斉藤夫妻宅の居間は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
テーブルを挟んで座る者達は、皆一様に険しい表情であり、それだけでもこの場における話題が軽いものではない事が窺える。
そんな中で、壱護達の対面に座る人物が口火を切るべく声を上げた。
「お願いします! アイさんを僕にください‼︎」
壱護に向かって頭を下げつつそう語った男_ボーボボの言葉に、壱護が困惑気味に言葉を返す。
「えっと、カミキ君じゃなくて、ボーボボさんと...?
いやでも年齢的にはそっちが正しいのか?
というか、今日のこれってそういう話なの...?」
「んな訳無いでしょうが!
ちょっとしっかりしてよ!」
「ボーボボもだよ!
流石にふざける雰囲気じゃないでしょ!」
そんな二人の茶番に、ミヤコとビュティが突っ込む。
この場にいる者達を集めた張本人_アイが、壱護と同様に困惑気味な様子からも、本来の用件とは全く異なるものである事が容易に察せられる。
この場にいるのは、そもそもの発起人であるアイとヒカル、この家の主である壱護とミヤコ、そしてボーボボ達五人、つまりは公私両面でアイが最も信頼している面々である。
その上で、場所をこの壱護達の家かボーボボ達と自身が暮らす部屋のどちらかに指定してきた事からも、事の重大さが窺えた。
「悪い悪い、一回言ってみたくてよ。
まあ、これでアイも少しは話し易くなったか?」
ビュティからの注意に謝罪しつつ、アイを気遣うボーボボ。
彼女がこれから語らんとする内容に関しては彼も知らない事だが、ここに移動する迄の道中でも、厳しい表情が続いていた故の言葉だった。
そんな彼の言葉に短く首肯を返し、一度ヒカルと目を合わせると意を決した様にその重い口を開いた。
「お、怒らないで聞いて欲しいんだけど...。
に...、妊娠...、しちゃってるかもしれない...。」
震える口で懸命に語った言葉と共に彼女が鞄から取り出した物は、縛られたビニール袋。
袋の上へと置かれたその中身は、使用済みの妊娠検査薬。
そこにははっきりと陽性の結果が示されていた。
その言葉を最後に再び俯いてしまうアイ。
自身の年齢と立場、そして自分がテーブルの上に置いた物が示す現実、それらを踏まえて精一杯の勇気を持って絞り出せたのが、先の言葉だ。
本来なら、ヒカルと共に事の経緯を説明し、謝罪をするべきであると頭では理解しており、ここに来るまでの間に何度も頭の中でシミュレーションを重ねたのだが、情け無い事に先の一言によって自身の口はまるで神経が途切れてしまったかの様に、言う事を聞かなくなってしまった。
隣に座るヒカルもまた、十中八九自分の子供を、よりにもよって自身が想いを寄せ大切にしたいと考えている少女が妊娠してしまったという事実に押し潰されそうな表情だ。
それでもこの場にいるのは、彼女を一人にはさせまいとする子供ながらの責任感からである。
彼女の隣に、胸を張って立ちたい_ここで逃げてしまったら、そんな自身の秘めた思いは未来永劫叶わなくなるだろう。
どんな罵倒であっても、甘んじて受ける覚悟で、彼はその手を握り締める。
アイの言葉に、壱護が一つ深く溜め息を吐く。
その仕草と自分達が置かれた状況から、これから浴びせられるであろう厳しい言葉に、二人が身構えるが。
「そうか...、よく話してくれたな...。」
二人にとっては予想外な、自身の落ち着いた口調に対する反応を見て、彼女達が考えていそうな事を想像し、ひとまず二人を落ち着かせる様務める壱護。
「なんだ、二人してそんな顔して。
まさかドラマみたいに殴られるとでも思ったか?」
「で、でも、結婚もしてないのに妊娠しちゃって...。
それに、私もヒカルも、歳を考えたら、その...。」
そんな狼狽えた様子のアイに、今度はミヤコから声が掛かる。
同じ女性として、今では実の娘同然に考えている少女に対し、しっかりと伝えるべき言葉が有るのだ。
「いい、アイ。
これは今回だけじゃなく、これから先の事も含めて聞いて欲しいの。
避妊具は完璧な物じゃない、どれだけやっても妊娠の可能性を完全に排除する事が出来ないのは、メーカー側が公表してる事なのよ。
ましてやこの芸能界で、こういう話が他に無いと思う?」
その言葉に、アイもまた自身の隣に座る少年を見遣り、成程と思わされる。
望んだ妊娠か否か、相手に対する感情の好悪は別にしても、表に出ないだけでそういった事例は数多く発生しているのだろう。
避妊具の話に関しては初めて聞いた事だが、そういった公表されているデータに加え、客観的に見た自分とヒカルとの親密さを鑑みれば、『万が一』が発生してしまったとしてもおかしくはないと言った所であろうか。
「だからな、アイ、それにカミキ君もだ。
俺達は寧ろ、二人がこうして逃げずに正直に話してくれた事を嬉しく思ってる。
そりゃあ、正直『何してくれてんだ』って気持ちも勿論有るけどな。
だが、B小町を結成した時に言っただろう?
幾らでもフォローしてやるって。
やっちまった事は仕方が無いし、これで今更お前の事を放っぽり出す様な事はしねぇよ。」
しかしながら、その二人の言葉を聞いて尚、アイ達の表情は晴れぬままだ。
年齢を考えれば、彼女達が不安と罪悪感に包まれるのも致し方ない事であろうと、壱護が再び声を掛けようとした時であった。
「でも...、わ、私達、してないんだよ...。」
その言葉に、それを聞いた面々の表情が一気に強張ったものとなる。
当初は、アイとヒカルが若さ故に互いの気持ちが暴走してしまった結果であると考えられたのだが、彼女の言葉と二人の表情が一向に晴れぬ様子から、ある一つの可能性を類推した。
「アイ、それはつまり、相手はヒカルじゃないって事か?」
代表して発せられたボーボボの問いに、しかし彼女は首を横に振る。
益々周囲の面々が訝しむ表情を見せる中、アイがとても現実とは思えない様な一言を言い放った。
「だって...、私、まだ...、した事無い筈だもん...。」
その言葉をどう受け止めるべきか分からず、この場にいる全員が黙りこくってしまう。
彼女が今言った言葉をそのままの意味で受け取るのだとしたら、それは自然の摂理に反したものである故に。
しかしながら、耳までが真っ赤に染まり、震えながら俯くアイの姿からは嘘を言っているとは思えない雰囲気が感じられた。
男性もいる中で、自分の性経験について語るだけでも羞恥に包まれるだろう行為だけに、彼女の言葉を頭ごなしに否定して良いものかと疑問が生じる。
そこでビュティが、もう一度彼女が落ち着いて話せる様に、彼女の隣に屈んで手を握りつつ語り掛けた。
「アイちゃん、落ち着いて聞いて。
今あなたが言った事は、人間として、一つの生き物として普通じゃ考えられない事なの。
それは、自分でも分かるよね...。
その上で聞くけど、さっき言った事は本当なの?」
「ほ、本当だよ...、お姉ちゃん...。
私、嘘言ってないもん...。」
涙を溢しながら必死に訴えかけるその姿は、とても嘘吐きの天才とは思えないものだ。
この様な態度を取ってまで嘘を言っているとは思いたくないが、一方で有性生殖を行う生物としての仕組みという厳然たる事実を否定する程の材料たり得るかと言われれば、残念ながら否と答えざるを得ない。
現実的に考えれば、意図せずしてその身に命を宿してしまった事による不安と、周囲への罪悪感から性行為の事実を否定したいのかと考える方が自然であろう。
そんな周囲の態度を敏感に察知してしまったアイとヒカルが、益々その表情を暗くした時であった。
「良いじゃねぇか。
アイがそこまで言うなら、一回それが本当だっていう前提で考えてみようぜ。」
二人の頭に手を乗せ、笑みを浮かべるボーボボに希望を見出すアイとヒカル。
いつだってこの人物は、自分達を助けてくれたのだ_と。
「ですが、ボーボボさん...。
現実的に考えたら、アイの言ってる事はとても...。」
「ああ、そうだな。
アイ、ヒカル、正直言っちまうと、俺もビュティや社長の言う事を否定は出来ん。
だから、これからお前達をフォローするつもりで話す事が相当苦しい言い分になっちまう事は理解してくれ。」
そのボーボボの言葉にひとまずの落ち着きを見せた二人が、ゆっくりと首肯を返す。
普段破茶滅茶な言動をしている彼だからこそ、真剣な口調で語られたその言葉が響くものになったのであろうか。
周囲が自身の言葉に耳を傾ける状態になった所で、ボーボボが指を二本立てつつ語り始める。
「今から、『アイの言ってる事が正しい』って前提で、二つの可能性を考える。
まず一つ目は、何かしらの普通とは違う方法でアイが妊娠しちまったって事だ。」
「何かしらって...、何か思い当たる節が有るんですか?」
ボーボボが提示した一つ目の可能性に当然とも言える疑問をぶつける壱護。
ボーボボ達なら、或いはそういった非現実的な事例にも心当たりが有るのではという期待を込めたものだが、それを彼は即座に否定した。
「さっきも言ったが、俺も社長達の言ってる事を否定は出来ん。
アイが本当に妊娠してるなら、な。」
その言葉に全員が目を見開く。
それは、最初に語られた言葉のインパクトの大きさ故に無意識に全員が排除していた可能性。
「妊娠検査薬の精度は、99%以上と言われている...。
でもそれは、100%ではないという事...。」
ミヤコが呟いた様に、どれだけ高い精度を誇っていたとしても、100%とそれ以下とでは、覆りようが無い差が存在するのだ。
それは正に先程彼女自身が避妊具について話した事とも繋がる。
淡い可能性であるとは言えど、そもそも『妊娠している』という情報自体が間違っている事も、数値上は有り得るのだ。
「そこでだ、アイ、ヒカル、もしこうなった原因がこの場にいる皆に伝えられるとしたらどうする?」
「それって、ホントに子供が出来たかが分かるって事?
そんな事ホントに出来るの?」
アイからのその質問に対し、ボーボボは否定を返した。
曰く、彼がこれから行おうとしている方法によって明らかに出来るのは、あくまでもアイの体調に変化が生じた要因であり、本当に妊娠しているかどうかに関しては、やはり専門医の診断を受けるべきとの事だ。
それに、今の状況を考えれば『妊娠していない』という説は非常に苦しい言い分であると言わざるを得ない。
あくまでも二人を一旦落ち着かせるのが目的、というのが実情であろう。
とはいえ、このままでは状況が変わらないのも事実である為、二人もこの提案を了承し、この場にいる全員に事の真相を知って欲しいとの願いを伝える。
「良いだろう。
天の助! アレをやるぞ‼︎」
「フッ、オーケー!
プルプル真拳奥義『ところてんミラー』!」
掛け声と共に天の助が腹部を巨大化させ、鏡面を作り出し、正に技名の如く鏡の様な状態となる。
そんな彼の体にボーボボが鼻毛を突き通し、伸ばした鼻毛に触れる様アイとヒカルに指示すると。
「アイ、ヒカル、頭の中にその原因を思い浮かべろ‼︎
行くぞ、協力奥義『思い出シネマスクリーン』!」
ボーボボの狙いは、鼻毛を通して伝わった二人の記憶やイメージを天の助の体に投影する事である。
アイの場合は自身の体内に宿っていると感じる命を、ヒカルはその原因として思い当たる事象を思い浮かべ、鼻毛を通しその光景を伝達させて行く。
技の性質上、妊娠の有無迄は特定出来ないが、少なくともアイの体調の変化を特定する事は期待出来た。
果たして、そこに映ったものとは。
『アクシオ・ナンタラカンタラー‼︎』
その場にいる者達の視線が、一人のバカに集まる。
「えっ、何々皆して俺の事見ちゃって?
遂に俺が主人公って気付いちゃった感じ?」
「テメェのせいじゃねぇかァァァァ‼︎」
「ぎゃあぁぁぁぁ‼︎」
ボーボボから最初の粛正が執行されたのを皮切りに、アイとヒカル以外の面々が首領パッチへと詰め寄る。
「いやホントに首領パッチ君、何してんだよ!
これどうすんの⁉︎」
「さっきのあれで何がどうなって妊娠になるんですか⁉︎
というか、アイの体は大丈夫なんですか⁉︎」
「せめて妊娠してるかと親がヒカルなのか位は分からないのかよ⁉︎
どうなんだ、首領パッチ‼︎」
「そ、そんな急に色々聞かれたって...!
パチ美だってこんな事になるって思わなかったって言うか...!
あの、その...、申し訳ございませんどすえ。」
立て続けに詰め寄られた事により思考が停止したのか、謝罪の言葉と共に舞妓の格好になる首領パッチ。
そのまま時間が止まってしまったかの様に微動だにしない彼の姿に、壱護が『何故舞妓...?』と当然の疑問を浮かべると、その要因を察した様子のボーボボから解説が語られる。
「恐らく、やっちまった事に対しての俺達の反応と罪悪感から、思考がクラッシュしちまったんだろう。
頭の中がてんてこ舞いになったコイツには、舞妓になるしか道が無かったのさ。」
「なんで⁉︎
普通に謝って説明しろよ‼︎」
ビュティのツッコミも、当然ながら現実を変える事は叶わず、ただ虚しく彼女の叫びが斉藤邸に響き渡るのみだ。
「ハァ、何かもう考えるの疲れたわ...。
それとアイにカミキ君も、さっきは疑っちまって悪かったな...。」
常識では及びもつかない真相に大層疲れた様子を見せつつ、壱護が二人へと謝罪の言葉を述べる。
他の面々も口にこそしないが、同様に申し訳無さそうな雰囲気だ。
とはいえ、二人の方も先程と比べれば幾分穏やかな表情を見せている。
真相を理解して貰えたという事もあるが、二人としても現実的にはボーボボと天の助の協力無しに納得して貰えるとは思えないと考えていた故に。
「いいよ別に...、皆も気にしないでね。
実際私だって、もしお姉ちゃんに同じ事が起こったって言われても、正直信じられないし。
それに、多分だけど妊娠してるって事が分かって、自分の中で整理が出来たんだ。」
「そう...なのか?
まあ、自分で納得出来たんなら別に良いんだが。
そういや、二人はさっきボーボボさんにイメージしろって言われた時に、何を思い浮かべたんだ?」
アイの言葉にヒカルも頷く様子を見て、下手に空気を重くするよりかはと、別の話題を振る壱護。
先に見た映像が記憶を映し出したものであると仮定すれば、少なくともアイの体に起きた異変の要因を特定する事は出来るが、先程の彼女の言葉は自身が妊娠している事をほぼ確信している様に聞こえる故に、一体何が根拠となったのかが気になる所だ。
「えっと、僕の方は正にさっきの映像のままと言いますか。
多分、僕の視点を映していたんじゃないかと思います。」
そう語ったヒカルに、壱護達も納得した表情を見せる。
言われてみれば成程、先の映像にはヒカルの姿は映っておらず、要因をイメージするとなれば必然、自身の記憶に残る光景を思い浮かべる事になるであろう。
しかしながら、ここで他ならぬ技の使用者であるボーボボからの注釈が入った。
先のイメージの投影には、アイとヒカルが共にイメージした内容の原因が合致しなければならない筈である_と。
極端な話ではあるが、二人の内のどちらかでもあの場で嘘を吐こうとしていたなら、あの映像は彼らの頭の中から出る事は無かったとの事だ。
ただ、そうなると益々先程のアイの言葉の根拠に疑問が残る。
単純に考えるなら、ヒカルの方はアイの身に異変が起きた原因として考えられる出来事を思い浮かべた結果、首領パッチの一連の行動を目にしていた記憶が伝達されたと言えるだろう。
しかし、仮に同じ光景を彼女の視点で見ていた光景を思い浮かべただけなら、体の異変の原因は分かったとしても、妊娠しているかどうかに確証を得られるとは考え難い。
「私はね、もし本当に妊娠してたら、どうなって欲しいかを考えたの。
そしたらね、不思議なんだけど、その子と一緒に笑ってる光景が思い浮かんだんだ...。
子供は二人で、男の子と女の子が一人ずつ、ヒカルも一緒になって四人皆で笑っててね...。
男の子の方は、ヒカルと一緒に難しそうな本読んでて...。
女の子は、私とポコっちの間に座って一緒に笑ってて...。
ははは、いくら何でも流石に気持ち悪いよね!」
自身の脳裏に次々と浮かんだ光景を、何故かアイは疑う事が出来なかった。
根拠の無い妄想、それも他人まで巻き込んだそれを客観的に評価し、彼女が自分自身で否定しようとした時であった。
「そんな事無い...。
僕も一緒にいたい...。
その、まだ子供の癖に何言ってんだって思うかもしれないけど...。
僕も、アイとその子達と一緒に笑って過ごせる様に頑張るから。
だから、アイが自分でそれを否定しないで...。」
ヒカルが不器用に彼女を抱き締めつつ声を掛ける。
その言葉に泣きながら笑みを浮かべるアイに、壱護が首都圏から離れた場所の病院を探す旨を語る。
自身の言葉に驚いた様子の彼女に対して笑みを浮かべつつ語る壱護。
その顔は、例え戸籍上とは言えど、彼女の父親としてのものだ。
「何驚いてんだよ。
子供産みたいんだろ?
だったら、しっかり安全に産ませてくれる先生を探さないとな。」
「うん、ありがとう...。
それでね、社長、私一応産婦人科の『せんせ』に心当たりが有るんだ。」
今回は真面目な話でした。
原作でのアイがギリギリ迄妊娠を黙っていたのも、相談出来る相手がいなかったという事も有るでしょうが、作中で描写されている様な常識に欠けた点と彼女の年齢を考えると、下手をすると妊娠初期兆候であると言う事すら認識出来ていなかったのではとも考えています。
拙作中では、相談出来る人間が多い事や少し歳上でパートナーがいるビュティの存在から、原作よりも性知識に関心が有るという設定で描写させていただきました。