推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:17遠い存在

 47都道府県の中でも屈指の年間平均気温の高さを記録する宮崎県においても、当然の如く気温の下がる季節は訪れる。

 11月ともなると感じる肌寒さも一段と強くなり、可能な限り暖かい室内で過ごしたいと思うのが人情であろう。

 ましてや病院という施設に縁が有る者ならば、医療関係者にしろ患者にしろ人一倍体調に気を遣わなければならない為、入院患者の病室で人が話し込む様もそう違和感を覚える光景ではない。

 事実、天童寺さりなの病室にポコミと雨宮吾郎の姿が有るのは、院内の人間からすればありふれた光景の一つであった。

 しかし、この日の様子はいつものそれとは異なるものとなっていた。

 病室の主たるさりなが、ベッドに備え付けられたテーブルの上に肘を立て腕を組んで考え込む様子を、ポコミと吾郎が見守っている。

 前回の来訪からこの日迄の数日間で、自身の友人に何が起きたのかを知らないポコミが、小声で吾郎へと説明を求めた。

 

「ねぇ、せんせ。 さりなちゃんどうしちゃったの?

 何か悩み事?」

 

「この前、B小町の最新のライブ映像を観た時からあんな感じなんだ...。

 だから、多分それ関連なんだろうけど...。」

 

 吾郎が、その契機となった出来事を基に悩みの種について考察するが、それは幾分歯切れの悪いものであった。

 彼女がB小町について楽しそうに語る姿を知る吾郎からすると、この様に自分の世界に入ってしまう程、思考に没頭する様は想像し難いものであった故に。

 吾郎の考えを聞いたポコミも、再び沈黙する他ない。

 彼女も二人と同様、最新のB小町のライブ映像は確認したが、感動こそすれど悩みを抱える様なパフォーマンスではなかった。

 アイドルファン歴の長いさりなだからこそ気付く部分が有った可能性は考えられるが、自分達が想像が及ばない部分について悩んでいるのだとしたら、さりなの側から共有してくれるのを待つしかないのだ。

 ポコミが、さりなの様子を知りながらも静観を続けた吾郎の判断に理解を示したのと同時に、さりなが二人へと声を掛ける。

 

「二人に聞きたいんだけど、最新のB小町を観てどう思う?」

 

「どうって、パフォーマンスの内容って事?」

 

 さりなの漠然とした問いに、その真意を絞り込む為にポコミが質問で返す。

 額面通りに受け取るならば、自身の考えた質問内容なのだろうが、そんな単純な質問をするだけならここまで重苦しい雰囲気にはならないだろう。

 

「それもそうだけど、メンバーの魅力とか、グループとしてこれからどうなっていきそうかとか、最近アイドルファンになった二人から見てどう感じるのか聞きたいんだよね。」

 

 さりなの言葉に一度目を合わせつつ、そういう事なら_と二人は語り始める。

 自分達の意見が参考になるのかは分からないが、この場で最もアイドルという存在に詳しい者からのお達しとあらば、応じない訳にもいくまい。

 

「えっと、じゃあ私は専門的な事は言えないから、感じたままで喋るね。

 歌はどんどん上手くなってる...ってのは観れば分かるから、何て言えば良いのか難しいけど...。

 少し前と比べても、四人の歌がガツンと心に響く感じがするって言えば良いのかな?

 とにかく、只のアイドルって感じじゃない気がするんだよね!」

 

「俺もポコミちゃんと同意見だ。

 単純に練度が上がったのとは違う、観ている側に訴えかける様な凄みを感じるよ。

 これは推測だが、直近のライブの前に演劇ワークショップとやらに参加したらしいから、それがパフォーマンスに良い影響を与えているんだろうな。

 正直に言って、『地下アイドル』という枠では収まらなくなるのも時間の問題なんじゃないか?」

 

 ポコミが感情のままに出力した表現を、上手い事吾郎が補足した上で自身の考察を付け加える。

 B小町の面々がファンサイト内で執筆するブログから得た情報であり、信憑性は高いと言えるだろう。

 吾郎がワークショップというものについてポコミに説明する傍ら、二人の意見を黙って聞いていたさりなは、その考えを吟味し終えたのか、再び口を開いた。

 

「成程ね...。 二人から見てもそう感じる位なんだ...。」

 

 そんな言葉と共に渇いた笑いを浮かべるさりなの様子に、どう反応すべきか迷う二人。

 発言からすれば、さりなもまた自分達と同様、或いはより深い部分迄B小町の進化を感じ取っていると言っていいだろう。

 にも関わらず、彼女から感じ取れる感情はポジティブなものとは言い難いのだ。

 自分が応援している対象が成長していく事を、喜びこそすれど、悲しむというのは想像し難い。

 さりな自身が、地下アイドルの魅力の一つとして『成長を見守っていける』と語っていた事実も、尚更今の彼女の感情を二人に理解させ辛いものとしていた。

 とはいえ、理由も分からぬままでは埒が開かないと、ポコミがさりなの真意を問おうとした時であった。

 

「ぬわあぁぁぁん‼︎ B小町が有名になっちゃうよぉぉぉ‼︎」

 

 病室に響いた魂の叫びを聴かされた二人は、共に渋い表情を見せる。

 特にポコミの方は、目の前の友人の姿に理解が及ばず本気で心配した様子で、吾郎へと声を掛ける。

 

「どうしよう、せんせ...。

 さりなちゃん、マジでおかしくなったんじゃない...?

 病院連れてった方が良いのかな...。」

 

「ここ、病院だから...。

 まあ、これは所謂『複雑なファン心理』ってやつじゃないかな...。」

 

 混乱の極地に達したポコミを落ち着かせるべく、努めて冷静に自身の仮説を語る吾郎。

 その様は、どうにか自分だけは平静を保たねば_という確固たる意志を感じさせる。

 

「つまり、ざっくりと言うと、有名になる前から応援してた対象が、いつの間にか手の届き難い存在になってしまったって感じじゃないかな。」

 

「それなんだよ‼︎」

 

 ここまで吾郎の考察を黙って聞いていたさりなが、突如としてスイッチが入ったかの様な豹変振りを見せ、二人は呆気に取られてしまう。

 

「アイちゃんは益々目で追っちゃう存在になってて、自分がメインになる時とそうじゃない時の視線誘導がエグいし!

 ニノちゃんはあれだけ感情出して歌えるなら、失恋ソングとかダークな曲歌っても人気出るでしょ!

 めいめいは確かに元からダンスのキレは凄かったけど、最近は凄すぎて逆に浮いちゃってるって!

 たかみーとか何あれ⁉︎ あんな没入感有る歌い方出来たの⁉︎

 もう、こんなのすぐに全国区になるに決まってるじゃん‼︎」

 

 ひとしきり自分の考えを吐き出し、肩で息をするさりなが落ち着く迄、その思いの丈を聞かされた二人は待つ他無い。

 こんな熱の籠った演説の後に、下手な事を言う勇気は無かったのだ。

 

「はぁ、生のB小町を見れたのが初々しいデビューライブで最後かぁ...。

 せんせも、もしチャンスが有ったら絶対行った方が良いよ...。」

 

 排熱を終え、一転して弱々しく項垂れるさりなの言葉に吾郎も同意する。

 彼女の病状や移動の不便さを抜きにしても、自分達地方居住者がライブへ参加するハードルは高いと言わざるを得ないのだ。

 都市圏迄往復するというのは経済的な負担が大きく、そう気軽に出来る事ではない。

 そうなると、現実的には自分達の住む宮崎県、せめて九州地方でのライブに参加出来るかという所だろうが、それを可能にする程のアーティストとなれば、相応の人気が有りチケット購入の倍率も高くなるだろう。

 そう思案していると、さりなと共にライブに参加した経験の有るポコミも、彼女の考えを後押しする様に発言する。

 

「確かに生で観たインパクトは凄かったねー。

 めいめい以外の三人は皆、羨ましい位うるサラヘアーじゃん!

 あれ、ホントどんなケアしてんだろうね!」

 

「確かにあれは目で追ってしまうよなぁ。

 ポコミちゃんも、下ろしても似合うんじゃないか?

 ポニーテールとか、縛り方変えるだけでも印象変わると思うぞ。」

 

「確かに、ポコミちゃんめっちゃ綺麗な金髪だもんね。

 風邪に靡いたら、アニメみたいになりそう。」

 

 独自の視点から自身が感じた魅力を語った事が、巡り巡って自身への賞賛が続く状況へと繋がっている事実に赤面するポコミ。

 二人としては揶揄う意図は無いのだが、結果として褒め倒しにあった様な状況だ。

 話題が変わった事も重なり、さりなが気分を持ち直した事で、空気が弛緩したかに思えた時であった。

 それまで和気藹々と話していたポコミと吾郎が徐に立ち上がると、さりなに対して平伏する様な格好を取る。

 

「ちょっ、ちょっと二人ともどうしたの⁉︎

 何で急に土下座⁉︎」

 

「すまん、さりなちゃん...。

 今のは余りに無神経だった...。

 医者...いや人間失格だよ。」

 

「元はと言えば、私が悪いんだよ...。

 友達として今のはダメだよね...。」

 

 そんな二人の謝罪の言葉に、行動の要因を察するさりな。

 治療の為致し方ない事とはいえ、自身の頭部については当然思う所は有る。

 周囲の医師達も気を遣ってくれているのは理解している故に、さりな自身も努めて明るく振る舞う様にしてきたつもりだ。

 だからこそ、彼女は『いつも通り』に振る舞う。

 B小町の様に周囲に笑顔を振り撒ける存在には成れずとも、せめて目の前の二人には笑顔でいて欲しいのだ_と。

 

「二人とも顔上げてよ!

 私、もっかい頑張って伸ばすんだから!」

 

 そんな彼女の言葉は、自然と二人の表情を柔らかいものへと戻す。

 それは、例え彼女の最推しのアイドルであっても出来ぬ無敵の輝きを放っていた。

 

「そうだよ!

 決まってる全国ツアーでも、5月に宮崎に来るみたいだし!

 ライブ以外にも、お買い物行ったりご飯食べに行ったり、さりなちゃんとしたい事一杯有るんだから!」

 

「二人とも可愛いから、街を歩いてたらスカウトされるとかあり得るんじゃないか?

 二人がアイドルになったら推し増しするな。」

 

 二人の調子が戻った事により、病室に笑顔が戻る。

 このまま一気に湿った空気等吹き飛ばしてしまえとばかりに、さりなの吾郎への想いを理解しているポコミが、爆弾を投下した。

 

「ねぇ、さりなちゃん!

 アイドルになるのと、せんせと家族になるのと、選べるとしたらどっちにする?」

 

「えー、その2つから⁉︎

 それなら、やっぱりせんせかなぁ...。」

 

「社会的に死んじゃうから勘弁して...。」

 

 ポコミの言葉を受けたさりなのいじらしい態度に、モラル的な返答で追求を逃れようとする吾郎。

 その返答に二人がつまらなそうな反応を見せるが、流石に自身の社会的地位と天秤に掛ければ、軽はずみな言動は慎むべきだ。

 とはいえ、このお嬢様方のご機嫌を損ねたままでいる訳にもいかないだろう。

 

「16歳になったら真面目に考えてやるよ。

 さて、俺もそろそろ戻るかな。」

 

「アハ、私もそろそろ帰らないとかな。

 さりなちゃん、さっきの話、約束だよ!」

 

 

 病室を去る二人を見送り、寝転がって天井を見上げるさりな。

 頭の中には、二人の優しい言葉が反芻している。

 不自由なこの身には、二人の語るありふれた将来への展望が、どうしようもなく輝いて見えるのだ。

 どうにかその光をこの手に掴めたなら_そんな思いで、天井へと手を伸ばす。

 

「届くといいなぁ...。」




 久しぶりのさりなちゃん回です。
 筆者もとあるアーティストのファンで、本話の彼女の様な心理になった経験が有りますが、あれって本当に不思議な感覚なんですよね。
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