都内某所の料亭。
長年に渡って営業を続けてきたその店は、味は勿論の事、その歴史に裏打ちされた高い格式を併せ持つ、所謂老舗の名店と呼ばれる場所であった。
その性質上、設定された値段を含め一般庶民が気軽に出入り出来る場所ではなく、必然客層もある程度経済的に余裕がある者達が多くなる。
そういった者達は、往々にして他人には聞かせられない大きな計画に関与しているものであり、そうした需要に応え続ける事で、この料亭もまたその地位を確立してきたのだ。
高い値段設定の見返りとして、客に高品質の料理と決して中の情報が外に漏れない『密室』を提供する。
よく時代劇でも悪役の役人が密会するシーンが描かれるが、人間昔からやる事は変わらないという事であろうか。
それはさておき、この日もまた料亭の一室にて密会が行われていた。
その部屋にいる二人の間には、料亭の雰囲気に相応しい和やかな空気が流れていた。
二人の様子を見るに、互いに幾分酒が進んでいるのか頬が朱に染まっているものの、酒に飲まれる様な様子は無い。
所謂、大人の付き合いとでも言うべきであろうか。
「いやぁ、良い店を紹介してもらったのら。
流石、鏑木ちゃんなのら!」
「でしょ? 田ちゃんこういう店好きそうだからさ。
前に寿司屋紹介してくれた礼だよ。」
田楽マンにそう返す男性の名は鏑木勝也。
番組プロデューサーを生業としており、田楽マンとはかつて彼が担当した音楽番組に出演してもらった事が切っ掛けとなり、互いにビジネスパートナーとして信頼する間柄となっている。
良くも悪くも恩の貸し借りを重視する事に加え、冷笑的で恩着せがましい態度から反発を招く事が多い人物ではあるのだが、業界の幅広い知識や粘り強い交渉力、更に自身が目を掛けた人物に対しては思いの外義理堅い一面が有る等、業界内でも確かな人脈と影響力を持った人物である。
そんな彼がこの日田楽マンを誘ったのは、無論ただ寿司の礼をする為だけではない。
今回は彼の方から依頼_彼なりに言えば貸しを作る事になる。
ましてや彼の前にいる者は、忠犬よろしく二つ返事で了承を貰える様な相手ではない。
自身にとってより良い条件での合意を得る為、鏑木はその頭脳を回転させ話を切り出した。
「田ちゃんにさ、一つ相談が有るんだけど、聞いてくれる?」
「...話の内容によるのら。」
対する田楽マンの返答は、自身の業界における人脈と影響力を鑑みた上での率直なものだ。
冷静に自己分析すれば、『田楽マン』というタレントはあくまで人気の有る音楽グループのメンバーである。
言い換えれば、音楽業界以外に対して大きな影響力を持つ所謂大御所とされる存在ではないのだ。
彼が個人として交流の有る人物は業界に依らず存在するが、その程度の人脈ならばむしろ鏑木の方が余程手広くやっている事だろう。
個人としては、自身が『犬's』に復帰して最初のテレビ出演を斡旋してくれて以来の付き合いということもあり、助けになってやりたい気持ちは有るが、然りとて業界全体での自分の立場というものは弁えねばならない。
もっとも、鏑木とてそういったしがらみは承知の上だ。
だからこそ、彼は常に相手が実現可能な『相談』を行っている。
「いやね、ある事務所の社長から『ウチにアイドルだった子三人いるんだけど、どこか紹介してくれませんか』なんて言われちゃってさ。
グループが解散しちゃったミドルティーンの子達なんだけど、どこか面倒見てくれそうな所、知ってるんじゃないかなってね。」
惚けた表情でそう宣う鏑木の言葉に、田楽マンは逡巡する。
無論、彼の望むグループは既に頭の中に思い浮かんではいる。
以前、彼がボーボボの要請によって訪問した事務所のグループだ。
とはいえ、そのグループは田楽マンがデビュー前から目を掛けてきた存在である。
それ故に、徒にメンバーを増やし引っ搔き回されたくないという考えが頭に過るが。
「勿論、タダでってわけじゃないさ。
仮に移籍するとなったら、そこのやり方には従うつもりだし、田ちゃんにはこれを用意してある。」
自身の思考を先読みしたかの様に言葉を紡ぎつつ、鏑木が自身の鞄から取り出した物に田楽マンは目を見開いた。
「そ、それは、北海道産牛肉を使った極上ビーフジャーキー⁉︎
どうやってそんな代物を⁉︎」
鏑木曰く、地方出身のタレントと繋がりが有るからとの事で、抜け目の無い事にキチンと犬'sのメンバー全員分を用意しているらしい。
丁度その時、鏑木がいつの間にやら頼んでいた酒のおかわりを客室係が持ってくる。
「丁度良いタイミングで酒が来たね。
美味い酒には美味い肴、そうだろ田ちゃん?」
「...ああもう、降参なのら!
紹介はするけど、移籍関係でゴタついても巻き込まないで欲しいのら!」
そんな悪魔の囁きにも思える鏑木の言葉に、堪らず両手を挙げ白旗宣言の田楽マン。
犬としての本能が、肉を求めてしまった様だ。
「勿論さ。
田ちゃんには迷惑掛けないし、有望株を潰したくないのは僕も同じだからね。」
「...鏑木ちゃんって、絶対その皮肉っぽい態度で損してるのら。」
「良いんだよ。
田ちゃんみたいにそれ込みで付き合ってくれる人がいるからね。」
こうして、陰謀渦巻く大人達の夜は更けていく。
また、この日客室係として配膳を担当したブータンは、某番組の家政婦になった気分になり眠れない夜を過ごしたという。
後日、田楽マンから紹介を受けた事務所へと連絡を取った鏑木は、打ち合わせ場所にて件の事務所_苺プロ社長の斉藤壱護と向かい合っていた。
彼の事務所所属アイドル『B小町』は、未だ一般的な地下アイドルの域を出ない存在ではあるものの、着実に人気を伸ばし続けており、有望株と言って差し支えないだろう。
また、センターを置かずに曲毎にメインボーカルが変わるというスタイルも興味を引かれた。
(流石に『胃液ガールズ』程になる可能性は低いけど、田ちゃんがこのやり方を薦めたって話だし、何かしら光る物を感じたんだろうね。)
その手法の先駆者を思い浮かべつつ、鏑木の脳裏にはかつてその者達と関わった折の苦い記憶が蘇る。
パフォーマンスの順番が回ってきたにも関わらず、何故か観客席に紛れ込んでいたり、他のアーティストのメンバーに変装して混ざってみたりとやりたい放題であった。
その割に、共演者や自分を含めた番組スタッフへの差し入れや気配りも忘れない等、抜け目の無さも感じさせる。
自分には御し切れない_そう感じさせられた存在であった。
天才を捩って『天災』と書く表現が有るが、それはああいった者達の事を言うのだろう。
では果たして、B小町はどうであろうか。
鏑木も事前に公開されているMVを確認したが、ビジュアルに関しては及第点を与えられるレベルだと言えた。
特にアイという少女には可能性を感じるのも頷ける。
自分が紹介する三人が加われば、粒揃いなグループになる可能性は高い。
(冬の大三角形とまでは行かずとも、すばる位にはなってくれるかもしれないね。)
そんな思惑を浮かべる鏑木に、壱護が話を進めるべく声を掛ける。
「それで、鏑木さん。
ウチに紹介したい子が三人いるとのお話でしたが。」
「ええそうです。
もっとも、斉藤社長の所で面倒を見て貰えないか、というのが実情ですがね。」
意外に思える程の鏑木の物言いに壱護は面食らうものの、すぐさま平静を取り戻す。
業界に関わる人間から見れば、誤魔化した所で実情を類推するのは容易い。
ならば、最初から正直に言ってしまう方が余程相手に与える印象も良くなるだろう。
腹の探り合いをする段階ではないという事だ。
実際壱護としても、話自体は悪くないものと考えていた。
元々、メンバーを増やす構想が有った事に加え、現所属メンバーにもそろそろアイドル以外の活動をさせても良いと考えていた所だった。
鏑木にB小町を紹介したのが、田楽マンであるという情報も、壱護の考えを後押しする。
態々自分が目を掛けたグループを引っ掻き回す様な事はしないだろう_と。
「ウチとしても、その子達を受け入れる事自体は吝かではありません。
一応、面談はさせていただきたいですがね。」
「当然の対応ですね。
因みに、移籍後の扱いについてお伺いしてもよろしいでしょうか?
すぐにライブに参加させるご予定でしたら、スケジュール如何によっては今の所属事務所に急がせますが。」
「お気遣いいただき恐縮ですが、加入後しばらくはレッスンに集中してもらう予定です。
ライブの方は引き続き今のメンバーでやるつもりですので。」
「ほう。
理由を伺っても?」
壱護の返答に目を細め、その真意を問う鏑木。
彼としても、この話を飲んでくれたなら三人のデビューの場くらいは斡旋する考えが有ったのだが、思いの外堅実な方針が出てきた事に驚きを隠せない。
「弊社としては、今のメンバーの力を信じています。
新しく入った人間が、簡単に出番を貰える様な甘い努力はしていません。
その三人が本気でB小町で頑張りたいと思ってくれるなら、尚の事しっかり準備してからデビューさせてやりたいんです。」
それは少女達の身を預かる社長としての、壱護の偽らざる本音であった。
B小町は今、少しずつ力を付け羽ばたこうとしているのだ。
それは彼女達が懸命に努力してきた結果である。
その努力を大人の思惑の為に安売りする気は毛頭ない。
そんな言葉を受けた鏑木は、方針転換を行う。
彼らへの返礼は別の形の方が良いだろう_と。
「そういう事でしたら、社長に是非紹介したいものが有ります。
近々開催予定のワークショップが有りましてね。
そこにB小町の皆さんを招待させていただきたい。」
「ワークショップですか...?
確かに、積極的に参加すればメンバーにとっても刺激にはなるでしょうが...。
何故、そこまでしていただけるんでしょう?」
壱護の疑問はもっともなものだ。
こんな弱小事務所に彼がそこまで手を貸す義理は無いし、今回の件の礼にしても動くべきは彼ではなく相手側の事務所であろう。
そんな壱護の疑問に答える鏑木は変わらず余裕の笑みを浮かべながらも、嘘偽らざる本音を語る真剣な目だ。
「興味が湧いたんですよ。
社長や田楽マン君がそこまで目を掛けるB小町の輝きがどれ程のものなのか。
それがもしダイヤの原石なら、僕もそれを磨く手伝いをしたい。」
そんな言葉と共に、鏑木は鞄から一枚のチラシを取り出し壱護へと差し出した。
「『劇団ララライ』という、僕が大学の頃に所属してた所でしてね。
まだ知名度は低いけれど、良い役者が揃っている。
もしかすれば、B小町が大化けする切っ掛けになるやもしれませんから。」
鏑木Pの口調が合っているのか不安です。
こういった切れ者のキャラを描こうとすると、筆者の地頭の悪さが露呈してしまいお恥ずかしい限りです。
B小町の創設メンバー以外の人員に関しては、紆余曲折を経て『ありぴゃん』『きゅんぱん』『芸名・本名不明のもう一人』が加わり七人体制となりますが、執筆時点では何分詳細な加入時期が不明である為、拙作中では鏑木Pの紹介によって移籍したものとさせていただきます。