推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:11運命の出会い

 手の平サイズのキーホルダーを眺めながら、天童寺さりなは病室のベッドにて彼女の友人の来訪を今か今かと待ち侘びていた。

 友人を待つ理由は、単に一緒にいて楽しいからだけではない。

 その理由の大部分を占める要因は、彼女が先程から眺めているキーホルダーと関係しているものだ。

 『アイ無限恒久永遠推し!!!』_弱冠12歳のさりなですら気恥ずかしく感じる言葉が並べられたそのキーホルダーには、彼女の推しであるB小町のアイをデフォルメした姿が描かれていた。

 先日、友人と共に参加したB小町のデビューライブ。

 このキーホルダーは、そのライブ会場で販売されていた公式グッズであり、友人とお揃いで購入した物だ。

 友人との思い出、自分をライブに参加させてくれた多くの人々への感謝、間近で観たB小町のパフォーマンスに対する感動、そんな様々な思いが詰まった宝物である。

 

(早く来ないかなぁ、早くテープ剥がして開けたいなぁ!)

 

 さりなが手に持つキーホルダーから視線を移した先には、新品のDVDディスクが置かれていた。

 さりな達が参加したB小町のデビューライブ映像を収めた物である。

 通販で購入したそれを、友人と共に鑑賞しようと約束していたのだ。

 彼女の年齢を考えれば、自分の小遣いで買うにしろ親へ強請るにしろ安くはない買い物であるが、それでも両親はその望みを叶えてくれた。

 

(いつもいい子にしてた成果_かな...。)

 

 さりなが最後に両親の顔を見たのは、随分前の事だ。

 両親は彼女の実家のある東京で働いており、宮崎の病院との物理的な距離をそう何度も往復するのは簡単ではないし、かくいうさりな自身が先日のライブへ参加した際に身に染みて感じた事だ。

 とはいえ、碌に連絡の一つも寄越さない事に対して思う所が有るのも事実であり、その思いは彼女の友人_ポコミと関わり始めてからより強くなった。

 何もポコミと彼女の兄_ヘッポコ丸程の仲を望んでいる訳ではない。

 せめて手紙の一つでも_そんなささやかな願いすら叶わぬ現実を咀嚼し受け入れる為に、いつしか『いい子の仮面』を付け演じる事を覚えたさりなは、幸か不幸かポコミとの関わりによって両親から見た自分を認識出来る様になってしまったのだ。

 ポコミは常々、兄に対して自分の事よりも兄自身の事を優先してほしいと語っていたが、それは『逆の立場だったら』という気持ちの表れなのだろうとさりなは考えている。

 そしてそれを自身に当て嵌めれば、成程両親が娘の現状に目を背けたくなる心情も理解は出来る。

 だからこそ、さりなは今日も仮面を付けるのだ。

 仮面を外せる友人との大切な時間を守る為に。

 そんな彼女の病室に、待ち望んだドアをノックする音が響いた。

 

 

 研修医の雨宮吾郎は、とある患者の病室を訪ねていた。

 理由は、院内における研修のサボタージュという褒められたものではない内容だ。

 とはいえ、彼にも苦しいながらも言い分が有った。

 彼が勤める病院の院長とはすこぶる相性が悪く、顔を合わせる度におよそ有益とは思えない長話に付き合わされる羽目になるのである。

 彼とて同じ病院に勤める人間との円滑なコミュニケーションも業務の一環である事は理解しているが、同じ様な話を説教臭く何度も聞かされては堪らない。

 そこで吾郎は、その『とある患者』を利用しようと思い立ったのだ。

 その患者と友人と思しき人物は、院内でも少々有名な二人組であった。

 吾郎も、その二人の正確な年齢は把握していなかったが、遠目に見ても小中学生と言った歳の頃であったと記憶している。

 そんな年齢層の人間が病院という場所にあって楽しげに会話する様子を見れば、多少なりとも周囲の人間の気持ちも上向くというものだろう。

 医師達も患者も_当然その二人も、大なり小なりストレスや悩みを飲み込んで過ごしているのだから。

 そんな二人の病室の一角を借りて、退屈しのぎに読書でもしていようという腹積もりだ。

 流石にその二人に拒絶でもされれば退却せざるを得ないが、研修医という事もあり院内では比較的年齢が近い事から、受け入れて貰える可能性が高いと見ている。

 これは吾郎自身が患者と接して実感した事だが、大人が思うよりも子供達は余程聡明で『話せる人物』が多いのだ。

 また、仮に院の人間に見つかったとしても、『小児科医を志す者として、実際に長期入院している患者とコミュニケーションを図っていた』とでも言えば多少なりとも言い訳が立つだろうという算段だ。

 

「天童寺さんはっと、ここだな。」

 

 余りお目にかかれない苗字という事もあり、目的の場所は簡単に見つける事が出来た。

 吾郎は、中の人物に警戒心を与えないよう落ち着いてドアをノックする。

 ドアを開けた先に、自身の運命を変える出会いが待っているとは夢にも思わず。

 

 

 自身の病室を訪れた見知らぬ人物の存在に、さりなは困惑した。

 その人物の出立ちを見るに医師であるとは思われるが、彼女がこれまでに関わってきた医師達と比較しても随分若く見えるのだ。

 知性を感じさせる端正なルックスに、スクエアフレームの眼鏡がよく似合っている_所謂『イケメンな青年』と言った印象だ。

 そんな彼女の様子を察した男性が声を掛けてくる。

 雨宮吾郎と名乗った研修医は、暫くの間病室に匿って欲しいというのだ。

 理由を問えば、研修をサボる為に隠れる場所を探しているという反応に困るものであった。

 医師に日常的に世話になっている事もあり、彼らが大変過酷な日々を過ごしている事はさりなも理解しているし、余り堅苦しい事を言う性分でもない。

 とはいえ、彼女がこれから友人と共に観る予定の物を考えると、少なくとも病室が静かな場所になるとは言い難いのも事実だ。

 

「えっと、雨宮先生? それともゴローせんせの方が良いかな?」

 

 さりなも彼を邪険にするつまりは無い。

 実際に彼が病院で働いているのなら、今後自分が世話になる可能性もゼロではないのだ。

 友人が来るまでの短い間でも話し相手になってくれたら上等であるし、もしかすれば自身の趣味を共有できるかもしれない。

 互いの距離感を確かめる為に呼び方の確認をしたさりなに対して、こちらに任せる旨の返答をした吾郎へ向け、これからの予定を話すさりな。

 

「じゃあゴローせんせで。

 えっと、私この後友達とこれ観る予定なんだけど、大丈夫かな?」

 

 さりなが見せた物は、件のB小町のライブDVDだった。

 そのジャケットを見て、吾郎も中身に凡その見当を付けると共に『B小町』という聞き慣れないアーティスト名に疑問を抱く。

 

「ライブのDVDかな?

 こっちが邪魔する身分だから気にしなくて構わないが、その『B小町』とかっていうのは何だい?」

 

 吾郎が食い付いた事に内心ほくそ笑むさりな。

 これは上手くすれば趣味仲間が増やせるかもしれない_と。

 

「B小町は新人アイドルだよ!

 友達と一緒にデビューライブに行ってきたんだけど、これはその時のやつなんだ!」

 

「へぇー、アイドルねぇ...。」

 

 そんなさりなの熱のこもった紹介に対して、気のない反応をする吾郎。

 いかんせん、彼のこれまでの人生においてアイドルという存在とまるで接点が無かったのだ。

 嫌悪感を抱く存在ではないし、日本の音楽界において確かな人気を持つ分野である事も認めざるを得ない。

 ただ単純に吾郎にとっては興味の対象ではなかったという話である。

 そんな彼の反応がお気に召さなかったのか、さりながジャケットを指差し自身の一押しである『アイ』を中心にその魅力を熱弁するも、吾郎は困った様な表情で彼女からすれば信じられない言葉を吐いた。

 

「いやまあ、可愛いのは分かるんだけどさ...。

 正直言って、何が楽しいのか分からないというか...。」

 

 吾郎曰く、ビジュアル重視で集められた芸能人が歌って踊って_という物のどこに魅力を感じるのか理解出来ないのだという。

 音楽性に関しては個人の趣味嗜好の範疇である為否定はし難いものの、所謂交流会等で商業重視の考えが透けて見える事が好きになれない要因との事だ。

 話を聞いていたさりなも、段々と雨宮吾郎という人物について把握し始めていた。

 医師等のインテリな人間に多い、自分の中の狭い価値観に閉じこもって知らない世界を見ようともしないタイプなのだろう_と。

 こういった手合いに理解させるには、実際に体験させるのが手っ取り早い。

 手元にはお誂え向きの物も有る。

 

「じゃあさせんせ、今からこれ一緒に観てみようよ。

 観たら絶対分かるから!」

 

 その言葉を聞いた吾郎が露骨に面倒そうな顔をするが、そんな事は想定内とばかりにとどめの一言を繰り出す。

 子供は大人が思うより賢いのだと言わんばかりに。

 

「観てくれたら、他の先生にサボってた事内緒にしてあげる。」

 

 少しの後、ポコミが病室の扉を開いた先には、友人と見知らぬ医師が真剣な表情でアイドルのライブ映像を鑑賞している異様な光景が広がっていた。

 

 

「で、どうだった? せんせ。」

 

 DVDの内容を全て鑑賞し、さりなが吾郎に対して水を向ける。

 対する吾郎はと言えば、一度眼鏡の位置を直すと滔々と語り始める。

 

「正直に言って、デビューライブという事を差し引いても歌唱力は稚拙という他無いだろう。

 曲毎にメインボーカルが変わるのは新鮮味が有ったし、メンバー毎のキャラ付けにも一役買うだろうな。

 後はまぁ、表現が難しいが彼女達の_特にさりなちゃんが一押しと言ってた『アイ』と言ったか?

 あの子の笑顔に心が揺さぶられるというか...。

 動画全体として中毒性を感じるのも理解出来る。」

 

 偉そうな態度に偉そうな口振りだが、根の真面目さが隠し切れていないのか、思いの外しっかりとした批評に思わず笑みが溢れるさりなとポコミ。

 

「アハ、要するにせんせ、B小町にハマっちゃったんでしょ。」

 

「アイちゃんの笑顔にはパワーが有るからねー。

 せんせもその虜になっちゃうよねー。」

 

「いや待て二人とも。 その結論は早すぎる。」

 

 ポコミのバッサリとした一言に、うんうんと頷きながら納得した様子のさりなに対して、待ったを掛け否定しようとする吾郎。

 そうは言っても、B小町に対して興味を持ちつつある事は二人から見ればバレバレなのだが。

 

「そのDVDを観た程度じゃあ、有意な検証結果とは言えないだろう。

 更なる検証を重ねる必要が有るのは否めない。」

 

「要は、他の曲が出たら聴いてみたいんでしょ、せんせ。」

 

「そういう事なら素直に言ってくれればいいのに。

 面白い人だねー。」

 

 ケラケラと笑う二人に対して眉間に皺を寄せる吾郎。

 最早、この病室を訪れた当初の目的等忘れてしまっているようである。

 

 

 後日、B小町が新曲をリリースした頃には、院内で有名な『二人組』は『三人組』へと強化されていた。




 11話にして、漸くゴロー先生を出す事が出来ました。
 『一番星のスピカ』は、先生とさりなちゃんの関係性を描いた素晴らしい作品ですので、まだ読んでいないという方はぜひお手に取ってみて下さい。
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