鳩が近づいたら、さすがに怪しいってバレる気がするな。

 

 彼らは村からしばらく離れた林の中でキャンプしているようだった。

 魔物たちの食事だけでもたいへんだろうに、それでもまだ、こんなところでやることがあるのか。

 

 嫌な予感がする……というか嫌な予感しかしないというか……。

 もうちょっと詳しく観察したいところだけど、時間切れだ。

 

 この鳩の形をした魔道具に貯まった魔力が切れる前に帰還する必要がある。

 この稼働限界もねー、問題なんだよねー。

 

 今回みたいに方向をぴったり定めて、ギリギリで偵察の役目を果たせるような感じで、しかも連続稼働させるには数日、魔力を貯める必要がある。

 うん、やっぱりクルンカが思うほど軍の任務には使えないと思うよ。

 

 ……いや、どうかな。

 あいつら毎回、おれのつくった魔法を思いもよらない方法で応用するからな……。

 




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