推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:16良い事が起きる日

 設定された時刻に達した事によって、携帯のアラーム音が鳴り響き、その持ち主がゆっくりと目を覚ました。

 その人物_カミキ ヒカルが住む彼の実家は、一日の内の殆どの時間を彼一人で使用する物となっていた。

 彼が両親と顔を合わせる事は滅多に無い。

 そもそも家に帰ってこないのだから、当然と言うべきであるが、凡そ通常の家庭環境からはかけ離れた状態である事をヒカルは自覚していた。

 自身が就寝中に偶に帰ってきているのか、生活費とでも言う様に封筒に入った金銭がテーブルに置かれている事が、唯一の両親の存在を確かめる方法となっていた。

 渡された金銭を含め、ララライからも少ないながらも月給を受け取っている為、生活に困ると言った状況ではないが、それでもこんな環境を当然のものとして受け入れてしまっている事実に、自嘲を禁じ得ない。

 

(10月7日か。)

 

 毎日の習慣と化している日めくりカレンダーによって、日付を確認。

 軽めの朝食と身支度を済ませ、学校に向かい勉強する。

 授業を終え、帰宅した後にララライの稽古場へ向かい芝居の練習。

 毎日同じ事の繰り返し_そんな思考に耽っていた所で、ふとある事に気付く。

 先のワークショップの前迄は時折ルーティンに挟まっていたモノが、ここ数日は姿を見せない事に。

 それは、稽古が終わった後の夜に時折入ってくるモノであった。

 

(まさか本当にボーボボさん達が...、いや、流石にそれは無いか...。)

 

 先日、この自身を悩ませる問題を明かした人物達を思い浮かべつつ、ヒカルは再度自嘲する。

 いくらなんでも、都合良く考え過ぎだ_と。

 自身の問題を解決しようとすると、現実的には彼らの介入を望む事は不可能であろう。

 映像や音声データ等、何かしらの物的証拠でも有れば別だが、そんな代物が有るなら彼らに秘密を明かした時点でとっくに渡している。

 それでも、ヒカルの心は幾分前向きになっていた。

 他人に打ち明けた事によって、自分のすべき事や気持ちがはっきりしたのは事実なのだ。

 

「次来たら、ちゃんと言おう。 嫌だって。

 そうすれば、姫川さんだって結婚してるんだし、分かってくれる。」

 

 一緒に頑張ろう_そう言ってくれた人達に報いる為、ヒカルが決意を新たにすると、彼の携帯にメールが届く。

 

『おはよ! 何となくだけど、今日は良い事が起きるかもね!』

 

 そんな文面と共に、ヒカルの星座である獅子座の運勢が良い事を伝える画像を送ってきたのは、先の言葉を台詞として自分に語った少女。

 全く根拠の無い言葉だというのに、ヒカルの気分は自然と上向いていた。

 

 

 この日の稽古が終了し、片付けを終えたヒカルが帰宅しようとすると、朝と同じ人物からメールが届いていた。

 

『お疲れ! こっちはさっきレッスン終わったんだけど、まだだったらまたおじさん達と一緒にご飯食べない?』

 

 文面を確認し、自然と笑顔になるヒカル。

 誰もいない冷たい実家で過ごすより、余程楽しい時間になるだろう。

 了承する旨を返信すると、すぐに返信が届く。

 どうやらボーボボ達が、帰りがけに拾ってくれるらしい。

 申し訳ない気持ちになりつつも、自然と彼の足は歩く速度を上げていた。

 この体は、正直に自分の心情を反映してしまう様だ。

 

「あらあら、随分楽しそうね。」

 

 言葉を掛けられただけだと言うのに、ヒカルはまるで自身の周囲の気温が一気に下がる様な感覚に陥った。

 今朝確認した通り、今はまだ10月の筈であるが、心理的にはまるで真冬に変わった様である。

 

「姫川さん...。 お疲れ様です。

 僕、この後用事が有るので、お先に失礼します。」

 

「つれないじゃない。

 そんなに若くて可愛い子の方が良いのかしら?」

 

 足早に去ろうとするヒカルの腕を掴みつつ、彼を逃すまいとする姫川。

 獲物を捕らえた捕食者の如き目にヒカルが身を竦ませるのを見ると、彼が手に持つ携帯を奪い取ってしまう。

 

「ちょっと見ない間に随分と仲良くなったのねぇ。

 あの変人達と一緒に馬鹿やってるのが、そんなに楽しいかしら?」

 

「返して下さい!

 それに、あの人達を悪く言うのはやめて下さい...。」

 

 そんなヒカルの様子を一瞥し、姫川が軽く息を吐くと、彼にとっての恐怖の一言を浴びせる。

 

「ま、どうでも良いわ、そんな事。

 それより、最近ご無沙汰だったでしょう。

 今日はウチにいらっしゃい。

 あんな小娘じゃ出来ないイイ事も、沢山してあげるわよ。」

 

 彼女がアイを侮辱する言葉を吐いた瞬間、それまで抱いていた恐怖等忘れたかの様にヒカルの頭が沸騰しかけるも、必死に気を落ち着かせる様努める。

 自分に向き合い、親身になって接してくれた者達の為にも、今ここで自分が暴走する訳にはいかない。

 今朝、固めたばかりの決意を思い出し、怒りと恐怖を押し殺して姫川へと自身の思いを伝えるヒカル。

 アイ達が自分にしてくれた様に、真摯に伝えれば彼女もきっと分かってくれる_と。

 

「姫川さん、お願いします。

 こんな事はもうやめて下さい。

 姫川さんだって結婚されてますし、もう終わりにしたいんです...。」

 

 そう懇願し頭を下げるヒカルの言葉に、彼女からの反応は無い。

 不審に思ったヒカルが、恐る恐る顔を上げると。

 

 パン、と甲高い音と共に顔に衝撃が走り、思わず仰け反ってしまった事で、漸くヒカルは自身が頬を打たれた事を理解した。

 もっとも、起きた事象を認識する事と、その意味や理由を理解する事は別である様に、ヒカルもまた自身の身に走った衝撃の意味を理解出来ず、思考が停止してしまう。

 そんな、打たれた頬に手を添えつつ呆けるヒカルに対し、先程迄とは全く異なる冷たい視線を送りつつ、姫川が言葉を浴びせる。

 

「随分と生意気言う様になったじゃない。

 それもあの小娘? それともあのアフロ共の影響かしら。」

 

 ここにいない人物に呪詛の言葉を並べ続ける姫川が、ヒカルにはどうしようもなく恐ろしく感じられた。

 この自分の目の前にいる存在は、本当に人なのか_今迄感じてきたものとは別種の、より根源的な恐怖と嫌悪感に歪んだヒカルの顔を掴み、更にソレが言葉を続ける。

 

「何も無いあなたに価値を与えたのは私でしょう?

 誰よりも大事に、あなたを愛してきた。

 これからもずっと、ただ黙って私の側にいればそれで良いの。

 さぁ、行くわよ。」

 

 自分の手を引こうとする姫川に対し、ヒカルが恐怖で押し潰されそうになった瞬間であった。

 両者の身長差からか、偶然にもヒカルから見た姫川へのアングルが、丁度先日のアイとの芝居のシーンと重なる。

 一緒に頑張ろう_その時の台詞を思い浮かべ、震える声で己の気持ちを絞り出す。

 

「嫌です...。」

 

 その短い言葉に空気が止まる。

 目を見開き、信じられない物を見る目でヒカルを見つめる姫川が、先の彼の言葉の意味を問い詰めた。

 

「今、何て言ったのかしら?」

 

「嫌です...、嫌だ!」

 

 ヒカルの言葉に再び姫川が腕を振り上げ、自身に訪れるであろう衝撃に彼が身構えた時であった。

 

「よく頑張ったわね。」

 

 そんな良く通る声と共に、何かが空気を割く音が二人の耳に届くと。

 

「おふざけはぁぁぁぁ、許さなぁぁぁぁぁい‼︎」

 

「ぐべぁ!」

 

 文字通り姫川を弾き飛ばし、自身の目線の先へと着地した者の名をヒカルが呟く。

 

「魚雷ガールさん...?」

 

 すると、またしてもヒカルの背後から音が鳴り響く。

 コツッ、コツッ_とゆっくりと届く足音と共に、確実にこちらへ近付いてくる者の声が、この場へと響いた。

 

「何が正しくて、何が間違っているか_道に迷う子供達を教え導くのが大人の役目。

 だと言うのに、その立場を利用して子供を騙し、搾取する。

 姫川愛梨、アナタは大人失格よ。」

 

 そう自身を糾弾する者の正体を認めた姫川が、憎々しげにその名を呟いた。

 

「横浜の、純子ぉ...。」

 

 

 魚雷ガールによって弾き飛ばされた事による痛みを堪えつつ、体を起こした姫川が予想だにしない来訪者の真意を問う。

 

「これはこれは、モデル界の大物のお二人が揃って、どういう風の吹き回しかしら?

 いきなり人を吹っ飛ばした挙句、大人失格とは随分なご挨拶ね。」

 

 自分がつい先程迄ヒカルにしていた行為を棚に上げ、いけしゃあしゃあと宣う彼女に、魚雷ガールと純子の冷たい視線が突き刺さる。

 もう手遅れだ、と言わんばかりに。

 

「私の普段の活動は知っているギョラね?

 『生徒の助けを求める声に応じた』、それだけギョラ。」

 

「ハッ、助けを求めたですって?

 私はただ、後輩と交流を深めていただけよ!

 あなた達部外者にとやかく言われる筋合いは無いわ!」

 

 そんな自身の言葉を鼻で笑う姫川の姿に、哀れさすら感じた魚雷ガールが、懐から決定的な証拠たり得る物を取り出す。

 自分達が実力行使に出た意味を、目の前の愚かな女に理解させる為に。

 

『姫川さん、お願いします。...』

 

 彼女が手に持ったボイスレコーダーから聞こえてきたのは、先程迄のヒカルと姫川の会話。

 突き出された物に苦悶の表情を浮かべる姫川へ、今度は純子が問い詰める。

 まだ言い足りない事は有るか_と。

 

「これを聞いたら、どんなに好意的に解釈しても、ただの交流には思えないのだけれど。

 私達が、アナタの前にこうして姿を現した理由は理解出来たかしら。」

 

 純子の言葉に膝から崩れ落ち、顔を両手で覆う姫川。

 その隙にと、純子の後ろから従者の様に静観していた天の助が、ヒカルの手を引き、純子と自身の背後へとヒカルの身を隠す。

 彼までがこの場にいる事に疑問を覚えたヒカルが説明を求めるも、込み入った事情が有るのか後程説明すると彼が語ったのと同時であった。

 

「なんで私だけが責められなきゃいけないの⁉︎」

 

 姫川が、自身を正当化する言葉を並べる。

 自分も同じ様な事をされてきた、この世界で生き残る為に綺麗な事も汚い事も飲み込んできた、何故自分だけが搾取されなければならないのか、そんな者達と比べたら自分はヒカルに対して愛を注いできた_と。

 

「言いたい事はそれだけかしら?」

 

 そんな、彼女の言い分をばっさりと切って捨てた純子を、姫川が恨めしげに見つめる。

 誰もがお前の様に強く在れる訳では無いのだ_と。

 そんな彼女に畳み掛ける様に、二人から糾弾の声が突き刺さる。

 

「私にはアナタの気持ちなんて分からないギョラ。

 唯一分かるのは、アナタが自分がされた嫌な経験を、そのまま下の世代にやり返す人間だという事くらいギョラ。」

 

「アナタ、最近産まれたお子さんがいるのよね。

 もし、その子が芸能界に入って同じ被害に遭ったとしても、アナタは『そういう世界だから仕方ない』って諦めるのかしら?」

 

 掛けられた言葉にぐうの音も出ない姫川。

 そんな彼女の様子を見た二人は、ケリをつけるべく動き出す。

 

「まあ良いわ。

 アナタの様な人間とこれ以上問答を重ねる気は無い。

 行くわよ、魚雷ガール!」

 

「勿論ギョラ。

 生徒に手を出した事、後悔させてやるギョラ!」

 

「大人の協力奥義『男女平等パンチ』‼︎」

 

 前後から両者の鉄拳を腹部へと食らった姫川が地面へ沈むと、彼女へ向け最後通告とばかりの言葉が浴びせられた。

 

「子供を育てないといけない以上、女優だから顔は勘弁してあげる。

 でも...。」

 

「私達の目が黒い内は、大人しくしているギョラ。」

 

 

「天さん、そろそろお二人がいる事について、説明してもらえますか?」

 

 稽古場から外に出た事によって一応の危機を脱した事もあり、ヒカルが先程から保留となっていた状況説明を天の助に求める。

 

「色々と順番に説明しなきゃならんが、取り敢えず『横浜の純子』だけどな、あれボーボボと首領パッチなんだ。」

 

「はぁ? いやいや、何を仰ってるん...です...か。」

 

 天の助から語られた内容を理解出来ず、彼女のどこがあの二人に繋がるのかとヒカルが純子を見遣ると、彼女の体から煙が噴き出し。

 

「アッハー! 世界に笑顔を振り撒くプリン!」

 

「このガルナーザ、姫の御心のままに。」

 

 まるでファンタジーもののゲームやアニメに登場しそうな女性と、彼女に傅く戦士の様な出立ちの男性、そして彼らの側にマスコットの様な姿のボーボボ達が出現した。

 そんなマスコット状態のボーボボが、そのまま自身が先日渡した名刺を出す様指示する光景に困惑しつつ、指示に従うヒカル。

 彼の隣では、魚雷ガールが自身の名刺を取り出しており、彼女がフィンガースナップを行うと。

 

「⁉︎ これって、さっきの僕達の会話?」

 

「元々は、先生が生徒の助けにすぐに駆け付けられる様に、力を使って細工したものギョラ。

 まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったギョラ。」

 

 それは、魚雷ガールの力『殺印』の力を応用し、恐怖や助けを求める等特定の感情に反応して相手側の情報を魚雷ガールへと伝える仕掛けであった。

 今回は、以前事務所にて彼女から名刺を受け取った際にその仕組みについて説明を受けていたアイのアイディアによって、盗聴器の役割を果たした形となる。

 まさか、自分の預かり知らぬ所でまたしても彼女に救われた事実に、最早苦笑するしかないヒカル。

 一行は、彼女が待つマンションの一室へと歩き出した。

 

 

 騒ぎ疲れて寝てしまったボーボボ達に布団を掛けると、食器を洗っているアイを手伝うべく、ヒカルが声を掛ける。

 計六人分の食器という事もあり、ヒカルの提案に感謝しつつアイが残りの半分を渡すと、食器を洗う音だけが部屋に響く。

 手を動かしつつ、ヒカルがアイに声を掛けた。

 

「あのさ、今日はありがとう。

 アイのおかげで、凄く良い日になったよ。」

 

 そんな彼の、短くも率直な礼に自然と笑顔を浮かべるアイ。

 思い返せば、自身がボーボボ達や事務所の面々以外でこんな感情を抱くのは、彼女のファン1号と2号であるさりなとポコミを除くと初めてかもしれない_と。

 自信満々の笑顔を向け、彼女はヒカルに言い放つ。

 

「何となくだけど、これから沢山良い日になるんじゃない?」

 

 相変わらず根拠の無いアイの言葉は、相変わらずヒカルの気分を上向かせた。

 




 これにて、拙作におけるカミキ ヒカル関連の問題は一応の解決とさせていただき、一つの区切りとさせていただきます。

 以下、筆者の自慰考察です。
 ここまで書かせていただいて感じた事ですが、推しの子本編開始前のアイの周囲を改善しようと思うと、並大抵のキャラクターでは手が出し難い状況と言えるかと思います。
 感想欄でもいただいた通り、アイの周囲の状況を改善しB小町の他のメンバーの可能性を信じるというのは、口で言うのは簡単ですが、原作の壱護しかり商業的観点なら確実に成果が出るであろう方法を選ぶのも十分理解出来ます。
(そもそも、原作の彼女達が自分の才能を磨こうとしたのかという疑問も有りますので...。)
 そしてカミキ君。
 彼の置かれた状況に関与しようと思うと、『何をやっても〇〇だし...で済むキャラ』かそれこそ原作知識持ちの様なバランスブレイカーでも使わない限り、手立てが思い浮かびません...。

 筆者にはバケモン(推しの子)にはバケモン(ボーボボ)をぶつけんだよ!の精神で力技で解決するしか出来ませんでした...。
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