絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第52話

 おれが学院に帰還してからしばらくして。

 東の国と、かの地を騒がせていた山の民との間で友好が結ばれたという情報が入ってきた。

 

 その一環で、クルカニウム鉱石の供給が可能となったらしい。

 その旨を記した書簡が、東の国の王家からこちらの王家に届いたという。

 

 姫さまが、わざわざ学院に来て教えてくれたことである。

 その場に同席したメイス教授が小躍りして浮かれ騒ぎ、姫さまのお付きの人たちからひどく睨まれていた。

 

 普段、おれのことをよく睨んでくる彼女たちであるが……。

 

「ああ、この学院のやつらみんな頭がおかしいんだ、とあのとき悟ったのです」

 

 と後にこぼしていたらしい。

 まったくの事実無根でありこの件に関しては厳重に抗議するべきだよな、と研究室でクルンカに言ったところ、「先生……」となぜか憐れむような目で見られてしまった。

 

「クルンカくん、何か言いたいことがるなら言いたまえ」

「わたし、頭がおかしい、は学院の人たちにとって誉め言葉だと思っていました」

「え、いや、そんな事実はない……はず……?」

「どうしてそこで首をかしげているんでしょう」

 

 おれ以外の研究者を見ていると、わりと高い割合で奇行が目立つかなーって。

 ファーストもセブンも、だいぶアレなところがあったしなあ。

 

 そしてもちろん、わが師も。

 世間では美化されまくっているあのひとの駄目なところはたくさん知っているが、誰も信じてくれないんだよねえ。

 

「先生! 大賢者さまがいまの学院をみたら、きっと呆れ返ると思います!」

「すごくいい笑顔になるんじゃないかなあ」

「先生に、大賢者さまの何がわかるんですか!」

 

 なんで怒り出すんだ、我が弟子よ。

 いやまあ、そんなことはどうでもいいんだ。

 

「結局、追加のクルカニウム鉱石は手に入りそうなんですか? 先生が奪ってきたぶん、すぐ使い果たしちゃいましたよね?」

「メイス教授が実験で爆発させなければなあ……」

 

 張り切って実験して、失敗して、試料を失う。

 ままあることとはいえ、あのタイミングでの爆発は実に残念な出来事であった。

 

 ついでに、爆発によって実験棟の一部が倒壊し、学院上層部から睨まれたのも痛恨であった。

 姫さまが「修繕費は王家から出しますが、今回だけですからね」と融通をきかせてくれなければどうなっていたか……。

 

「まあ、最初から大量に、とはいかないみたいだな。少しずつ、となる。あと東の国から、いろいろと取引条件が出ているらしい」

「条件、ですか」

「向こう側の若い人を学生として受け入れろ、とか」

「はあ……特に問題ないんじゃないですか。能力さえ認められれば誰でも受け入れますよね、学院って」

「その能力がなあ……」

 

 クルンカが、何かを察した様子であちゃーという顔になる。

 うん、そうなんだよね。

 

「なにせ隷族だったあいつらだぞ、基礎もできていない」

「先生が捕まえた人たちを?」

 

 そうなんだよね。

 あの元隷族を数人、学院に受け入れてくれって言ってるんだ。

 

 何でも、彼らに知識とちからをつけて、山の民の支配構造を崩すきっかけにしたいとかで。

 そういうの、そっちの国の中だけでやって欲しいんだけどなあ。

 

「学院上層部は難色を示している」

「完全に別カリキュラムになりますよね」

「専用の教授を用意する必要があるから、いきなりは難しい」

「そりゃ、そうです。軍でも、基礎体力がない人はまず死ぬほど走らせます」

 

 いい例えだな。

 基礎学力がないというのは、基礎体力がないのと同じだ。

 

 まあ、そのあたりの調整は上の方が考えることである。

 王家としては受け入れる方向らしいし、実力主義という学院の趣旨からは少し外れるが……。

 

 元隷族の彼らは、おれが捕まえた者たちだ。

 彼らにかけられていた自爆魔法を解いたうえで向こうの国に引き渡したという経緯は、学院にも説明してある。

 

 山の民という特殊な血が混じっている彼らであるが……。

 しかし山の民の魔法は使えず、大賢者さまのご用意された基礎魔法を使っていたということも。

 

 そういう方面に詳しい教授が研究対象として喜びそうなんだよなあ。

 くれぐれも、人体実験とかはほどほどにするよう、姫さまから注意を入れて貰わなければならない。

 

 とか思っていたら、クルンカが険しい顔をしていた。

 

「ひょっとして、隷族だった人たちを実験材料にする教授が出るんじゃないでしょうか。ほら、わたしの身体で実験しようとした教授、いたじゃないですか」

「そこに気づいてしまったか……」

 

 うん、そっち方面の教授って、つまりクルンカの希少な体質に目をつけていた教授なんだよね。

 クルンカのご両親が姫さまに助けを求め、姫さまが彼女をおれ預かりとすることでことなきを得た。

 

 それが去年、クルンカがおれのもとに来た顛末だったりする。

 あれからもう半年か……。

 

 いまじゃ彼女は、立派なおれの弟子だ。

 

「姫さまも、そのへんはもちろんご承知だ。さすがに他国のゲストを実験材料にしたらタダじゃすまないぞ、と脅しつけるって」

「よかったです。本当によかった……」

 

 ほんとにね。

 あらかじめそのへんの危険性に気づく人がいて、本当によかったよ。

 

「ところで、先生はそのあたりに興味がないんですか。その、山の民の血が入った人たちの体質とかに」

「ちょっと興味はあるけど、そこまで詳しくないことにわざわざ首を突っ込むより、専門家に任せた方がいい。やりたいことはたくさんあるんだ」

 

 目の前の少女の専用魔法も、もうちょっと突き詰めていきたいところだしね。

 彼女の体質についていろいろわかってきたし、まだまだ強化できるはずなのだ。

 

 もちろん、彼女が身体を壊さない範囲で。

 いまはまだ成長期なのだから、無理は禁物である。

 

「そうですね! 先生はわたしの身体に夢中ですもんね!」

「間違ってはいないが、そういうことを外で大声で言わないように」

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 エリザ女史に呼び出されて彼女の部屋に赴くと、そこには学生姿の姫さまもいた。

 更に、見知らぬ顔がふたつ。

 

 中年の男女で、貴族の礼服を着ている。

 東の国から来た者たちで、魔術師であり研究者でもある者たちとのことだ。

 

「クルカニウム鉱石に関する共同研究の申し出、とのことだよ」

 

 エリザ女史が互いを紹介した後、おれにそう言った。

 

「何でおれなんです? 先にメイス教授に話をした方がいいんじゃないですか」

「彼はいま、実家で謹慎中でね」

 

 おい、何をやらかしたんだよ。

 いやまあ、心当たりは山ほどあるが……。

 

「いちおうは、横領ということになるか」

 

 エリザ女史が、だいぶ剣呑なことを言い始めた。

 

「あのひとが横領? ちょっと信じられないんですが……」

「他の研究予算をクルカニウム鉱石の研究につぎ込んでいたことがバレてね」

「納得しました。やりそうですね」

 

 東の国の方々がドン引きしている。

 いやだって、本当にありそうな話なんだもん……。

 

「現在は、謹慎、ということにして実家で金策させている。ちゃんとカネの区別をつけさせろ、と王家の一部はお怒りだ」

 

 エリザ女史が、ちらり、と姫さまを見る。

 姫さまが、にっこりと笑う。

 

 笑顔が怖い。

 東の国からきた男女も、少しびびっているみたいだ。

 

「あのひと、実家に帰れる程度には仲が良かったんですね」

 

 学院の研究者には実家と縁を切った元貴族も多い。

 特にひと昔前は、貴族と学院が互いを軽蔑していた関係上、そうであったとか。

 

 最近は、王家も貴族と学院の間を取り持って、そのあたりの関係もだいぶマシになっているのだが……。

 メイス教授くらいの年代だと、いろいろあっただろうことは想像に難くない。

 

「彼の実家もいろいろ複雑なんだが、まあ、そういうことだ」

「おれ、クルカニウム鉱石の件は教授たちに任せて、別の研究を中心にしようと思っていたんですが」

「別に連中のとりまとめをしろ、とは言わないが、それでもあれの研究にいちばん詳しいのはきみだろう?」

 

 それは、そうかもしれない。

 メイス教授とふたりで、嬉々としてデータを取りまくったからな……。

 

 ついでに、東の国から帰る際、強奪した鉱石をちょろっと使って、いくつか調べさせて貰ったし。

 なあに、多少目減りしたところで誰も気づかない、気づかない。

 

 実際は実験しているところを目の前の姫さまに見られたわけですが。

 姫さまはにっこり笑って許してくれたのでヨシ。

 

 ……弱みを握られた、ともいう。

 ああ、その借りをここで返せ、と?

 

「それで、おれは何をすればいいんですか」

「彼らが東の国から、これまでになく大きな試料を運んできてね。なんと、ヒトひとりでは抱えられないほど大きなクルカニウム鉱石だ。もはや岩、と言ってもいいだろうね。それを使って、これまでのちいさな塊ではできなかった実験を……」

「やりましょう」

 

 即答した。

 いやーそんなすごいものがあるなら、先に言ってくださいよ。

 

 で、そのクルカニウム岩はどこに?

 みせてみせて、ちょっとだけ触らせてくれればいいから、ちょっとだけだから、ね。

 

 あ、姫さまとエリザ女史はもういいですよ、あとはおれが全部やりますんで、ええ。

 何の問題もありません。

 

「わが師エリザよ、いまでしたらこの方を殴っても許されますよね」

「構わん、やりたまえ」

「暴力反対です、反対。何ですか、ふたりとも怖い顔をして」

 

 姫さまと女史は、ふたりして青筋を立てている。

 東の国から来た者たちは苦笑いしていた。

 

「ひとまず、そのいやらしい顔を何とかなさい。飢えた子どもが目の前にぶら下がった肉をみるような、その目をやめなさい」

「そりゃまあ、ごちそうですよ。よだれのひとつも垂らすでしょう。ヒトとして当然のことです」

「我が国と学院の品位を貶めるな、と申しております!」

 

 研究者なんて一皮むけば誰でもこんなもんだって。

 それより、さあ、行きましょう行きましょう。

 

「無邪気な方ですねえ」

 

 東の国から来た中年女性の方が、呆れ顔でそう呟く。

 はっはっは、そう褒められるのは慣れているんですよ。

 

「面白いお方だ。噂よりずっと、純真であられるようですな」

 

 その連れの男性が、ほっほっほと笑う。

 ヨシ、好印象だな!

 

 うん? 噂?

 

「おれ、他国でも噂になっているんですか」

「我が国でもっとも有名なのは、クルカニウム鉱石に関する研究の第一人者としてですな。狩りを好む貴族は、臭いの魔法について熱く語っておりましたぞ」

「ああ……そうですよね、臭いの魔法、当然ながら魔力の豊富な貴族の方が上手く使えますか」

 

 魔法の苦手な狩人用に開発したとはいえ、当然ながら得意な者が扱った方がより上手く活用できるものだ。

 あれのモジュールもだいぶ増えて、複雑化したから……いまとなっては簡単とはいえないモジュールもたくさん出てきてしまっている。

 

 もう、おれでは制御できない領域になってしまった気がするんだよなあ。

 そういうわけで、おれは彼らの持参したおみやげたるクルカニウム岩をみせてもらい……それを使って、いろいろ実験することになる。

 

 どさくさまぎれで、共同研究についても承諾してしまった。

 姫さまが何か言いたそうにしていたけど……ゴメンネ、駆け引きとかはおれには無理だから。

 

 

 




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