絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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前回の話が、なんかとてもいい感じに最終回だったのでこれでもう終わりでいいかな……と思ったのですが。
最後に主人公と姫さまのエピソードを入れるか……と考え直したため、もう少々、おつきあいください。


第54話

 春の始まりの、とある日のこと。

 かつてチームを組んでいた斥候の男と、久しぶりに王都の酒場で会った。

 

 彼の方から、話があると呼び出してきたのだ。

 まあ、そもそもたいていの場合、彼は所在不明だから、こちらから呼び出すことは難しいのだが……。

 

 昼日中、人の少ない薄暗い酒場の片隅で酒を酌み交わす。

 ボトルで頼んだ蒸留酒を一本空けたところで、奴の話は本題に入った。

 

「結婚することにした」

「おまえ、その気はあったのか……」

「子どもが生まれたんだ」

 

 で、どの町の女?

 きみたしか、何人かいたよね?

 

 まあ、向こうもそのへんは納得済みでのつきあいだったのは知ってるけど……。

 少なくとも、定期的に経歴を消すこいつにつきあっているような、重い女たちだったはずである。

 

「冒険者ギルドの仕事も辞めることにしたよ」

「きみくらいの年齢まで斥候を務めていること自体、珍しいからなあ」

 

 これが魔術師とかなら話は別なんだが。

 肉体労働系の仕事は旬が短い。

 

「しばらくの蓄えはあるんだろうが……」

「狩猟ギルドの方に世話になる。冒険者ギルドからは後進の指導を頼まれている」

「そりゃ、きみくらいの腕なら引っ張りだこだろうな」

 

 小国の王をひとりで暗殺できるくらいの腕だもんなあ。

 まあ、そのことを知ってるのは、たぶんおれだけだけども。

 

 あと、暗殺した相手はセブンの人形だったわけだけども。

 あれも、もう一年近く前になるのか……。

 

「で、どの町に住むんだ」

「ここだ」

 

 斥候は地面を指さした。

 

「え、そうなの。つーかきみ、この王都にも女がいたんだ」

「いや、引っ越させる。子どもが生まれた後が安全かもしれんが……できればこの町で産んで欲しいんだ」

「こっちで産みたい? ああそうか、たしか学院に、産術の研究をしている奴らがいるから……」

 

 産術師と呼ばれる者たちである。

 大賢者さまのご用意された基礎魔法のうち、特に出産に関する魔法を習得した人々をこう呼ぶ。

 

 ちいさな村でも、ひとりは産術師がいるものだ。

 だいたいは女性だが、村でいちばん魔法が上手い男が兼任することもある。

 

 おれもちいさな頃、産術師をさせられていたことがあるんだよなあ。

 あれはあれで、技量次第なのだと身に染みて理解していた。

 

 学院では、出産に伴う母体の負担軽減から乳幼児の生存率の向上あたりの研究者を産術師と定義し、これの研究に資金を投じている。

 おかげで、この国では年々、出産死亡率が減少している。

 

 この噂は他国にも広まりつつあり、他国の王家が学院の産術師に出向を願う、などといったこともあるらしい。

 そっち方面、いまどうなっているのか詳しくは知らないんだけどね。

 

「優れた産術師がつくなら、金に糸目はつけん」

 

 こいつめ、父親の顔をしやがって。

 でも、まあ、うん、そうか……こいつの子どもか……。

 

「わかった。そういうことなら、こっちの方でも話は通しておこう」

「恩に着る」

「……一応聞いておくが、生まれる子どもはひとりだよな?」

「いや、三人だ。皆、ほぼ同時に妊娠が判明してな……」

「三人と結婚するのかよ」

 

 さすがに少し驚いたが、まあこいつなら三人の女とその子どもくらい養っていけるだろう。

 それくらいの甲斐性はあるし、女の方もそれを知っているに違いない。

 

 なら、あとはこいつらの間における問題だ。

 おれが関与するべきことではない。

 

「ここ一年、きみがこの町によく来ていたのは、どこに住むか決めるためでもあったってことか」

「そのことも、頭の隅にはあったという程度だな」

「そうか。まあ、この王都が気に入ってくれたなら、おれとしても嬉しいね。ここはいい町だ」

 

 細かい話はこれから詰めていくとして、まず三人の妊娠中の女性が王都まで旅をするわけだよなあ。

 こいつが自分で護衛をするんだろうが、何ともたいへんなことだ。

 

 その苦労を背負ってでも、こいつはやり遂げると決めた。

 なら友人として、せいぜい応援してやらなければならないだろう。

 

「出産はいつ頃になるんだ」

「夏の終わりくらいだろう」

「妊婦のお腹が大きくなることを考えると、あまり余裕はないな……」

「学院では、あまり揺れない馬車をつくっていると聞いたが」

「あるにはあるが、軍の機密も絡んでくる。……向こうに少し聞いてみるよ」

 

 最悪、姫さまに頼むかなあ。

 おれと同じで、こいつも姫さまの母親の友人なのだから。

 

 ゆっくりと酒を酌み交わす。

 おれたちは日が暮れるまで呑み続けた。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 数日後。

 学院の酒場のカウンターで呑んでいると、隣に学生姿の姫さまが座った。

 

「お子さんができるそうですね」

「耳が早い」

「驚きましたよ。あなたに結婚する相手がいるとは……」

「待って、そうじゃない」

 

 姫さまの顔をみたら、闇落ちしそうな暗い雰囲気でこちらをジト目で睨んでいた。

 

「言い訳はよろしい」

「本当にそうじゃなくて、だな」

「わたくしとの仲は遊びだったのですね」

「言ってみたかったんですか、その言葉」

「実は、少し」

 

 ぺろりと舌を出す姫さま。

 寄ってきたウェイトレスに葡萄酒とつまみを頼んでいた。

 

 簡単に、ことの次第を話す。

 姫さまは、なぜかほっと胸に手を置いて、おおきく息を吐いた。

 

 その後、またひどく睨まれる。

 

「まぎらわしい」

「何もまぎらわしくないよ! 友人のために骨を折っているだけだよ!」

 

 学院のそっち関係の人たちに話をしに行ったのが昨日なんだよなあ。

 どうしてそれで姫さまがすっ飛んでくるんだよ!

 

「あなたはもはや、この国の宝なのですよ」

「それは言い過ぎでは」

「充分な自覚を望みます。胸に手を当てて考えてみなさい」

 

 考えてみた。

 うーん、まあ、去年一年、姫さまにはよくしてもらったし、この国のおかげでおれも自由にのびのびと研究できたわけだが……。

 

 言われてみれば、いろいろつくったなあ。

 いろいろ研究したなあ。

 

 なんだかんだで、いちばん大きく広まったのが臭いの魔法だろうか。

 こちらに入ってくるお金だと、そこまでじゃないんだけどね。

 

 なにせ臭いの魔法に関しては、料金をめちゃくちゃ安く設定したから。

 本来の目的が、友人の狩人でも使用できるもの、だったから仕方がないのである。

 

 もはや狩人以外の人たちがやっているモジュール研究の方がメインになってきちゃってるんだけどね。

 

「ひょっとして、ハニートラップとか警戒されてます? おれがへんな奴らに騙されていたりするとかを」

「とても警戒しております。クルンカからも何も報告が来ていないので、ある程度は安心しておりましたが……」

 

 ああ、本当にクルンカは、ファーストに関して完全に口をつぐんでいるんだなあ。

 ファーストは同じ大賢者の弟子だから、彼女の存在を隠匿できるならした方がいい、というのは確かである。

 

「おれが女性関係で身を持ち崩すような男だと思いますか」

「そう言って自信満々で身を持ち崩す連中が、どれほど貴族にいると思っておりますか?」

 

 世間一般を引き合いに出されると反論が難しい。

 なにせ、あいつだって結局、三人を同時に妊娠されているんだよなあ。

 

 姫さまが、じーっ、とおれの目をみてくる。

 おれはごまかすように、蒸留酒の杯を口に運んだ。

 

「そのご友人というのは、どういった方なのですか」

「古い知り合いだよ。きみのお母上ともチームを組んでいた。とても優秀な斥候だ」

「ああ……あの女たらし」

 

 おい、あいつめ。

 娘に対して、どんな風に言ったんだ。

 

 いやたしかに、クールな外見で人嫌いな感じを出しているのに女たらしだったんだけどさあ。

 でもチームの中にはそういった問題を持ち込まない、という意味で徹底していたんだぜ。

 

 あとその斥候に、先日、きみは仕事を頼んでいたよね。

 まだ気づいていないっぽいけど。

 

「ついに観念した、というあたりですか。何人、同時に孕ませたのです」

「カンがいいね」

「なるほど、ふたり、ではありませんね。三人? まさか四人、ということはないと思うのですが……」

「三人です……」

 

 すごい、姫さまのあいつに対する信用が初手から最底辺だ。

 いつ顔合わせをしてやろうかなあ。

 

「まあ、それはよろしい。母の仲間であったというなら、わたくしにとってもまったくの他人ではありません。いろいろと手配いたしましょう。……王都で産むのですよね?」

「優秀な産術師を頼りたいから、なるべく早く連れてくるって言っていたよ」

「産術師については、何とかいたしましょう。これからわが国の民となるなら、頼もしいことです」

 

 こちらとしても、姫さまが手を尽くしてくれるなら頼もしいよ。

 女の懐にすっと入っていくのが得意な以外は、義理固いしいい奴なんだ。

 

「ついでに、あなたも身を固めてはいかがですか」

「おれは、いいよ。まともに夫ができる気がしないし、ましてや子の親になれる気もしない」

 

 杯の中身を空けて、もう一杯を頼んだ。

 とびきりの強い酒だ。

 

「束縛を厭うのですね」

「ああ。弟子がひとりできた。それだけでも、おれには充分すぎるほどだ」

 

 姫さまは、くすりと笑う。

 

「わかりました。あなたの考え、改めて父に伝えましょう」

「そうしてくれると嬉しい。……おれはたぶん、ヒトとして大切なものがないんだろうな」

「臆病なのですね」

 

 それは責めるような口調ではなく、優しく諭すようであった。

 おれは無言で杯を傾ける。

 

「あなたが望まぬのであれば、我々はあなたを見守るだけに留めます。何度でも申し上げますが、それだけは胸に刻みこんでください」

「ああ」

「ですが、ひとつだけ。聞かせていただけませんか。何故、そこまで何かに属することを厭うのですか」

「あなたの言った通り、臆病、というのがたぶん答えなんだろうな」

 

 おれは少し考えて、そう返事をする。

 実際のところ、自覚しているのだ、もう何かを失いたくない自分というもののことを。

 

 生まれてから、あいつらとチームを組むまでのこと。

 あいつらと別れてから、あの方と会うまでのこと。

 

 そしてあの方のこと。

 大賢者の弟子たちとの幸福な研究の日々と……。

 

 あの方を失い、あいつらも失い、そして。

 いまここに、おれがいる。

 

「よろしければ、話を聞かせていただけませんか」

 

 




書籍版、3月25日発売です。

冒頭、立ち読みできるようになっていますのでよろしければ。
なおこの直後、クルンカが生徒となり、主人公が講義する話が入ります。
Web版とだいぶ変わりながらも面白い話になっているので、お手に取っていただければ幸いです。

https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824011176&vid=&cat=NVL&swrd=

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