絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第53話

 冬が過ぎ、春となるころ。

 しょぼくれた様子のファーストが、研究室を訪れた。

 

「弟子はどうしたんだ」

「弟子? 何のことだね。あんな不義理な輩を弟子と言ったつもりはないな」

「おまえさあ……」

 

 弟子と喧嘩別れしたのね。

 こいつ、あれだけ自信満々に「弟子はいいぞ」とか言ってたくせに……。

 

「うるさいなあ、ぼくのことなんてどうでもいいだろう。だいたい、きみの方はどうなんだ」

「うちの弟子は、いま学科の講義に出ている。順調だよ。まだ未熟だし課題はいくつもあるが、ひとつひとつ協力して乗り越えていくつもりだ」

「む、むむ、むむむむむ……っ」

 

 肩をいからせ、涙目で睨んでくるファースト。

 みてください、これが大賢者の最初の弟子ですよ!

 

「まあ、今回はおれの勝ちってことで」

「そんな勝負をしたつもりはないね」

「でもうちの弟子、すごくいい子なんだよ? 一度、会ったことがあると思うけど」

「ああ、あの光る子ね。きみが興味を持つのもわかる。あの子の素質を開花させれば、たいした戦士になるだろう。でも研究者としてはどうかな」

 

 ああ、そうだなあ、研究者なあ。

 クルンカの素質って、そっち方面じゃないとはたしかに思うんだ。

 

 でも別に、おれの弟子が研究者にならなきゃいけない、ってわけじゃない。

 師と弟子が同じ方向を向いているのもいいけど、全然違う方向を向いているのもまた面白いじゃないか。

 

 そんなことを、ざっくばらんにファーストに語った。

 ファーストは途中から神妙な表情になって、うつむいてしまった。

 

「どうしたんだよ、いったい」

「きみの言う通りかもしれないな、と思っただけさ。そうだね、たしかに、弟子が師と同じ方向を向く必要はない。弟子をとる、というのは己を縮小再生産するための手段や、己の道の先を歩かせるための手段ではない。いや、そうあってはならないのだろう。そんなこと、我らの師のありようを考えればずっと昔に理解していなければならないことだった。なにせぼくは、あの方をいちばん古くからみていたのだから。にもかかわらず、だ……。笑ってくれたまえ。ぼくはあの方の教えを全然理解していなかったのだな」

 

 やたら自虐的に語り出すファーストをみていて、おれは苦笑いせざるを得なかった。

 こいつでも、こういう風に思い悩むのだなあ。

 

「ファースト、きみが弟子に対してどういう態度で接していたかは知らない。でもきみのことだから、きっと真面目に、真剣に取り組んでいたことだけはわかる」

「……急に褒めるね、きみは」

「思ったことを口にしているだけだ。あと、おれはきみの弟子について何も情報を持っていないから、てんで的外れかもしれない」

「いや、そうだね。……そうだ、ぼくは少しばかり生真面目すぎたのかもしれない。昔も、きみたちと接していて、息苦しいと言われたことを思い出した」

「そんなこと言ったっけ」

「きみは忘れているかもしれないね。そういうヤツだ」

 

 あれえ、どうだっけかなあ。

 おれたちのことを子ども扱いして、あれこれと世話を焼いてくれていたことは覚えているけれど。

 

 そういえば、セブンが「あなたはわたしの母親か」と怒鳴っていた気はするけど。

 いやそう言うセブンだって充分生真面目で、おれのいい加減なところをよく叱っていた気がするんだけど……。

 

「弟子の中でも、きみが不真面目よりだったことだけは間違いないね。でもいちばんひどかったわけでもない」

「それはそう」

 

 当時の面子の顔を思い出しながら、激しく首肯する。

 結局、残った三人のうちおれ以外のふたりが真面目すぎたんだよ。

 

 五年前、人類は大賢者を失った。

 真面目なふたりが、揃って行方不明になった。

 

 おれも大賢者の弟子であることを隠して、各地を旅していた。

 この学院に居ついたのは、たまたま縁があって、この場所の居心地がよかったからだ。

 

 この地で何かを成し遂げようなんて、これっぽっちも考えていなかった。

 

「なあ、ラスト」

「なんだよ」

「弟子に怒鳴って、勝手に出ていってしまったぼくは、どんな顔をして謝ればいいんだろうか」

 

 しなびた野菜のようにへなへなになって、ファーストはおれをみる。

 

「素直にその気持ちを伝えろ」

「怖い」

「普段の横柄さはどこに行ったんだか」

 

 ぷい、とそっぽを向くファーストに、思わず苦笑いが出る。

 

「そいつは、どこに住んでいるんだ。おれが会いにってやろうか?」

「頼めるか? ……いや、やっぱりいい。これはぼくがやるべきことだ」

「そうか」

「あ、でもやっぱり……ううん、でも……」

 

 このうじうじしたありさまをこいつの弟子がみれば、一発で和解できると思うんだけどなあ。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 クルンカがドアをノックした後、入ってきた。

 研究室の仮眠用ベッドに腰を下ろし、物憂げな表情を浮かべているファーストをみつけて、「あっ、あのときのお姉さん!」と声をあげる。

 

「お久しぶりです! 以前はありがとうございました!」

「あ、ああ……きみか。この男の弟子になったんだって?」

「はい! 先生からいろいろ教えていただいてます!」

「ふむ……きみはまっすぐな心根の持ち主だね。この男が少し羨ましいよ。……はあ」

「えっと……」

「気にするな、クルンカ。こいつ弟子と喧嘩したらしくってな」

 

 思わせぶりなため息をつくファーストの様子に小首をかしげるクルンカに、軽く状況を説明する。

 

「おれの何倍も生きている耳長族のくせに、弟子と些細なもめごとを起こして、何といって戻ればいいか悩んでるんだ。面白いだろ」

「先生、ヒトの悩み事を、そんな風に言うべきじゃありません!」

「……お、おう」

「だいたい先生は昔からデリカシーがないって評判だったそうじゃないですか! 他人の武器を勝手にいじったこととかもそうですし、そもそも……」

 

 腰に手を当てて説教モードに入るクルンカ。

 待て、待ちたまえ、落ち着くんだ我が弟子よ。

 

 ファーストも、てめえ、腹を抱えて笑うんじゃねえ。

 

「そういうわけですから、お姉さん、元気を出してください! うちの先生よりはきっとマシです!」

「ははは……変わった励まし方もあったものだね。きみは、本当にいい弟子を持ったものだ」

「いまのやりとりで、そんな感想が出るわけ?」

「お互いによほど信頼し合ってなければ、さっきみたいなやりとりは出てこないだろう?」

 

 そういうものかな?

 ……ちょっとよくわからないな……。

 

「ところで、お姉さんは先生のご友人なんですよね」

「友人……まあ、そうかな。でも言っておくけど、彼ほど変人ではないつもりだよ」

「待て、おれはこいつほど変人じゃないぞ」

 

 なぜかクルンカが、おれとファーストを両方ともジト目で睨んでくる。

 

「すっごく仲がいいのはわかります!」

「うん、まあ、そうだな」

 

 クルンカが、じーっとおれをみつめてくる。

 うん? 何だよ、いったい。

 

「いえ、この方が先生のお師匠さまなのかな、と思って。でも、さっきの会話も含めて違うんだろうなと思い直しました!」

「なるほど。まあでも、こいつから学ぶところが多かったのは事実だぞ」

「先生がたまに使う、ヒトにしゃべっちゃいけない魔法、というのも、いくつかはお姉さんからなんだろうなって」

「ああ、それはそう」

「……きみ、この子に何の魔法をみせたんだね。いまこの場で、とっとと吐きなさい」

 

 あ、ファーストがちょっとキレ気味になってる。

 仕方がないので状況も含めて、先日の事件にまつわるあれこれを説明した。

 

 ファーストはおおきく息を吐き、「そういう事情であれば、仕方がないだろうね」とうなずいてみせる。

 

「そもそも、人形繰りに関してはぼくが何か言うべきことじゃない。それはそれとして、人形繰り関係の技術を世に広めるのは少し考えた方がいいね」

「あれ、お姉さんの魔法ではなかったんですね。ごめんなさい」

「共通の知り合いたちが共同でつくった魔法、というのが正確なところかな。あいにくと、ぼくはあの魔法が苦手でね。みての通り、ぼくは耳長族で、汎用魔法を使えないから、何かとハンデがね」

「汎用魔法……大賢者さまのご用意された基礎魔法のことですか?」

「うん、それ。クルンカくん、きみが一部の魔法に対して強い適性を持つように、ぼくの適性は普通のヒトとはだいぶ違うんだ。そのあたりの変換も慣れたものではあるんだが……一部の魔法については、どうしても苦手にならざるを得ない。……この男は、それを嘲笑ったりするんだよ。ひどいと思わないか?」

「それはひどいと思います! 駄目ですよ、先生!」

 

 何故ここでおれは責められているのだろう?

 いや、クルンカは完全に善意でしゃべっているし、過去にちょっとファーストをからかったのは事実なんだが……。

 

 あのときの、兄弟弟子たちの雰囲気について話すのも面倒なんだよな。

 まあ、いいか。

 

「何、きみは黄昏れているんだい」

「あのころの雰囲気は、もう二度と戻らないだろうなって思っただけだ。すまん、おれとしたことが、過去を懐かしむなんてらしくないな」

「……そうだね。ぼくときみがこうして会話していることだって、百年後には、ぼくにとってなつかしい出来事のひとつになっているだろう」

 

 ヒトの間で長く生きるヒトではない存在であるファーストにとっては、まあ、そういうことになるか。

 いつかおれたちは、こいつを置いて死んでいく。

 

 だが、まあ、それは先の話だ。

 

「なあ、さっき少し言いかけていた、人形繰りの魔法を一般化させる際の問題点ってやつを教えてくれないか」

「どうしたんだい、急に」

「きみが将来、おれたちを思い出す材料がひとつでも増えればいいと思ってね。同時に、その際に問題があるならいまのうちに検討しておきたい」

「なるほど、いいだろう。そもそもあの魔法、ぼくの考えでは軍事的な利用価値が非常に高い」

「あ、それはわたしも思いました! たぶんおじいちゃんが知ったら、めちゃくちゃ囲い込みます!」

「だから、一般化するにしてもまず意識を移す部分について大幅にダウングレードするべきで……」

 

 クルンカもファーストとの対話に自然に混ざってくる。

 ファーストは、軍人の娘であるクルンカの知見になんどもうなずきながら、持論を展開した。

 

 なんだか、それは。

 あの懐かしい日の光景がいまに蘇ったかのようで、少しわくわくした。

 

「先生、どうしたんですか」

 

 おれが黙っていると、不思議に思ったのか、クルンカが訊ねてくる。

 おれは笑って「きみはもう、立派な弟子だな」と言った。

 

「もちろんです!」

 

 クルンカは胸を張る。

 彼女はきっと、いまの言葉の意味に気づいていないけれど……。

 

 クルンカを優しい視線で見守るファーストは、きっと理解しているのだろう。

 このちいさな娘もまた、広い意味で、大賢者の弟子なのだということを。

 

 大賢者の精神はこうして受け継がれていくのだということを。

 

「そうだね。……ぼくも、やらなければいけないことを思い出したよ」

 

 ファーストが、小声で呟く。

 




書籍版、3月25日発売です。
主人公と姫さまとクルンカが表紙となります。

https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824011176&vid=&cat=NVL&swrd=

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