いつも以上にお見苦しい拙文になっている可能性がございますので、誤字等ご指摘いただけますと幸いです。
12月の下旬に差し掛かろうという時期故に、東京の夜は冷たい空気に支配されており、街を歩く人々もその身を縮ませつつ帰り道を急いでいる。
兎にも角にも、この身を刺す様な寒さから一刻も早く逃れたいと考えるのは自然な事であろう。
事実、この日遠い地に住む友人との電話を楽しむ少女もまた、外の寒気を遮断した室内へと避難していた。
「そうだ、全国ツアーの話なんだけどね、そこで新曲発表と一緒に新メンバーもデビューする事になるから楽しみにしててね。」
そう語る少女_アイの言う全国ツアーとは、先月頃に開催が発表され、電話先の人物が住む宮崎県においても開催されるB小町初の全国ツアーの事だ。
最近、メンバーとの交流が行えるプレミアムチケットの抽選会が行われたばかりであり、ファンが楽しみにしている一大イベントである。
もっとも、今アイが話してしまった内容は、近日中に公開予定_つまり本来ならまだ未公開の情報である。
電話先の相手も、その点を心配する声を上げた。
今のは聞いて大丈夫だったのか_と。
「まあ、ホントは駄目だけどねー。
ポコっちが誰にも言わなければ、大丈夫でしょ。」
『いやいや、アイちが勝手に話しといてそれは無いでしょ⁉︎』
ケラケラと笑うアイに憤慨した様子の電話先の少女_ポコミ。
元々、ポコミの兄であるヘッポコ丸を通じて繋がりの有った二人は、B小町のデビューライブの際に連絡先を交換しており、定期的に連絡を取り合う関係になっている。
互いに愛称で呼び合う様は、彼女達の親密さを感じさせる。
『まったくもう...、こっちは折角プレミアム席もぎ取ってまで応援しようってのに。』
「えっ、それ最近こっちでやってたイベントで抽選販売してたやつでしょ?
よく取れたね...。」
アイを応援しようという気概を感じさせるポコミの発言には、流石の彼女も驚くしかない。
低確率の抽選、それもチケット特典である交流会の事も踏まえれば更に4分の1の確率が加わった中でアイの分のチケットを引き当てた強運もさる事ながら、そもそも遠い宮崎の地にいる筈のポコミ達がどうやって都内でのみ販売された代物を手に入れたのかも謎である。
彼女の兄には壱護やミヤコが釘を刺していたし、そもそも当日は平時と同じく事務所で働いていたので、物理的に関与は出来なかった筈だ。
すると、不敵な笑みを浮かべつつポコミが種明かしを始める。
『ふふん、こっちには頼りになる大人がいるんだよねー。
まあ、運が良かったのは否定しないけど。』
曰く、彼女達が世話になっている病院の研修医を新たにファンにしていたらしいのだ。
これには、アイも成程と思わされる。
自分達の様な子供が、宮崎と東京を往復するだけでも大変であるし、その上チケットを入手する事迄考えると非現実的であろう。
だが、自分達の近くに協力者がいるならどうだろうか。
経済的にも社会的地位の面でも、大人の協力者がいるならば、少なくとも抽選販売に参加するハードルはぐっと低くなる。
ましてや、その人物がB小町のファンとして前向きに行動してくれるのなら言う事無しだ。
もっとも、その研修医の何某はともかく、彼女とさりなの懐事情を考えれば、文字通り一発勝負の賭けになるのは必定であり、当選_それもアイの分が当たったと知った時のさりなの喜び様は、まるでそのまま院内を走り出しそうな程であったらしい。
自分との交流会にそこまで喜んで貰えただけでなく、自分の知らない所でファンを増やしてくれていた事実に、表情が緩むのを抑えられないアイ。
自分の存在が、大切な友人を笑顔に出来ていた事実は、かつて自分が芸能界に入る際に交わされた言葉を思い出させる。
(ファンを愛して、ファンに愛されて_少しは出来る様になってるのかな。)
宮崎でのライブでも、力を貸して欲しい_そう思うからこそ、アイはポコミに尋ねる。
「ポコっち...、さりなちゃんは5月のライブ来れそう...?」
『半年先の事だから、どうなるかは分かんないけど...。
さりなちゃん、最近体調良くない日が多いらしいんだよね...。』
アイの問いの意味を理解しているポコミも、自身が看護師達から得た情報を正直に伝える。
食欲が無かったり、顔色が良くない日が増えているらしいのだ。
さりなが抱える難病については、アイもヘッポコ丸伝で大まかに聞かされており、素人の希望的観測がまかり通る問題でない事は承知している。
空気が重くなる中、突如としてポコミが驚いた様子で、自分が見た光景を伝えた。
『わっ、流れ星じゃん! 早くお願い事言わないと!』
「すっごいねー、流れ星なんてこっちじゃ滅多に見れないよ。
まあ、そもそも星があんまり見えないけど。」
東京ではそうそうお目にかかれない現象を目にした友人に倣い、アイもまた窓から夜空を覗く。
都市街故の光の影響により、彼女の目に映るのは強い光を放つ星だけだ。
『えーっと、じゃあこれにしよ!
さりなちゃんとアイちと三人で、ご飯行ったり遊びに行ったり出来ます様に!』
「...それ、私もお願いしとこ。」
ポコミの願いが少しでも実現する可能性が高まればと、アイもまた目に映る星に願いを捧げる。
流れ星以外に効果が有るかは分からないが、少なくとも願うだけならタダであろう。
彼女の願いを聞き届けた星が、人工の光に負けじと紅く輝いていた。
母親に連れられ病院へとやって来たポコミは、車が停車した途端に勢いよくドアを開け走り出した。
母の制止の声も無視して、全速力で目的地へと走る。
1月の冷え切った空気の中を駆けている為、肌に感じる寒さは普段とは比べ物にならないが、そんな事等気にも留めない。
呼吸する1秒すら惜しいと言わんばかりに目的地へと急ぐ彼女の体は、病院の玄関口で白衣を纏った人物に受け止められた。
「ハッ、ハッ、せんせ...?」
「危ないよ、ポコミちゃん。
車が来てなかったから良かったけど。」
急停止した事で息を切らせつつ、ポコミが衝突した人物を確認すれば、そこには数刻前に自身が病院へと来る切っ掛けとなる連絡をしてきた吾郎の姿が有った。
さりなちゃんの容体が急変した_そんな連絡を吾郎から受け取った為、急いで病院へとやって来たのだ。
吾郎の悲痛な表情と、彼に掛けられた言葉によって冷静さを取り戻すポコミ。
丁度追い付いてきたのであろう母に会釈をする吾郎の姿は、自身に対して気丈に振る舞わんとする意志と、自分の無力さを呪う感情との板挟みになっている様に感じられた。
「ごめんなさい...、せんせ...。」
先の冷静さを欠いた行動を、ポコミは素直に謝罪する。
辛いのは自分だけではないのだ_と。
「構わないよ、俺もポコミちゃんに偉そうな事を言える様な状況じゃなかったからね...。
兎に角、怪我が無くて良かった。」
改めて自分の身を案じる言葉を掛けた吾郎の姿に、ポコミはまだまだ自分は子供なのだと感じさせられる。
医療に携わる身である吾郎は、自身よりも余程忸怩たる思いであろうが、それでもこうして出迎えに来る程の冷静さを保っているのだから流石と言わざるを得ない。
母にエントランスでの待機をお願いし、改めて吾郎と共に自身の目的地_さりなの病室へと向かう。
移動しながら語られた吾郎の話によれば、この日の午前中には普通に話す事が出来ていたとの事で、食事もきちんと摂れていたらしい。
それが今は高熱と痙攣を引き起こし、意識が混濁しているとの事だ。
ただ、吾郎がさりなの主治医である藤堂医師や看護師達に聞いた所、年末に掛けて痙攣発作を何度も起こしており、状態は悪くなる一方であったそうなのだ。
それを聞いたポコミは、目を見開く。
確かに体調が悪そうな日は増えていたが、そこまで悪い状況なら何故言ってくれなかったのか_と。
「さりなちゃんが言ってたそうだ。
『二人には言わないで』って。
俺達と一緒にいる時は、楽しく過ごしたいって。
...正直、俺もポコミちゃんがいなかったら冷静じゃいられないよ。」
吾郎の言葉に唇を噛み締めるポコミ。
本来、一番苦しい身である友人に気を遣わせてしまっていた事、そんな彼女の思いをこんな状況になる迄察せなかった己の愚かさを悔やむ。
二人がさりなの病室へと到着し、中へと入ればそこには心電図の電子音だけが鳴り響いていた。
ベッドの上で静かに目を閉じるさりなの肌は青白く、生気を感じさせないものとなっている。
死が彼女を飲み込まんとしているのが、ポコミにも感じられた。
「さりなちゃん、こんな風になっちゃって...。
そうだ、家族の人は⁉︎ 急いで来ないと間に合わないよ⁉︎」
自身の言葉に首を横に振った吾郎の姿に絶句するポコミ。
彼女の両親は共に都内におり、外せない用事が有る為すぐには来れないとの事だ。
無論、ポコミとておいそれと簡単に移動出来る距離でない事は重々承知している。
だが、だからと言ってこんな事が許されるのか。
「そんな、そんなのってあんまりだよ...。
さりなちゃん、ずっと一人で頑張ってきたのに...。
最後までそんなだなんて...。」
実の娘に対する所業とは思えない振る舞いに、ポコミがさりなの冷たくなった手を握り、彼女の身に降りかかる理不尽を呪った時であった。
「あれ...、二人とも来てくれてたんだね...。
ごめん、気付かなかった...。」
さりながゆっくりと目を覚ます。
空いた右手を震わせながら、口元の呼吸器を外す姿がなんとも痛々しい。
「無理しないで、さりなちゃん! 今は安静にしてないと...。」
そんな自身を気遣う吾郎の言葉を右手で制したさりなが、弱々しく微笑みながら言葉を続けた。
「あのね...、多分もう無理なんだぁ。
だから...、手紙でも残そうかと思ってたんだけど...、そんな余裕も無かったよ...。
二人に...、聞いてほしい事が有るの...。」
そんな彼女の、残った力を振り絞る様な言葉に二人は首肯を返す。
彼女の言葉を一字一句聞き逃すまい_と。
「私、二人がいてくれて、ホントに嬉しかった...。
一人じゃないんだって...、一緒にいてくれる人がいるんだって...、そう思えたの...。
ポコミちゃんは...、私の人生で唯一絶対の大親友。
せんせは...、私にとってのアイちゃんと並んで最推しの人。」
さりなの言葉に二人は嗚咽を漏らす。
彼女の声は少しずつ、力を失っており、自分達の現実逃避の言葉すら許さぬとばかりだ。
すると、ずっと自身の左手を握っていたポコミに、さりなが最期の頼みを託すべく声を掛ける。
「ポコミちゃん...、アイちゃんに伝えて欲しいの。
あなたは、今迄見た事が無い位強く輝いてる...。
最強で無敵のアイドルだって...。」
「うん、うん、絶対アイちに伝えるよ...。」
最推しの人物への言葉を託し、少々疲れたとばかりに一つ呼吸をしたさりなが、再度語り始める。
「さっきね、夢を見てたんだ...。 アイドルになる夢だよ。
他のメンバーは二人、どっちも凄く可愛い子なんだぁ...。
皆の前で、ライブしてるの。
観客席には、せんせもポコミちゃんも、お兄さんもアイちゃんもいたかなぁ...。
いくら夢でも、おかしすぎだよねぇ...。」
「そんな事無いさ...。
前にも言っただろ、二人で歩いてたらスカウトされるかもって...。
さりなちゃんがアイドルになったら、絶対応援に行くよ。」
そんな吾郎の言葉を受け、さりなの細められた目から涙が溢れる。
すると、震えながら俯いていたポコミが徐に顔を上げた。
「せんせ、ホントは禁止されてるんだけど、今回は大目に見てね。
さりなちゃん、その衣装をイメージして!」
何処からかステッキを取り出したポコミが、それを持つ自身の右手にさりなの左手を重ねる。
彼女の願いを、ほんの少しだけでも実現させる為に。
すると、行方を見守っていた吾郎が自身の右手を重ねた。
自分の思いも乗せてくれ_と。
「行くよ! 二人とも!
ラブリーマジカル真拳超奥義『キラキラ⭐︎ドレスチェンジ』‼︎」
この技は本来、ポコミの戦闘形態とも言うべき衣装を発現させるものであるが、今回はその力と吾郎の思いを乗せて、さりなのイメージを彼女へと投影しようとしていた。
「これが、私...?」
「アハッ、最高に似合ってるよ、さりなちゃん!」
「ああ、本当に、良く似合ってる。
アイに負けない位、魅力的だよ。」
「えへへ...、嬉しいなぁ...。」
彼女が纏ったワインレッドの可愛らしい衣装。
涙で滲んだ二人の目には、その衣装を纏ったさりなの姿が紅玉の如く輝いて見えた。
しかし、そんな時間はすぐに過ぎ去ってしまう。
頭痛の症状が出たさりなが顔を顰めた瞬間、衣装は元の服へと戻ってしまった。
その様は、どうしようもなく二人へと最期の瞬間を予感させる。
さりなが呼吸を荒くしつつ二人の手を握り、今生の想いを届けた。
「ありがとう...、二人とも。
大好きだよ...、もし、生まれ変わっても、きっと_」
その言葉を最後に、部屋に響いていた電子音が、一定のリズムを刻むのを止めてしまった。
泣き疲れて寝てしまったポコミを彼女の母の下へ運ぶと、吾郎は彼女へと伝言を頼んだ。
「ポコミさんにお伝え願えますか?
天童寺さりなさんに最後迄寄り添ってくれた事、医師の一人としてお礼申し上げます_と。」
彼女の母の首肯を見届けると、吾郎もまた頭を下げ踵を返す。
既に藤堂医師によってさりなの死亡確認は行われ、吾郎も今日の出来事もあり早めに帰宅する様に言われていた。
明日は丁度非番の日であり、どうにかして気持ちを落ち着かせなければならない。
本来は先の言葉も、ポコミに対して直接伝えたかったが、次にいつ会えるかも分からない以上、彼女の母を頼る他無かった。
早々に身支度を済ませて、自宅へと車を走らせる。
自宅に到着し、楽な服装に着替えると、グラスにボールアイスを放り込み酒を注いだ。
電気を消し、カーテンを開ければ、月の光が差し込み星々が広がっている。
「さりなちゃん、俺頑張るよ。
医者としても、B小町のファンとしても、君の分も沢山頑張るから...。」
その手には、先程さりなが今際の際に自身の手を握った際に託されたキーホルダー。
『アイ無限恒久永遠推し‼︎!』と書かれたそれは、彼女がポコミと共に参加したライブの物販にて手に入れた物であるらしく、今では彼女の形見となってしまった。
ポコミに自分が持っておいて欲しいと言われ、共にさりなの事を忘れぬ様誓った大切な物だ。
さりなへの誓いを語りつつ、グラスを空へと掲げれば、星の光が氷を通して藍玉の様に映る。
グイッとグラスを傾ければ、喉から食道、そして胃へと熱さが移動していく。
「だから、今日だけは...。
情け無い所を見せても、許してくれるかな...。」
吾郎の漏らす嗚咽は、静かに闇へと吸い込まれていった。
さりなちゃん、こんな描写が筆者の精一杯でした。
せめて原作よりは笑って逝けたと思いたいです。