絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第56話 絶対にバレてはいけない

 ヒトと交わらぬ研究に、意味があるのだろうか。

 かつてわが師は、弟子のおれたちにこう言った。

 

「きみたちがどれだけ優れていようと、きみたちだけで生きていけるわけではない。だから、どれほど苦労しても、市井に交じって暮らしたまえ。きみたちはそれができると、わたしは心から信じている」

 

 そう語ったときのあの方の気持ちは、どのようなものだったのだろう。

 いずれにせよ、あのときすでに、あの方は覚悟を決めていた。

 

 自分だけは、市井に交って暮らすわけにはいかないことを。

 自分が消えることだけが、この停滞した世界を動かすということを。

 

 実際、そのようになった。

 あの方は消え、残されたおれたちは、不器用ながらもヒトの群れの中で暮らしている。

 

 おれにも、居場所ができた。

 それは嬉しいことであると同時に、もうけっして、あの頃には戻れないということでもあった。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 やるべきことは山積みだった。

 おれの心持ちが変わったところで、なにか現実が変化するわけではない。

 

 クルンカの体質のこと、知り合いの斥候の移住に関すること、クルカニウム鉱石の研究、留学生のこと。

 他の研究室の者たちとの調整や、学院内での面倒なやりとり、あれこれと難癖をつけてくる教授、ちょっとした面倒ごとを持ち込むエリザ女史……。

 

 姫さまはああ言ってくれたが、だからといって弟子をとった以上、すべての責任を放り出してしまうわけにもいかない。

 その弟子は、「先生、疲れたならいつでも言ってください! 出奔の準備は万端です!」と荷物を詰め込んだリュックサックを笑顔でみせてくれるんだけども。

 

 いや、その、そんなに満面の笑顔で「社会不適合者の先生が無理をしなくてもいいんですよ」とか言われても、おれにも大人としての面子というものがだね。

 たしかに逃げたくなることはいっぱいあるんだけどもね。

 

「わたし、今度は北の方に行ってみたいです!」

「なんで出奔する気まんまんなの!?」

「だって、ご友人が引っ越してくる頃には帰って来たいですよね? だったらいまから出奔するのが、ちょうどいいと思うんです!」

 

 なるほど、一理ある。

 でも出奔って、そういうものだっけ?

 

 まあそれはそれとして、もうちょっと頑張りたいところだ。

 特に巨大クルカニウム岩を使った魔力伝導実験は、非常に興味深いデータがとれそうなんだよ。

 

 うまくいけば、将来的には超長距離で互いに会話するような魔道具をつくることも可能かもしれない。

 そうでなくても、簡単な方法で増幅器として使用することが……ああ、でもこっちは軍事用になっちゃいそうだなあ。

 

 みたいなことを早口でクルンカに説明したところ……。

 

「安心してください。たぶん前者も軍事用です!」

 

 と笑顔で言いきられてしまった。

 

「先生。わたし最近、思ったんです。どんな技術だって軍事用に転換できるから、いちいち考えても無駄なんじゃないかなって」

「困ったことに一理ある」

「それでも、本当に危険そうなものについて隠そうとする先生の姿勢は、正しいと思いますから!」

 

 この子のものわかりのよさは、とことんお目付け役に向いてないなあ。

 姫さまは、名目上のお目付け役として周囲を納得させつつおれに自由にさせるためにこそ、彼女を選んだ様子だけど。

 

 いろいろ気配りされているというのも、いまとなってはよく理解できる。

 他の国でそういう気配りがなかった結果、おれは各地を放浪することになったのだから。

 

 当時は、それでいいと思っていた。

 根無し草であっても、研究さえできればそれでいい。

 

 その場、その場で、己のちからだけで生きていけばいい。

 それだけのちからはあるのだから、と。

 

 ところが、それだけではできないことがあった。

 同じところに留まることで、生まれる関係があった。

 

 おれの研究室に、ファーストが何度も訪れるようになった。

 かつての仲間たちが、この国を基点にするようになった。

 

 そのすべてがおれのおかげ、というわけではないにせよ。

 おれがひとつのところに留まることで、変化するものがいくつもあったことは事実である。

 

 まあ、その結果、セブンの人形が暴れたりもしたんだが……。

 はたして肝心の本物のセブンはいま、どこでなにをしているのだろう。

 

 ………。

 生きていればいい、と思うのだが。

 

 はたして……いや、どうだろうなあ。

 結局のところ、おれにはあいつの考えを理解できる気がしないのである。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 姫さまにおれの生まれの話をした後、こう訊ねられた。

 

「あなたの生まれた村が、いまどうなっているか知りたいですか」

 

 おれの返事は、「どうでもいい」だった。

 

「ここからじゃ、けっこう遠いところだ。いまさら、帰る気もない。栄えていようが滅んでいようが、どうでもいいことですよ」

 

 きっと彼女なら、その気になればツテを辿って調べてくれるだろう。

 だがそれで得られるものは、なにもない。

 

 自己満足すらもない。

 いまなら、おれのルーツはあの村ではなく、村を出て最初にチームを組んでくれたふたりにあるのだと、胸を張ってそう言えるのである。

 

「だから本当に、どうでもいいんですよ」

「わかりました。では、余計なことはしないと誓います」

「というか調べたかったんですか」

 

 姫さまはくすりと笑って、こう言った。

 

「あなたが子どもの頃、どれだけ生意気なガキだったか知る者がまだ生き残っていたら、少しくらいは話を聞いてみたいではないですか」

「本当にいけ好かないガキだったことは保証しますよ」

 

 子どもの頃の自分といまのおれが仲良くなれないことだけは、自信がある。

 姫さまの母である人物と共に旅をしていた頃のおれでも、うーん……だいぶ丸くなったとはいえ、まだ厳しいかなあ。

 

 そう考えると、姫さまがいまの年齢で、これだけきちんとしているのは本当にたいしたものだと思うのである。

 立場的なものとか、育ちとか、そういうものも少なからず影響しているとは思うんだけどね。

 

「どうしたのですか、わたくしをそんなに、じっとみつめて」

「偉いなあ、と思って」

「過去一番、馬鹿にされている気がします」

「自分が子どもの頃、どれだけ馬鹿だったか思い出しちゃって」

 

 姫さまは、よくわからない、といった様子で小首をかしげていた。

 うん、わからなくていい、少なくともいまは、まだ。

 

 年齢を重ねることでみえてくるものも、たくさんある。

 彼女だって、これでも精一杯、背伸びをしているのかもしれないな、と……。

 

 そんなことを、ふと思った。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 薄暗い実験室にて。

 クルンカが魔法を使い、目の前の机に載った拳大の石がすうっと浮き上がる。

 

 にもかかわらず、クルンカの身体は少しだけ明滅しただけだった。

 少女は石をゆっくり動かして、もとの机の上に戻す。

 

「はあ……っ」

 

 おおきく息を吐き出し、少女はちからを抜いた。

 とたん、ぴかぴか輝いた。

 

「わあっ、失敗です!」

「いや、充分だ。ほんの少しとはいえ、目的は達成したんだ。成功だよ。お見事!」

 

 おれは派手に拍手した。

 みてくれよ、おれの弟子、たったの半年と少しで限定的ながら自分の体質を押さえ込んでみせたんだぜ。

 

 具体的な理論は、こうだ。

 身体が光るのは魔力の過剰分のエネルギーが光ることに使われているから。

 

 ならば過剰が出ないよう、最小限の魔力で魔法を使えば。

 彼女の身体は光らないのではないか。

 

 そう仮定したうえで、繊細な魔力の操作を覚えさせ……。

 結果、いまがある。

 

「でもこれ、すっごくたいへんです」

「そりゃそうだ。一流の魔術師でも、完璧にこなす人は一部だからな」

「わたし、そんなこと覚えようとしていたんですか!?」

「クルンカには、アドバンテージがあったからな。いけるんじゃないか、と思っていた」

 

 クルンカが、ほえ、と首をひねる。

 

「余剰魔力で身体が光るってことは、言い換えれば、どうすれば余剰魔力が出るか、きみの場合はそれを即座に実感できるわけだ」

「ああ、そうですね……。どうひねったら光る、とか、そういうやつですね」

「普通の人は、そもそも余剰魔力が消費されていることに気づかない」

「なる、ほど」

 

 そう、この余剰魔力というもの、たいていの魔法において常に発生するものなのである。

 特に大賢者さまのご用意された基礎魔法は、使い勝手の良さと覚えやすさを優先して、余剰魔力についてはある程度目をつぶっている。

 

 だから、そういう魔法を使っていて、クルンカの身体が派手に光るのは当然のことなのである。

 だったら、そう。

 

 イチからクルンカ用の魔法を組んで、余剰魔力が出ないように行使する練習をすればいい。

 完璧だ。

 

 理論だけなら。

 実践するとなると、これはこれでさまざまな障害が判明したんだが……。

 

 クルンカは見事にそれらを乗り越え、ひとときとはいえ、身体が光らない魔法、というものを達成してみせた。

 うん、センスあるよ、本当。

 

「でもこれ、わたし以外には、あまり役には立たないですよね……」

「それは考え方次第だなあ。余剰魔力が放出されるっていうのは、つまり魔法の行使が探知されやすい、ってことだ。たいていの場合、これらは残留魔力となってしばらくその場に残ることになる」

「ああ、先生が以前、研究していた残留魔力を使った魔法……」

「きみがいま学んでいる魔法は、その残留魔力がほとんど放出されない」

「……それ、めちゃくちゃ軍が喜ぶんじゃ?」

 

 クルンカが無邪気に、こてんと首を横に倒す。

 おれは、そっと目をそらした。

 

「わかりました、お祖父ちゃんには秘密、ですね」

「まあ、これ自体はクルンカ専用みたいな魔法だから、あまり問題にならないだろうけどね。この概念と方向で研究を進めると、たしかに軍の偵察とかで有用かなあ」

「先生といると、家族に話せない秘密がどんどん増えていきます……」

 

 人聞きが悪いなあ。

 事実そうだから、反論できないけど。

 

「そもそも、なんでも秘匿しようとするのがよくない。軍の研究も、おおっぴらにやればいいんだ」

「斬新な軍事理論が出ましたね……さすが先生です」

 

 ぱちぱちと手を叩いて褒めてくれるクルンカ。

 うん、そうだろう、そうだろう。

 

 心の中のファーストが「馬鹿にされているんだよ、きみ」と呆れている気がするが、あえて無視しておく。

 それよりも、大事なことがある。

 

「さて、クルンカ。ここでひとつ、きみには新しい道が開けた」

「道、ですか?」

「軍人だ。この技術を磨いていけば、もう誰もきみが軍に入ることに反対しないだろう」

「あ……っ」

 

 そもそもの話として。

 クルンカが学院に通うことになったのは、彼女の体質が軍人に向いてないと判断されたからである。

 

 彼女の家系が軍人ばかりであるにも関わらず、だ。

 それがクルンカという少女にとって、どれだけのコンプレックスであったかは、察するに余りある。

 

 その障害を乗り越える方法は、すでに与えた。

 あとは、彼女がなにを選ぶかだ。

 

「先生、わたしは……」

「きみが望むことをするといい。おれは、きみの意思を尊重する。きみが示した道であるなら、それがどれであっても、絶対に素晴らしいものだろう」

 

 そう、自らの手で選ぶことだ。

 自らのちからでつかみ取ることだ。

 

 誰が決めた道でもなく。

 自らが決めた道を行く。

 

 それが、きっと。

 我が師、大賢者が人々に示した道の、先にあることなのだから。

 

 当時の師は、そのためにヒトにはちからが必要だと理解していた。

 自らの意志で道を選ぶためのものを与えたはずだった。

 

 だが、ヒトはいつしか、大賢者が示したものに盲目的に従うだけの存在になってしまった。

 だからこそ、大賢者は消える必要があった。

 

「わたしは……」

 

 クルンカはつかの間、うつむき。

 そして、顔をあげた。

 

 胸に手を当てて、まっすぐにおれをみつめた。

 

「わたしは、軍人になりたかった。父や母や祖父、兄や姉たちと同じ道に行くのが当然で、そうじゃないわたしは、できそこないだと思っていました」

 

 静かに、そう語る。

 そこに迷いはなく、ただ己の強い意志だけがあった。

 

「でも、いまのわたしは、もっとやりたいことができました。この学院で、先生のもとで学びたい。もっと学びを続けていたい。いまは、それがわたしのいちばんの望みです」

 

 はっきりと、きっぱりと。

 クルンカは、そう言い切った。

 

「この先を見てみたい。この先に歩いていきたい。研究の続きが楽しみで仕方ありません。こんなわたしを、先生は受け入れてくれますか」

「もちろんだ」

 

 おれは手を差し出す。

 あの日の、あのときの光景を思い出しながら。

 

 クルンカの細い手を握る。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 そう、いまから十五年以上も前だ。

 おれはつい先日、チームから放逐されて、ひとりで酒を呑んでいた。

 

 興味本位で仲間の弓をいじっていたら飛距離が倍になったのだが、「勝手にひとの武器をいじるようなヤツとは一緒にいられない」と追い出されたのである。

 やけ酒を呷るおれに、ひとりの旅人が寄ってきた。

 

「狩人の弓を勝手にいじって怒られた者がいると聞いてね。きみがそうかね」

「えーその件についてはたいへん反省しておりまして……次のチームでは必ず余計なことはせず、役に立つと……」

「弓を改良して、楽しかったかね」

「そりゃあ、もう!!」

 

 その人物は、にっこり笑った。

 中年の女性だったのだが、笑うとなぜか十代の少女のように、ほがらかな笑顔になった。

 

「魔術師だね。魔法を改良するのは好きかい」

「大好きですね。そもそも大賢者さまのご用意された基礎魔法というのは……」

 

 おれは彼女に、自分の考えをべらべらと述べ立てた。

 彼女はにこにこしながらおれのご高説を聞いてくれた。

 

 しかも、それだけではなく。

 ああすれば、こうすれば、とおれのアイデアに対する改善案まで語った。

 

 どれも当時のおれにとっては斬新な視点で、心から感服したことをよく覚えている。

 

「おれのことを弟子にしてくれませんか」

 

 自然と、その言葉が口をついて出た。

 つい先ほどまでは、誰かの弟子になるなんて考えもしていなかったのに。

 

 この人物に対しては、なぜだか、素直に頭を垂れていたのである。

 中年の女性は少し驚いたように口をつぐんだ後、こう言った。

 

「きみが望むなら、そうしよう」

 

 少し皺のある手を差し出してきた。

 おれはその手を強く握った。

 

 おれと、我が師である大賢者との出会いである。

 もっとも、我が師が大賢者と呼ばれているその当人であることを知るのは、それからもうしばらく後のことになるのだが……。

 

 その話は、別にいいだろう。

 とにかくおれは大賢者の弟子となって、そしていま。

 

 おれにも弟子ができた。

 弟子が、己の意志で育とうとしている。

 

 あの方から繋がる道が、目の前に開けていた。

 ずっとずっと先まで続く、長い道が。

 

「わたし、先生の弟子になれて、本当によかったと思います!」

 

 元気に、はきはきと、クルンカは告げる。

 彼女がまっすぐに育つには、きっとこの屈託のなさこそが必要なのだろう。

 

 だからこそ。

 それを阻害するものを、彼女の前に示してはいけない。

 

 おれは強くそう願った。

 それ故に、こう考えるのだ。

 

 おれが大賢者の弟子だということは、絶対にバレてはいけないのだと。

 




思ったより綺麗にまとまったため、ここでいったん筆を置きたいと思います。

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