絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~) 作:星野純三
いろいろ手を入れ、書籍オリジナルのエピソードも追加していますので、よろしければお手に取ってみてください。
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おれを産んだ女は、村長の娘だ。
父は旅の魔術師で、行きずりの関係を結んだという。
村に魔力の高い者の血を入れるためで、辺境ではよくある話である。
母はあまり魔力がある方ではなかったものの、おれは村の誰よりも魔力が多く、魔法の才能にも優れていた。
おそらく、父は貴族崩れだったのだろう。
結局、おれが村を出るまで父の話は一度も出なかったし、村長はおれのことを便利な道具くらいに思っていた様子であったから、どうでもいいことである。
そう、道具だ。
幼いころから、おれは魔法を使える便利な道具として扱われていた。
五つになる頃には、村で他に魔法の得意な者は少なく、その数少ないひとりであるおれの最初の師のもとに預けられ、村でよく使う魔法を教わっていた。
七歳で、その師よりも魔法に熟達し、もはや村の誰よりも魔法を使いこなしていた。
「大賢者さまのご用意された基礎魔法に記された魔法は、もっといろいろなものがあると聞きました。教えてください」
「駄目だ。村で暮らすには必要ない。おまえは黙って従っていればいいのだ」
周囲で魔物が出たという話も聞かないような、平和な村だった。
適度に辺境で、適度に国の中心に近く、しかし人の往来は少ないような、閉鎖的な土地であった。
つまらないな、というのが正直な気持ちだった。
もっと知りたい、もっと学びたい、もっと先を見たい。
この地では、己の欲求を満たすことできない。
旅人の話を聞くうち、おれがそう悟るまでにたいした時間はかからなかった。
数年かけて準備を整えた。
そして。
十二歳のとき、黙って村を出た。
かねてから開発していた拙い隠密の魔法を使って、追っ手を撒いた。
月のない夜である。
村人たちの怒鳴り声が遠く響いていた。
二度と戻らないと心に決めて、おれは走った。
二日かけて、村のいちばん近くの町まで赴き……。
そこで騙されて身ぐるみ剥がされた。
危うく殺されそうになった。
間一髪というところで、一組の男女に助けられた。
それからしばらくは、冒険者としての基礎をその男女に教わった。
一年ほど彼らと旅をしながら、腕を磨いた。
冒険者という生活に慣れ、市井の人々に交じるということに慣れた。
さまざまなものを見て、さまざまな話を聞いた。
おれを助けてくれたふたりは惜しみなく知識を与えてくた。
しかし彼らは、おれが新しいことをしようとすると、それを諫めた。
「もっと先に学ぶことがあるだろう。大賢者さまのご用意された基礎魔法は覚えたのか」
「とっくに全部覚えたよ。いろいろ改良中」
「改良? まさか、あれは完璧なんだ。これ以上、へんにいじるんじゃない」
おれは首をひねった。
大賢者さまのご用意された基礎魔法は、たしかに有用である。
ヒトが生きるために必要なものを詰め込んだ、道具としての美しさがある。
だがそれは、あくまでもヒトが簡単に習得できる、最低限のものだ。
そこから先は各々が考えていくべきではないだろうか。
とはいえ恩人に対して反論するべきかどうか、そのときのおれにはわからなかった。
彼らが過剰なまでに敬う存在。
大賢者さま。
だが正直、当時のおれには、あの方がそこまで絶対視するべき存在だとは思えなかった。
まあこれは、当時の思い上がりが九割といったところで、学べば学ぶほど大賢者さまの凄さを理解していくのだが……。
それでも。
人々の、大賢者さまの言葉を一字一句を字面通りに受け止めようとするさまに、奇妙なひっかかりを覚えた。
仲間に隠れて魔法の改良を行なった。
彼らふたりは、客観的に見ても善良な者たちであったし、おれによくしてくれているのだ、無駄に波風を立てる必要はない。
多少の考え方の違いを飲み込んでこそ、チームである。
それくらいは、当時のおれでも理解していた。
しかし、しばらくして。
ふたりはおれに、こう言った。
「引退するよ。夫婦になることにした。おまえはもう、ひとりで生きていける。おれたちのことなんて忘れて、自由に生きろ」
自由に活きろ。
そのときは、その言葉の意味がわからなかった。
ただ、ひどく裏切られたのだと感じた。
いまとなっては、ふたりはおれが不満を溜め込んでいることを理解してたのだろうとわかる。
おれの態度は、きっとさぞや傲岸不遜であったのだろう。
ふたりは、向上心の塊となってひたすらに己を研鑽していくおれの様子を見ていた。
鬼気迫るものを感じた、と後に再会したとき語ってくれた。
そして、自分たちの存在が枷となってしまっていることも。
自分たちがいては、この少年は駄目になってしまうのではないかと恐れたことも。
ちょうど潮時でもあったのだ、と。
数年後に再会したふたりは、幸せそうに笑っていた。
とある町の居酒屋の主人と、そのウェイトレスになって、ふたりは日々を忙しく過ごしていたのである。
その様子は、冒険者をやっているより、よほど似合っていた。
つまりは、そう。
あのときの出来事は、それで結果的によかったのだ。
当時はそんなこともわからなかった。
おれは、しばらく自暴自棄になって旅をした。
たぶんそのころのおれは、ひどく荒れていて、喧嘩を売ったり買ったりも日常茶飯事だったように思う。
そんなある日、とあるチームに拾われた。
「きみの母君が、そのチームのリーダーだった」
おれは姫さまに告げる。
姫さまは適度に相槌を打ちながら、おれの話を聞いてくれていた。
このことを誰かに話すのは久しぶりだ。
大賢者さまにも、その弟子たちにも、話したことはなかった。
ひとの身の上なんて聞いても面白くはないものである。
そんなものに興味を持つ奴らはただの暇人か、人の秘密を知りたいような下心のある連中くらいだろうという偏見があった。
姫さまが、そのどちらでもないことはよく知っていた。
だから、自然に言葉が出てきたのである。
別に隠したくて、隠していたわけではない。
知られたところでなにか問題があるわけでもなかった。
ただ、姫さまはおれの話を真剣に聞いてくれて。
それが、何故だかたまらなく嬉しかった。
「そのチームに加わって、やっと理解できたんだ。前のチームは解散するしかなかった。当然のことだった」
「彼らの不満が理解できた、ということですか?」
「いや、彼らが夫婦になって冒険者を辞めたのは、彼らがこれ以上、冒険者を続けられなかったからだ。……言い方は悪いが、才能がなかった」
「才能、ですか」
「おれにも冒険者の才能なんてなかったんだけどな」
最高のチームだと思ったものは、一年と少しで破綻した。
彼らの向いている方向がばらばらだったことが、たったの一年で、お互いにはっきりとわかってしまったのである。
「特におれがよくなかった」
「それはそうでしょうね」
姫さまは、とてもよくわかるとばかりに、うんうんとうなずく。
「そこはもうちょっと、慰めの言葉をくれるところじゃない?」
「そのようなものが欲しいのですか?」
「いや、いらないが……」
うん、だって本当に当然だからね……。
弟子のクルンカだって、おれのそのあたりの適性については当然って言うからね……。
「だが、ほら、なにかあるだろう」
「続けてください」
はい……。
いやもう、だいたい話し終えたと思うんだけどね。
「おれの生い立ちなんてその程度のものなんだ。なんとなく、どこかに腰を据える気がしないというか……できる気がしない」
「この国でも、ですか」
「いい国だと思うよ。この学院も、居心地がいい」
「ありがとうございます」
「でも、これからもそうかは、ちょっとおれにはわからない」
ヒトは気まぐれで、おれはもっと気まぐれだ。
この先、どうなるかなんてわからない以上、なにかに縛りつけられても困ってしまう。
思えば、大賢者の弟子たちは、皆、そんな感じの者たちだった。
だからこそ、あそこはとても居心地がよくて……。
そして、その最高の場所は。
おれの人生でいちばん楽しかった時代は。
いまはもう、存在しない。
◇ ※ ◇
「別に、居場所であると考える必要はないのではありませんか」
少しの沈黙の後、姫さまは口を開いた。
「最初に組んだチームの方々とは、後に再会したのでしょう?」
「ああ、五年くらいしてからかな。ふたりの間に生まれた子どもは、元気に走りまわれるくらいになっていた」
「わたくしの母と生きて再会することは叶いませんでしたが、さきほどおっしゃっていた斥候の方とは……」
「何度か会っていた。最近はよく会うなと思っていたんだ」
「そして、わたくしはあなたと出会うことができました」
姫さまが、じっとおれをみつめてくる。
おれは肩をすくめて、杯に口をつけた。
「別れても、また会うことができます。旅を続けたとしても、同じ場所に戻ってくることもあるでしょう。この国は、そういうものであってよいのではありませんか」
「それじゃ、おれの勝手にまわりを振りまわしすぎる」
「勝手でよろしい、とわたくしは思うのです。振りまわしてよろしいと。最初のチームのふたりは、あなたとの再会をどう思っていたのでしょうか」
おれは、当時のことを思い返した。
たまたま入った酒場の店主とウェイトレスが、おれの姿をみて、涙を流したこと。
おれのことをずっと心配していたのだ、と言われた。
自分たちの勝手で、気まぐれで、チームを解散してしまったことを詫びていた。
違うのだ、とは言い難かった。
実際に根を上げたのはふたりの方で、それに対しておれが何か言うのは違う気がした。
それでも、ふたりの歓迎が嬉しかった。
その日は夜遅くまで、当時のことを語り合った。
「とても喜んでくれたよ」
「わたくしも、母の昔語りに出てきたあなたが訪ねてきてくれたこと、とても嬉しかったのですよ」
「他人の武器を勝手にいじるようなやつが?」
「あなたの話をするとき、母はいつも笑っていましたから」
そうか、とおれは酒の入った杯に目線を落とす。
琥珀色の液体が揺れ、おれの顔が歪んでみえた。
ふと、思い出す。
学院の研究室に初めて訪ねてきたときの、ファーストの様子だ。
「探し当てるのは簡単だった」
と彼女は言った。
態度はいつもと変わらず、五年ぶりだというのに昨日の今日でまた会ったな、という感じであったが……。
おれには、わかる。
あのときのあいつは、何故だかとても、ほっとした様子であったのである。
それは単に、姉弟子として、おれの無事を確認できて、喜んでいたのだと思っていたのだが……。
同時に、先日の、おれとあいつとクルンカでの会話も思い出したのである。
あの議論は、本当に楽しかった。
大賢者の弟子たちが集まる当時に戻れたような気がした。
「居場所、か」
おれは琥珀色の液体を一気に呑み干す。
喉が、カッと焼けるように熱い。
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