絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第50話

 大型の魔物である紅王獅子と闇皇魔狼、それから中型の魔物が三体。

 山の民は五人だけで、隷族とおぼしき者の姿はない。

 

 空は厚い雲に覆われ、月明かりも地上には届かない。

 やあ、これは絶好の奇襲日和だ。

 

 山の民は中型の魔物たちに警戒を任せ、呑気に全員で眠っていた。

 この中型は鼻が利く狼タイプだったので、まあその信頼もわからないではないんだが……。

 

 ずっと山で暮らしていた彼らは知らなくても仕方がないんだけど。

 いまの時代、臭いをごまかす魔法っていうのがあるんだよね。

 

 しかもつくったのっておれなんだよね。

 で、おれなんかよりよっぽど魔物たちに詳しい狩人たちによって、各種臭いがモジュールとして用意されているんだよね。

 

 それはもう、本来の製作者であるおれなんかが考えるよりずっと高度な、繊細な臭いまで。

 というわけで、おれは狼型の魔物が安心してリラックスしおとなしくなる臭いをまとい、平然とひとりでキャンプに侵入する。

 

 こういう手段があるから、警戒するときは臭いと音と視覚、それぞれで網を張る必要があるんですね。

 山の民が眠る天幕に近づくと、天幕の端を持ち上げて、中に蓋を開けた薬瓶を投げ入れた。

 

 瓶の中の液体がすぐに気化して、天幕の内部に充満するだろう。

 特殊な霊草を調合したもので、耳のそばで大声で怒鳴っても起きないほど深い眠りに誘うガスである。

 

 安全性については、かなり慎重な数々の実験の結果、おおむね証明されていた。

 わが師が実験に熱中して不眠不休で研究を続けた結果死にかけたため、ファーストを始めとした番号の若い弟子たちが本気で開発したガスなのだから、その効果は本物だ。

 

 ちなみにファーストが「師眠ガス」と名づけていたが、このネーミングは師を含む全員が無視したという、どうでもいい逸話がある。

 それは、さておき。

 

 これで魔物たちを操る者はいなくなった。

 狼の魔物たちが、不審な物音に気づいてのそりと起き上がってくるが……。

 

 直後、茂みの方でぴかぴか輝く者がいた。

 クルンカである。

 

 狼の魔物たちが、激しく吠えて主人に警告をするも、天幕の方ではまったく動きがない。

 そうこうするうち、おれは天幕から離れ、茂みの中に姿を隠していた。

 

 第二段階の開始だ。

 あらかじめ南の方角に仕掛けてあった魔道具に合図の魔力を送る。

 

 決められた魔力を感知して箱の蓋を開けるだけの魔道具だ。

 箱が開き、そこから大型の魔物たちの好む臭いが出てくる。

 

 臭いは風に乗ってキャンプまで届き……。

 休んでいた紅王獅子と闇皇魔狼が、むくりと起き上がる。 

 

 二体の大型の魔物はよく躾けられているのか、天幕の方に唸り声をあげて知らせるも……天幕からは何の応答もない。

 あとは躾けと食欲の板挟みである。

 

 はたして、何の命令もない状況で勝ったのは食欲の方であった。

 二体の大型の魔物が、ふらふらとキャンプを出ていく。

 

 ちなみに狼タイプの魔物は別の臭いが好きなため、戸惑いつつもその場から動かない。

 はい、分断作業は完了だ。

 

 あとはキャンプ全体を結界で囲って……。

 これで、紅王獅子と闇皇魔狼は、キャンプで何が起きているか知ることはできなくなった。

 

 戸惑いながらも、結界を張ったことでおれの存在に気づいたのだろう、狼の魔物のうち一体が、茂みの中に跳びかかってくる。

 

「クルンカっ!」

「はいっ、先生!」

 

 いつの間にかおれのそばまで来ていたクルンカが、全身を黄金色に輝かせて、地面に着地した狼の前脚を剣で斬りつけた。

 狼が、ぎゃっ、悲鳴をあげてのけぞる。

 

 そのひるんだ顔面に、おれの放った雷の矢が突き刺さった。

 狼は全身を痙攣させ、地面に頽れる。

 

「あと二体だ」

「はいっ!」

 

 警戒する残り二体が唸りをあげて天幕のそばで待ち構える中、クルンカがひときわ輝いてその間合いに跳び込む。

 おれの目でも視認できないほど素早い動きで、狼の魔物たちとの距離を詰める。

 

 彼女用に開発した身体強化魔法、なんかすごいなこれ。

 一般的に、汎用性を捨てて個人用にセットされた魔法というのは通常の魔法より二割増しくらいの出力が出るものなのだけど……。

 

 彼女のそれは倍以上になっている気がする。

 光属性に特に適応した彼女が、光属性に特化した魔法を使っているのだから、当然なのかもしれないが。

 

 この分野、研究対象が少なくてまだまだ研究の余地があるんだよな……。

 何より、彼女がこの短期間で自分専用の高出力魔法を見事に使いこなしている。

 

 向上した身体能力に振りまわされず、きっちり制御して、それを自らの技としていた。

 クルンカが狼の魔物に放った刺突は、彼女の背丈より大きなこの魔物の目を正確に貫く。

 

 その刃はおそらく脳まで届く致命の一撃となった。

 もう一体が襲って来る前にクルンカは素早く攻撃した個体から離脱する。

 

 狼の魔物がその場に倒れ伏す。

 ここまで、瞬きを二、三度するくらいの時間しか流れていない。

 

 残る一体が唖然として、動くこともできなかったほどの早業だ。

 黄金色に輝くクルンカは、その後、数度の攻防で、その一体も仕留めてみせた。

 

 輝きが消え、キャンプは夜の闇に戻る。

 おれは荒い息を継ぐクルンカに近寄り、「よくやった」と声をかけた。

 

「まだまだです、先生。出力は、これで八割といったところだと思います」

「それでいいんだ。全力なんてそうそう出すもんじゃない。このラインで制御して、あとは技術を磨いた方がいい」

「わかりました! それで、先生、この後は……?」

 

 クルンカは、これだけ騒いでも静かなままの天幕を見やる。

 殺すか? って話なら……。

 

「放置だ。山の民が偉そうにできるのは、魔物を従えているからだよ。魔物さえ始末してしまえば、彼らは無力だ」

 

 拘束してもいいし、解放して山に返すのもいい。

 正直、魔物なしなら村の連中でも対処できそうだしな……。

 

 おれは懐からガスマスクを取り出し、かぶる。

 

「なので、と」

「先生、天幕の中はまだガスが……って、何ですかそれ」

「ガスを吸い込まない装備だ。天幕を開けるから、ちょっと離れていてくれ」

「えーと、先生、天幕の中で何をしているんですか」

「クルカニウム鉱石を回収する。どうせこいつらのことだから肌身離さず……うん、あった」

「泥棒さん?」

「訂正したまえ、クルンカくん。これは武装解除の一環だよ」

「それで、山の民から奪ったクルカニウム鉱石はどうするんですか」

「もちろん、我々の研究の役に立って貰うさ!」

 

 闇の中なのに、クルンカがジト目になっているのがわかる。

 はっはっは、いやあ予備の鉱石まであったぞ、大漁だぁ。

 

「さて、大型の二体を倒すか」

「あ、はい。……どうするんですか」

「クルンカ、講義をしよう。ヒトは弱い。魔法と技術という武器と、それを効率的に活かす術を教えてくださった大賢者さまが揃ってようやく、隠れ棲む森から這い出ることができた程度の脆弱な生き物だ」

「え、あ、はい」

 

 闇でよく見えないが、クルンカはおそらく「いまそれ言うべきこと?」という顔をしていることだろう。

 まあ、これも実地研修の一環ということで。

 

「大賢者さまを失ったいま、我々ヒトの武器は何だろうか。魔法と技術、そして大賢者さまから与えられた知恵を磨く術。……この頭脳だ」

「それは、わかります。だからこそ、うちの国は学院をつくりました。わたしたちヒトの強味を活かして伸ばすための場所が必要だったからです」

 

 うんうん、よく勉強している。

 

「では、魔物はどうだろうか。ことに、大型の魔物は、知恵などなくても生きていけるのではないだろうか」

「それは……そうですね。気に入らない奴は全部、ぶちのめせばいいんですから」

「そうだ。知恵のある個体より、より膂力に優れた個体の方が生き延びる可能性が高い。子孫をつくる可能性が高い。そうして生まれた子供は、より膂力に優れている可能性が高い。つまり馬鹿でちからが強い個体ほど生き残るのが魔物、ことにそのフィールドにおける覇者である大型の魔物というわけだ」

「先生、迂遠すぎて何が言いたいかわかりません!」

 

 クルンカが、闇の中で両手で机をバンバンと叩く真似をした。

 まったく、姫さまのそういうところばっかり学習するんだからさあ。

 

「結論から言うと、大型の魔物は頭が弱いことが多い」

「なる、ほど?」

「加えて実は、紅王獅子と闇皇魔狼は双牙大象ほど魔法に対する抵抗が高くない。特に紅王獅子は、な」

「あ、もしかして、幻覚とかで騙すってことですか」

「クルンカ、正解。あとでご褒美をあげよう」

「わ、わーい?」

 

 はっはっは、子どもはもっと素直に喜びたまえ。

 まあ、いまにも大型の魔物が帰って来るかもしれない、ってこの状況で緊張しているのはわかるが……。

 

 大丈夫だよ、もう仕込みは終わっているから。

 はたして、二体の魔物が消えた方角から、やたらとでかい破壊音が連続で聞こえてくる。

 

「わあっ、あれって……」

「ああ、幻覚の魔法を喰らった二体が戦っているんだろう。お互いが不倶戴天の仇敵に見えているはずだ」

「いつ、仕込んだんですか?」

「臭いの魔道具が発動してから一定時間経過すると、次の魔法が発動するようにセットしてあっただけだぞ」

 

 こういう罠は二段構え、三段構えが必須だから、他にもいろいろと細工はあるんだけど、それは黙っておこう。

 クルンカは「ほへー」と声をあげている。

 

「……あの、先生」

「何だね」

「こういう遅延型で発動する魔道具、軍ではとっても需要があると思います」

「黙っておいてくれない?」

「わかりました、はい、姫さまに勘繰られない限りは……」

 

 姫さまがジト目で睨んできたら、まあ、仕方がないから素直に暴露していいよ。

 これ、別にそれほど面倒な技術は使ってないし……。

 

 というか列強各国には、似たような魔道具はあるはずなのだ。

 これにもいろいろ理由があるのだが……そのあたりは、また後で説明すればいいか。

 

 おれとクルンカは、足音を忍ばせて風下から、戦いながら移動する魔物たちの後を追った。

 うわあ、周囲の木々がなぎ倒されて、足もとが踏み荒らされて、ひどいことになっている。

 

 小鳥や虫たちが逃げ去り、林中が騒々しい。

 ごめんな、きみたちの住処を荒らすつもりは、ちょっとしかなかったんだよ。

 

 これも必要な犠牲ということで、ひとつ。

 何てことを考えながら魔物たちを追うと、いままさに闇皇魔狼が紅王獅子の喉を喰い破り、勝利の雄たけびをあげる場面に出くわした。

 

 しかし勝った闇皇魔狼の方もぼろぼろで、全身大火傷で、六本ある脚のうち三本はへんな方向に折れ曲がっている。

 片目を失い、口の中もひどく火傷したのか息をするのも辛そうだった。

 

 満身創痍で、ようやく勝てたというところだ。

 

 おそらく、闇皇魔狼の方がより強く幻覚を信じ込み、それが故に半信半疑ながらも反撃した紅王獅子の方は全力を出せていなかったのだろう。

 そのわずかな思い込みの差が、明暗を分けた。

 

 こういうのは信じ込んで戦うヤツの方が強いからね。

 というわけで……。

 

 おれは満身創痍の闇皇魔狼の脳天に、クルカニウム鉱石で増幅した雷の矢の魔法を放つ。

 すでに避けるちからすら残っていなかった闇皇魔狼は、それをまともに受けて、脳を激しく揺さぶられた。

 

 巨体が地面に倒れ伏す。

 うん、あとはトドメを刺すだけだ。

 

「先生」

「何だ?」

「えげつないです」

 

 魔物を相手の戦いって、本来はそういうものだよ。

 




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