絶対にバレてはいけない大賢者の弟子(書籍版2巻発売中、書籍版タイトル:大賢者の弟子だったおっさん、最強の実力を隠して魔術講師になる~静かに暮らしていたいのに、世界中が俺を探し求めている件~)   作:星野純三

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第9話 調査報告書

 彼のことかい?

 ああ、このわたし、ロウェル家のエリザが何だって答えて差し上げようじゃないか。

 

 嫌に乗り気だって言うのかい。

 そりゃあ他ならぬ、君の願いだからね。

 

 わたしは君が学生の頃から、君のファンだったのだから。

 ああ、わかっているさ、まわりに人がいなくて君がかつてのように学生服を着ているからこそ、こんな口調で話をさせてもらっているんだ。

 

 礼儀が嫌いで家を飛び出したとはいえ、最低限のしつけは受けているからね。

 従姉妹殿がそう願うなら……今は別にいいって? はっはっは、助かるよ。

 

 うん、もしきみがいつもの白いドレスに身を包んでいたなら……。

 そうさね、もう少しは改まった口調にさせてもらうよ。

 

 で、何だったかな。

 ああ、彼のことだね。

 

 最近、よく彼を呼び出して遊んでいるそうじゃないか。

 教授会でも話題になっていたよ、姫さまの男遊びが……どう、どう、どう、わかっているって、クソジジイたちが勝手に言っていただけのことだ。

 

 気に入らないなら、不敬、と無礼打ちしたまえよ。

 その気がないなら勝手に言わせておけばいい。

 

 嬉しく思うよ。

 君が、わたしの前ではこれだけきちんと感情を表に出してくれることをね。

 

 彼の前では、さぞ賢しい女の仮面をかぶっているんだろう。

 それが彼を警戒させてしまうんだよ。

 

 何を驚いた顔をしている。

 女は、少し馬鹿なフリをした方が男の懐に入って行きやすいんだ。

 

 年上のお姉さんの話を少しは聞いておくべきだったね。

 ………。

 

 縁談を失敗した数について口にしたら、それはもう戦争だろうが。

 権力なんて捨ててかかってこい!

 

 いや待ちたまえ、素手は駄目だ、素手は。

 君、軍で格闘術の訓練を受けていただろう。

 

 ここはフェアに、魔力操作の腕でだな……まあ、わたしの得意分野なわけだが。

 うん、そうだね、暴力など淑女の行いではない。

 

 ………。

 だいたい君だって、いい話を断り続けているだろう。

 

 なるほど、君の場合は勢力のバランスや君自身の価値もを考える必要がある、ということか。

 なまじ自分の価値を高めすぎたが故に、どこに輿入れすることもできないとは、なんとも大変なことだ。

 

 また話が逸れた。

 彼のことだったね。

 

 そう、あれは彼がこの学院に来て少し経った頃だったか。

 研究室の前で倒れている男がいる、ということで見学に行ってみたら、ぼさぼさ髪の中年男が担架で医務室に運ばれていくところを目撃してね。

 

 それが初めて彼を見た時だった。

 向こうは意識を失っていたけどね。

 

 五日間、徹夜で作業に没頭していたらしい。

 ああ、以後は警備の者が彼の研究室を定期的に見まわって一徹以上で強制的にベッドに送るようになったから、あまり問題も起きていないよ。

 

 それは問題の解決とは言わない、って?

 はっはっは、王家の常識を学院の常識と思わない方がいいって、ここで学生をしていて学ばなかったのかい? とんだ賢女さまだね。

 

 待ちたまえ、いまのは自虐さ。

 ちょっと研究に夢中になったら一徹、二徹は当たり前なのがこの学院だからね。

 

 君が夜の学院をあまり知らないのも無理はない。

 というか君たち王族には、基本的に学院内で泊まり込みをさせない、という気遣いが働いているからだよ。

 

 夜は警備も薄くなるから、何かあっても責任が持てない。

 王族の警備担当も、学院内では何かと大変だろう?

 

 そういうわけで、まあ、この学院じゃ気絶して医務室に運ばれる者なんて珍しくないんだ。

 とはいえ彼の場合はまたちょっと特別でね。

 

 意識を失う前に、自分の研究室の扉だけはきっちり封鎖してから通路で気絶したんだ。

 なんとも器用だとは思わないかね。

 

 おかげで誰も研究室に入れない、と警備の者たちが嘆いていたよ。

 この学院に来て、研究室をあてがわれてすぐに、研究室の入り口を専用の術式で改造して、許可がないと入れないようにしたというから……セキュリティ意識が強いのか、それとも何か重大な隠し事があるのか。

 

 研究者が隠し事を持つなんて、珍しいことではないのだけどね。

 いずれ発表するにしても、まだ確証もない状態でデータを他人に渡したい者などいない。

 

 わたしもね、以前、曖昧な根拠をもとにでたらめな推論を立てられて、それをわたしのデータのせいにされた時はこいつどうやって殺してやろうかとなったものだ。

 ……うん、まあ、そのことはいい、忘れてくれたまえ、過去の過ちさ。

 

 彼の場合も、似たようなことが過去に何度もあったんだろう。

 この学院に研究者として入ってきた時点で優秀なことはお墨付きで、だからこそ妬む者から足を引っ張られるようなこともあったに違いないさ。

 

 冒険者だったらしいしね。

 その手の対策は、お手の物なんだろう。

 

 だから、彼が研究室で何をどう実験していたのか知る者はいない。

 たまに友人の狩人や冒険者を研究室に入れて何やらやっていた様子はあるんだが……。

 

 ゲストが学院に入った記録なら、きちんと残っているんじゃないかな。

 名簿を当たってみるといい、君なら問題なく閲覧できるだろう。

 

 少し興味が湧いてきたね。

 君は彼の何を知りたいんだ?

 

 まさか、彼が他国の密偵だとか思っているわけではあるまい。

 そうだね、君もわたしも、あの戦では彼に助けられたのだから。

 

 だとしても疑うことが君の仕事、ということかな。

 ……そうではない?

 

 ふむ、まあいい。

 わたしが知るのは、その程度のことさ。

 

 最後に?

 彼の師は誰か?

 

 さあ、そこまではね。

 ああ、ただ以前に一度……師は片づけができないヒトだった、というようなことを聞いたような……。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 はあ、王家の代理の方、ですか?

 わたしのような下賤な狩人に?

 

 ええ、たしかに、先の戦いの時、姫さまにお声がけいただき、微力ながらお手伝いさせていただきましたが……何か落ち度でも?

 あ、そういうことではない、と。

 

 ああ、彼のことか。

 いまは学院で研究をしているとか、少し見ないうちにたいした出世をしたもんで。

 

 以前、彼が冒険者をしていたことはご存じで?

 わたしも昔は冒険者の方でね、彼ともたまに、ご一緒させていただいたものです。

 

 彼が冒険者から足を洗ってからは、疎遠だったんですがね。

 先日、この国に戻って狩人をやっていたら、酒場でばったりと。

 

 以来、たまに酒を酌み交わす仲です。

 知ってますか、彼、最近狩人の間で有名な臭いの魔法をつくったんですよ。

 

 あれ、わたしが彼に相談したんですよね。

 わたしでも使えるような、狩りに便利な魔法ってないかな、って。

 

 森の生き物は目じゃなくて鼻で相手を嗅ぎ分けるから、それをごまかせないかなって、そういう話だったはずです。

 わたしとしては自分の臭いをごまかせれば、それでよかったんですよ。

 

 でもなぜか、彼がつくってきた魔法は、いろいろな臭いをつくり分けすることができる、やたらと拡張性が高いやつで……その魔法をひとつ覚えてしまえば、他人がつくった臭いを出すことも消すことも簡単にできるっていう、よくわからないほど便利なヤツでした。

 初めて見ましたよ、あんな発想。

 

 モジュール、と彼は呼んでいましたが、そのモジュールをつけ加えたり外したりすることで無数のバリエーションをつくる。

 ひとつの簡単な魔法で、多彩な結果を生み出す。

 

 これも後で知りましたが、大賢者さまから用意された基礎魔法にはない概念だったそうですね。

 彼、自分がどれだけ凄いことをしたのか、全然わかっていないんですよ。

 

 昔?

 そうですね……言われてみれば、昔からそういうところはありましたかね……。

 

 昔は固定チームを組んでいた人たちもいたんですけど、凝り性の彼がね、勝手に実験を始めるんですよ、それでチームのひとりがブチ切れちゃってね。

 おまえには研究者がお似合いだ、って。

 

 たしかそれが直接の解散の理由で……その時に、チームのひとりが、たしかこの国に足を運んだと聞いたような。

 そのヒトがいまもいるなら、そのあたりのことはそのヒトに話を聞いてみればいいんじゃないですかね。

 

 あ、もう亡くなった?

 それは……そうか、まっすぐで陽気で、生きるちからの塊のようなヒトだったんですが……残念です。

 

 あ、娘さんがいるんですか。

 へえ……いつか会ってみたいですねえ。

 

 話を戻しますね。

 彼は冒険者をやめたあと、どこかに引きこもって、研究をしていたと聞いています。

 

 冒険者にそんな金があるのか、って?

 まあ、彼らは若くしてけっこう稼いでましたから。

 

 それなりに人脈もありましたから、パトロンを見つけたのかもしれません。

 正直、惜しいなと思ったものです。

 

 ええ、まだまだ一線で活躍できるちからがありましたから。

 チームが解散しても、また別のチームで……何なら、当時のわたしのチームに来ないか、と誘いもしたんですけどね。

 

 断られてしまいました。

 自分には向いていない、って。

 

 そういうことなら、仕方がありません。

 わたしは彼と別れて……それからだいぶ経って、この国で再会した、という話はさきほどしましたね。

 

 そういうわけです。

 後はそちらもご存じの通りで……ええ、最近は羽振りがいい様子で、よく酒をおごってくれますね。

 

 金には頓着していない、だからといって研究資金がないのは困る、とはよく話しています。

 自由に研究していた頃に戻れるなら、それが一番である、とも。

 

 ええ、冒険者を辞めた後のことでしょうね。

 ですからパトロンがいたんじゃないかな、と思うんですよ。

 

 彼はそのへんの時期のこと、何も語りませんけど。

 何かがあったのかもしれませんし、あえてわたしも突っ込んでみたりはしませんよ。

 

 わたしが語れるのは、だから冒険者の頃の彼と、今の彼だけです。

 あなた方が何を知りたいのかはわかりませんが……。

 

 そうですか、お役に立てたなら幸いです。

 ところでこのこと、彼に言っても構わないですか?

 

 構わない?

 そうですか、わかりました、では。

 

 ええ、お国のために頑張ってください。

 我々だって、南の国の支配なんて絶対にごめんなんですから。

 

 

        ◇ ※ ◇

 

 

 以上が調査結果ですわ。

 ええ、父上、寝た子を起こすことはありません。

 

 もし彼が大賢者さまの弟子と繋がりがあったとして、それを公にすることは百害あって一利なし。

 それよりは、このまま学院で彼が心から好きな研究をさせておくのが最良と考えます。

 

 無論、学院の警備は増強した方がよろしい。

 この間のような有事ともなれば、王都で使える戦力が増えるということでもあります。

 

 よって、こちらの書類にサインを。

 はい、警備と諜報対策の予算です。

 

 あらあら、父上、頭を抱えて、お疲れのようですね。

 まあ、わたくしが悪いとおっしゃられるのですか?

 

 ですが、どうせ必要なことでしょう?

 父上の手間を省いただけです。

 

 南の国が仕掛けてきた以上、遠からず他の国も動き出します。

 その前に、やれることはやっておかなければ……。

 

 




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