推しのボ   作:モドラナイッチ

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奥義:33藍玉の目覚めと考察

 死の超越_生命の理に反するそれは、様々な創作物で描かれてきたものだ。

 年齢を重ね老いた肉体が若かりし頃に戻ったり、或いは何らかの不死の能力を得たタイミングから容姿が全く変わらなかったりと、様々な描写をされる。

 死んだ者の魂や記憶を引き継いで新たな肉体へと宿る、所謂生まれ変わりや転生と呼ばれるものも、その一種と言えるだろう。

 多くの場合、そうなった登場人物達は、前の人生では出来なかった事を謳歌したり、反対に死ねなくなってしまった事に悩み苦しんだりするのだが、似た様な展開になってしまうのは、やはり現実には起こり得ない事象を想像して描いている故なのだろうか。

 

 

(何だこれは...、一体何がどうなっている...?)

 

 部屋に置かれた姿見に映る自身の姿を見た時、雨宮吾郎の意識は衝撃と困惑に包まれつつ覚醒した。

 詳細な経過時間はハッキリとしないが、自身の鏡像は生後二、三ヶ月の男児といった所だ。

 よもやこんな摩訶不思議な状況下で、自身の職業が役に立つとは思わなかったが、自身の記憶とここ数ヶ月の感覚の齟齬の原因が判明する。

 記憶よりも視界が遥かにぼやけ、力も入らず、そもそも手足の長さも自身の感覚よりもずっと短いものであったのだが、成程この体を見れば当然であろう。

 

(生まれ変わり...、信じられない事だが、実際に自分の身に起きてしまっている以上、認めるしかない...、のか...?)

 

 この体の産みの親の事を考えると、自分自身に引いてしまう様な夢だと言いたい所だが、かつての体での最後の記憶を考えると、そう簡単に切って捨てる訳にもいかない。

 何しろ、『雨宮吾郎』としての肉体は、状況的に間違いなく死を迎えたであろうし、死者が夢を見る等有り得ない故に。

 

「ん、アクア鏡見てどうしたのー?

 パパみたいにナルシストの素質が有るのかなー?」

 

「君に言われたくないよ...。

 初めて自分の事を見て、ビックリしちゃったかな?」

 

 今世の母となってしまった『彼女』が自身を抱きかかえつつ、今世の父である『彼』へと軽口を語った。

 『彼』の言う通り、ビックリはしている。

 比較のしようが無い為分からないが、自分はこんな状況に陥った人間としてはかなり冷静な方であろうが。

 二人の親密さは、かつて自身が勤めていた病院に彼女達が訪れた時から変わらない印象であり、吾郎としては一安心である。

 

「それじゃあ、私ご飯作っちゃうから、ヒカルはアクアの事見ててねー。」

 

 自身を今世の父_ヒカルへと渡し、台所へと向かった母_アイを見送ると、再び思考を再開する吾郎もといアクア。

 

(そういえば、入院している間に宝石の名前がどうとか言っていた気がするが...、今の『アクア』というのがこの体の名前なのか...?)

 

 生まれ変わったという事は、当然自分はもう『雨宮吾郎』ではなく、彼女達二人に付けられた新しい名前が有る筈だ。

 事実、今も先程の姿見の前でも、アイは迷い無く自分の事を『アクア』と呼んでいた事から、最低でもそういった呼び名が使われる様な名前なのだろう。

 

「僕らもそっちに行こうか、アクア。」

 

 ヒカルも同じ呼び方をする事から、自身の考察が正しい事を確信するのと同時に、複雑な感情を覚えるアクア。

 本来、死んで終わりを迎えた筈の雨宮吾郎としての意識と記憶が彼らの子供へと宿ってしまっているこの現象において、自分の責任がどれ程のものかは想像もつかないが、やはり元産婦人科医としては普通の子供を産ませてやりたかったというのが正直な気持ちではある。

 ただ、現実問題この状態がいつ迄続くのか、そもそも解除される様な事が有るのかも分からない以上、この新しい体と付き合っていかなければならない訳だが、やはり『アクア』という名前には引っ掛かりを覚えてしまう。

 

(若い子のセンスなのか分からんが、『アクア』かー...。)

 

 今生の親が折角付けてくれた名前ではあるものの、もっと普通の名前にして欲しかったというのが正直な感想だ。

 とはいえ、『アクア』という言葉自体は、水やそこから転じて透明感を表すものであるし、アイの語っていた宝石の話も鑑みるとアクアマリン_聡明さをイメージする宝石も含んでいるのだろう。

 同級生の子供達に揶揄われる未来が容易に想像出来るが、きっとアイ達なりに愛情を持って付けた名前なのだと思いたい。

 そう納得しかけた所で、テーブルの上に置かれた哺乳瓶に、名前が書かれたラベルが貼ってある事が分かる。

 

(そういえば、双子だったな。 って事は、姉か妹がいるのか...。)

 

 前世で母を診察した時の事を思い出し、ラベルが貼られている理由に当たりを付けると、そんな彼の様子を見たヒカルが哺乳瓶へと手を伸ばした。

 我が子が空腹を訴えていると考えたのだろうか、と思いつつ彼の持つ哺乳瓶に書かれた名前を確認し、アクアは我が目を疑う。

 

(愛久愛海...、これで『アクア』って読むのか...?)

 

 自身の名前を不思議そうに見つめている様に見えたのだろうか、父上殿が親切にも読み方を教えてくれた。

 

「これはね、漢字って言うんだよ。

 これでアクアの名前、『アクアマリン』って読むんだ。

 ...ここだけの話、もっと普通の名前にしてあげたかったんだけど、お母さんに押し切られちゃってね...。」

 

 先程の考えを訂正。

 どうやら自分はとんでもない名前を付けられてしまった様だ。

 余りの衝撃に、赤ん坊らしく泣き喚いてやろうかとも思ったが、なまじ前世で母の図太さと強引さを知っていただけに、父に同情してしまう気持ちも有る為遠慮した。

 病院にて、彼らの友人であるポコミ相手ですら、名前の候補を話す事を言い渋っていたのが印象に残っていたが、確かにこの名前を言うのは中々に勇気がいる事だろう。

 前世での推しのアイドルを妊娠させたこの父に対しては、当然思う所は有るが、間違い無く彼らの関係は良好であり自分が口を挟める事ではない。

 彼らが今回の出産を覚悟を持って決断した事は理解しているし、こうして懸命に幸せへの道を歩んでいる。

 ならば、前世での誓い通り自分も彼らが幸せになる為の一助とならねばなるまい。

 故に今はただ、美男美女の両親が甘やかしてくれるこの環境を堪能させて貰うとしよう。

 それが今自分が出来る最高の仕事なのだから。

 

 

(さて、僕という存在が有る以上、同様の存在がいる可能性も考えるべきだが...。)

 

 食事を終え、周囲が人心地ついたタイミングで再び思考を再開するアクア。

 親の立場を考えれば当然であり、元産婦人科医としても賛同する振る舞いではあるのだが、如何せんアイもヒカルも自分達双子を気に掛けてくる状況では、思考に集中するのは難しい。

 いっそベビーベッドで横になっていた方がいいかとも考えたのだが、この赤ん坊の体はどうしようもなく睡眠を要求してくる。

 吾郎としての意識がこの日迄判然としなかったのも、睡眠のサイクルが短く自分の感覚が現実のものなのかがハッキリとしなかった事が影響しているのだろう。

 

 それはさておき、自身と同様の状況に陥っている人物の存在について思案するも、如何せん手掛かりが全く無いのが実情なのだ。

 前世の記憶から考えれば、あの病院近くでのストーカーとの闘いによって命を落とした雨宮吾郎の魂とでも言うべきものが、アイの子供の一人に宿ったという事になるのだろう。

 そういったオカルト的な知識には疎いものの、非科学的な現象のプロセスを考えた場合、『元の器から漏れた中身が、近くに有った別の器へと移った』と解釈すれば、一応納得は出来る。

 問題は、前世で死ぬ直前から生まれ変わった直後と思われるタイミングまでの間の記憶が朧げであり、どこからどこまでが実際に起きた出来事なのかがハッキリとしない事だ。

 より具体的に言うならば、死ぬ直前から心の中で話をしていると思っていた『彼女』の在りし日の姿が、自身の目の前に存在する光景。

 あれが、何らかの力によって本当に起きた事なのか、それとも所謂走馬灯の様なものなのか。

 もし本当だとしたら、『彼女』もまた生まれ変わっているのだろうか。

 

(アクアの双子の妹である『星野瑠美衣』...、彼女の中にも同じ様な存在がいるのだとしたら、或いは...。)

 

 そこまで考えて、栓無き事と思考を中断するアクア。

 仮に現状は科学的に証明出来ていないだけで、生まれ変わりという現象が実はありふれたものであり、前世を思い出せないだけの者が大半であると仮定しよう。

 だとしても、『彼女』の魂が新たな体を得ている保証は無い上に、その新たな体を得た上で前世の記憶を引き継いでいる事、その状態の『彼女』と再会し互いの存在を認知し合う等、『彼女』を苦しめた病の治療法が見つかる可能性と比較しても大差無いものであろう。

 『星野アイ』という人物に関わった二人が、数年間というタイムラグが有りながらもほぼ同じ場所で亡くなり、その後彼女の双子の子供に生まれ変わる_これが小説であったとしたら粗筋だけで読む気が失せる様な内容だ。

 

(まずは兄妹揃って生まれ変わりなのかを確認する事が先決だろうな...。 本当に『彼女』だとしたら、どんな反応をするのか気になる所ではあるが。)

 

 『彼女』はかつて、自分と家族になりたい等と宣っていたが、仮に兄妹になっていた場合は、『彼女』が語った意味でその望みが叶う事は永久に無くなってしまう。

 神とでも言うべき存在がいて、『彼女』の家族になりたいという願いと、自身の次の相手を見つけて欲しいという願いの折衷案として、こんな状況を用意したのだとしたら笑ってしまうが。

 

 

「それじゃあ、気を付けてね。」

 

「ボーボボさんがいるから大丈夫だよ。

 また連絡するから...。」

 

 妹と共に母に抱かれつつ、アクアは玄関先で父を見送ろうとしていた。

 年齢を考えれば当然であるが、両親は今後最低でも三年は未婚の親となる。

 互いの立場と自分達の存在を秘匿する方針である事を考えれば、まだ暫くは別居状態を続けざるを得ないであろう。

 前世にて自身を害した憎きストーカーの存在を鑑み、かつて見舞いにも訪れていた母の知り合いが送迎をしてくれるらしい。

 

「今日は、何だかアクアと沢山目が合った気がするよ。

 ...もしかしたら、僕がいない間にどんどん成長していっちゃうのかもしれないね。」

 

 ヒカルの言葉に若干の寂しさを感じ取り、それも致し方ないであろうと感じるアクア。

 物理的に離れている時間が長い事に加え、自身の息子の雰囲気が変化した事を感じ取ったのかもしれない。

 自分の様な特異な例は兎も角、通常の赤ん坊にとっては人格形成に多大な影響を与える時期に、実の親として共に過ごす時間が少ないというのは、非常に辛いものである筈だ。

 彼の弱音に、アイも同意した。

 その悩みは、彼女にとっても決して他人事ではない故に。

 

「私も一緒だよ...。

 仕事の間は、おじさん達が面倒見てくれるって言ってくれてるけどさ...、この子達の事を考えたら、少しでも一緒にいてあげたいよね...。

 ...だから、四人でいる時も、ヒカルが二人といる時も、目一杯二人の事を愛してあげて。」

 

「うん、勿論...。

 それじゃあ、アクアもルビーも、またね。」

 

 その言葉と共に自身と妹の頭を撫でつつ、笑顔を向けるヒカルに対して申し訳なさを感じてしまう。

 寂しさを感じたとでもして、泣いて見せでもすれば、或いは両親の心も幾分軽くなるのかもしれないが、そもそもこんな打算が有る時点で人の心を動かす事は難しかろう。

 いっそ妹の様に寝てしまっていた方が、余程気が楽であったかもしれない。

 

「ねぇ、私にはお別れの合図くれないの?」

 

「...二人がいるのに、恥ずかしいでしょ...。」

 

 その会話に、アイが何を望んでいるのかを察してしまい、猛烈に気まずさを感じるアクア。

 席を外したい所ではあるが、この体ではそれすらもままならない。

 こんな日に前世の意識が覚醒した事を恨む他ない。

 

「大丈夫だよ。

 二人じゃまだ分かんないって。

 ほら早く!」

 

 その言葉と共に、急かす様に目を閉じるアイに、顔を赤らめつつ観念した様子のヒカル。

 アクアもまた気まずさから目を閉じると、徐々に二人の顔が近付いて行った。

 何が悲しくて、推しのアイドルでもあり親でもある人間のキスシーンを見なければならないのかと、所在無さげな瞳を薄く開いて、ふと妹の方を見遣ると。

 

「...ほ、ほわぁー...。」

 

 そこには、目を星の如く爛々と輝かせ、両親のキスシーンを凝視する者の姿が有った。

 その様を見て、彼は確信する。

 

(うん、取り敢えず『中身』がいるのは間違い無いな...。)




 アクアの中の吾郎の意識が覚醒、原作よりも幾分早くルビーが自分と同様の存在である事を察知しました。

 次回はルビーの視点から描く予定です。
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