来客を報せるチャイムを聞き、ドアモニターに映る見知らぬ男性の姿を確認したアイは、怪訝な表情を見せる。
その男性の服装を見ても、配達員とはとても思えず、何かしらの目的が有ってこの部屋を訪れたのだろう事は察せられるが、如何せん男性の外見に対して怪しさを感じてしまったのだ。
アイも見ず知らずの相手に対して失礼だとは理解しているが、さりとて男性の目が隠れる程の長髪とニヒルな笑みに対して、戸惑いを覚える者も多いだろう。
とはいえこのまま無視する訳にもいかず、応答したアイが用件を問えば。
「ボーボボの奴はいるかい?
ベーべべが来たって伝えてくれれば、分かる筈なんだ。」
相手方もまた、訪ねる相手を伝えてくる。
見た目に反して物腰は柔らかく、ボーボボの知り合いという情報も手伝い、若干警戒心を和らげるアイ。
相手にとっても、聞こえてきた声は覚えの無いものだった筈だが、対応を見るに事前に知らされていた可能性が高いだろう。
ボーボボに客の名を伝えると、急いで玄関へと向かっていった事から、余程深い仲なのかもしれない。
「おっ、その子が例のアイドルの嬢ちゃんか。」
「はい、兄さん。
アイ、こちらは俺の実の兄のベーベベ兄さんだ。」
ボーボボがアイへと紹介した男の名は、ベベベーべ・ベーべべ。
彼の言う通り、ボーボボの実兄であり、一時は裏マルハーゲ帝国帝王のハイドレートによる洗脳もあって敵対したものの、『ガネメ補完計画』によって打倒された。
その後は、毛の王国での戦いに際して独自の動きを見せるも、紆余曲折を経てボーボボに協力した。
幼い頃より年功序列の考えが強い性格であったが、今回は彼が個人的に支援しているとある人物の為にボーボボへと助力を請う等、年齢を重ねた故か柔軟な対応を見せている。
「じゃあおじさん、私部屋にいるから、終わったら声掛けて。」
ボーボボ達の分の飲み物を出し自室へ向かうアイを、礼を言いつつ見送るボーボボ。
邪魔をしない様配慮する彼女の行動に、ベーべべも感心した様子だ。
「最近の中学生ってのは、行儀が良いもんだな。
なあ、ボーボボ。 あの子は演技はやるのか?」
一歳違いの兄弟という事もあり、幼い頃より無茶振りもし合ってきた仲ではあるが、それでも兄のその問いに対して流石のボーボボも疑問符を浮かべざるを得なかった。
アイがアイドルである事は伝えている為、芸能活動という括りで見れば質問自体に違和感は無いものの、自身の兄に対してのイメージが演技という分野と結び付かない故に。
「全くの未経験って訳じゃないですが、演技力云々は何とも言えないですね。
今日来てくれたのは、それが理由ですか?」
まずは質問の意図を探ろうと、アイについての情報を渡しつつ今回の訪問理由を聞き出そうとするボーボボ。
兄やその裏にいる人物の求めるものが判明しない事には、どういった形で手を貸すべきかが分からないのだ。
芝居をやるのかという質問から、役者として紹介出来る人間を探しているのかと考えるが。
「まあ、演技が出来れば誰でもいいって訳でもないんだが、概ねその通りだ。
映画に出てくれる人を探してる所でな。
役の設定的に、丁度あの子くらいの歳だとありがたいんだが。」
「...それなら、単純に芸能事務所に紹介して貰う方が早くないですか?
一応、アイの事務所や魚雷先生に聞いてみる事は出来ますが、正直かなり回りくどいと思うんですが...。」
ベーべべの希望に対して、率直な感想を語るボーボボ。
単純に映画の出演者を探しているなら、態々自分の様な素人を頼る必要等無い筈である。
「それなんだがな、ちょいとワケ有りでよ。
はっきり言うと、プロの監督が作る映画じゃないんだ。」
その言葉に続けて、ベーべべがこの話の裏事情を語り出す。
曰く、彼が個人的に才能を感じ支援している若い映画監督がいるらしく、僅かながら資金面の援助と今回の様にスカウト活動等で協力しているとの事だ。
とはいえ、現状では映画配給会社とのコネクションすら無い、アマチュアという立場である。
そんな件の映画監督が、コンクールに応募する為の作品を作ろうとしているのだが、当然ながらスポンサー等も無くキャスティングにすら費用を掛けられないというのが実情らしい。
話を聞いたボーボボも、兄がこうして個人的な繋がりを頼った意図を理解した。
そんな状況では、普通に芸能事務所を頼ったとて、門前払いが関の山であろう。
ある程度損得勘定を抜きに、出演してくれる人間を集めなければならない訳だ。
まして、中高生程度の人間が条件となると、難航するのも致し方あるまい。
「分かりました。
一応、個人で付き合いの有る奴がいるんで、まずはそこを当たってみましょう。
会いに行く時に俺も一緒に行きますから、兄さんは映画の設定とかを説明して貰えますか?」
そう語るボーボボの脳裏に浮かぶのは、ある劇団の少年。
少なくとも、先の年齢の条件は問題無くクリア出来る人物だ。
劇団ララライの事務所内の応接室にて、ボーボボ達は三人の男性と向かい合っていた。
まずは、今回ボーボボが兄に紹介しようとしている若手俳優のカミキ ヒカル。
ボーボボから連絡を受けた彼の心持ちとしては、出演に対して前向きである。
単純に役者として経験を積む上で、自己制作とは言えど映画の主役として芝居が出来るというのは、舞台の稽古だけでは得られぬチャンスだ。
加えて、自分を救ってくれたボーボボへの恩義も有る。
上司が前向きな返事をしてくれる事を、彼は期待していた。
次に、劇団の代表を務める金田一。
彼としては、今回のベーべべが持ち込んできた映画出演の話に関しては、現状賛成と反対の半々と言った心境である。
個人としては、ヒカルの事で世話になった事に加え、彼に経験を積ませる意味でも悪くない提案だと考えている。
最初こそ、件の監督本人が面会に来ない事を訝しんだが、そちらはそちらで機材やスタッフ集めに奔走しているとの話を聞き、察せられる苦しい実情に同情する気持ちが有るのも事実だ。
とはいえ、出演させる以上はしっかりと報酬を貰わなければならない。
代表として臨むからには、自分達が抱える才ある若者を安売りする訳にはいかないのだ。
最後が、現在はヒカルのマネージャーとなっている上原。
自身の妻が引き起こした問題が発覚した後、正式に役者としての道を退いた彼に、現在のポストを用意したのは金田一であった。
新たな収入源を探さなければならない中で、カウンセリングを受ける事になった妻と血縁上は非常に複雑な関係の息子とも向き合って行かなければならない彼に対して、ヒカルのマネージャーとなる事で彼の防波堤となる事を期待した計らいである。
そんな彼からしてみれば、今回の話を前向きに検討するべく金田一を説得する腹積りでいた。
これには、マネージャーとして一歩引いた視点でヒカルの才能を見た結果、その優れた才を磨く為に若い内から様々な経験をさせるべきだという考えが影響している。
なまじ、自分が役者としては芽が出なかった人間である為、尚の事ヒカルの才能を引き出したい_そんな思いが強いのである。
「さて、ベーべべさん。
悪くない話だとは思うし、カミキ本人もやる気になってる様だ。
ただ、出演料はもう少しなんとかならんか?」
ベーべべからの説明を聞き、内容を吟味した金田一が口にしたのは、劇団としてシビアに対応しなければならない部分についてだ。
同じ芸能の分野で奮闘する若者が相手とは言えど、流石に譲れない一線というものは有る。
特にヒカルの場合、先のハレルヤランドで実施した公演が高い評価を得ていた事も重なり、劇団としては彼へのオファーは慎重に吟味しなければならない状況では、すんなりと首を縦に振る訳にはいかないのだ。
対するベーべべも、何とも痛い所を突かれたという表情だ。
「あー、そいつが将来賞とか取って羽振りが良くなったら...、なんて訳にはいかねぇっすよね...。」
ベーべべとて、自身の言い分が話にならない程苦しいものである事は自覚している。
ボーボボが紹介したヒカルの名を件の監督に伝えた際には、その名が出てきた事に非常に驚いていた事からも、彼が業界内で評価を高めている事は察せられた。
そんな彼を使いたいとなれば、当然それ相応の対価を払わなければならないが、そこに融通が利くならここまで苦心はしていない。
そんな彼の様子を見かねた上原が、助け船を出すべく発言する。
これは自分達劇団にとっても投資と言えるのではないか_と。
「代表、僭越ながらカミキの将来の事を考えるなら、この機会は大変貴重なものかと考えます。
規模はどうあれ、映画の主役なんて今のララライではそうそう巡ってくるものではありません。
カミキ個人だけでなく、劇団全体にとってもメリットは大きいかと思いますが。」
「お前の言う事も分かる。
実際、俺もカミキに場数を踏ませたい気持ちは有るさ。
だがな、一度安い金額で請けちまったら、その後はどうなる?
現状プロですらない人間の作品には、割安で出るのにって話になるだろう。
逆に他からオファーが全く来なくなる可能性だって有るんだ。」
そんな上原の言葉に理解を示しつつも、業界における相場を考えれば寧ろ悪手となりかねない事実を語る金田一。
この作品が趣味の範疇で収まるならまだしも、コンクールに提出する以上は公的に扱わねばならないのだ。
これには上原とヒカルも反論の余地が無く、空気が重苦しいものとなる。
すると、ここ迄静観していたボーボボが口を開いた。
「なあ兄さん、この主役以外の役はもう動かせないのか?」
「あん? いや、取り敢えず作品の顔になる主人公とヒロインの役を最初に決めようってなってるから、融通は利くが。」
「ならよ金田一さん、いっそ出演者を全員ララライ主導で決めちまうってのはどうだ?」
そのボーボボの提案に、思わず金田一は苦笑いを浮かべた。
所謂バーター出演という事になるが、作品全体の出演者のキャスティング権を持つ等、普通では有り得ない事だ。
とはいえ、もしそれが通るとなるとヒカルだけで収まるスケールではなくなってくる。
最低でも、より多くの人間に映画撮影の経験を積ませられるのだ。
仮にその作品が高い評価を得ようものなら、必然劇団側にも注目が集まるだろう。
また、それだけ高い評価を得た若手監督に恩を売れると考えれば、確かに十分メリットの有る投資と言える。
「ったく、どいつもこいつもしょうがねぇな。
ベーベベさん、今言った条件を呑んでくれるなら、この金額で受け入れよう。
そっちの監督がそれで良いなら、他の役についても資料を送ってくれ。」
そう溜め息を吐きつつ語る金田一も、喜ぶ周囲の面々の様子に思わず表情を綻ばせる。
彼とて、こんな条件を出されては、どうしようもなく胸を躍らせてしまうのだ。
後日、ベーべべは作品の主役であるヒカルとヒロイン役を務める者を引き連れ、件の監督の自宅を訪ねていた。
ベーベベ曰く、実家の自室を仕事部屋としているとの事で、彼に従う二人は若干不安な気持ちを覚えるも、現状フリーランスのアマチュアという立場にフォローを入れたベーべべに一先ずは会ってみねばと気持ちを切り替える。
「まあ気持ちは分かるが、そう不安な顔すんなって。
少なくとも、映画を作る情熱はマジな奴だからよ。」
そう語るベーべべが足を止めた部屋の表札には、手書きでスタジオ名が書かれた紙が貼り付けてあり、自宅兼仕事場という話に納得する二人。
その表札の苗字を見たヒロイン役の少女_アイが、思わずと言った様子で呟く。
「珍しい苗字だね。
『ゴハンダ』って、何か佃煮みたい。」
「『ゴタンダ』な。 五反田監督って覚えといてやってくれ。」
五反田監督の経歴に関しては不明な部分が多いですが、作品への拘りや、アイやアクアが映画に出演した時点で30歳前後である事から、拙作中では自作映画がコンクールで評価されたという形で進めさせていただきます。
おかげさまで、執筆開始から早2ヶ月となりました。
こんな拙文を読んで下さる皆様のおかげでございます。
取り敢えず、なんとか今月中にはアクアとルビー登場まで行こうと思います。
今後ともよろしくお願い致します。