斉藤家でのアイの妊娠を巡ってのやり取りから数日、アイの意思を尊重した壱護達は、彼女が無事出産を迎える事が出来る様に根回しに奔走する事となる。
まずは、最重要項目である病院の選定。
これには、アイがかつての宮崎でのライブに友人と共に駆け付けてくれていた雨宮吾郎医師の存在を当てにし、壱護達の了解を得てポコミ伝で連絡を取る事になる。
壱護達としても、可及的速やかにアイの正式な診断を行い、妊娠しているかどうかについての情報を確定させたい考えが有った。
とは言え、アイの立場や年齢を考えると、産婦人科を受診したという情報が流出でもしようものなら、事務所全体を巻き込んだスキャンダルとして報じられる可能性が高く、都内での受診は避けざるを得ないのが実情。
その状況下で、専門知識を持ち、B小町のファン、かつアイの友人であるポコミとの親交が有る事から彼女から事情を説明して貰える吾郎の存在は、診断を依頼する相手としてはこれ以上無い存在であったのだ。
そこで彼の所在を確認すれば、なんと現在もかつての研修医時代と同じ宮崎の病院に勤めている事が判明。
首都圏から離れた場所という条件に合致する為、彼への診察を依頼する方向で手続きを進める事となった。
実際に病院に赴く前準備として、アイが電話上にて自覚症状を相談した所、医学的には妊娠の初期兆候と見て間違いないだろうとの回答を貰った事もあり、アイの置かれた状況についてほぼ情報が確定した事になる。
吾郎に相談を行った際、彼がアイのマネージャー等周囲の人物の慶事かと尋ねた為、アイが妊娠したのは自分であると伝えると何やら電話の向こう側で大きな物音が聞こえてきたのだが、大丈夫であろうか。
病院の選定に目処が立ち、続いて手が付けられたのが、社内での調整である。
公的発表は体調不良とすれば良いにせよ、これから十ヶ月近くアイが離脱するとなればB小町の体制に変化を加えざるを得ない。
そこで壱護達は、その期間にグループを引っ張る事になる創設メンバーに招集を掛ける。
離脱中だけでなく、無事出産を終えアイが復帰した後に、彼女がボロを出さない為にフォローさせる狙いが有り、事の真相を伝えておく必要が有った。
本来は休暇である日を利用し、苺プロの事務所にて壱護達と同じくボーボボと天の助の力を借りて説明を受けた三人は唖然とした表情だ。
仲間の妊娠という驚愕の情報に加え、普通では考えられない経緯、何より出産もアイドルへの復帰も諦めないアイの意思に驚かされたのだ。
「子供産むって...、産まれる時期で考えたってアンタ16でしょ...。
本気で言ってんの?」
「それに、不謹慎な言い方で悪いけどさ...、その子普通に産まれてくるの?」
出産するというアイの決断に対する、高峯と渡辺の言い分も尤もなものだ。
親となるアイとヒカルが納得しているとは言えど、客観的に見て彼女の年齢での出産というのは、母子共にリスクが高いと言わざるを得ない。
加えて、その妊娠の経緯を鑑みると、そもそも普通の子供として産まれてくるのかすら怪しいと感じてしまう。
一応、専門医に電話上ではあるが症状について診断を受けた上での決断ではあるとの事だが、それを踏まえても今回の出産に拘る必要が有るとは思えない。
酷な話ではあるが、今回の出産は諦め、より出産適齢期に近付いてからの方が余程堅実な選択だと言えよう。
「私は、アイとカミキ君が納得してるんだったら、産むのを否定する気は無いけど...。
アイドルに拘るのは何で?
身バレのリスクだって有るし、子供と一緒にいる時間を取れなくなるかもしれない...。
子供を育てるのにお金だって必要だし、復帰してからの事だって『アイなら大丈夫』なんて無責任な事言えないよ。」
一方の新野は別の視点から意見を語る。
自分の身に宿った命をどう扱うかは、結局の所親となる当人達の意思次第である。
問題はその後のプランについてだ。
当然だが、子供は産んだらそこで終わりになる存在ではなく、親が責任を持って育てなければならない。
そういった状況下で、アイドル業という安定とは程遠い仕事を続けようとするのは、見通しが甘いと言われても致し方あるまい。
無論、新野とてアイの実力を疑う訳ではないが、出産後の入用に合わせて仕事が増えるというのは、この世界においては都合が良過ぎる考えだろう。
よしんば、出産後間も無くしてスムーズに復帰出来たとしても、それはそれで産まれたばかりの子供と過ごす時間を犠牲にする事になる。
アイ自身が家庭で感じた寂しさや辛い思いを、今度は彼女自身の子供が感じる事になりかねないのだ。
ボーボボと天の助ですら息を呑む程の空気を放つ仲間達の目は、アイに対して雄弁に語る。
その決断は、本気でしたものなのか_と。
対するアイも、自身の思いを伝えるべく三人に向き合う。
彼女達の言った事に対しては、ぐうの音も出ない。
アイとて逆の立場であったら、考え方としては新野に近いだろうが、何れにせよ素直に応援してやれるかと聞かれれば微妙な所である。
それでも、自分が感じたイメージ_幸せな家族として過ごす光景を否定したくはないのだ。
それに、こんな状況になる事は当然想定済みである。
何の準備もせずにこの場にいる訳ではないのだ。
一度目を閉じ呼吸を整えると、彼女達の感情を揺さぶるべく首領パッチから授けられた秘策を披露する。
「真剣なんですよぉー‼︎‼︎
私メッチャ真剣なんですよぉー‼︎‼︎
何か文句有りますかー、有るんですかー⁉︎」
自身の渾身の台詞を聞いた周囲の面々が、呆気に取られているのを見てアイは思う。
無理も無いだろう_と。
人の感情を揺さぶり、動かすには様々な要素が組み合わさる必要が有る場合が多い。
いつ、どこで、どんな事が起きたのかによって、人は興奮する事も有れば逆に意気消沈する場合も有る。
では、その千差万別の条件下で人が感情を動かす要素として最も大きなものは何か。
アイはこれを、『情報を受け取った側が、その事象に対してどれだけ感情移入しているか』であると考えている。
極端な話だが、世界のどこかで名も知らぬアイと同じ歳の人物に同じ事が起こったとして、三人が同じ様に反応するとは思えない。
彼女達がこれだけ心配する声を上げるのは、『アイ』という人物に起こった出来事だからこそであろう。
それらを踏まえ、先の言葉を聞いた彼女達はどう思うか。
きっと自身の『家族』に対する思い、命を背負う覚悟、『愛する』という行為に対しての考え、それらを感じ取り背中を押してくれるに違いない。
自分達四人には、それが確信出来るだけの絆が有るのだから。
現に、三人は真剣な表情のまま自身へと近付いてきている。
キマった_そうアイが確かな手応えを感じた瞬間であった。
「文句有るかですって⁉︎
有るに決まってんでしょうが、コラァァ‼︎」
「出産とか子育ての覚悟する前にさぁ、まず人にものを頼む態度を覚えた方が良いんじゃないかなぁ?」
「イダダラララララ‼︎ ヒブ、ヒブ‼︎」
高峯と渡辺によって両頬をつねられ、痛みを訴えつつ目線で新野に助けを求めるアイ。
しかしながら、目線の先にいる新野もまた二人と同様に怒り心頭の様子であり、迫力ある笑みを浮かべつつアイを窘める。
「アイはさぁ、今自分がどういう立場なのか分かってるのかな?
ハレルヤランドのライブ以降、私達は凄く勢いに乗れてる。
その状況で半年以上、復帰の時期次第じゃ一年近く離脱するんだよ。
会社にも、メンバーにもどれだけ迷惑かける事なのか分かってるよね?
それでも、社長達も病院探したり私達を説得するのを手伝ってくれてるのは、アイと子供の為でしょ。
なのに、本人があんな言い方するんだね。
あんま調子乗った事言ってると、またポコミちゃんに報告するからね。」
新野からのぐうの音も出ない正論に加え、自分に対して遠慮無く制裁を加えてくる人物の名を出され、しおらしくなるアイ。
用意してきた秘策が逆効果になってしまい、困惑した様子である。
「うぅぅ...、さっきのを言えば皆納得してくれるって話だったのに...。
全然話違うよぉ...。」
「因みにだけど、さっきのふざけた台詞は誰から教わったわけ?」
アイの言葉に、先の馬鹿げた台詞を彼女に吹き込んだ下手人の存在を認めた高峯が、その正体を探るべく問い掛ける。
あんなものを鵜呑みにする彼女も大概であるが、黒幕の方にも文句の一つでも言ってやらねば収まらない。
「誰って、パチさんだけど...。」
「なんで、よりにもよってあの人からなのよ⁉︎
誰かに相談するにしたって、ビュティさんとかヘッポコ丸さんとか他にいくらでも無難な選択肢が有るでしょうが⁉︎」
彼女の口から出てきた名前に呆れる高峯。
こんな重要な場面の相談相手として、いくら信頼しているとは言えど、何故思考回路が理解出来ない者を選んでしまったのか。
しかしながら、アイの方にも言い分は有った。
それは己が置かれた現状が、余りにも常識からかけ離れたものであるが故に。
「だって、私の歳で産みたいって普通に言ったって絶対反対されるし...。
だったらインパクトの有る言い方の方が、気持ちが伝わるだろうからって...。」
状況が普通でない以上、その選択もまた普通でない事は、アイとて百も承知だ。
事実、決断の決め手となったのも、ボーボボ達の力によって偶発的に脳裏に浮かんだ光景という酷く曖昧なものである。
それでも三人には、自身の背中を押して貰いたかったのだ。
この世界に復帰しようという時に、戻ってくる場所を任せられるのは彼女達であるが故に。
「いやまぁ言いたい事は分かるし、実際インパクトも凄かったけどさぁ。
最初っから、そうやって普通に話してくれれば良いのに...。」
「『馬鹿と天才は紙一重』ってよく言うけど、アイを見てるとホントにそう思うよ...。」
「天才...、アイ...、ハッ⁉︎
アイってもしかしてアインシュタインの生まれ変わりなんじゃね⁉︎」
「星野アインシュタイン、か...。
アリだな。」
「えー、急に面と向かって天才とか照れるんだけど。
あっ、じゃあ次の曲名あれにしよっか?
あの...、あれ...、なんたら理論ってやつ。」
新野の言葉に反応し、またしてもアホなやり取りを始めたアイとボーボボ達に、最早反応するのも疲れた様子の三人は、帰りの支度をしつつアイへと声を掛けていく。
「ハイハイ、アンタは天才的なアイドル様よー。
産むなら産む、戻るなら戻るで、中途半端は許さないからね。」
「この前の作詞作曲の企画で連絡もするから、病院にいる間もサボらない様に。
復帰間も無くだろうとダンスで手加減なんかしないからそのつもりでー。」
「今更アイ無しなんて考えらんないんだから、復帰するの約束だからね。
あっ、あとアインシュタインは綴りがEからで、アイとは全くこれっぽっちも関係無いから、外でそんな恥ずかしい事言わないでよー。」
斯くして、秘密を共有する三人の説得に成功したアイは、ヒカルと壱護と共に吾郎の勤める病院へと向かう。
宮崎県高千穂_かつて自身の友人達を結び付けた場所にて、出産を行う。
何とも不思議な縁を感じざるを得ない。
飛行機の中、窓の向こう側に広がる空に亡き友人への思いを馳せ、アイは静かに呟く。
「さりなちゃん...、私子供が出来るかもしれないんだ...。
良かったら、無事に産まれる様に手を貸してくれると嬉しいな...。」
妊娠中の症状故か、強くなる眠気に抗う事なく素直に休む選択を取るアイ。
顔を傾けている故に、より強く重力の影響を受けているのか、眠気と合わさり左目の瞼がやけに重たい。
窓際に有る筈の左手に誰かが手を重ねた気がしたが、妊娠の影響かやはり思いの外疲れているのかもしれない。
本話において、妊娠した事実をアイ達が創設メンバーにのみ伝えた理由について
・他の三人と比べ、濃く長い時間を共にし、B小町を引っ張ってきた存在として、アイと壱護達双方から信頼されている。
・以前ハレルヤランドで演劇をやる下りでも少し触れましたが、他の三人は現在四人に追い付く為に魔改造されている最中の為、壱護達から見るとそちらに集中させたい。
以上を主軸に考えた結果の描写として、ご理解いただけますと幸いです。