推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:24感情

 『研究室』_ヒカルが、その男性の部屋に入って感じた第一印象である。

 部屋に置かれた複数の棚には、古今東西様々な映像作品のDVDが納められており、他にも映画製作に関する書籍が山の様に積まれた様子が、さながらテレビに映る大学教授の研究室の様であったからだ。

 

「うわー、すっごい...。 これ全部映画ですか?

 なんか、図書館みたい...。」

 

 この部屋を共に訪れている少女_アイが発した言葉に、成程そういった見方も有るか、と思わされるヒカル。

 確かに、この空間をそのまま切り取れば、映画版の『図書館』と感じるのも納得がいく。

 自分は、この部屋の主が普段どういった行動をしているのかを軸に考え、その人物を研究者の様に捉えたが、彼女の場合はより直感的に見たものについての感想を出力したといった所であろうか。

 

 

「よっと、悪いなこんなもんしか出せなくてよ。

 ベーさんも、本当に申し訳ないっす...。」

 

 そう語りつつ、三人分の座布団と飲み物をちゃぶ台と共に置いた男性が、今回ヒカル達が出演する映画の監督を務める者である。

 その男性はヒカルとアイの分の台本を渡しつつ、自己紹介を行う。

 

「五反田泰志だ。

 君達のおかげで、製作開始にも大分現実味が増してきた。

 本当にありがとう。」

 

 素直に頭を下げる五反田の姿に、二人は面食らってしまう。

 いくらアマチュアであるとはいえ監督という立場と、なんとも気怠げに見えた第一印象からすると、この様に自分達の様な子供に対しても誠意を見せる様は予想外なものであった故に。

 もっとも、五反田の立場からすれば、自身の希望と合致する年齢層の人材が見つかっただけでも喜ばしい事であっただけに、作品の主軸となる主人公とヒロイン役として望外の人物を据える事が出来たのだから、二人に対していきなり仰々しい態度を取ってしまうのも無理からぬ事であった。

 かたや、最近『あのハレルヤランドで公演を行った劇団』として、業界内で注目を集めている劇団ララライの若手俳優であるヒカル。

 対するアイも、話によれば同劇団で演技指導を受けた経験が有るとの事であり、アイドルとして人気を集める程のルックスを兼ね備えている。

 彼ら二人に加え、よもやララライ全体の協力を取り付けられる等、ドッキリだと言われた方がまだ信じられる様な状況である。

 とはいえ、大の大人から頭を下げられている状況に二人は気まずい様子であり、見かねたベーべべが話を進めるべく声を掛ける。

 

「ほら、泰ちゃんよ。

 二人も困ってるし、映画の話始めた方がいいんじゃねぇか?」

 

「そうっすね...。

 んじゃ、ストーリーと二人の役の設定から話していこうか。」

 

 そうして台本を読み進めつつ語られた内容とは、主人公とヒロインが互いに初恋同士でありながらも、互いの関係や周囲の人間に気持ちを隠してしまう思春期の少年少女を描くものであった。

 一通りのあらすじを確認した後、アイが登場人物達の人間関係の設定について疑問をぶつける。

 

「この二人ってさ、所謂両片想いってやつですよね?

 どういう狙いが有って、この設定にしたんですか?」

 

 それは、自分の知る学生のラブストーリーとは幾分異なる設定であった事による率直な疑問であった。

 彼女の知るそれらの登場人物達の関係といえば、幼馴染等元々互いを大切に思っているもの、どちらかの片思い、そして最初は互いに無関心か反目し合っているといった内容が多く、それらと比較すると捻った設定だと思える。

 ドラマの様に、関係性をある程度丁寧に描けるなら兎も角、映画ともなると場面毎に使える尺も限られてくるだろう。

 

「あんまり、王道って感じじゃないってか?

 んじゃ、逆に二人に聞くが、自分でも周りでも恋愛感情を大っぴらにしてる奴ってどれだけいる?

 例えば片思いだったとしても、友達に相談するのすら勇気がいる事じゃないか?」

 

「言われてみれば確かに仰る通りですけど...。

 尺が決まってる中で、細かい心理描写がどれだけ出来るものなんでしょうか?」

 

 そんなアイの質問に対して、実際に周囲の人間の様子を思い浮かべる様語る五反田の言葉に納得する部分を見せるものの、やはりと言うべきか全体の尺が限られた中で、視聴者を納得させる描写が可能なのかとの問いがヒカルから飛び出す。

 この辺りは、舞台演技の経験しか無く、映画のみならず映像演技の経験が無いヒカルと、その彼に演技指導を受けたアイ故の疑問と言えるだろう。

 彼らの経歴を確認済みの五反田も、この質問は想定内とばかりに台本のページの一つを指し示しつつ、彼らの思考の幅を広げる指導を行う。

 やり方はいくらでも有るのだ_と。

 

「例えば、このシーン。

 帰り道の丁字路で二人が別れ際に目線を合わせる所だな。

 二人が同じ立場になったとしたらどうする?」

 

 

 そう問い掛ける五反田と彼の問いに対して考え込む二人の姿に、ベーべべはかつて五反田と出会ったばかりの自分を思い出し、笑みを浮かべる。

 彼との出会いは全くの偶然、ベーべべから見ても初対面時の彼には面食らったものだった。

 ある日、ベーべべがいつも通りにバイクの運転席に寝そべり、スネ毛を使って運転していた時であった。

 

『アンタ、すげぇな⁉︎ それ、どうやってんだ⁉︎

 ってか、よくバランス崩れねぇな⁉︎』

 

 休憩の為に停車したタイミングで、別の作品の為の撮影を行っていた五反田に声を掛けられ、映画に興味は無いかと誘われたのが始まりである。

 

(いきなり、『画面として面白い』とか言ってきた時は変な奴だと思ったもんだが...、気付けば俺も沼に嵌まっちまったもんなぁ。)

 

 そんな彼の情熱に満ちた姿が、ベーべべにはとても眩しく感じられたのだ。

 毛の王国の戦いが決着する以前は、生き残る事を優先し趣味らしい趣味すら持てなかった故に、夢に向かい懸命にもがく彼の姿を見ると、放って置けなくなってしまったのである。

 彼の事を気に入っている理由が、もう一つ有るのだがそれは_

 

「林檎剥けたわよ‼︎

 お兄ちゃんとお姉ちゃんも、遠慮せずに食べてって‼︎」

 

「かーちゃん!

 今二人が大事な事考えてんだから、割って入るな!」

 

「そんな事言ったってアンタ、こんな缶コーヒーだけじゃ申し訳ないじゃないのよ‼︎

 あっ、ベーべべ君もいつもありがとうねー。」

 

 この髪を紫色に染めた、なんとも愉快で素敵な五反田の母君の存在である。

 しどろもどろになりつつ、母を部屋から追い出す五反田の姿にヒカル達は何とも言えない表情であり、ベーべべに至っては慣れた光景なのか優しい顔つきで彼を見つめていた。

 そんな視線に咳払いしつつ、五反田は先の自らの質問に対する答え合わせを始めた。

 

「兎に角だ、俺が言いたい事は何となく伝わったか?

 台詞が無くとも、目線や仕草だけで相手への感情を伝える事が出来れば、ほんの数秒で歯痒く焦ったくなる様な微妙なニュアンスのシーンだって撮れる訳だ。」

 

「それこそ、ただ歩くだけのシーンでも目線や表情次第で色んな雰囲気にする事が出来ますよね。

 確かに、これは面白いです!」

 

 自身の言葉に続けて考えを語ったヒカルの様子に、五反田も満足気だ。

 一方でアイの方はと言うと、彼の意図は理解しつつも難しい表情である。

 この様な回りくどい方法を取らずとも、最初から素直に言ってくれれば早かったのではないか_と。

 そんな彼女に対し、今度はベーべべが五反田をフォローする発言を行う。

 

「泰ちゃんはな、本物を撮りたいんだよ。

 言われて出す感情じゃなく、自分で考えて役者と役がリンクした画が欲しいのさ。

 嬢ちゃんで例えるなら、同じB小町の曲でもその時々で歌いたい曲ってのが有るんじゃねぇか?」

 

 その言葉に、アイは歌ってきた時の記憶と感情を掘り起こしていく。

 成程、その時々で全く違う感情が渦巻く経験が蘇っていった。

 緊張と不安と楽しさがないまぜになったデビューライブ、かつてのワークショップ以降自分の中に満ちていた自信が大きくなった感覚、そしてかつてない程胸が締め付けられる様な思いで歌った宮崎での一曲_

 

「歌うじゃなくて、歌いたい...。

 うん...、私にも...」

 

 

 

「ベーべべ君、今日もご飯食べてくわよねぇ!

 お兄ちゃんとお姉ちゃんも食べてくかしらぁ‼︎」

 

「今、嬢ちゃんがなんか良い事言おうとしてた所だろ!

 入ってくんな!」

 

「知らないわよ!」

 

 

 昼食をご馳走になった後、五反田家を後にしたアイは共に歩くヒカルに先の出会いについて感じた事を語る。

 

「監督のお母さん、面白い人だったね。

 仲良さそうで羨ましいよ。」

 

 彼女の言葉にヒカルも同意する。

 五反田の年齢を考えれば、実家から出ていてもおかしくはないが、客観的に見て家族仲が良好で作業スペースを確保出来ているとなると、態々一人暮らしをするメリットが有るとは思えない。

 家賃や光熱費等の経済的負担は勿論だが、家事に費やす時間を担ってくれる人物がいるというのは、クリエイターとしては計り知れないメリットだろう。

 

「今日、監督と話せて本当に良かったよ。

 きっと、撮影の間も沢山勉強になるだろうし、今から撮影が楽しみだね!」

 

 役者として、未知の領域に入っていく事が楽しみで仕方がないという様子のヒカル。

 そんな浮かれた様子の彼に、アイが今回の映画のキャスティングについて疑問に感じていた事を問う。

 

「そういえばさ、私がこの役に選ばれたのってヒカルからリクエストが有ったって聞いたんだけど、どうしてかなー?」

 

 その質問に、何を言っているんだという表情を見せるヒカル。

 彼女の言う通り、今回のヒロイン役への抜擢には、主人公役に決まったヒカルが、五反田から脚本や主人公以外の役の設定について情報を受け取っていた金田一と相談の上で相手役としてやり易いであろう人物として選定した経緯が有る。

 役の年齢設定上、B小町の何れかが推奨された為、それならばヒカルから直接の演技指導を受けたアイが最も連携が取りやすいだろうという判断であった。

 

「どうしてって、代表と相談してアイが相手の方がやりやすいだろうからって...。」

 

 その答えにニヤニヤとした表情を返すアイ。

 一体何がそんなに面白いのかとヒカルが訝しむが、目の前の少女は変わらず笑みを浮かべるばかりだ。

 そんな態度に流石に腹立たしく感じたのか、若干棘の有る反応を返すヒカル。

 

「何がそんなに面白いのさ。

 人の顔見て、ずっとニヤニヤしてさ...。」

 

「だってさー、ヒカルは金田一さんと相談した上で私を選んだ訳でしょ?

 両想いの相手役として。」

 

「⁉︎」

 

 瞬間、彼女の言わんとする事を理解するとともに、顔が熱くなるのを感じるヒカル。

 先の五反田からの指導において、役と自分をリンクさせる大切さを説かれた事が、転じて自分が好意を寄せる相手の役を任せるなら誰かという発想に帰結してしまっている様だ。

 なまじベーべべから最初に話を聞いた時点で、主人公とヒロインが互いに好意を持っているという設定は伝えられていただけに、アイの言い分を否定出来ないのが実情である。

 とはいえ、思春期の少年としてはそんな事を素直に認める訳にもいかず、あくまで役の相手として選定した結果だと主張する。

 

「ああそうだよ。

 ワークショップで君に演技指導をしたのは僕だからね!

 貴重な機会をくれた監督の為にも、主人公とヒロインの役は出来るだけ互いに演じやすい雰囲気の方が良いって判断さ。」

 

「それってつまりさ。

 こういう設定で、私が相手だとヒカルはやりやすいって事でしょ?」

 

 理論武装したつもりが益々墓穴を掘ってしまった事実に、更に顔の熱が上がるのを自覚するヒカル。

 これ以上反論しても更に傷を広げるだけだと判断し、逆にアイに質問を返す。

 やられっぱなしでは面白くないと言わんばかりに。

 

「そっちはどうなのさ...。

 もし、役者の仕事もやるつもりなら、同じ様な役をやる事だって有ると思うよ。」

 

 それは、揶揄われた腹いせだけでなく、役者として仕事を取るつもりなら避けては通れぬ道故の言葉だ。

 今回の様に本人の感情とは別に、相手に対して好意を向けなければならない役も有るだろう。

 作品の傾向によっては、当然キスシーンや濡れ場が存在するのだ。

 彼女が実際にその様なシーンをどこぞの役者を相手に演じる事を想像し、自身の中に言い得ぬ感情を抱きつつ、ヒカルが言葉を待つ。

 

「んー、演技の仕事をやるかは分からないけど...、内緒。」

 

 そんな言葉とともに彼女が見せたのは、あっかんべーの仕草。

 その仕草に、先程迄とは別種の熱が込み上げてくるのを感じるヒカル。

 丁度二人が立っているのが、互いに別方向へと別れる丁字路であり、先の台本のシーンと状況が重なる。

 それをアイの方も理解しているのか、ニヤリと笑いつつ手を振って別れていく。

 台本通りなら、ここでヒカルの方も微笑み返し手を振るシーンであるが。

 

「手なんか振ってやらないからな!」

 

 憤慨した様子で反対側へと歩いて行くヒカルの姿に、アイはケラケラと笑みを浮かべた。

 

 

 映画撮影のクランクインの日。

 いよいよ撮影が始まろうという時に、アイからヒカルへと声が掛かる。

 

「前に聞かれたよね、こういう役やるのどんな気分かって。

 私は...、ヒカルとだったら全然良いと思ってるよ。」

 

 そんな言葉を残し、指定の位置へと立ったアイを見て、どうしようもなく心がざわつくのを自覚するヒカル。

 果たしてその感情は、役として準備してきたものなのだろうか。

 




 五反田監督とお母さんの関係、本当に面白くて素敵です。
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