絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~) 作:星野純三
よろしければお手に取ってみてください。
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乗馬披露会のあと、野原の会場で簡単な宴が行われた。
本来は、会の成功を祝う、という趣旨で用意されていたのだが……。
実際の冷え切った会場の雰囲気は、なごやかなパーティとはとうてい言えないものであった。
会場の勢力は、おおむねみっつに分かれている。
出資者のうち軍関係者が二十人ほど、貴族が二十人ほど、そして残り六十人ばかりは学院関係者である。
姫さまはなぜか学院関係者に紛れているんですけどね。
彼女の存在に気づいた貴族たちがなんとも言えない顔でこちらをちらちらみているが、本人は気づかないフリをしている。
草原に用意されたテーブルに乗っているのは、葡萄酒や果実酒の他、主に馬肉を使った料理である。
煮込みにしたり串焼きにしてみたりと肉の臭みを消す工夫をしてはいるが、それでも結構癖がある味で……。
いやそもそもいくら馬に関する催しだからって何故馬肉料理を出すんだろう。
この会の主催者、いまいちズレている気がする……。
まあそっちは本題じゃない。
おれは、騎兵に詳しいという他国から来た研究者を捕まえ、中央におけるそのあたりの研究について訊ねた。
「正直な話、中央でも騎兵の研究は頭打ちなのですよ」
他国の研究者は、開口一番、そう語る。
時代遅れとすら言われていると。
「やはり、普通に兵士を鍛えた方が強いですか」
「単純な話、中央でも次第に魔法が使える者が増えているのです。世代が交代するにつれ、七つ始祖の血が広がる。いずれすべてのヒトが魔法を使えるようになる。そう考える者は多い」
七つ始祖とは、大賢者によって名づけられた、三百年前のヒトのことだ。
彼らは七つの魔法の源流を持ち、混血によってその源流を周囲に広めていった。
いまや、ほとんどのヒトにその七つの源流の血が混じっていると言われている。
もっとも、それとは別に魔法を使えるほど血が濃くない者もいて……。
しかしそれも、世代を経るにつれ、魔法を使える者が増えていくだろう、と予測されていた。
つまり魔法が使えない者のための研究というのは、いずれ必要なくなる。
そう考える研究者は学院でも多数派に属する。
大賢者によれば、この七つ始祖の血は優先的に遺伝するらしくって……。
だから東の山脈に住む山の民と草原に住む民の混血児は、大賢者さまのご用意された基礎魔法やそれの改造版を使えていたが、山の民独自の魔法は使えなかった。
このあたり、実際にどうなっているかは興味深い研究課題なんだけど。
わざわざおれが手を出すことでもないかな、ということでいまのところまったくの専門外である。
というか学院でこのあたりを扱う研究者が、やたら人体実験とか好きな奴らで……いまいちソリが合わないのである。
うん、クルンカを人体実験の材料にしようとした奴らね。
わりと強い言葉で彼らと言いあったことがある程度には、おれとしても思うところがある。
まあ、それはいいんだ。
「馬は金がかかります。集団で運用しようとするなら、飼い葉を運ぶ必要もあるでしょう」
他国の研究者は、そもそも、として中央における騎兵の常識を語っていく。
「大量の水も必要で、世話に手間もかかる。とうてい遠征に連れていけるような兵科ではない、というのが一般的な見解です」
「それは、ひとりの兵士を雇い続けるのに比べて、という話ですね」
「ええ。馬と同じくらい走り続けることができる兵士の相場は、中央ではかなり高い。故に、かろうじて馬が存在する意味もあります」
その馬には、単体では戦力的な価値が低い、魔法が使えない者が乗る。
これにより、魔法を使える兵士の不足を補うということだ。
無論、この国でそんなことをする必要はない。
この国の兵は、その全員が高度に魔法を使いこなす。
辺境で、森から溢れる魔物を狩ることができる者たちに必要とされる練度というのは、そういうものなのだ。
そして、そんな兵士たちでも、大型の魔物を相手にすればひとたまりもない。
だから馬そのものを強化して超騎兵をつくる、なんて計画が生まれたわけだが……。
実は先日の東の国の一件から学院に戻ったあと。
くだんの事件で見聞きしたことについて、特に大型の魔物と兵士が戦う様子についてレポートを学院に提出したのである。
そのレポートが超騎馬の研究者たちの目にとまり、今日、こうして招かれたというわけであった。
たぶん連中、姫さまがついてくるなんて思いもしなかったんだろうけどね。
会場の隅の方で蒼い顔をしている彼らに幸あれと心から思う。
「あなたからみて、この計画はどうなのでしょうか」
他国の研究者にそう問われ、おれは答えに詰まった。
実際のところ生き物の品種改良とか、専門外なんだよなあ。
ああいう時間がかかる研究は、耳長族が得意なのだ。
いっそファーストに聞けば……。
ああ、そういえば学院にはいま、耳長族の通訳がいるんだけっか。
そんなことを思い出し、その通訳の名前と、その人物が耳長族であることを話題にした。
「なるほど、寿命が長い耳長族であれば……たいへん興味深いですな」
あ、興味を持ってくれたか。
このまま、彼から超騎兵計画の人たちに、このへんの話が行ってくれると助かるなあ。
彼ら、姫さまにビビってこっちに来ないから……。
こっちからわざわざ押しかけるのも気が引けるし……。
と周囲を見渡していたら、クルンカに肉を切り分けてやっている姫さまと目が合った。
姫さまは、ナイフとフォークをテーブルに置いて、ナプキンで手を拭きながらこちらにやってくる。
他国の研究者は彼女が姫さまだと知らない様子であったが……。
それでも、この少女がただの学生にしても礼儀正しく、所作が美しいあたりから貴族の子弟と判断したようで、うやうやしい態度で挨拶する。
姫さまも彼に対して偽名であるメリアを名乗り、あくまで一学徒として対応していた。
「ヒトが大賢者さまと出会う以前から、ヒトは家畜を飼育していたと歴史には記されております」
賢い学徒であるメリアちゃんが、他国の研究者にそう切り出す。
「馬もまた、そうした家畜の一種でありました。大賢者さまはヒトに蹄鉄と鐙の技術を与え、馬をより扱いやすい生き物として運用する術を与えました」
「よく勉強しておりますな。その通り、三百年前のヒトは、その大半が魔法を使えず、故に騎兵は魔物に対して非常に有効な兵科とみなされていたのです」
「ええ、ですが現在、魔物を狩るに際して騎兵が使われたという記録はほとんど残されておりません。馬について少し調べさせていただきました。馬が臆病で、魔物を見ると怯え縮こまって役に立たない、という馬術の専門家の話を聞いたのですが……それは本当ですか」
あ、姫さま、ちゃんとこの会に出るに当たって馬のことを調べたんだ。
真面目だなあ、と思うのと同時に、そもそもこの国で馬のことを知る人って一部の道楽貴族だけなんだよなあ、という現実も理解させられる。
ある程度、冒険者をやっていると、馬が大型の魔物にひどく怯える場面を見たことがあって当然になるんだよね。
荷馬だけでなく軍馬でもそうなのだ、その軍馬で魔物を相手にするのは、ちょっと考え難い。
いや、馬よりちいさな魔物ならあまり怯えないから、そういう魔物を相手にすることが前提なのかな。
と思っていたら、まさにそういう趣旨のことを他国の研究者が告げた。
「この国でみかける魔物は、全体的に大型ですからな。勘違いしてしまうのも無理はありません。ですが古書における、ヒトが戦った魔物というのは、主に現在では小型……ごくまれに中型の魔物といったところであると考えられているのです。馬は、自分より小型の魔物に対してはあまり怯えません。故に、かろうじて戦いになったのではないかと」
メリアちゃんは、疑問点が解消されたことでなるほどなるほどとしきりにうなずいている。
知識を得ることが嬉しい、というその感覚は研究者の卵として非常に好ましいものであった。
まあ彼女、研究者の卵じゃないんだけどね。
むしろ研究者にお金を出す方なんだけどね。
「そもそも、魔法を使えない兵士が戦う相手は小型の魔物まで、であるならば騎兵は有効であった、と……」
「当時は、この国のように精兵が揃っているわけではありませんでした。いえ、現在においても中央の兵の質は、この国にとうてい及ぶものではありませんが……」
お世辞でもなんでもなく、他国の研究者はそう言ってのける。
うん、そうなんだよね、そもそもこの辺境においては、兵士全員が肉体強化魔法を使って戦うわけだけど。
それって中央からみると異常だからね。
中央はそのかわり、圧倒的な人口にものを言わせた物量で戦うんだけど。
本当に、辺境と中央では事情が全然、違うのである。
「であるならば……これは素人の意見なのですが」
賢い学生メリアちゃんはそう前置きして語り出す。
「馬が大型になれば、いまよりもっとおおきな魔物も騎兵で対処可能、ということでしょうか」
「馬を大型に……面白いことをおっしゃいますな」
「品種改良の方向性の話です。今回の超騎兵プロジェクトでは魔法を使える馬を開発する、とのことでしたが、そちらの方向では上手く行っていない様子ですので、他の方向性もあってはいいのでは、と」
あれ、姫さま、ひょっとしてこのプロジェクトをまだ見捨ててない?
でもその方向性は、シンプルだけどアリかもしれない。
「大型の馬をかけあわせてより大型の馬を産み出す。わかりやすく成果が得られるのではありませんか」
「おっしゃる通りですな。……ふむ」
「中央では、そのような施策は……」
「ございません。そもそも、馬の改良に未来はない、と最初から試してもおりません。大賢者さまも、そういった方面にはあまり協力的ではありませんでしたし」
あー、生き物の品種改良はねー。
わが師は、「それがヒトの生存のために必要であるなら否定はしないが、命をいじくるのは……あまりわたしの好みではないのだよ」と控え目な態度だったのである。
もっともこの見解は公式のものではなく、あくまでも弟子たちに対してだけ語ったことだ。
ちょっとした愚痴でも、大賢者の口にした言葉として祀り上げられちゃうから迂闊なことを言えなかったわけで……。
故に、一般には生き物の品種改良について、「大賢者さまが残した、ヒトに対する課題のひとつ」くらいの捉え方をされている。
中央が一時期、ある程度はそのへんの研究をしていた、というのは、そういうことだ。
しかし中央の国々で騎兵という兵科がある、といっても、それはあくまで魔法を使えぬ者たちのためのもの。
国の上層部は当然、魔法を使える者たちが牛耳っている。
彼らは、わざわざ劣った者たちのために馬の品種改良を行う、などとは考えない。
実際に、その労力で魔法を使える者たちを強化した方が、よほど割に合うからだ。
もちろんこれは、だいたいにおいて、この辺境でもあてはまることなんだが……。
どうやら姫さまの視点は少し違うようだった。
「先日、東の国において、山の民と呼ばれる者たちが魔物を使役し、大型の魔物の群れが平原の都市を襲いました」
「その件については、興味深くレポートを読ませていただきました。そのようなことが中央で起こったら、たいへんな脅威でしたでしょうな」
「戦いの初期において、東の国の兵は大型の魔物に正面から戦いを挑み、粉々になったとレポートに記されておりました。所詮、大型の魔物であっても騎兵と同じようなものであると考えた様子です。しかし、騎兵よりはるかに巨大な魔物によって、あえなく蹂躙されたと」
他国の研究者が、なるほどとうなずく。
「大型化した馬に魔力を流した超騎兵は、短時間とはいえ、大型の魔物との戦いを兵に疑似体験させられる。いやそもそも、大型の魔物に匹敵する衝力を……」
「はい。乗騎に身体強化魔法をかけることが短期間であれば可能なのは、さきほどの披露会でもよく理解いたしました。では、いっそ大型の馬を用いて、短時間での運用を主眼にすれば……あくまでも、ただの思いつきです。忘れていただいて結構です」
「いえ、面白い考え方かと。どうせ短時間しか保たないなら、いっそそちらに振り切るという考え方は悪くない」
うん、実際に悪くない気がする。
そもそも大型の馬をいまから配合して育てる、という計画にどれだけ時間と金を投資できるか、という問題はあるんだけど。
そればっかりはなー、そもそも馬の世代交代ってどれくらいだっけか?
三年だとしても、うーん、ちょっとだいぶ時間がかかるね。
こればかりは魔法でも解決しない問題だ。
もし本気でやるとしたら、もう少し別の方向から物事を見る方がいいかもしれない。
「馬にこだわる理由もないかもしれませんね」
おれは少しだけ口をはさむことにした。
他国の研究者と姫さま、ふたりがこちらを向く。
「馬以外の生き物に騎乗する、と? らくだなどを使う地方もあるとは聞きますが……」
「南の国のさらに南方に、象という生き物を使役する国があります。先ほどのレポートですが、東の国で山の民が引きつれていた、双牙大象という魔物がおりました」
他国の研究者だけでなく、学徒メリアちゃんもうなずく。
ちなみにレポートには、ざっくりとしたイメージ画を添付してある。
おれに画力はないので、姫さまが器用に描いたものを弟君である王子が清書したという贅沢なものだ。
うん、目の前の学徒メリアちゃんとその弟がね……。
「あれを小型にしたものをご想像ください。といっても身の丈は、小型の象でも馬よりふたまわりはおおきいのです。冒険者時代に少しだけ訪れたことがありますが……その国では、乗り物として象を使役していました」
象という生き物について、少し説明した。
おおきいといっても、大型の魔物に比べれば充分小型で……しかし魔物ほど狂暴ではなく、ヒトが使役できる範囲であることも。
「その象という生き物は、わたくし、寡聞にして存じ上げませんでした」
姫さまは驚きの感情を込めて、そう口にする。
どうやら未知の生き物の話を聞き、いささか興奮している様子だ。
「後ほど、詳しく聞かせていただけますか」
「ええ、まあ、でもおれだって、そう詳しく知っているわけではないですよ」
ちょっと余計なことを言っちゃったかな。
まあでも、少し調べればわかることだしなあ。
「別に大軍をつくる必要はないのです。大型の生き物を使役するノウハウを蓄積できるだけでも意味があるのです」
なるほど、そういう見解もあるか……。
象をこの国に連れて来られるかは、また別の問題として。
未知に対する探求を旨とするこの学院にとっては、それもまたチャレンジのひとつなのだろう。
それはそれとして、姫さま、いま完全に一学徒じゃなくて殿下としての立場で話してるよね?
まあ、いいけどさ。
隣にいた他国の研究者さん、怪訝な顔になっているよ。
まあ、しかし……。
ヒトが大賢者を失って、六年が経った。
ヒトは未知への探求を、手探りで模索し始めた。
それはわが師にとっても、きっと喜ばしいことのはずだ。
「それはそれとして、では超騎兵プロジェクトへの支援については再考する必要がありそうですね」
「あ、うん、はい」
冷静になった姫さまのひとことに、おれはなにも言えなかった。
スマン、おれが余計なことを言ったせいで、いまプロジェクトの命脈が尽きたかもしれない。
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