絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~) 作:星野純三
平地に住む加護なき者たちに山の民と呼ばれる我ら、誇り高いアガトのしもべは、窮地に陥っていた。
すべては平地の者たちに流出したアガトの結晶を回収する際、我らの痕跡を残した愚か者がいたことに始まる。
我らはアガトのしもべは、常に正義を行ってきた。
悪魔のしもべどもに天誅を下し、アガトの結晶を回収するため平地での活動を続けてきた。
愚かな神託を受けとった先代の長を、このものは悪魔に取りつかれていたのだ、と指摘して排除し、このおれが新たな長となって以来。
アガトのしもべたちは、アガトの恩恵、魔物を操るこのちからによって周囲にはびこる邪悪な魔族を排除し、部族に平穏と安寧をもたらし続けてきた。
そのちからをもって、愚かな先代が平地に流出させたアガトの結晶を回収することもできた。
悪魔にとりつかれた平地の民を救い、彼らに我らの下僕としての栄えある職務すら与えてきた。
すべては上手くいってはずだったのだ。
あの一団が、隣国からアガトの結晶に興味を持ってやってくるまでは。
姫……隣国の長の娘であるという女と、その部下ふたり。
奴らは不遜にも、アガトの結晶を求めてこの地にやってきた。
悪魔にとりつかれた奴らを排除する試みは失敗し、逆に我らの貴重な戦力、餓蛇が失われた。
残りの全軍で町を襲ってみれば、我らの協力者は悪魔によって讒言を吹き込まれていた様子で、我らは卑怯な策略によって二体の双牙大象を失った。
この敗戦により、おれに対する部族の信用は地に堕ちた。
愚かで反抗的だったおれの息子は、おれの命令に従わず、部下の半分を連れて山へ帰ってしまった。
おれのもとに残ったのは、たった四人の腹心だけだった。
だが、これで諦められるはずもない。
アガトの恩恵のちからがあれば、まだ戦える。
悪魔のしもべの中でも、もっともおそろしいあの女を排除し、その首でもっておれのちからをふたたび部下たち、すべての民に認めさせるのだ。
かくしておれは林の中でその時を待ち……。
とある、夜。
ひときわ深い眠りから目覚めてみれば、配下の魔物たちがすべて死んでいた。
挙句に、我らが携帯していたすべてのアガトの結晶が盗まれていた。
間違いなく、あの女たちの仕業だ。
許しがたい所業である。
憤怒のあまり気絶しそうになったおれだが、慌てる部下たちを殴りつけることで、少しだけ冷静になることができた。
過ぎたことより、いまこれからのことを考える必要がある。
こうなっては業腹だが、山へ戻るしかあるまい。
息子も、堂々と帰還したおれの姿をみれば頭を下げて、ふたたびおれに従うことだろう。
そう考えて林から出た我々の前に、数人の平地の民が現れた。
かつて何度も我々に情報を提供してきた、この国の協力者たちであった。
「おお、これぞアガトの導きだ。きさまたち、少し手を貸せ。次こそ必ずや……」
おれが口を開くと、平地の民たちは顔を見合わせ、それから下品な笑い声をあげた。
「もう、おまえらは用済みだ。ここまで山の民が弱った以上、対立する派閥を削る役にも立たん」
「な、何を言っている! 無礼な! おれを誰だと思っている!」
「自分が使われている自覚もなかったとは恐れ入る。だが、それもここまでだ。おまえの息子はおまえより謙虚で、分をわきまえているようだから、山へ戻った民は生かしてやってもいい。――だが、おまえたちは駄目だ」
分別もわからぬ愚か者、アガトの加護もなき平地の民が、剣を抜いた。
おれの背後の部下たちが、我先にと逃げ始める。
奴らはすぐに追いつかれ、斬り殺された。
身体強化魔法、という平地の民がよく使うまじないは、我々純血のアガトのしもべには使えないものだ。
そのかわり、我らにはアガトの結晶がある。
それを用いて、強大な魔物を操ることが可能なのだ。
我らの圧倒的なそのちからを前に、こいつらはつい先日までひれ伏し、さまざまな貢物を寄こしていたというのに。
いまはその同じ者たちが、このおれに対して軽蔑の視線を浴びせてくる。
いったい何を間違えたのだ。
おれが何をしたというのだ。
あまりの理不尽に、湧き上がる憤怒に、目の前が真っ赤になる。
殺してやる。
おれは腰の小剣を抜き、目の前の男に対して突進し――。
「馬鹿が。魔物のないあんたたちに、何ができるというんだ」
衝撃で、動きが止まる。
気づけば、おれの身体は宙を舞っていた。
いや、宙を舞っているのは――おれの頭?
頭部から切り離されたおれの胴体がゆっくりと倒れる様子を、おれは見ていた。
目の前の男が軽く振った剣によって、おれの首は一刀のもと切断されたのだ。
「あんたら山の民は、大賢者さまのご用意された基礎魔法も使えない劣等種だろうに。それを温情で使ってやっていたとも気づかないとは」
うるさい、うるさい、うるさい!
おれの邪魔をするな! おれはアガトのしもべの長だぞ! 何者も、おれを侮辱することは許されない! おれは――。
おれの意識が薄れていく。
おれが、消える。
――息子よ、せめておまえだけはおれを……。
◇ ※ ◇
わたしたちは、山の民の長だった者の死体を見下ろしていた。
上からの指示で彼らに便宜を図り、上からの指示で彼らを殺した。
その判断に異議をさし挟むつもりはない。
わたしたちは指示通りに命令をこなすだけの存在だからだ。
それでも、と思う。
「もっと早くこの命令が出ていれば、被害も減っただろうに」
「仕方がありませんよ、隊長。魔物たちを手懐けて警戒されていては、暗殺する隙もありませんでした。前任者も上にそう報告して、隊長もその判断に納得していたではないですか」
「そうなんだが、結果としてこれだけの被害が出ると、な」
「輝き石――西の国の奴らが言うクルカニウム鉱石、ここまでおおごとになるとは思ってもいませんでしたからね……」
そう、すべては西の国の学院が、クルカニウム鉱石の特性について発表し、その噂が広まったことに起因している。
その鉱石が、我が国で時折市場に流れる輝き石であることは、事情に通じた者ならすぐにわかった。
もっと事情に通じている者たちは、それが山の民にとって信仰上の大切なものであることも。
山の民がこの地に構築した情報網がクルカニウム鉱石に関する研究の情報をただちに耳にし、それを目の前で死んでいる男に報告したことも。
近年、宥和路線に傾いていた山の民が今年になって急に暴れ始めたのは、この男が長になったことが原因だった。
前の長は病死だとも、この男に謀殺されたのだとも言われているが、そのあたりは定かではない。
せっかく山の民の懐柔に成功したと思っていたところのこの長の交代により、これまで山の民と築いてきた希望ある未来への夢は潰えた。
我が王は、ひどく心を痛めたと伝わっている。
あとはもう、どのタイミングでこの男を排除するか、それとも多大な出血を覚悟して山の民を滅ぼすまで戦うか、その二択となってしまった。
我が王は出血を覚悟し、精鋭の兵を集めた。
その段階で、西の国の姫君がなぜかこの地にやってきて……。
あっさりと、すべてを終わらせてしまった。
「あの姫君、実は大賢者さまの弟子なのではないか」
隊員の冗談で誰かがそう言った。
わたしは「もしそうだとしたら、大賢者さまがお隠れになられたとき、十歳だが」と真面目に返す。
「幼い頃から名君の兆しはあったそうですが」
「どちらかというと、学院に属しているというあの男の方が食わせ者だろう」
「ああ、クルカニウムという名前をつけたという……」
「我が国とかの国の間にある湖からクルカニウムを採集し、その特性を調べ上げたのがあの男だ。もっとも、それらはあの学院で大がかりに行われたプロジェクトらしい」
「そのプロジェクトを推進したのも、あの姫君でしょう?」
その通りだ。
西の国の近年における躍進には、学院の存在がおおきく関わっている。
そして、その学院を強く推したのがかの王家で、姫君は自身が学院に通い、これを卒業し、いまも学院に対して強い影響力を与えているという。
そんな人物が、学院の者を連れて、たったの三人で我が国にやってきた。
それもお忍びで。
そしてまたたく間に、我が国の厄介な内憂を消し去ってしまった。
こんなもの、偶然で起こり得るはずがない。
彼らは旅の途中で、クルカニウム鉱石について調べていたという。
山の民について調べ上げていた、と考えるのが妥当だろう。
そして、これを排除することで我が国に恩を売る。
かの国が南方に敵国を抱え、少し離れた大国とも関係が悪化し、西の大森林からは魔物の氾濫の兆候すらあった、というのは有名な事実だ。
ならばせめて東にある我が国とは、友好な関係を保ちたい。
そう考えるのは当然のことで、我が国としてはこの点を強く強調することで、かの国からさまざまな利益をあげる予定であったという。
そういった前提が、すべて覆されてしまった。
たった三人の旅人によって。
これではむしろ、我が国の方がかの国に恩を返す必要があるではないか。
もっとも我が王は、「結果、我が国は南の山に足がかりを得た。得られなかったものについて考えるより、もっとおおきな利益が得られるものについて考えるべきであろう」と語ったとのことである。
王の視野の広さには、いつもながら感服させられる。
かの国の学院ではクルカニウム鉱石を求めているというから、まずはこれを安定供給できるよう、山の民に働きかけるべきであろう。
すべては、この男の息子である次の長がどう出るか次第であるが……。
なに、大型の魔物があそこまで相次いで討たれ、主力であるこいつらも死んだのだ、ただでさえ数が少なくなったという山の民側が強く出ることもないだろうさ。
もし、身の程もわからず、なおも信仰を盾に傲慢に振る舞うようであれば……。
そのときこそ、我が国の兵が血を流すときであろう。
ちからは、適切なときに行使してこそ意味があるのだから。
「こいつらの首は息子殿に送り届けてやろう。その方が、息子殿の長の継承もスムーズにいくはずだ」
おれは部下に命令を下した。
さて、あとひと仕事である。
それにしても……かの姫君は、恐ろしい。
あの者が敵ではなかったことに、心から感謝しなくては。
ブックマーク、高評価、感想等いただければたいへん喜びます。