絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第5話

 大賢者は、国と国との争いに、一定のルールを定めた。

 ヒトは際限なく争うものであるし、憎しみあい、破壊し合った結果は文明の後退を招くものであるから、という理由である。

 

 戦争をする際には、宣戦布告をはじめとした手続きを行う。

 捕虜を戯れで虐待しない。

 

 相手国の無抵抗の民は殺さない。

 奴隷とした場合も、一定の金額か一定の年季でもって解放する。

 

 といった、いずれも必要最低限のルールだ。

 これ以上のルールを提示したところで誰も守らないであろうし、守れないのも明らかだった。

 

 各国は大賢者の叡智に深く頭を垂れ、争いのルールをおおむね守った。

 しかし五年前、大賢者が消えた後、このルールは形骸化し、どの国も露骨に無視するようになった。

 

「本当は、皆が集まって、どうすればいいか考えて、ルールを決めるべきなんだけどね」

 

 かつて、わが師はそうおっしゃった。

 

「それが必要だと実感するまでに、おびただしい血が流れるだろう。それは本意じゃなかった。だから、わたしからルールを提案したんだ。でも、所詮は上から押しつけられたものにすぎない。きっとわたしがいなくなったら有名無実と化すだろう。そうわかっていても、やらざるを得なかった」

 

 師の言葉の通り、強制力のないルールに意味はなかった。

 各国は大賢者の授けた知識をありがたがったくせに、大賢者の授けた決まり事など知ったことじゃないと判断したのである。

 

「彼らを愚かだと思ってはいけないよ。ヒトが本当に、必要に駆られて決まり事をつくるには、本来もっとずっと長い時間がかかるはずなのだから。彼らには、彼らの意志で学ぶという過程が必要なのだ。わたしは、三百年間、その機会を奪い続けていたのだから」

 

 理屈は、わかる。

 人から教えて貰った知識と、己の頭で考えて得た答えの違いが理解できないようでは、研究者たりえない。

 

 だからこそ、思ってしまうのだ。

 我々はいつになったら、かつて大賢者がたったひとりで歩いていた、その地平に辿り着けるのだろうか、と。

 

 その背中を、あまりにも遠くに感じる。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 丘の上から、眼下に展開する南の国の大軍を眺めている。

 おれのそばにいるのは、学生に化けた姫さまと、彼女の正体を知らない学生が三人、それだけだ。

 

「いったい、何があったんだ。宣戦布告はあったのか」

 

 学生のひとりが唖然として呟く。

 目の前の光景が信じられない様子である。

 

 宣戦布告、最近は誰も守ってないってよ。

 あるいは国境の砦を落としてから宣戦布告の鳩を送る程度らしいよ。

 

「おれの家は、王都にあるんだぞ。無事なんだろうか」

 

 あー、まあ、王都は無事だと思うよ。

 煙が立ち昇っているのは、あれはおそらく王都の軍が戦いの準備をしているだけだろうし。

 

「軍は何をやっているんだ。さっさと突撃して、やっつけちまえばいいのに」

 

 うーん、王都に駐留している部隊は五百人くらいだったはずだから、三千人を相手に突撃は無謀じゃないかなあ。

 時間をかければ、各地を守る部隊が合流して、戦えるくらいにはなるはずだけど。

 

 でもその場合、他所の国も介入してくる恐れがある。

 弱ったヤツから狙って潰すべく虎視眈々と狙いを定めているのは、どこの国も同じことだ。

 

「逃げましょう。わたしの村なら、しばらくかくまって貰えると思うわ」

 

 うん、それはいい案かもしれない。

 正直、いつまでもここにいては、敵軍の斥候に見つかる可能性がある。

 

「まずは、いったん森に戻る」

 

 おれは宣言した。

 とにかく、ここでぼうっとしているのが一番よくない。

 

「学院に帰るまで、おれは教官だ。皆、指示に従うように」

 

 姫さまも、これには素直にうなずく。

 森の入り口のすぐそばで今後のことを相談することになった。

 

 丘を下りる途中で、来る時は気がつかなかった、数名の地面に倒れた者たちを発見する。

 いずれも背中に刃傷がついた、商人たちのものとおぼしき死体だった。

 

 中には、十かそこらの子どもの姿もある。

 商人の息子が見習いでついてきていたのだろうが、彼もまた容赦なく殺されていた。

 

「南の街道を通ろうとして、南の国の軍にでくわし、襲われたのですね。逃げようとしたところを、追いつかれ、剣で……。むごいことです」

「そんな! 大賢者さまのルールでは、武器を持たない民を襲っちゃいけないって! ましてや、子どもまで……」

「南の国は、律儀にそれを守る気がない様子ですね」

 

 姫さまは学生の言葉にそう答えて、商人たちの死体のそばに片膝をつき、その魂の平穏のためしばし祈りを捧げた。

 残念だが、いま彼らを埋葬する時間はない。

 

 まだ敵軍の兵がこのあたりにいる可能性もあるから、すぐにその場を離れることにする。

 万が一にも、見つかるわけにはいかなかった。

 

 森のはずれについた時には、すでに周囲が薄暗かった。

 幸いにして、食料は余裕をもって持参していたから、今夜と明日の朝のぶんくらいはある。

 

 もっとも無造作に焚き火をしてしまえば敵軍におれたちの存在がバレてしまうから、少し工夫する必要はあるが……。

 そのあたりは、冒険者時代にいろいろ経験しているおれがいるのだから、おおむね問題ない。

 

「南の国の王は、我が国の学院をたいへんに疎ましく思っている様子でした。侵攻は時間の問題だと考えていたのです。それがいまだとは、予測できておりませんでしたが」

 

 改めて他の学生にも正体を明かした姫さまが、そう語り出す。

 学生たちは驚くと同時に、「こんなに有能な人が学生にいることを知らなかったのも、当然だったのだ」と納得もしていた。

 

 まあそうだよな、数日も一緒にいれば、この人の採集以外での有能さはよくわかる。

 その学習能力の高さも、である。

 

 こんな奴が同じ学舎にいれば、相応に目立つものだ。

 ついでに、美貌も、変装しているとはいえだいぶそのオーラみたいなのが漏れ出ていたのだから。

 

「教官とよく話していたから、てっきり教官が愛人を連れてきたのかと」

 

 とこぼした最年少の学生が、年上の女子学生に頭をはたかれていた。

 うん、まあ姫さまは笑って流してくれたけどね。

 

 あとおれ、そんな風に思われていたの!?

 実に心外である。

 

 だいたいこの子、かつての仲間の娘なんだよ?

 

「皆さまは、ひとまずここからお逃げください。どこか安全な……そう、そちらの方がおっしゃるように、少し離れた村にでも」

 

 王女殿下は、はっきりそう告げた。

 いまこの場に留まることは賢明ではない、という判断である。

 

「姫さまは、その、どうなさるのですか」

 

 学生のひとりが、おずおずと訊ねる。

 

「わたくしは、北の砦に向かいます。各地の軍を再編制し、王都を守るために動かします。もとより、そういう手筈でした。本来はもっと先手を打って動くべきだったのですが……完全に後手にまわりましたね」

「軍を連れてくるまで王都が保つのですか?」

「それは、わかりません。ですが最悪の場合に備えるためには、わたくしがいま、ここにいるわけにはいかないのです」

 

 なるほど、王都が陥落した場合、王族の大半が敵に捕まるか、殺される。

 そうなった場合、目の前の少女が王家の生き残りとして、反撃の御旗とならねばならない。

 

 本来であれば、侵攻が判明した時点で各地に王族を分散させ、事態の悪化に備えるのだが……。

 どうも敵軍の侵攻が早すぎて、それができていない様子であった。

 

 これが場合によっては国が亡ぶほどの事態であると、いまさらながらに実感する。

 当然、学院もこれまで通りとはいかないだろう。

 

 というか、南の国の王って学院にガチギレしてるんだよな。

 主に、学院から生まれた画期的な発明で南の国の主要産業が潰されたから。

 

 たぶん、学院そのものが消えてなくなる。

 民に容赦するタイプじゃなさそうだから、いま学院の内側にいる人々はすべて奴隷として連れ去られるか、残酷に殺されるだろう。

 

 おれの平穏な研究生活も、当然、終わりだ。

 いますぐ他国に逃げなければ。

 

 とはいえ大陸で、ここ以上に条件がいい場所もそうはない。

 残念なことだが……。

 

 ちらり、と姫さまの顔を盗み見た。

 彼女の目線は、いまは丘の陰に隠れて見えない王都の方角にあった。

 

 まるで凝視していればその彼方まで見通せる、とでも言うように、じっとその方角を睨んでいた。

 険しい顔で、そして覚悟を決めた、いままで見せたこともないほど緊張した様子で、そして血が出るほど拳を握りしめて。

 

 不意に、理解する。

 彼女だって、冷静ではいられないのだと。

 

 余裕ぶった様子をかなぐり捨てて、己の持つあらゆる手段を用いて、死に物狂いで己の責務を果たすつもりなのだと。

 そして、どれほどの犠牲を払ってでも、たとえ己の命を使い捨てることとなっても、この地を守り通すつもりなのだと。

 

 遠き、かの日の光景を思い出す。

 彼女の母親が、若き頃のことだ。

 

 依頼でやってきた森の中の村、そこでおれたちは村を囲む犬亜人族の群れを発見した。

 おれたちはたった五人で、しかし相手は四十体近く。

 

 村を助けるのは絶望的だと、誰もが考えた。

 だが、過日の彼女は、いま姫さまがしているようにじっと、村を、そして村人たちの姿を睨んでいた。

 

 村を守るため腰が引けていながら槍を構えて犬亜人の群れを牽制する、無力な人々を、凝視していた。

 あのときの彼女の様子に、おれたち残りの四人は――。

 

「親子だな」

 

 思わず、呟いていた。

 姫さまが、はっとした様子でこちらを振り向く。

 

 そうだ、あのとき。

 おれたち四人は、顔を寄せ合って。

 

 相談して。

 そして、決めたのだ。

 

 何としても村を助けてみせようと、そう決意した。

 頭を寄せ合い、知恵を尽くした。

 

 策を講じ、少々無謀ながらもそれを実行し……。

 実際に、最後まで遂行してみせた。

 

 全員が死力を尽くして、ちからの最後の一滴まで絞り出して、血まみれになりながらも犬亜人たちを追い払った。

 そのときに使用した薬草や魔道具の数々は、大幅に依頼料を越えていたのだが……。

 

 あの大赤字を何とかするために、その後しばらく大変だったんだよなあ。

 いまとなっては、懐かしい思い出のひとつだ。

 

「姫さま、提案があります。大博打になりますが、ひとつ聞いていただけませんか」

 

 おれは、一歩踏み出してそう告げた。

 




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