その部屋に集まった三人の男性_壱護、鏑木、金田一は、自分達をこの場へと集めた人物が口を開くのを待っていた。
息も詰まる様な重苦しい空気の中、その人物が意を決した様子で語り始める。
「お三方とも、今日はお時間を作って下さり、ありがとうございます。
早速ですが、まずはこちらを聞いてください。」
そう語った者の名は、上原清十郎。
劇団ララライに所属する役者であり、以前カミキ ヒカルに対して性被害を与えていた姫川愛梨の夫である。
彼がテーブルの上に置いたボイスレコーダーからは、彼の妻の音声が流れていた。
この会合のそもそもの発端は、先のB小町とのコラボ配信からの繋がりで連絡を受けた金田一の提案により、ハレルヤランド内の舞台にてララライ主催の演劇にB小町を出演させようという運びから始まったものだ。
ハレクラニという強大なスポンサーの存在が有るとは言えど、未だ人材不足に悩まされているララライからすれば、自分達が抱える役者との交流経験が有り、尚且つ女優業のキャリアが無い事から比較的安価で起用出来るB小町創設メンバーの存在は非常に価値の高い存在であった。
苺プロ側としても、彼女達のアイドル以外の活動で営業を掛けるに当たって、大規模ではないながらも着実に実績を積めるこの提案は渡りに船であったのだ。
四人が実際に演劇への出演経験を経て、自信を深められれば文句は無し。
仮に上手くいかなかったとしても、挑戦した上での自己分析となれば、今の彼女達であれば上手く自身の感情に折り合いをつけられるだろうという判断だ。
新加入の三人に関しても、流石に今回でいきなりの出演というのは見送らざるを得なかったが、稽古の見学は許されており、合間を見て彼女達にも演技指導を行うという申し出を受けており、苺プロ側からしても文句の付けようが無いプランだったのだ。
ここに彼らにとっての知己の存在である鏑木が、プロデューサーとして就任。
彼ら以外の俳優やスタッフのキャスティング等、双方に足りない部分をカバーする事で、スポンサーのハレクラニを納得させてみせたのだ。
鏑木としても、企画自体の規模が小さくリスクが小さい上で、ハレクラニという通常では近付きたくとも接点を持つ事すら叶わない相手とのコネクションを得る事に成功。
全員の思惑が合致した、正に万全の体制と呼べる状況の中でそれは起こった。
今回の演劇に出演予定だった、姫川愛梨の負傷。
その情報は、表向きは稽古中の事故という事になっているが、実態は大きく異なる。
『...大輝の父親は清十郎じゃない。 あの子はヒカルとの子なのよ...。』
ボイスレコーダーから聞こえてくる姫川の音声が伝えた情報に、ここ迄静聴していた三人は耳を疑った。
上原が音声の再生を止めると、待ち切れぬとばかりに金田一がその内容について問い質す。
「...おい、上原。 これはどういう事だ?
今姫川が言ってた『大輝』ってのはお前の所の倅で、『ヒカル』ってのはカミキの事を言ってるのか...?」
「...確実な事は、DNA検査をしてからでないと言えませんが、恐らくは...。」
その金田一の問いに答える上原もまた、苦悶の表情を浮かべる。
今聴いた内容を否定したいという感情と、どう考えてもこの音声の主が自身の妻であるとする理性との間で板挟みになっているといった所か。
「ちょっと待ってくれ、情報を整理させて欲しい...。
まず、この音声を君は一体誰から受け取ったんだい?」
情報の処理が追いつかない鏑木が、場と自身を落ち着かせる為に順序立てた説明を求める。
断片的な情報だけで判断するには、余りにも危険過ぎる内容である故に。
その意見に同意する様に、金田一もまた冷静さを取り戻し、上原の言葉を促した。
信じて貰えないかもしれないが_そんな前置きの後、上原が自分が見た光景を語り出す。
それは、ある日の稽古の休憩を挟んだタイミングであった。
時間になっても稽古場へ姫川が戻らなかった事を不審に思った上原が、周囲に謝罪しつつ彼女の捜索を開始する。
万が一、急な体調不良で助けすら呼べぬ状況にでもなっていたら_そんな不安を抱きつつ捜索を続けていると、使われていない部屋の中から姫川の声、それも悲鳴が聞こえたのだ。
何かの事件に巻き込まれたのか_焦燥と共に、上原がその部屋の扉を開けると。
「さっきのはどういう意味ギョラ‼︎ さっさと吐け、オラァ‼︎」
「早くしないと外を歩けなくなるわよ。
というか、時間が勿体無いからさっさとしてちょうだい。」
「分かった、分かりました!
喋ります、喋りますからー‼︎」
「W杯とEURO連覇とかフランス強すぎだオラァ‼︎」
「なんなのあの選手層? 日韓大会もどうせ殆ど同じメンバーでしょ?
意味不明なんだけど。」
「ぎゃあああああ‼︎」
横浜の純子と魚雷ガールによって、自身の妻が痛めつけられている光景が広がっていた。
余りの光景に圧倒されたのも束の間、我に帰った上原が妻を助けるべく声を掛ける。
「ちょっ、アンタ達何してるんだ⁉︎ 愛梨が何かしたって言うのか⁉︎」
上原の声に二人が手を止める。
姫川もまた、自身の夫の姿を認め藁にもすがる思いで助けを求めるが。
「何このミジンコ?」
「ミジンコ⁉︎」
「あれギョラ、この女の夫の...何とかギョラ。」
「ああ、旦那さんなのね。
丁度良いから一緒に聞いてもらいましょう。」
そうして自身の妻が語った内容に、頭が真っ白になる上原。
用は済んだとばかりに部屋を去ろうとする魚雷ガールが、ボイスレコーダーを上原に渡しつつ、忠告を行う。
「これをどうするか、この女とアナタの子供にどう向き合うかはアナタ次第。
但し、次にカミキ君に近付こうものなら、その時は覚悟するギョラ。」
こうして渡された情報を自分一人で処理出来るとは思えず、今回の会合にて助けを求めたという訳だ。
そんな情報に三人は当然と言うべきか、渋い表情だ。
「性の搾取なんてのは、昔から有る話だが...。
まさかガキに手出した挙句、避妊すらしてねえとはな...。」
「魚雷君達に見つかったのが運の尽き...。
いや、現実として被害者がいる以上、不幸中の幸いと言うべきだね。
金ちゃんは、二人の関係を怪しいとは思わなかったのかい?」
姫川の行為に侮蔑の言葉を投げる金田一に、彼女の愚かさと早期発見に至った事実に安堵しつつ、劇団内での関係性を問い質す鏑木。
しかし、これに金田一も顔を顰めつつ首を横に振る。
彼自身、ヒカル自身から家庭環境について話をされていた手前、共に食事に行っているとの過去の姫川の言い分に違和感を感じなかった経緯が有った。
個々にマネージャーを付ける程の余裕も無く、ヒカル自身がこの件を周囲に隠していた事も、発覚を遅らせる要因となったのだ。
「...ウチのアイが、ワークショップの時の縁で話を聞く事が出来て、魚雷さん達に伝える事が出来ましたが...。
それが無ければ、もっと遅く...、下手をすれば発覚すらしなかったかもしれませんね...。」
アイとボーボボから、以前の一件の折に話を聞いていた壱護が、鏑木の言葉に同意するも、そんな彼の言葉に金田一が食い付く。
知っていたのなら、何故知らせてくれなかったのか_と。
「当時、それを知ったとして、どうするつもりですか?」
「決まってんだろ‼︎ 姫川の奴に問い質して...。
ああそうか、その時はこの情報は出てなかったって事か、クソッ!」
「カミキ君と大輝君の事を考えれば、情報を公開する事は出来ない...。
だからこそ、一度は魚雷君達も静観を選んだ訳か。」
壱護の対応に憤慨しつつ、当然だと言わんばかりに金田一が対策を語るも、直後に時系列を理解し、身動きが取れなかった理由を察する。
鏑木の考察の通り、最初に彼女達が動いたタイミングでは、言い方は悪いが性被害者と加害者がいるというだけの話であった。
それならば、被害者であるヒカルが沈黙を望みさえすれば、後は加害者である姫川と情報を知る一部の人間が秘密を守り、お互いに別々の人生へと歩み出せるであろう。
「愛梨の方からカミキに言ったそうです...。
『大輝はアナタの子、アナタは私から逃げられない』と...。」
「で、魚雷君達に見つかったと。
全く、何で大人しくしていられないのかな...。」
黙していた上原が、トドメとばかりに口火を切った人間がどちらであるのかを明かし、彼女の余りの愚かさに鏑木が頭を抱える。
こんな情報が出てしまっては、最早魚雷ガール達が口を噤むだけでは収まらないだろう。
性交同意年齢に至らない段階で被害を受けた少年と、それによって産まれてしまった不義の子供。
二人の尊厳を守る為には、姫川の周囲にいる自分達の力を利用してでも封殺するしかあるまい。
「本音を言えば、お前には口封じの為にあいつと心中してほしいくらいなんだが、倅の事もあるだろ。
お前はこれからどうしたいんだ、上原?」
魚雷ガール達の思惑を理解した所で、過激な言葉を使いつつ金田一が上原に今後の方針を問う。
「...私も、お恥ずかしい話、異性関係について愛梨に偉そうな事を言えるとは思っていません。
カミキの事を思えば、夫婦共々この世界から身を引いて、秘密を墓まで持っていくべきですが...。
これから先、大輝とちゃんと向き合ってやれるのか、それが分からないんです。」
そんな金田一の問いに、上原もまた率直な思いを述べる。
彼自身、異性関係に関してはだらしない事を自覚してはいるが、それでも妻に対しては愛情を持っていると考えているし、大輝が生まれた時には心の底から喜んだのと同時に、自身の中で覚悟が芽生えた事をよく覚えている。
役者としては中々芽が出ない存在ではあるが、それでも産まれてきてくれた我が子の為に_そんな思いが根底から崩れ去ろうとしているのだ。
思い悩む彼の姿に鏑木と金田一が憐憫の視線を向ける中、壱護が彼に対し考え方の一つ_と前置きし語り始める。
「上原さん、まずは何でこうなったのか、奥さんと話し合ってみてはどうでしょう?
奥さんを心配して助けようとした時や、息子さんが産まれた時の気持ちが残っているなら、血が繋がっていなくても、家族って言えませんか?」
その言葉に目を見開く上原。
これから先、彼らが家族になれるのか_その答えはまだ誰にも分からない。
ボーボボ達とアイが住むマンションの一室。
この日はヒカルだけでなく、ビュティとヘッポコ丸も夕食に参加しており、普段以上の賑わいを見せていた。
元々、アイ達から話を聞いていた事もあり、二人ともすぐに打ち解けたヒカルは、ヘッポコ丸をベランダへと呼び、相談を持ち掛けていた。
内容は件の姫川との一件。
話を聞いたヘッポコ丸は、その余りの内容に絶句してしまう。
「こ、子供がいるって...、その、よく話してくれたな...。」
「まあ、その子の父親が僕だって聞かされたのは最近なんですけどね...。
ボーボボさん達も知ってる事ですし、以前皆さんに助けて貰ってから、色々と吹っ切れたのは有ると思います。」
そう語るヒカルの様子に悲壮感の様なものは見られない。
姫川から秘密を暴露された時も、驚きはしたもののだからどうしたのかという気持ちの方が強かったのだ。
「正直、姫川さんがなんで今更あんな事を言ってきたのかが分からなくて。
事が発覚して、僕の名誉をどうにかしたいって言うなら、そもそも被害者の時点で、名誉も尊厳も有ったものじゃないですし。」
彼のなんとも図太い発言に苦笑しつつ、この部屋で暮らす彼女と気が合う理由に合点がいった様子のヘッポコ丸。
この良くも悪くも浮世離れした感覚同士の二人故に、波長が合うのだろう_と。
「はは、アイがヒカルの事を気に入ってる理由が分かってきたよ。
それで、相談っていうのは、その子供をどうするかって事か?」
「気に入ってるって...。
その、やっぱり『家族』って血の繋がりが大事なんですかね?」
ヘッポコ丸の言葉に赤面しつつ、自身の悩みを打ち明けるヒカル。
自身の家庭環境が歪である事を自覚している為、一般的な家族像が分からず、先の姫川の言葉も自身と『血を通した子供という繋がり』が有るのだと言いたかった、と考察したのだ。
それ故に自身の周囲の人間の中では、最も一般的な家庭環境に近いであろうヘッポコ丸に相談を持ち掛けたのである。
ヘッポコ丸もまた、話に聞く加害者の異常性は別にして、他の人との繋がりを感じたいとするヒカルの考察に理解を示した。
「まあ、その考え自体はありふれた物だと思うし、行動の是非は兎も角、好きな人との子供が欲しいっていう気持ちは、多くの人が持つ物だとは思うけど。
個人的には、血が繋がってるかよりも、その人の事を大切だと思えるかの方が重要だって考えてる。」
その考えに、ヒカルも成程と思わされる。
身近な例で言えば、自分やアイは当然親と血が繋がっているが、それぞれの状況を家族だと言うのは非常に難しい。
それこそ、首領パッチや天の助とは血縁どころか種族の壁すら超えてしまっているが、関係性は余程健康的な物だろう。
「宮崎に妹の友達がいてさ。
かなり難しい病気を抱えてた子で、年明けに亡くなっちゃったんだけど...。
その子の親は、死に目にも会いに来なかったんだ。」
続けて語られた内容には、流石にヒカルも驚きを隠せない。
詳しく聞けば、その子の両親は共に東京にいるらしく、簡単に移動出来る距離でない事は理解出来るが、とはいえその子の身になれば、なんともやるせない話だ。
「後日、その子の親が病院に来た時に言ったそうだ。
『子供なんて、健康でいてくれれば何でも良い』って...。
ハァ?って思うだろ?
俺も最初はそう思ったんだけどさ。」
ヘッポコ丸は続けて、別の可能性も有るのではないか_と語り出す。
その言葉は、娘を普通の子供として産んでやれなかった、そんな親としての率直な後悔から来る物だったのではないか_と。
その考えに、ヒカルもまた成程と思わされる。
その発言のニュアンスや母親の真意は別として、親としての立場で想像すれば理解の及ぶ考えだ。
なまじ血が繋がっているからこそ、辛い現実に向き合えなかったという事だろうか。
そうヒカルが考えを纏めていると、彼らの後ろから窓を叩く音が響く。
そこにいたのは、先程自身との関係性を揶揄われた少女。
「二人で秘密のお話し中にゴメンね。
アイス有るから、こっち来なよ。」
その提案に従い、二人が居間へと移動を始めると、やはり気になったのか、アイが会話の内容を聞き出そうとする。
「んで、何話してたの?
ビュティさんには言わないでおくから、教えてよへっさん。」
「脳内ピンクの耳年増には教えねーよ。」
そんな彼女のマセっぷりに呆れるヘッポコ丸と、その対応に不満気なアイ。
先程の話も有り、二人の姿に思わずヒカルが呟く。
それが特大の火種になる事等知らずに。
「二人って、本当の兄妹みたいですよね。」
「えっ、ホントに⁉︎ どうしよ、ポコっちに自慢しちゃおっかなぁ。」
「おいバカやめろ、俺に皺寄せが来るんだぞ⁉︎」
ヘッポコ丸が語った、天童寺まりなに対しての考えは、あくまで断片的な情報を持っている彼がした考察としてご理解いただけますと幸いです。
サッカーのネタは、ジダンがいた頃のフランス代表の話です。
拙作中では、まだアイが芸能界入りしてから約1年半程しか経っておりませんので、原作のアイ死亡時から6〜7年前をイメージしております。
アイが死亡時、既にスマホを所持していたので、初代iPhoneやAndroidの発売が2007年である事から、おおよそこのくらいだろうと逆算した形になります。